2009年6月 2日 (火)

『カメムシの初恋 10番』

詩の10番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 10番』

 

 

ココロニヒロガル オオウナバラニ

カスミハレユキ トビラガミエル

アワイホノオガ リンカクフチドリ

 

カンジョウノトビラ ユレテイル

スミワタッタココロ イマナラワカル

アイハイツモ ソバニイルカラ

 

マワリノメガ ジブンノメトナリ

ナニガタダシクテ ナニガアヤマチカヲ

カンガセサセル コトワリノトビラ

 

ジブンノココロガ ジブンノメトナリ

ナニガウレシクテ ナニガカナシミカ

カンジサセル カンジョウノトビラ

 

フタツノトビラヲ ヒライテイキヨウ

ナミダナガシナガラ トキトナガレヨウ

アイハシンジテ ダイジョウブダカラ

 

カンジョウノトビラ ユレテイル

スミワタッタココロ イマナラワカル

アイハイツモ ソバニイルカラ

 

 

心に広がる 大海原に

霞晴れゆき 扉がみえる

淡い炎が 輪郭ふちどり

 

感情の扉 揺れている

澄み渡った心 いまならわかる

愛はいつも そばにいるから

 

周りの目が 自分の目となり

何が正しくて 何が過ちかを

考えさせる 理(ことわり)の扉

 

自分の心が 自分の目となり

何が嬉しくて 何が悲しみか

感じさせる 感情の扉

 

ふたつの扉を ひらいて生きよう

涙流しながら 時と流れよう

愛は信じて だいじょうぶだから

 

感情の扉 揺れている

澄み渡った心 いまならわかる

愛はいつも そばにいるから

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、愛がそばにいるのを感じる?」

 

 

 

 

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2009年6月 1日 (月)

『カメムシの初恋 9番』

詩の9番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 9番』

 

 

ケヤキノリズムニ カンジョウガスミユク

メニミエナイセカイ シンジテイタヒビ

オサナイキオクノ コエガヨミガエル

ウラギリノナイ キソウノセカイデ

ハッパヤシズクト オハナシシナガラ

アイヲカンジテ イキテイタコロ

 

メニミエルセカイデ イキルゲンジツガ

ナゼカツラクナリ ダレカニウチケサレタ

ソレガカナシクテ ソレデキズツイテ

カンジョウノトビラトジ コドクヲエランダ

 

 

けや木のリズムに 感情が澄みゆく

目にみえない世界 信じていた日々

幼い記憶の 声が蘇る

裏切りのない 奇想の世界で

葉っぱや雫と お話しながら

愛を感じて 生きていた頃

 

目にみえる世界で 生きる現実が

なぜか辛くなり 誰かに打ち消された

それが哀しくて それで傷ついて

感情の扉閉じ 孤独を選んだ

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは一度心を閉じたら、二度と開かないんだよね?」

 

 

 

 

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2009年5月31日 (日)

『カメムシの初恋 8番』

梅雨入りも間近なのだろう。

詩の8番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 8番』

 

 

キカイナケハイガ アタリニタダヨイ

ケヤキガフシギナ リズムヲキザム

サラサラ ヒュンヒュン ブタイハコンヤ  

ザワザワ ヒューヒュー コイノキセキ

 

カゼガトドロキ ハッパガオドル

ロマンチックナ アメノエンシュツ

サラサラ ヒュンヒュン ブタイハコンヤ  

ザワザワ ヒューヒュー コイノキセキ   

 

ジョウネツノカギリ コイセヨオトメ

キミニオクロウ ボクラノジョウネツ

サラサラ ヒュンヒュン ブタイハコンヤ  

ザワザワ ヒューヒュー コイノキセキ  

 

ハッパモツツジモ カゼモアメモ

ボクラハミンナ キミノミカタ

サラサラ ヒュンヒュン ブタイハコンヤ  

ザワザワ ヒューヒュー コイノキセキ 

 

ボクラハキミニ ブタイヲオクル

センセイトキミヲ ヒキアワセルカラ

サラサラ ヒュンヒュン ブタイハコンヤ  

ザワザワ ヒューヒュー コイノキセキ

 

 

奇怪な気配が 辺りに漂い

けや木が不思議な リズムを刻む

サラサラ ヒュンヒュン 舞台は今夜  

ザワザワ ヒューヒュー 恋の奇跡

 

風がとどろき 葉っぱが踊る

ロマンチックな 雨の演出

サラサラ ヒュンヒュン 舞台は今夜  

ザワザワ ヒューヒュー 恋の奇跡   

 

情熱のかぎり 恋せよ乙女

キミに贈ろう ぼくらの情熱

サラサラ ヒュンヒュン 舞台は今夜  

ザワザワ ヒューヒュー 恋の奇跡   

 

葉っぱもツツジも 風も雨も

ボクラはみんな キミの味方

サラサラ ヒュンヒュン 舞台は今夜  

ザワザワ ヒューヒュー 恋の奇跡 

 

ボクラはキミに 舞台を贈る

先生とキミを 引き合わせるから

サラサラ ヒュンヒュン 舞台は今夜  

ザワザワ ヒューヒュー 恋の奇跡

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは自然とお話する?」

 

 

 

 

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2009年5月30日 (土)

『カメムシの初恋 7番』

今日は好きな小ぬか雨が降っていた。

小ぬか雨を見ていると、

なぜか物思いにふけっていく。

 

 

詩の7番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 7番』

 

 

コヌカアメフル ヨルノダイガク

アメトカゼニ エダガオサレテ

 

キョウシツノマドマデ ハガオリテイタ

アマツブノホウセキ ハッパキラキラ

 

ミワタスカギリガ シズクノノハラ

ハッパノオセキデ ジュギョウヲチョウコウ

 

ジョウネツワキオコリ セカイガイロドル

センセイモウスグ キョウシツニクル

 

モシカシタラ マドノソバニタチ

アメノキャンパス シズカニミオロス

 

ハッパノオセキニ メヲウバワレタラ

キットセンセイ ワタシヲミツケル

 

 

 

小ぬか雨降る 夜の大学

雨と風に 枝が押されて

 

教室の窓まで 葉がおりていた

雨粒の宝石 葉っぱの煌き

 

見渡すかぎりが 雫の野原

葉っぱのお席で 授業を聴講

 

情熱湧き起こり 世界が彩る

先生もうすぐ 教室に来る

 

もしかしたら 窓の側に立ち

雨のキャンパス 静かに見下ろす

 

葉っぱのお席に 目を奪われたら

きっと先生 ワタシを見つける

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも、雨の日は葉っぱの上の雫、見つめる?」

 

 

 

 

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2009年5月29日 (金)

『カメムシの初恋 6番』

東京は今日も雨。

また紫陽花が道端に咲きだした。

 

 

詩の6番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 6番』

 

 

アマツブミツメテ トウサンキイタ

アノセンセイノ ナニニヒカレル?

 

アマゾラミアゲテ ワタシハコタエタ

センセイ ヨゾラノイチズナホシクズ

 

イツデモフカク ココロウチコミ 

ヒトリヒトリニ マッスグムキアウ

 

ナニガアッテモ クジケルコトナク

ドンナトキデモ テヲハナサナイ

 

ジュンスイトリソウノ ゼッタイナイバショ

センセイミテルト ココロフルエル

 

トウサンダマッテ アマツブミテイタ

ワタシモオナジ アマツブミツメタ

 

 

 

 

雨粒見つめて 父さん聞いた

あの先生の 何に惹かれる?

 

雨空見上げて ワタシは答えた

先生 夜空の一途な星屑

 

いつでも深く 心打ち込み 

ひとりひとりに まっすぐ向き合う

 

何があっても くじけることなく

どんな時でも 手を放さない

 

純粋と理想の 絶対な居場所

先生見てると 心震える

 

父さん黙って 雨粒見ていた

ワタシも同じ 雨粒見つめた        

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんな時に感動で心が震える?」

 

 

 

 

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2009年5月28日 (木)

『カメムシの初恋 5番』

東京は雨が降っている。

雨空を見ながら、

カメムシは先生を思っているのだろう。

 

 

詩の5番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 5番』

 

 

トリハフルスニ カエルトイウガ

ゴカイノキョウシツ マイスィートホーム

 

コイシ ナツカシ ココロハナレズ

キヅクトトンデテ ゴカイニムカウ

 

タマニキョウシツ マドガアイテル

ダレモイナイト フワフワオリル

  

オジャマシマスト ヒトコトコトワリ

センセイノバショ キョウダンニタツ

 

オトヲタテズニ ソットアルク

ニンジャノヨウニ ヌキアシサシアシ

 

ナンドモナンドモ オウライシテハ

センセイノキモチ ソウゾウシテミル

 

ワタシノココロ センセイイッパイ 

 

鳥は古巣に 帰るというが

五階の教室 マイスィートホーム

 

恋し 懐かし 心放れず

気づくと飛んでて 五階に向かう

 

たまに教室 窓が開いてる

誰もいないと ふわふわ降りる

  

お邪魔しますと 一言断り

先生の場所 教壇に立つ

 

音を立てずに そっと歩く

忍者のように 抜き足差し足

 

なんどもなんども 往来しては

先生の気持ち 想像してみる

 

ワタシの心 先生いっぱい 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、思い出の場所を訪れたくなる?」

 

 

 

 

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2009年5月27日 (水)

『カメムシの初恋 4番』

先生にカメムシの思いを、

なんとか伝えてあげたいが……。

 

 

詩の4番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 4番』

 

 

ヒトハハナノカオリヲ アイスガ

カメムシクサイト オイハラウ

 

ツツジノコウスイ カラダニツケルガ

カオリシミツク ケハイハナク

 

ツツジニトマッテ イチニチスゴスモ

ミドリノカラダ ベニニソマラズ

 

ハナヤグコトナク クサイママノ

カナシイキブンノ ワタシハカメムシ

 

イチドダケノ オネガイダカラト

ソラニムカッテ オイノリヲシタ

 

タッタイチニチ オハナニナリタイ

ユウビニサイテ カスカニカオル

 

ナカニワベンチノ ツツジトナッテ

センセイノココロ カオリデツツミタイ

 

ワタシノココロ センセイイッパイ

 

 

人は花の香りを 愛すが

カメムシ臭いと 追い払う

 

ツツジの香水 カラダにつけるが

香り染み付く 気配はなく

 

ツツジにとまって 一日過ごすも

緑のカラダ 紅に染まらず

 

花やぐことなく 臭いままの

悲しい気分の ワタシはカメムシ

 

一度だけの お願いだからと

空に向かって お祈りをした

 

たった一日 お花になりたい

優美に咲いて 微かに香る

 

中庭ベンチの ツツジとなって

先生の心 香りで包みたい

 

ワタシの心 先生いっぱい 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは恋をすると、変わる?」

 

 

 

 

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2009年5月26日 (火)

『カメムシの初恋 3番』

初恋は破れるといわれているが、

カメムシの初恋は、

どうなるのだろうか。

心配になってきた。

 

 

詩の3番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 3番』

 

 

カンビナイロシタ ヨルノキャンパス

ベニノツツジニ ツツマレソラミル

 

キギノアイマニ コボレルアカリニ

モエイズル センセイノオモカゲ

 

ショカノカゼガ ロマンヲカリタテ

ゲンソウイダケル シアワセナジカン

 

アサニナレバ ヨルガコイシイ

ワタシノココロ センセイイッパイ

 

 

甘美な色した 夜のキャンパス

紅のツツジに 包まれ空見る

 

木々の合間に こぼれる灯りに

萌え出ずる 先生の面影

 

初夏の風が ロマンをかりたて

幻想抱ける 幸せな時間

 

朝になれば 夜が恋しい

ワタシの心 先生いっぱい 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも初恋は特別な思い出なの?」

 

 

 

 

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2009年5月25日 (月)

『カメムシの初恋 2番』

カメムシの初恋を、

見守りたくなってきた。

 

 

詩の2番をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋 2番』

 

 

トウサン オコッテ ワタシニイッタ

ダイガクナンゾニ ニュウガクテキナイ

オマエハカメムシ カメムシアイセト

 

メノナカイッパイ センセイイッパイ

メノナカイッパイ センセイイッパイ

 

カアサン ワラッテ ワタシニイッタ

マドカラハイッテ ジュギョウニデナサイ

アイトイウモノ ムゲンノウチュウ

 

メノナカイッパイ センセイイッパイ

メノナカイッパイ センセイイッパイ

 

ワタシハ ホホエミ ワタシニイッタ

カメムシノココロ ヒトヨリフカイ

アイスルオモイハ ソラヨリヒロイ

 

メノナカイッパイ センセイイッパイ

メノナカイッパイ センセイイッパイ

 

 

父さん 怒って ワタシにいった

大学なんぞに 入学できない

オマエはカメムシ カメムシ愛せと

 

目の中いっぱい 先生いっぱい

目の中いっぱい 先生いっぱい 

 

母さん 笑って ワタシにいった

窓から入って 授業にでなさい

愛というもの 無限の宇宙

 

目の中いっぱい 先生いっぱい

目の中いっぱい 先生いっぱい

 

ワタシは 微笑み ワタシにいった

カメムシの心 人より深い

愛する思いは 空より広い

 

目の中いっぱい 先生いっぱい

目の中いっぱい 先生いっぱい 

 

 

 

 

「ボンちゃん。シルバーバックの愛は、永遠?」

 

 

 

 

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2009年5月24日 (日)

『カメムシの初恋』

いつでも初恋のような気持ちで過ごせたら、

きっと素敵な人生だと思う。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『カメムシの初恋』

 

 

ヤキノダダヨウ マナビヤノナカニワ

ゴカイニセリダス ケヤキノイタダキ

ドヨウビノヨル シチジキッカリ

ソノイタダキカラ キョウシツミツメル

キョウダンニタツ センセイノスガタ

メノナカイッパイ ウツシタクテ

 

チイサナワタシノ オオキナユメ

ダイガクニカヨイ ジュギョウヲウケタイ

スワルセキハ モウキメテイル

ミギカラニレツメ マエカラゴバンメ

センセイ ソノバショ イツモメヲオク

メノナカイッパイ センセイイッパイ

 

 

夜気の漂う 学び舎の中庭

五階に迫り出す けや木の頂

土曜日の夜 七時きっかり

その頂から 教室見つめる

教壇に立つ 先生の姿

目の中いっぱい 映したくて

 

小さなワタシの 大きな夢

大学に通い 授業を受けたい

すわる席は もう決めている

右からニ列目 前から五番目

先生 その場所 いつも目をおく

目の中いっぱい 先生いっぱい

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも、初恋を忘れない?」

 

 

 

 

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2009年5月23日 (土)

『群れ』

集団での振舞いを見ていると、

その人が小心者かどうかが分かるような気がする。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『群れ』

 

人が9人 集まるならば

魔物3人 正体現し

陰口ささやき 誰かを見下し

幼稚な保身に 精根尽くす

 

職蟻10匹 集まるならば

労さぬ蟻が 2匹現れ

列から外れて うろちょろし出し

新たな生き方 目覚めゆく

 

人も蟻も 群れで変わる

地球の生きもの どこか似ている

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、集団になると、振る舞い方が極端に変わるコっている?」

 

 

 

 

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2009年5月22日 (金)

『心に秘めて』

今日の東京の空は、

恋する思いを描いたような、

そんな空模様に思えてならない。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『心に秘めて』

 

双葉のような 恋する思い

心に秘めて 守っていきたい

恋人たちは 繰り返すから

満ち欠け 満ち干き 涙に濡れて

暮れなずむ 黄昏時に

心の不揃い 過去に残す

双葉のような 恋する思い

心に秘めて 守っていきたい

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは恋する思いを秘めていられる?」

 

 

 

 

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2009年5月21日 (木)

『い草の香り』

久しぶりに、

い草の香り満ちる部屋で眠ったら、

心と体が過ぎた時代を感じ、

喜んでいるようだった。 

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『い草の香り』

 

い草の香りに抱かれ眠る

日本を感じる ほんのひととき

鼻孔爽やぐ 畳の静けさ

古き日本の良き時代へと

心放たれ 郷愁覚える 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、何の香りに郷愁を覚える?」

 

 

 

 

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2009年5月20日 (水)

『妻はイズコヘ』

結婚した相手が、

100年の恋をも冷めさせる人へと変貌してしまったら、

人はどうしたらよいのだろうか。 

 

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『妻はイズコヘ』

 

まるで異なる 生きものみたいだ

 

キッチンに立つ 謎の生きもの

達磨さん似の うしろ姿

面影無いが 妻なのだろう

 

遂げた変貌 まだまだあって

顔つき しぐさ 話し方から 

声のトーンに 歩き方まで

どれもが可憐の反対にある

 

ずぶとい妖怪 ずぶと達磨

俺がいなくも 生きられそうだ

愛しかった妻を探しに

俺は今日にも旅に出たい

 

妻はイズコヘ

 

 

 

 

「ボンちゃん。結婚すると、ゴリラは変わる?」

 

 

 

 

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2009年5月19日 (火)

『賭け』

女性が結婚を決める時は、

人生の大きな分岐点に立ったような、

そんな心境ではないだろうか。

 

 

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『賭け』

 

男を見る目は あったはずが

あれよあれよといううちに

気づけば 地獄の淵にいた 

 

誰もが羨む 結婚だった

憧れ3K 理想の男

順風満帆 ばら色人生

 

ある時 夫と女を見かけた

愛人勃発 よもやの出来事

いばらの道へと 日々は変わった 

 

誰を恨むこともできない

自分で選んだ結婚相手

先のことまで 見越こせはしない

先見の識 人は乏しく 

 

夫選びは 人生の賭け

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、先見の明がある?」

 

 

 

 

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2009年5月18日 (月)

『へんな爺さん』

人の思惑を、

まったく気にしない人を見かける度に思う。

本人にとっては、

最高に幸せな人生だろうなあ、と。

 

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『へんな爺さん』

 

献血に足を運んだ へんな爺さん

 

わしゃ血液の型 わからんのじゃよ

調べておくれよ わしゃの血液

 

 

献血をされるのでしょうか?

 

しないしない もったいないじゃろ

 

それでは検査の必要ないです

 

そんな冷たい 可愛い顔して

 

?!

 

へー わしゃの血液 AB型かね

 

へんな爺さん もくもくと 我が道をゆく  

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも変わり者っている?」

 

 

 

 

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2009年5月17日 (日)

『白馬の王子』

女の子は誰しも、

白馬の王子に出会えることを、

夢見ているのかもしれない。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『白馬の王子』

 

探していたら 見つけたのだよ

ワタシの理想 白馬の王子

 

ちっちゃなできごと いっぱい喜び

時が経っても 感動忘れず

労苦いとわず 恵み注いで

気前のよさまで 天下一品

恩きせるどころか 感謝している

 

そんなアナタは ワタシの理想

何を隠そう 白馬の王子

 

なのに心は ときめき覚えず

どこか遠くを 見つめてしまう

恋しくなれずに 俯瞰している

虜になれない 不可思議現象

 

王子見てたら ふんわり気づいた

理性で描いた 理想の男性

ときめかなければ 白馬のロボット

恋は理性を 見下す怪物

恋する思いに 理性は勝てない

 

白馬の王子は 恋人ロボット

理想の思いに 輝き生きる

 

 

 

 

「ボンちゃん。理想が叶うことと、恋に落ちることとは、別なのかもね」

 

 

 

 

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2009年5月16日 (土)

『愛しい人よ』

愛の種類には色々あるが、

個人的には、

寛大な愛が好きなのだ。

 

詩をつくってみた。

 

 

『愛しい人よ』

 

愛しい人よ

僕には聞こえる

君の翼の叫びが

君には翼があるんだ

 

翼は叫んでいる

大空を舞い

山を越え

海を渡り

大陸を目指し

自由に羽ばたいていたいと

 

君は言ってくれたね

愛する気持ちに年の差なんか関係ないって

 

愛しい人よ

君は僕の心の永遠の恋人だろう

 

未来の君を 未来の僕で縛らせはしない

愛しい人よ 遠くへ羽ばたけ

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界も、愛の種類は色々あるの?」

 

 

 

 

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2009年5月15日 (金)

『心の神話』

『心の神話』

 

人と共に生きる限り、

人間関係の悩みは、

尽きないのかもしれない。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『心の神話』

 

 

アタシはアンタが 苦手でたまらん

人と未来に 否定的で

皮肉屋肉屋の 大将みたいで

陰気 厭世 悲観を 目玉に

皮肉な言葉で エゴを売る

 

アタシはアタシが 苦手でたまらん

苦手なアンタの 一挙一動

まじめに取り合い 心で会議し

無意味に心を 憔悴させては

ガックリしながら 心をつつく

 

重ねた会議で うまれた名案

下手な考え カラダに障る

克服すべきは 己の悪習

心に留めない 奥義を会得し

快挙に 心の神話 生むのさ

 

縁きりゃ アンタとおさらばできるが

アタシはアタシと 縁は切れない

アンタはアンタ そのままでいい

皮肉屋肉屋を 維持すりゃいい

伝説築くにゃ アンタは貴重だ

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界には、どんな神話があるの?」

 

 

 

 

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2009年5月14日 (木)

『シルバーバック』

ゴリラの雄は、

大人になると背中が灰色になり、

シルバーバック(白銀の背)と呼ばれている。

 

詩をつくってみた。 

 

 

 

『シルバーバック』

 

 

霧の悲しみ 怒りの稲妻

孤独色した あなたの背中

 

淋しさ辛さを 肩にのせて

表情変えずに 空を見ている

 

生きるために 希望を捨てて

絶望相手に 未来を語り

うなじのあたりで こちらを見ている

 

シルバーバックに そっと誓った

愛の風で あなたを包む

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラの背中は心を語るね」

 

 

 

 

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2009年5月13日 (水)

『小さなこと大きなこと』

人は、

小さなすれ違いに、

埋めがたい溝を、

感じるのかもしれない。

 

 

詩をつくってみた。 

 

 

『小さなこと 大きなこと』

 

 

小さなことが 大きなことなの

大きなことが 小さなことなの

それがいつしか 分かちあえたら

 

小さなことは 小さなことなの 

大きなことは 大きなことなの

そんなふうに こころに言える

 

そのとき こころは絆を放つ

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラが大切にしたいことを、人間は軽んじてない?」

 

 

 

 

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2009年5月12日 (火)

『のびるくん』

のびる、

という名のユリ科の多年草がある。

今の季節、

草むらにひょろりと生えていたりする。

 

 

詩をつくってみた。 

 

 

 

『のびるくん』

 

 

5月になると ひょろりと現れ

なんだか不思議な 存在感で

風にゆらゆら揺れてる のびる

 

天を目指して ひょろひょろ伸びてる

のびるに生まれて 幸せそうに

のびるの世界で 伸び伸びしてる

 

圧倒的な 飾らぬ魅力で

素朴を究めた 賢者みたいに

孤独に揺れる 独創主義者

 

野原の奇才は とりわけ目立って

夏には白紫色の 花が咲き

バラさえ のびるに感じ入る

 

のびるのような 人でありたい

ああ のびるくん

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラと、のびると、サボテンって、何かが似ている気がする」

 

 

 

 

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2009年5月11日 (月)

『景色くん』

町並みの美しさは、

心を豊かにしてくれると思う。

残念なことに、

東京の街は色も形も統一感がなく、

大変なことになっている。

 

詩をつくってみた。 

 

 

 

『景色くん』

 

 

景色くん 呟き続けている

ガマンナラナイ ガマンナラナイ

色はメチャクチャ 形はまばら

造形美のない街 悲しく

日本の美 どこだが見つからない 

 

錦を織り成す 景色の一員

錦を尊び 敬い生きろ

景色の一員 名誉に思え

美意識もって 景色を高めよ

 

景色くん 呟き続けている

ガマンナラナイ ガマンナラナイ

絵になる景色に 面目たたぬ

ガマンナラナイ ガマンナラナイ

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはどういうことに美意識をもっている?」

 

 

 

 

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2009年5月10日 (日)

『人生最大の幸せ』

今日は母の日。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『人生最大の幸せ』

 

人生最大の喜びは

お母さんが喜ぶことです

人生最大の悲しみは

お母さんが悲しむことです

人生最大に勇気が湧くことは

お母さんが信じてくれていることです

人生最大の安心は

お母さんの存在感です

人生最大の感動は

お母さんに出逢えたことです

人生最大の幸せは

お母さんの娘に産まれたことです

 

お母さんがお母さんでなかったら

私は私を信じられずにいたでしょう

お母さんでいてくれて

ありがとう

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラでいてくれて、ボンちゃんでいてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

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2009年5月 9日 (土)

『恋の虹』

昨日の夕暮れ時、

東京の街から2重の虹が見えた。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

 

『恋の虹』

 

街の通りの 曲がり角

空模様を 窺い見れば

 

西の方角 ビル立ち並び

雲きれ 陽射しが地面に届き

虹の架け橋 希望を降ろす

光を感じる 道がつづく 

 

北の方角 木々満ち溢れ

雨雲 のっしり寝そべっていて

戸惑い覚える もののけ気配

影を感じる 道がつづく

 

光の天使 影の天使

すれ違って 恋におちた

二重の虹は 恋の炎 

 

風の支配者 ラファエル天使

イタズラ好きな ロマンチスト

ピョイッと風向き 変えてしまう

晴れていても 明日は分からぬ

雲が厚くも 明日は分からぬ

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラの肩には天使の証、羽が生えているね。」

 

 

 

 

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2009年5月 8日 (金)

『雨夜の月』

雨の降っている空の下、

信号待ちをしていたら、

濡れた若葉の香りがしてきた。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『雨夜(あまよ)の月』

 

あなたがいた頃 見えないことが

あなたと別れて 感じられる

 

一緒に歩いた 交差点を

夜道にひとり 傘さし歩く

 

乾いた記憶に 降り染む春雨

ヘッドライトが黄昏照らす

 

青信号を何度も見送り

テールライトに記憶を手繰(たぐ)らせ

 

あの日の声に耳を澄ませば

心の琴線 過去を奏で

 

天翔けゆく あなたの言葉が    

雨夜の月に 舞い降りる    

 

若葉の香りが濡れているね

 

 

 

「ボンちゃん。濡れた若葉の香りは、恋の香りに似てると思わない?」

 

 

 

 

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2009年5月 7日 (木)

『迂遠な あなた』

好きな人に、

素直に心を伝えられる人は、

ピカピカしていると思う。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『迂遠(うえん)な あなた』

   

さらさらとした あなたの言葉

ざわざわとざわめき続けている

 

もう少し早く出逢えていれば

迷わず君を受け止めただろう

 

いまの僕にはそれはできない

妻への愛と責任がある

 

もしも君を受け入れたならば

いつしか君は思うだろう 

 

誠意を尽くさぬ男だったと

僕は君を受け止めない 

 

いまの君で ずっといて欲しいから

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはみんな、恋に臆せずに相手に思いを伝えられる?」 

 

 

 

 

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2009年5月 6日 (水)

『なんだか似てる』

人が放つ何かが、場の空気を染める。

どんよりとさせる人がいるかと思うと、

一気に清々しくしてしまう人がいる。

 

詩をつくってみた。

 

 

『なんだか似てる』

 

口先だけで調子がいい人

夕暮れ見かける 蚊の群れみたい

 

地位や名誉をふりかざす人

用済み油の 廃油みたい

 

相手へこませ希望削ぐ人

豪雨の濁流 泥水みたい

 

斜に構えて批判的な人

葉っぱに群がる アブラムシみたい

 

不満不平で尖っている人

板から飛び出た 釘みたい

 

常に真(まこと)を尽くす人

夜空を色めく 花火みたい

 

 

 

「ボンちゃん。心のあり様は隠せないのかもね」

 

 

 

 

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2009年5月 5日 (火)

『お地蔵さま』

雨の巣鴨を歩いてきた。

とげぬき地蔵には、

傘をさした長い列ができていた。

 

詩をつくってみた。

 

 

『お地蔵さま』

 

とぼとぼ揺れる 老婆の背中に

祖母の姿を 重ねて歩く

 

思い出通りに 大福眺め

思い出通りに 手ぬぐい買って

思い出通りに 地蔵をさする

 

とげぬき地蔵は 眠ることなく

永久の命で 巣鴨に生きる

 

人間たちは 眠りにむかって

はかない命で 今を生きる

 

 

「ボンちゃん。雨の日は、気持ちもしっとりするね」

 

 

 

 

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2009年5月 4日 (月)

『ゆらぎの涙』

哀しい涙は、哀しいけどね…。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『ゆらぎの涙』

 

 

泣いてばかりの幼い記憶

ランドセル置き仏壇座り

ご先祖さまに 問いかけた日々

 

どうして毎日 不安になるの

どうして毎日 悲しくなるの

どうして毎日 涙がでるの

みんなに見えない人間みたい

 

ゆらぐ自分を舵取りできず

人の顔色 気にかけ怯え

ご機嫌うかがい とまどい謝り

みんなの色に心を染める

 

自信に満ちた人になりたい

弱い自分を克服したい

自分の色を持って生きたい

心つねって 痛みで泣いた

 

そんな自分に 投げた礫(つぶて)で

心に礎(いしずえ) こつこつ築いた

どっしり構えた 歪まぬ土台 

ゆらぎの涙が 人だと教える

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、揺らぐ自分をどうやって克服しているの?」 

 

 

 

 

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2009年5月 3日 (日)

『ヒマワリ』

その訃報に涙が止まらなかった。

プロジェリアと闘い貫いたアシュリーが、

天国にいってしまった。

 

情熱的に生きることの大切さを教えてくれたアシュリー。

生きる勇気をくれたアシュリー。 

ほんとうに、ありがとう、アシュリー。

 

私はアシュりーを決して忘れない。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『ヒマワリ』

 

ボクはヒマワリと申します。

 

あなたがボクを、この世に存在させてくださったのですね。

お会いできて、光栄です。

そして、ありがとうございます。

 

あなたにお会いして、

ボクに課せられている使命というか、役割が分かりました。

あなたがあなたらしさを見失わないようにするには、

ボクが必要です。

 

ボクは、夏の空の下で咲く情熱の花。

あなたのために大きな情熱の花を咲かせて見せます。

それはボクの果たしたい夢でもあるのです。

 

今はまだ頼りなさそうに見える、双葉のボクですが、

ボクの情熱は、あなたを必ず守ります。

ボクの愛は、永遠です。

 

 

 

「ボンちゃん。情熱は、伝播して情熱を湧き起こすね」

 

 

 

 

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2009年5月 2日 (土)

『バナナ』

最近、人身事故で電車が止まることが多い。

誰もが本当は失いたくないはずの命を、

自らで絶つのだから、

他人には理解のできない苦しみ、

大きな理由があるのだと思う。

 

 

それでも、

死を選ぶことは、哀しすぎる。

死は、選ばずとも訪れる。

死を、選んでしまったら最後、

生は、選びなおせないのだから。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『バナナ』

 

 

施すだけで 報いを求めず

甘い優しさ 悟りのバナナ

 

黄色いバナナは斑点ふやし

甘さを みんなに教えて生きる

黒い斑点 シュガースポット

日ごとに増えて 甘さを極め

幸せ運び とろけて消える

 

バナナという名の神さまなのか 

バナナは偉大で 完璧なのだ

 

 

ヒトは バナナのようには 生きられない

揺ぎ 悩んで 夜も眠れず

哀しみ 泣いて 怒って 笑う 

甘くて 苦いし 辛くて 渋い

酸っぱく しょっぱい もう大騒ぎ

 

みんな誰もが できそこないで

絆ほしさに 彷徨い歩き 

感動ほしさに 人を目指す  

 

ヒトは人を目指して生きる

雨のち晴れの 貴重な存在  

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも人間と一緒で、生きがいが要る生きものなのだよね」

 

 

 

 

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2009年5月 1日 (金)

『旅』

ゴールデンウィークとなり、

出国ラッシュがはじまった。

さまざまな思いを抱え、

人は旅に出るのだろう。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『旅』

 

人込みにまぎれて ひとり旅に出る

あなたとの日々 忘れるためだけに

旅行かばんには 思い出の写真

 

帽子を目深に被り

あなたの姿を 探してる

 

聞きわけのない心が いつまでも

あなたなしでは 旅に出ないと叫んでる

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、悲しい思い出を消したくて、旅に出たりする?」

 

 

 

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2009年4月30日 (木)

『別れのとき』

駅でみかける恋人たちの別れ。

ふりかえらない背中を、

いつまでも見つめる恋人の眼差しが寂しげだった。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『別れのとき』

 

駅の改札 別れの間近

過ごした時間を 惜しむことなく

ふりかえらずに 立ち去る恋人

絆はかなみ 背中みつめる

 

恋散るごとに 心青ざめ

気持ち晴れずに 陽が沈む

人との繋がり 求める癖に

希薄な情に 憧れ覚える

 

漆黒に浮かんだ 奇異な幻

誰かが わたしに眩しい地図見せ

日に添え 出逢う日近づくと

影なき影が 血潮を諭す

 

まだ見ぬ あなたが わたしを待ってる

きっと わたしも あなたを待ってる

未来の地図持ち 今日を歩く 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、恋人がふりかえったら嬉しい?」 

 

 

 

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2009年4月29日 (水)

『分かれ道』

“その時”

“そのタイミング”が全てだ。

そんな美学を持っている人がいる。

 

詩をつくってみた。

 

 

『分かれ道』

 

自ずと道が交じわり合って

あなたとわたしは知り合った

時が運んだ分岐点

あなたが選んだ別々の道

分かれ道での最後の別れ

心とからだが引き裂かれた

 

離れてしまった距離と時間が

不思議と心とからだ繋げる

 

いつかあなたと生きてゆきたい

あなたはどこにいるのだろうか

わたしを思い出すのだろうかと

思い馳せては夢がふくらむ

 

とどまる思いに歳月かさね

思いが築いた心のお城

いまでは心であなたと暮らす

 

ふたたび道が交わり合っても

あなたに声はかけないだろう

いつもそばにいてくれたのは

お城の中のあなただから 

 

 

 

「ボンちゃん。動物園に棲むゴリラは、きっと心の森で生きているんだろうね」

 

 

 

 

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2009年4月28日 (火)

「時の足跡」

世界一を誇る藤を見に、足利を訪れてきた。

白藤のトンネルには、まだ少し早いが、

足利フラワーパークの藤は、ほぼ見頃を向かえている。

 

Fuji0 Fuji3 Fuji4 Fuji5

 

 

 

 

 

詩をつくってみた。

 

 

「時の足跡」

 

 

あなたと歩く藤のガーデン

湖面に映る ルピナスの脇を

スイスイ滑る 水面のあめんぼ

風のざわめき 気持ちよさそうに

八重藤のぼる てんとう虫

青空およぐは 雲のクジラ

 

このまま時が 止まればいいと

華やぐ心が 微かにくもる

時の移ろい 今を持ち去り

過去へと運び 今を消し去る

 

記憶となった 時の足跡

過去という名のユートピア

足跡しだいに薄れゆくが

香りは時の足跡追って

過去を今へと舞い戻す

 

そこはかと漂う藤の香気に

願いたくして胸にしまう

何があっても忘れはしない

あなたと摘んだ奇跡の香り

レモンバームの香りだけは

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも、香りが思い出を今へと運ぶ?」

 

 

 

 

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2009年4月27日 (月)

『ずぶ濡れ』

空に青空が広がっていても、

ずぶ濡れな気分の時があったりするものである。

 

詩をつくってみた。

 

『ずぶ濡れ』

 

先の見えない日々に疲れ

夢への道に途方に暮れた

 

冷えた心を賑わす祝祭

いじけた情熱いやす空間

明日と戦う勇者の増員

悴(かじか)んだ心 包むぬくもり

意味を感じる術(すべ)の確保

不安定との華麗な別れ

 

報い欲しさに恋人あてがい

流れのままに結婚をした

 

できることなら後戻りしたい

だまし絵の中の自分が叫ぶ

胸にしまった夢への思いが

直視できずに現実拒む

ゼロにできない家族の存在

焦りと絶望 押し寄せる

ついていけない心と体

ずぶ濡れになって震えている

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、青空が辛い時ってある?」

 

 

 

 

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2009年4月26日 (日)

『Scorpione』

ずっと前に天の川を見たことがある。

キャンピングカーに寝泊りし、

オーストラリアのパイナップル畑でアルバイトをした時のことだった。

夜中に目が覚め、

何気なく空を見上げると、

真っ暗闇に星屑の川が煌いていたのである。

そのあまりの美しさに怖くなったのを覚えている。

 

詩をつくってみた。

 

『Scorpione』

 

闇に瞬く 蠍座の星

天に浮かぶ S字の釣り針

情熱色した 真っ赤なα(アルファ)星

蠍の心臓 アンタレス

常識習慣 釣り上げては

チクリと尾端(びたん)でパッション注ぐ

逃げてまわるはオリオンの星

蠍座 西の空ゆくならば

オリオン座 静かに東の空へ

情熱だけが生きてる証

今日も 蠍はオリオンを追う

 

 

 

 

「ボンちゃん。アフリカに棲むゴリラは、天の川を見ながら眠るんだろうね」

 

 

 

 

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2009年4月25日 (土)

『招き猫』

猫は不思議な力を持っていると思う。

人間の持っていない能力で、

ものごとを見ている気がする。

 

詩をつくってみた。

 

 

『招き猫』 

 

だいぶすりきれ 鎮座している

10年暮らした 招き猫が

旅に出たいと言った気がした

誰かに責務を譲れるなら

そろそろ自由になりたいなと

 

私は聞こえぬふりをした

 

それから数日後のことだった

偶然出会った ある男

ひと目惚れした 甘い笑顔    

優しい視線が 愛しく語る

奇跡の出逢い 相思相愛

ついに出逢えた運命の人

 

喜び勇んで 家に帰り

招き猫に 正座で報告

雪が解けて 桜の咲く道

白馬に乗って 王子きた

責務放免 旅でていいよ

私はじっと返事を待った  

 

射抜くような 眼光放たれ

美化しすぎだと 聞こえた気がした

 

唄がきこえる どこからなのか 

 

いつでもどこでも 甘やかで

だれかれなしに 優しく微笑む

あなたでなくても 誰かれ愛せる 

水もみたいに ふーらふらー

根無し草な 恋のゆくえは

水もみたいに ふーらふらー

猫族もってる 超能力

招き猫は 福の使い 

福の値を熟知している

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも福の使者だね」

 

 

 

 

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2009年4月24日 (金)

『まなざし』

そのまなざしが、

愛とは何かを教えてくれた。

だから今日を生きられる。

そんなまなざしに逢いたくて、

人は生きているのかもしれない。

 

詩をつくってみた。

 

『まなざし』

 

あなたに出逢う その前までは

わたしの心 ジトジトしてた

あんぐりさせる 曲がった言葉 

ジクジクさせる 哀しい言葉

希望を持てず しょぼしょぼだった

ありふれた鬱屈 くたくただった

勇気が湧かず ぐんにゃりだった

 

あなたに出逢い パチンと変わった

 

あなたのまなざし ゆるぎない

ゆがんだ言葉 さらりとはじく

心に不思議な 力をくれた 

木漏れ日 心に降り注ぎ

陽射しが絶えず 心を照らす

 

あなたのまなざし 光の楽園

 

 

「ボンちゃん。ゴリラのまなざしは、光の楽園だね」 

 

 

 

 

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2009年4月23日 (木)

『肩透かし』

スーザン・ボイルさんの歌声が心から離れない。

何度聴いても涙が頬を伝う。

なんといっても印象的だったのは、

いい意味でのユニークな肩透かしである。

さげすんだ眼差しを向ける、

会場の観客と審査員に腰フリをしてさらに白けさせ、

失望感を漂わせておいた後に、

その歌声で心を掴んでしまったのだから。

奇跡の歌姫、天使の歌声に感動がおさまらない。

 

 

詩をつくってみた。 

 

 

『肩透かし』

 

愛する人へ 最後の手紙

 

自分が選んだ道だから

愛したことに 悔いはない

 

自分が決めた道だから

別れることに 悔いもない

 

これが最後に伝える思い

 

あなたの笑顔は 肩透かし

あなたの眼差し 肩透かし

愛するものを肩透かす

 

金魚の鯛平 インコのピー

子犬のチビ太 子猫のマル子

ふれあうすべてを肩透かす

 

まっすぐなものは全てを信じる 

肩透かしな優しさ信じ

肩透かしな誠意を信じ

肩透かしな心を信じ

肩透かしなあなたを信じる

 

 

気どった裏切り 肩透かし

過去を裏切り 今を裏切る

きっとあなたは未来を裏切る

あなたはあなたを肩透かす 

 

天使の顔した悪魔だわ

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは天使の顔した天使だね」

 

 

 

 

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2009年4月22日 (水)

『ポペプピパな土曜日』

小さい頃から、

ずっと変わらないことがある。

私は土曜日が大好きなのである。

小さい頃、家の近くに福助というスーパーがあった。

土曜日は、

ちょっと高級感のある、398円位のお菓子を選んでもよかったのだ。

毎週土曜日の夜は、家でお菓子パーティーを開いていた。

だから土曜日が大好きだった。

 

社会人になり、週休二日制の会社に入り、

はなの金曜日を体験した後も、

それは変わらない。

 

 

詩をつくってみた 

 

 

『ポペプピパな土曜日』

 

オイウイアな月曜日

コケクキカな火曜日

ソセスシサな水曜日

トテツチタな木曜日

ノネヌニナな金曜日

ポペプピパな土曜日

モメムミマな日曜日

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんな日を過ごすと、オー、今日はゴゲグギガな日だったなー、って思う?」

 

 

 

 

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2009年4月21日 (火)

『絶望のかけら』

Susan Boyle スーザン・ボイルさん47歳独身女性が、

イギリスのオーディション番組に出演し、

レ・ミゼラブルのアイ・ドリームド・ア・ドリーム(夢やぶれて)を歌った。

その美声に涙が止まらない。

動画サイト「ユーチューブ」で是非、聴いていただきたい。

 

自然の一部であるような、

澄んだ歌声に心揺さぶられ、

何度聴いても涙が溢れる。

 

 

詩をつくってみた。

 

 

『絶望のかけら』

 

信じる情熱 消した悲しみ

涙が消しゆく情熱の火

焼け跡くすぶり 心すすけ

溢れる涙が 心浸す

むせび泣けば 心砕ける 

 

夢への情熱 姿を消すと

心に夢のお墓ができた

 

粉々となった信じる心

砕けた心を寄せ集め

砂上で楼閣きづく現実

 

絶望の欠片が哀れな声で

破れる夢などないと呟く

叶わぬ夢などないと囁く

信じる力 真実うむと

 

 

「ボンちゃん。信じることでしか心は救われないのかもね」

 

 

 

 

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2009年4月20日 (月)

『ピエロの涙』

横浜でクラウンパーティーがあった。

Clown12

  

  

  

 

みなとみらい21大道芸 2009スペシャルイベントでのこと。

Clown11

  

   

  

 

クラウン専門の養成所「クラウンカレッジJapan」の卒業生が、

20年目の節目に集結し、

20名以上のクラウンがカラフルな衣装を見につけ、

感動と笑いを贈ってくれた。

Clown13

  

 

 

 

詩をつくってみた。

 

『ピエロの涙』

 

雨の公園 すべり台

ピエロが濡れて 空を見ている

三角帽子に 赤い鼻

頬に描かれた一粒の涙

 

ピエロはわたしに気づいた途端

涙顔を笑顔にすりかえ

こまねきしながら おどけている

わたしは傘置き飛び出した

 

ピエロの真似して空を見上げる

雨の粒が涙に混じる

悲しみ一緒に薄まる不思議

4つの瞳が落とした滴

すべり台から地面に降り立ち

よろこぶ涙 大地が包む

 

ピエロ優しく傘を拾い

天空かざして踊り出した

雲の陰で はにかむ星粒

 

ピエロふり向き私を見つめ

地面の涙に手を振り笑った

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも心を隠すから、ピエロの涙がきっと分かるね」

 

 

 

 

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2009年4月19日 (日)

『少年のように』

横浜の赤レンガ倉庫に、

巨大なクモ(高さ12m、重さ37t)が出現した。

フランスのスペクタクルアート劇団のラ・マシンが、

日本に初上陸してのことである。

港には多くの蜘蛛ファン?が居た。

蜘蛛が怖い私だが、

気づけば、そこを訪れていたのだった。ハハッ。

Kumo

  

 

 

 

  

蜘蛛を織り込んで詩を作ってみた。

 

『少年のように』

 

財力権力地位に名誉

無い無い尽くしでコネさえ無い

そういうあなたに惹かれていた

少年のように真っ直ぐな目で

自分を疑わなかったから

 

それがいつしかあなたは変わった

絵になる自分の理想と現実

その狭間で苦しむ毎日

ひげも剃らずに背中を丸め

 

心の叫びにふたするように

お酒を飲んではベンチで眠った

 

そしてあなたは姿を消した

あれから一年の時が経ち

あの日のままで世界が回る

あなたの愛する蜘蛛のラマンが

信じて待てと私に語る

 

きっとあなたは戻ってくる

少年のように真っ直ぐな目で

 

 

「ボンちゃん。ゴリラの眼差しは本当に真っ直ぐだね」

 

 

 

 

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2009年4月18日 (土)

『心の神さま』

絵本を3冊読んだ。

『としょかんライオン』作:ミシェル・ヌードセン,絵:ケビン・ホークス,訳:福本友美子,岩崎書店,2007
『100万回生きたねこ』 佐野洋子,講談社,1977
『おじさんのかさ』佐野洋子,講談社,1992

 

感動の涙が頬を伝い、

ライオンに恋をした。

 

詩を作ってみた。

 

『心の神さま』

 

あなたの過保護に耐えられなくて

別れを選んだ日から久しい

離れて気づいたあなたのぬくもり

思い出消えず今も優しい

雨が冷たく悲しい日には

思い出呟く悲しい日だねと

日差しに強いられ辛い時には

思い出微笑み自信をくれる

雲の厚さにめげそうな時は

思い出頬なで勇気をくれる

いつでも思い出私を守る

あなたは私の心の神さま

 

 

「ボンちゃん。図書館で鼻眼鏡して本を読むゴリラ、絵になるね」

 

 

 

 

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2009年4月17日 (金)

『愛くれウーマン』

こんな女性がいたら、

男の人は、

自分だけを頼りにしているのだと思って、

抱きしめ、

守ろうとするのかもしれない。

が、

きっと手にあまり、

手放すに違いない。

 

詩を作ってみた。

 

『愛くれウーマン』

 

愛の条件 求む安らぎ

お高くとまって愛を計り

まずは思惑さぐり合って

損得考え笑顔を作る

気ままな調子で傍若無人

巧みな裏技涙ポロッと

サブリミナルは愛をおくれよ

きりなく続く愛くれ運動

大きな声では言えないけれど

求めることが愛だといえよう

愛想尽かされ恋人去れば

涙目化粧して愛探す

愛くれウーマン愛を求む

 

 

「ボンちゃん。愛は愛する中にあるんだよね」

 

 

 

 

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2009年4月16日 (木)

『雲の峙(そばだ)ち』

青空の向こうに、

雲の連なりがあって、

まるで山のように見えた。

 

詩を作ってみた。

 

 

『雲の峙(そばだ)ち』

 

菜の花畑で抱き合った日々

ミントの香りに夏は包まれ

紅葉に染まった実りの秋

もみの木の下で愛を語った

 

眼差し絡めて笑った日々

あなたといると心躍った

絵になる雪山見つけたような

不動のロマンス感じていた

 

ワタスゲ広がる木道の間近で

あなたと眺めた南アルプス

空に浮かぶは不動の白山

あなたの愛とはどこか違った

 

儚い意識の愛の実現

山と見まがう雲の峙(そばだ)ち

あなたの心に私はいない

あなたの心にあなたがいる

心許した日々への別れ

求める愛は無意識の情熱

 

 

「ボンちゃん。薄っぺらい愛はいらないね」

 

 

 

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2009年4月15日 (水)

『涙雨』

昨日の帰り道、

雨の夜道を歩きながら、

詩を作ってみた。

 

『涙雨』

 

根のない笑顔を風に揺らし

役者面して愛を演じる

雨空見つめる眼差し遠く

いつでも心は もぬけの殻

 

愛するものは 打ちひしがれて

つなぐ手ほしさに雨握る

 

俯く顔が無邪気に語る

終わりにしたいと告げている

無垢な世界にあなたを逃がす

そんな勇気が欲しいと願う

 

愛するものは 打ちひしがれて

つなぐ手ほしさに雨握る

 

雨降る街の夜道をひとり

電話に出られず彷徨い歩く

別れの予感に震えながら

同じ信号なんども渡る

 

愛するものは 打ちひしがれて

つなぐ手ほしさに雨握る

 

最初で最後のあなたの涙が

わたしの頬に流れて落ちた

知らない景色に消えゆく姿を

瞳に焼きつけ 手を振った

 

愛するものは 打ちひしがれて

つなぐ手ほしさに雨握る

 

 

「ボンちゃん。雨と涙は似ていると思う?」

 

 

 

 

 

 

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2009年4月14日 (火)

『月の道』

昨夜もおぼろ月だった。

さそり座α星アンタレスの北0°24′に、

月が接近したのは、

2009年4月13日22時21分のことだった。(参考:The Moon Age Calendar)

 

詩を作ってみた。

 

『月の道』

 

愛した匂いが忘れられず

匂いが似ている ただそれだけで

あなたなしでは生きられないと

やっと出会えた人だと告げた

 

はしゃいで話す作り話を

波がさらって海に沈める

哀しい眼差し隠すように

星の光が輝きをたす

 

あなたはそっと私を抱き寄せ

優しく髪撫で もういいよと

小さな貝殻 耳にあて

聞こきこえてくるよと 静かにいった

 

涙のしずくを砂浜が飲み

海が目覚め月の道映す

金の色した永遠のいのちに

私の心にあなたを見た

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、誰かの中で、違う誰かを探すことってある?」

 

 

 

 

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2009年4月13日 (月)

『葉桜』

つい数日前まで艶やかだった桜が、

清楚で清々しい葉桜となった。

季節の移り変わりの早さに、

心がまだついていけず、

なんだかもの悲しい気がする。

こんな時は、

誰かと一緒に葉桜を見たい。

 

詩を作ってみた。

 

『葉桜』 

 

あなたの道にわたしはいない

わたしの道にあなたはいない

それが別れだと気づいたとき

涙で心がおぼれていった

 

削除できずにアドレスにある

あなたのメールに電話番号

着信ないまま5年が過ぎて

かけることなく5年が過ぎた

 

あなたのブログを偶然見つけ

記憶が色づき心がひらく

照れくさそうに微笑む写真に

元気にしてたとたずねてみる

 

とまどい狂ったあの日遠く

笑った日々だけ鮮やかで

別れた桜道散歩して

葉桜に季節の巡り知る

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは誰かとの別れを季節で感じることって、ある?」

 

 

 

 

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2009年4月12日 (日)

『どう生きる』

今日、電車の中でこんな詩が思い浮かんだ。

 

『どう生きる』

 

憧れ野望と四の五の言って

目指すは出世自己実現

効率よければ余裕をうんで

イチニノサンで結婚し

余裕しゃくしゃく出世街道

五臓六腑に酒しみ渡り

効率成果と人蹴飛ばして

欲欲だらけで四苦八苦

七転八倒傲り威張って憂さ晴らし

心身贅肉悲鳴あげ

十中八九は動く屍

メタボな心も弱音を吐いて

己の来た道振り返る

 

その時 人は何をばおもふ

その後 人はどう生きる

 

「ボンちゃん。ゴリラも自分の歩んで来た道を、振り返ったりするの?」

 

 

 

 

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2009年4月11日 (土)

『桜散る』

ついに東京の桜は散り果てることになる。

詩を作ってみた。

 

『桜散る』

 

人が創造するってさ

知識 体験 欲望 価値 努力 

側頭葉 前頭葉 で 創造力

 

桜が創造するってさ

土 雨 太陽 いい空気

木ままにまかせ花吹雪く

 

人が人として生きるってさ

考え信じて共感す

 

桜が桜として生きるってさ

葉っぱ紅葉 葉落とし 花開く

 

人は桜に感動し

多くの奇跡を浴びていう

桜 キレイね散るからいい

 

桜 しずかに散り果てて

新芽芽吹いて葉が茂り

桜 黙って佇み 再び花開く 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも桜と一緒で、あるがままのそのままが、掛け替えなく美しいね」

 

 

 

 

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2009年4月10日 (金)

『花びら』

昨日は満月。

満月も桜も、かなりロマンチストだと思った。

詩を作ってみた。

 

『花びら』

電車の座席に花びら見つけ

不忍池を訪れし

満月見上げて桜を見れば

コウモリ桜と遊んでる

水面の憂いに瞳を置けば

カモが桜と遊んでる

眠れぬ風が静かに吹けば

柳が桜と遊んでる

地面を這うように花びら走り

猫が桜と遊んでる

薄紅色した花絨毯に

亀が桜と眠ってる

花びら敷き詰め池一面で

風が桜と遊んでる

蛙に誘われ畔に立てば

水面に浮かぶは天の川

桜吹雪は春の雪

桜吹雪は星の影

 

 

「ボンちゃん。ゴリラが桜と遊んでいると、桜もゴリラに恋をするかもね」

 

 

 

 

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2009年4月 9日 (木)

『不忍池 亀の帰路』

もうすぐ桜とも別れなければならない。

Shinobazunoike3

 

 

  

 

  

不忍池では、

フィナーレを飾るように桜吹雪が舞っていた。

Shinobazunoike2

 

 

 

 

水面を見ていたら、

亀がヒョッコリ顔を出した。

 

Shinobazunoikekame1

 

 

  

詩を作ってみた。

  

『不忍池 亀の帰路』

 

桜吹雪の古池に

水面乱すは亀の顔

頬に桜の花びら飾り

花道揺らして進みゆく

どこへゆくかとカッパが問えば

竜宮城への帰路という

 

Shinobazunoike1

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。竜宮城には、不忍池から行けるのかもね」

 

 

 

 

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2009年4月 8日 (水)

『桜そして桜』

桜にはどこか愁いがある。

ひらりはらりと散る花びらを見ていると、

せつなくなる。

そこで詩を作ってみた。

 

『桜そして桜』

 

消えゆく記憶に棲む貴方

桜見るとき返り咲く

ひとりで歩く桜道

別れたあの日が蘇り

涙に映るおぼろづき

桜吹雪が頬につく

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、桜を見て何を思ふの?」

 

 

 

 

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2009年4月 7日 (火)

『飛鳥山 桜の詩』

今夜、飛鳥山の桜を見に行ってきた。

 

Asukayama2

 

 

 

 

 

誰かが小さくコンコンと、

爪で右肩を叩くので、

振り返ってみたら、

キツネがいた。

そんな気配漂う、

愁い帯びた、

怪しさの漂う、

なんとも色っぽい山だった。

 

Asukayama1 

  

 

 

詩を作ってみた。

 

『飛鳥山 桜の詩』

 

暮れなずむ飛鳥山

今宵はもののけの姫が花見にやってくる

さあ、雪洞に灯をともせ

さあ、花びらで桜の花道を

さあ、ささを用意しろ

さあ、キツネの舞妓を呼べ

今宵は飛鳥山の桜祭りだ

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、もののけと話したりするの?」

 

 

 

 

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2009年4月 6日 (月)

途方学習

語学学習とは、継続学習でもあると思う。

毎日が途方にくれる私のイタリア語学習などは、

途方学習とも言える。

イタリア語の動詞の活用を、

脳に送っても送っても、

それを拒むかのように脳は忘却へと送る。

その達成感の薄さに心がたじろぎ、たまに思う。 

もう止めた!

と、やめるのは簡単なのだが、

誰も引き止めてはくれないから、

悲劇のヒロインにさえなれない。

 

 

脳を通過した言葉は、

本当に何も吸収することなく、

奇麗サッパリ忘れてしまうものなのだろうか、と。

 

そんな素朴な思いを抱えている私なのだが、

先日、興味深い話を聞いた。

 

ある日本人の男の子が幼い頃にフランスに住んでいた。

その当時はフランス語を話していたという。

後に、生活の場が日本に移り、

彼はフランス語をすっかり忘れてしまい、

日本語しか話すことができなくなってしまった。

ある時、彼が交通事故にあった。

瀕死の重傷で意識が混濁し、ベッドでうわ言を言った時、

その全ての言葉がフランス語だったという。

 

意識が戻った彼は、

フランス語を忘れた彼に戻り、

日本語しか話せない状態に戻ったのだった。

  

  

ということがあるので、

勉強したことは、

無意識の分野には入り込んでいるのかもしれない。

 

 

意識した世界で流暢に話せなくても、

無意識の世界で流暢に話せれば、

それでもいいか。

と、心華やぎ、イタリア語学習に情熱を注ぐ私なのだった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは何語の響きが好き?」

 

 

 

 

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2009年4月 5日 (日)

『小田原城 桜の詩』

Odawara1

 

 

 

小田原城の桜は満開だった。

建造物の中で、

お城が一番、

桜と似合うように思う。

 

Odawara3

 

 

 

桜の詩を作った。

『小田原城 桜の詩』

 

去年のように

小田原城は正座をしている

ゾウは俯いている

サルはケンカをしている

ヒトは酔っ払っている

いちねんぶりの変わらぬ春

桜ほくそ笑み

花びらが舞う

去年のように

小田原城には桜が似合う

 

Odawara2

 

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。桜吹雪に佇むゴリラは、絵になるだろうね」

 

 

 

 

 

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2009年4月 4日 (土)

Espresso

喫茶店で久々にエスプレッソを飲んだ。

その時、

ある記憶が思い出された。

 

イタリアでコーヒーと言って注文すると、

デミタスカップの中に入った濃くて苦いコーヒーが出てくる。

これがEspresso エスプレッソ。

ティースプーン2杯分以上の砂糖を入れて飲むのがイタリア流。

かなり甘いに違いないのだが、

イタリア人は一様に、

お決まりごとのように大量の砂糖を入れる。

美学なのか、不精なのか、

なぜか入れた砂糖を混ぜずに飲む人も多い。

 

その光景を見るのが楽しみで、

イタリアを訪れる時はバールで観察している私なのだが、

コーヒーに砂糖を入れずに飲む私のような人間の方が、

イタリア人にとっては、

よっぽど奇異な生きもので、

観察対象に入っているらしい。

 

ある時、私は聞いてみた。

「なぜイタリア人は、そんなに甘~いエスプレッソが好きなの?」、と。

すると耳障りのいい言葉が返ってきたのだ。

 

「なぜって、人生が苦いからね……」、と。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ人生も苦い?」

 

 

 

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2009年4月 3日 (金)

『桜シャンデリア』

東京の桜は各地で見頃を迎えている。

上野の森は7分咲き。

ブルーシートを毛せん代わりに、

お花見を満喫する人々で溢れている。

 

そこで、詩を作ってみた。

 

『桜シャンデリア』 

 

満開の

桜の下では恋も咲く

ブルーシートを毛せんに

キミが好きだと言ってみよう

頬が色づく桜色

ああ、桜シャンデリア

 

Sakurau1 Sakurau2 Sakurau3 Sakurau5

 

 

  

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラって、情熱家なのに、受身的な美学に則って生きているようで、恥ずかしがり屋さんなのか、プライドの高さからなのか、いずれにしても絶対的に認めた者にしか心を見せないでしょ。その美学に揺れながら恋をするのって、大変じゃな~い?」

 

 

 

 

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2009年4月 2日 (木)

『オタマジャクシの詩』

『オタマジャクシの詩』

夕暮れ時の

ほの暗い池を

オタマジャクシの黒い軍団がうごめいている

大きな石を押し合いへし合い

池に響くは

水かく音色のシュプレヒコール

目指すはカエル

ヒキガエル 

 

 

Otamajakushi4

 Otamajakushi3

Otamajakushi2 Otamajakushi1

Otamajakushi6  

 Otamajakushi5

 

 Hikigaeru1

 

 

 

  

   

それは都会の池で見つけた光景だった。

梅雨頃にはカエルに変身するのだろう。

都会の池で産まれたオタマジャクシは、

都会派なヒキガエルになるのだろうか。

そんな思いで『オタマジャクシの詩』を作ってみた。

 

また会いに行ってみようと思う。

 

 

「ボンちゃん。オタマジャクシがカエルに変身する様は、青虫が蝶に変身する様と似ていると思わない?」

 

 

 

 

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2009年4月 1日 (水)

グレイビーなお尻

そういえばこの間、

あるお尻を見ていたら、

目がグルグルしてきた。

 

 

Gz1

 

 

 

 

これがそのお尻。

見事にグルグルしている。

グレイビーシマウマは、

最も大きくて美しいシマウマなのだそうである。

 

Gz2

   

 

 

 

 

グルグル模様の役割は、

仲間同士との目印、

敵の目をごまかすためなどに、

役立っていると考えられているらしいが、

アシや顔の模様なんかは極緻密で、

もうグー゙ルグルグルグルグルッーなのだ。

目が迷路に入った気分に陥る。

 

 

Gz3_2

 

 

 

仲良くイタリアンライグラスを食べている姿の、

その迷路(シマシマ模様)に目が迷っていたら、

それぞれの迷路の道が異なっていることに気づいた。

実際に、シマウマの見分け方は、

模様の異なりを見るという。

 

Gz4

 

 

 

これ、シズカちゃんのカラダ。

腰の上部(写真内の↓を参照)に、 

XとYの模様がある。

 

オレは,

シズカのXYなカラダを、

生涯忘れないだろう。

 

そんな感じなのだ。

 

 

 

「ボンちゃん。グレイビーなゴリラに憧れる?」

 

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2009年3月31日 (火)

『春よ。』

『春よ。』

海辺にも春はくる。

都会にも春はくる。

悲しくても春はくる。

嬉しくても春はくる。

場所がどこであっても、

人がどうであっても、

春はやってきて、

いつだって春らしい。

春夏秋冬。

冬から春、春から夏へと季節は廻る。

たまには秋へと廻りたいかなあ。

春秋夏冬。

慣れないせいか、言いにくいなあ。

 

Hibiya1 Hibiya3jpg Hibiya5jpg

 

 Hibiya10Hibiya7

Hibiya2 

 Hibiya6   

Hibiya4jpgHibiya8  

 Hibiya9

 

 

 

 

 

 

日比谷公園の春は、美的センスが高いらしい。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはお花畑が好き?」

 

 

 

 

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2009年3月30日 (月)

猫の、玉

なぜか、どの国にもペットの代表的な名前がある。

 

イタリアの代表的な犬の名前は、

Fido フィド (忠実)だという。

 

日本における犬の代表的な名前はいまひとつ思いつかないが、

猫のそれは、

やはりタマが君臨しているだろう(根拠は全然ない)。

 

なぜ日本人は猫にタマと名付けるだろうか?

 

猫は目も丸いし、寝姿もまん丸で、

玉のように丸いから「タマ」、

というご意見はあると思うが、

イタリアの、Fido フィド (忠実)がそうであるように、

そのものズバリの名前、

求めるものを名に託す傾向が人にはあるようである。

従って、

多くの場合は、

福を招く猫。

招き猫をイメージしてのことではないだろうかと思うのだ。

 

「玉」という漢字は、

玉の輿、逆玉(逆玉の輿)という言葉からも連想されるように、

富貴の意、イメージがある。

地位、名誉、財産といった富貴を運んでおくれよ!

そんな思いを込めて猫に「タマ」と名づけているように思うのだ。

 

そうだとすると、

表札に猫の名を連ねる際には、

カタカナの「タマ」や、

ひらがなの「たま」ではなく、

漢字の「玉」とした方が、

その効力を発する力が強いのではないか……、

そんな風に老婆心ながらに思うのだった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラの代表的な名前は、“森の王子”以外にはないね」

 

 

 

 

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2009年3月29日 (日)

おばけも花見

映画『千と千尋の神隠し』が好きだから、

私の心は10歳かと思っていたが、

もしかしたら、5歳なのかもしれないなあ。

 

ついにお花見の季節となった。

人間界と同様に、

おばけ長屋も、

今日あたりお花見をするにちがいない。

 

‐空は雲ひとつ無く青空が広がっている。

‐桜は満開。

‐赤い毛せんの上では、

‐首でニョロニョロとリズムをとりながら、

‐あねさんが三味線をつまびいている。

‐長屋のおばけ達は美酒と音色に陶酔している。

‐次の瞬間、

‐空に暗雲が垂れ込めてくる……。

 

この続きは、

絵本『おばけの花見』の世界でお楽しみいただきたい。

(内田麟太郎 作/山本孝 絵『おばけの花見』 岩崎書店,2008)

 

 

え?

長屋にいる、どのお化けになりたいかって?

 

あなたは、実にいい質問をする。

そんなあなただけに、特別に教えよう。

それはね、

ベロをぺロリと躍らせて、

空をふら~と散歩する、提灯おばけなのだよ。

提灯おばけに憧れているのさ。

 

この絵本の対象年齢は5才だという。ハハッ。

 

 

「ボンちゃん。今週は、ゴリラ界もお花見だね」

 

 

 

 

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2009年3月28日 (土)

クリスタルなゴリラ

クリスタルな森の中で、

クリスタルなゴリラに出会ってからというもの、

私の心はあの輝きに、

捕らわれてしまったのである。

 

朝の宝石店ティファニーの前で、

輝く宝石に包まれて生活する自分を想像し、

デニッシュを食べるホリーの、

あの気持ちが、

分かったような気がする。 

 

映画、『ティファニーで朝食を』(原題:Breakfast at Tiffany's,1961年)の、

オードリー・ヘプバーン演じるホリーである。

 

昨日、偶然にスワロフスキーの前を通りすがった。

スワロフスキー社といえばクリスタルフォレストとして知られる。

そのクリスタルな森の中に、

Black Diamondクリスタルの輝きを放つゴリラがいたのである。

フィギュリーンの美しさ、

あのJetクリスタルの目の輝きに、

身も心も吸い寄せられてしまった。

 

それは今年誕生したゴリラだった。

2008-2010年の3部作「ワイルドライフ‐稀少な野生動物」として、

2008年の限定モデルが、パンダ。

2009年の限定モデルが、ゴリラだという。

売上金の一部が地球の資源である水を守る活動に寄付されるという。

 

更に、ゴリラチャームブレスレットまである。

ものづくりマンの私だが、

クリスタルなゴリラは作れない。

無念だ。

 

Breakfast at Swarovski's

『スワロフスキーで朝食を』

そんな2009年になるかもしれない!?

 

 

 

「ボンちゃん。クリスタルなゴリ友達、欲しい?」

 

 

 

 

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2009年3月27日 (金)

ビンドン!

動物園に行く度に思う事がある。

動物たちの名前が記載されたプレートを見る度に思うのだ。

私だったら、この名前で呼ばれたら返事しないだろうなー、と。

 

名前というのは、名づける人のセンスが如実に出る。

名づけられてしまったら最後、

その名前で一生呼ばれるのだから、

気に入らない名前をつけられたご当人は、

迷惑千万な話にちがいない。 

 

そこで、

もし、私がゴリラとして生まれていて、

幸か不幸か日本で生きることになり、

幸か不幸か人間に名づけられ、

幸か不幸か人間に呼ばれる運命を辿ることになったら、

 

どんな名前だったら、

人間という分際に、

気安く呼ばれることを許可するだろうかと、考えてみた。

 

過去、現在を含む、日本にすむ(すんだ)、

ゴリラの名前を参考にみてみたい。

 

ベベ    サクラ    ドン    シャバーニ  モーイラ  キバブ

ビジュ   マック    Migger  Marta    ヤマト    タロウ

ウィリー  ビンドン    ネネ   オキ    ダイコ     ショウ

ダイスケ  ヒロミ     元気    ゴン    ピーコ      トト

ムサシ   ケンタ   ローラ  アイ        ゴロ     ハナコ

ビル         アキ    ナナ    モンタ    モモコ   モモタロウ

ハオコ  ブルブル  リラコ        

(参考:日本にすむヒト科3属〈チンパンジー、ゴリラ、オランウータン〉に関する情報ネットワーク、GAIN)

 

 

ビンドンなら、いいかな。

誰が名づけたのか、遊び心と個性が感じられて、惹かれるなあ……。

ビンドン♪

て、呼ばれるなら、3度に1度ぐらいは返事をしてあげよう。

 

ドン、  ビジュも悪くないけどね……。

10度に1度ぐらいはヴォッと短く返事をしてあげてもいい。

 

ちなみにビンドンの亡きパパは、

世界でただ1頭の白いゴリラなのだ。

あの世界的に有名だったゴリラのご子息なのである。

1981年にバルセロナ動物園で生まれたビンドン。

今は福岡市動物園にすんでいる。

噂によれば、体型は共にすむウィリーのが優るが、

顔はかなりの美形らしい。

 

ドンは仙台市八木山動物公園をすまいとし、

苦みばしった貴公子という感じで、超イケメンなゴリラである。

ゴリラ図鑑でゴリラ比べをしてみたところ、

日本のゴリラの中では最も美男子で、

貴公子ベッカム様をも凌ぐのではないかと私は思っている。 

 

ビジュは、1999年に上野動物園で急逝してしまった。

どこに行ってもモテモテの元気な魅力溢れるゴリラで、

日本以外にも多くの妻子を持っていた。

現在、上野動物園にすむモモコが最後の妻。

モモコと出会った翌日にカップルになり、(ゴリラは神経質なので、出会って直ぐは、稀)

2000年にモモタロウが生まれている。

 

ということで、

もし私がゴリラに生まれ変わることがあったら、

ビンドンと名づけられたら、

返事はするであろうことが分かったのだった。

 

今夜はこの辺で、お開きに。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界でも、名前をつけて呼び合うの?」

 

 

 

 

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2009年3月26日 (木)

WBC猫応援団祝勝会

昨日、WBC猫応援団祝勝会をしようと猫軍団を訪れたのだが、

雨だというのに、猫団長は不在だった。

花好きハナちゃんが言うには、

WBC猫応援団団長から挨拶がひと言欲しいと頼まれ、

お花見に呼ばれたとかで、

毛並みの艶が落ちるのを気にしながら出かけたという。

猫団長は常々、酸性雨が身体に悪いことを気にしているのだ。

 

団長不在で、

シャンパンファイトならぬ、

かつおぶしファイトをやるわけにはいかず、

祝勝会は改めて機会を設けるということになり、 

Neko17

 

 

ハナちゃんと小さくお祝いしてきた。

  

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、イチゴファイトがやりたい?」

 

 

 

 

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2009年3月25日 (水)

侍ジャパン ありがとう!

侍ジャパン 世界一 おめでとう!

笑顔と涙と感動と勇気をありがとう!

 

命を賭したアオダモも、

涙を流して喜んだにちがいない。

赤く潤んだ選手の目を見ながら、心からそう思った。

 

イチロー選手は、

バットの素材であるアオダモへの思いを、

次にように語っている。

「自分が野球をしていく上で、いったい何本のアオダモが死んでいくのだろう。その木に報いるためにも、良い結果を出し、ファンに喜んでもらう。それが木に対する感謝の気持ちなんだと思います」(児玉光雄『イチロー脳力 頂点を極める考え方を学ぶ』 東邦出版, 2009より)

 

誰かのために何かをしたくて、

必死になっていると、

時に、

神は人に降臨するのかもしれない。

 

「ボンちゃん。勝負の神さまは、絵になる人が好きなんだね」 

 

 

 

 

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2009年3月24日 (火)

WBC猫応援団

WBC、本日、決勝戦となった。

私は、WBC猫応援団を結成した。

団長より、

最初で最後のお言葉を賜ったのでご紹介したい。 

Neko9jpg 

 

 

こちらが猫団長。

Abbiate  sette spiriti come i gatti!

アッビアーテ セッテ スピリーティ コメ イ ガッティ!

=イタリア語・直訳 「猫のように七つの精神を持つニャン!勝つニャン!」

 

七転び八起きするんだニャン。逆境からたやすく立ち直るんだニャン。

さすれば、勝つニャン!

そういった意味に値する。

 

さすがは猫団長。

猫をからめた上での、深い御言葉である。

WBC猫応援団団員をご紹介したい。

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侍ジャパン 優勝するニャン!

 WBC猫応援団 団員一同より

 

「ボンちゃん。勝利の神さま、今、どの辺りにいるの?」

 

 

 

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2009年3月23日 (月)

死者との交信

この世、と、あの世。

こちら岸、と、向こう岸。

向こう岸といえば、彼岸。

 

今日は、お彼岸最後の日である。

彼岸は、春と秋に2回。

春分と秋分のそれぞれを中日として、各七日間。

彼岸中は、霊との交信が可能だというイメージがある。

日本人は、

霊は不滅で、

霊界との交信はできる、

と考える傾向が強いからこそ、

いまだに風習が残っているのだろう。

 

 

発明王、エジソンは、

人生の終盤期、

死後の世界とやりとりする精巧な装置、

霊界通信機を創ることに心血を注いでいたという。

 

アメリカの雑誌『オーム・8巻1号』(1920年)で公にし、

その発想の礎には、次の考えがあった。

①意識や霊は科学と同じ役割を果たす。

②霊は不滅である。

③霊界との交信は可能。

(参考: 週刊 世界百不思議講談 パートワークNo.3  2009/4/2) 

 

科学とは、

「体系的であり、経験的に実証可能な知識」(広辞苑より)である。

 

いつの日か、

“思い”や“霊”が科学で立証され、

“思い学”や“霊学”を大学で専攻できる日が来ると思うと、

夢が膨らむ。

思いは不滅で時空を超えて交信ができたら、

嬉しいし、楽しいし、何よりも心強い。

 

しかし、

向こう岸にいるおばあちゃんやおじいちゃんたちに、

この世のすべてがお見通しだったら……、

メール同様に、霊界通信機を介して交信が可能だったら……、

霊界通信機が、

ピーピーピーピーと、夜通し鳴り続けることになるのだろう。

「また夜更しして!もう寝なさい。おばあちゃんより」とか、

「おい、四角い電子画面ばかり見ていたら身体に障るぞ。祖父より」

などと、微に入り細を穿った助言を賜ることになるのだ。

 

そうなった時、

人は、

霊界通信機のなかった時代に思いを馳せ、

昔は風流だったと言うのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは死者との交信を試みる?」

 

 

 

 

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2009年3月22日 (日)

柔道の神様のお墓

柔道の創始者、嘉納治五郎氏は、

八柱霊園(千葉県松戸市)に眠っている。

 

祖父の柔道のお師匠であったこともあり、

年に一度はお墓参りをさせて頂いているのだが、

出向く度に、清々しさを覚えるお墓なのである。

 

Jigorokano1

 

 

 

お墓の入り口には石の鳥居が建っており、

 

Jigorokano2

 

 

 

 

 

左手には、事跡が刻まれた石碑「頌徳碑」が建ち、

 

Jigorokano3

 

 

 

その右手には、台石の上を丸石で埋め尽くした丸いお墓、土饅頭がある。

石匠は、山王日枝神社 「招魂社」狛犬(赤坂)などの石造物で知られる、野村保泉氏。

聞くところによれば、

今ではほとんど、機械を使って彫刻するが、

この当時は全て手彫り。

その彫りの美しさ、深さに職人魂を感じる。

「頌徳碑」の裏に石工名が彫られているのだが、

その文字「野村保泉」だけが、

他のどの文字よりも細く、浅く彫られている。

 

あの墓地の清々しさは、

凄腕の奥ゆかしい石匠だったからこそ醸し出されたものなのだろう。

 

嘉納治五郎さんは、眠り心地が良いに違いない。

 

 

 

「ボンちゃん。時を経ても、美徳で有り続けるものは、奥ゆかしさだね」

 

 

 

 

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2009年3月21日 (土)

ナマケモノの赤ちゃん

ナマケモノの赤ちゃんに会った。 

 

2008年の夏、

動物園の放飼場の床に落ちていたという、この赤ちゃん。

母親のお腹にしがみついていて、落下してしまったらしい。

今は人口保育中にある。

 

Namakemono2

  

 

 

写真の通り、

タオルを母親代わりに、しがみついている。

 

ナマケモノの特徴といえば、

木にぶら下がっていること。

睡眠時間が一日、20時間と長いことだが、

この度、もうひとつ驚くべきことを知った。

 

毛の生え方が一般的な動物とは異なり、

逆向きに生えているのである。

逆さにぶら下っていても、

水はけがいいように、

雨が降っても大丈夫な向きになっているのだ。

 

Namakemono1

  

 

 

  

 

寝ながらに、

心の眼で周囲を観察する能力を有しているのだろうか。

私の熱い視線に応えるように、

ヒョッコリと顔を上げてくれた。

 

 

 

「ボンちゃん。ナマケモノは頭も目も、丸まっている様子も、なんだか全部がまんまるだね」

 

 

 

 

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2009年3月20日 (金)

サムライの星

「彼も人間なんだな」

そう、原監督が感じたほど、

昨日のキューバ戦での成果に、イチロー選手は喜んでいたという。 

 

誰もが、

調子がいい時や軌道に乗っている時は、

心に余裕があるから本音を語りやすい。

その一方で、

心理的に崖っぷちに追い詰められている状況にあれば、

イライラして誰かに当たりたくなるし、

誰とも目を合わせたくないし、

誰とも口を聞きたくないものだと思う。

 

サムライジャパンのキャプテンという重責を背負い、

結果を出してチームを引っ張りたいという強い意志に反し、

結果が伴わない苦しみ。

まさにその心境にいる、イチロー選手。

 

自らに向かう腹立たしさ、悔しさ、怒り、悲しみに、

折れそうになる心を、

必死に律しているのが、

ブラウン管を通しても痛いほど伝わってくる。

 

 

できることなら受けたくない試合後のインタビューに違いない。

それでも彼は、

偽らざる本音を取り乱さずに語るのだ。

その姿に深い感動を覚える人も多いだろう。

 

サムライジャパンのキャプテンは、

その生き様で、

前に進む勇気を失いかけている多くの人々を、

勇気付けているように思うのだった。

 

 

「ボンちゃん。照る日も、曇る日も、嵐の日もあるんだよね。いろんな日があるけど、それでも前を向いて歩くしかない。それが生きるってことなんだろうね」

 

 

 

 

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2009年3月19日 (木)

ミッチー王子

ミッチー王子を、占い(四柱推命)で分析してみた。

今年は、及川光博さん(歌手、俳優)が活躍期にある。

 

日々、心と行動を一致させて活動している人

(=気質と向いている事に携わっている人)

が、好運気に突入するとスゴイことになるのだ。

 

今回の『相棒』人事は、

ミッチー王子が望んだことにより、叶ったのか。

偶然的に、

ミッチー王子にチャンス到来+チャンス獲得となったのか。

或いは誰かが、

ミッチー王子の気質と運気、

水谷豊さんの気質と運気を調べ、

総合的に相性を見た上で、

『相棒』特命係に配属したのか。

 

人事相談を受けなかった私は、その流れを知る由も無いが、

杉下右京氏(水谷豊さん)と神戸尊氏(及川光博さん)の相性は抜群。

まさに、必然の帰結といえる名人事である。

 

斬新な発想をする組織は、

人事に、四柱推命を活用していることが多い。

警察庁長官官房長  小野田公顕氏(岸部一徳さん)なら、

密かに四柱推命を参考にして、

人事に提言しているような気もするが……。

 

 

いずれにせよ、

ミッチー王子の運気は、

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いにある。

CMだって、てんこ盛りに増えるにチガイナイ。

 

今年は国際ゴリラ年だが、

同時に、

ミッチー王子年になるのだヨ!

 

 

「ボンちゃん。ミッチー王子をライバル視して、盛大なゴリラ年にしようね」

 

 

 

 

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2009年3月18日 (水)

テレサ・テンの歩いた道

1981年のあの歌詞は、

故テレサ・テンの、

ジャッキー・チェンへの思いだったのかもしれない。

 

テレサ・テンの歌った「ジェルソミーナの歩いた道」(作詞:門谷憲二/作曲:丹羽応樹/編曲:羽田健太郎)という曲がある。

誰もが知る「つぐない」と比べると、

知る人ぞ知る曲だったように思うが、

この曲を歌う時の彼女の歌声の切なさは、

他の曲の歌声をとは比にならない、

何か特別さがあったように感じたのを覚えている。

 

切なくやりきれず、

恋しくてやるせない思いに、

なんとか折り合いをつけようと、

もがき、

それでも前を向いて生きていこうとする、

痛いほどまっすぐな思いが、

真に迫ってくるのだ。

 

 

ジャッキー・チェンは、

1970年後半頃からテレサ・テンと交際したが、

彼女とは結婚せず、

その数年後の1983年に、

元女優だった林鳳嬌(ジョアン・リン)と極秘結婚している。

 

このほどジャッキー・チェンが中華メディア番組で、

テレサ・テンと結婚しなかった理由を語ったのである。(YAHOO記事参照)

自分の周りの仲間がテレサのことを気に入らず、仲間がジョアン・リンと結婚することを望んだから、と。

 

彼の真意を計り知ることはできないが、

25年ほどの歳月が過ぎた今、

なぜ沈黙を破ったのだろうか、という思いと、

その言葉と行い自体に、

寂しくも悲しくも、

なんともやるせない気持ちにかられた。

 

そこでふと思った。

「ジェルソミーナの歩いた道」の作詞家は、

当時の悲恋を知っていて、

フェデリコ・フェリーニ監督の映画「道」(1954年)の主人公、ジェルソミーナに、

彼女の心を重ねて作詞したのかもしれない、と。

 

 

彼女は「ジェルソミーナの歩いた道」が一番好きで、コンサートの最後にはいつもこの曲を歌っていたという。

 

 

元恋人の言動に、

天国にいる彼女は今、

何を思いながら、

「ジェルソミーナの歩いた道」を口ずさむのだろうか……。

 

 

「ボンちゃん。愛した者の中に、やるせなさを見た時、ゴリラはどうする?」

 

 

 

 

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2009年3月17日 (火)

もののけ猫

いつも通る道の、

当たり前の風景の中で、

新鮮な思いを見つけると、

こんなにも心が華やぐものかと、

不思議だった。

 

 

小春日和だった昨日のこと。

アスファルト道に、猫が一匹いた。

陽射しが眩しいのか、太陽に背を向けて座っている。

その背中はまるで、

白とグレートと茶が見事に調和した旗のようだった。

猫の邪魔をしないように、静かに背面側にしゃがんだ。

この猫背フォルムなら、

水さえも喜び勇んで流れるにちがいない、

と、暫し時を忘れて見惚れていた。

 

次の瞬間、

私の目はアスファルトにいる、

もののけな力に一気に吸い込まれてしまった。

 

愛しさを覚える身体のフォルムとはかけ離れ、

幻の世界に生きているような、

もののけな猫が地面にいたのだ。

それはまるで、

猫の魅力は人間には計り知れない、

と、告げているようだった。

 

あの猫を見てしまった今となっては、

猫の影の影が、実在する猫に思える。

 

触れれば柔らかい猫が、

猫の影の幻影であっても不思議ではない。

そんな気がしてくるのだった。

 

Gatto1

 

  

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも、影が物の怪?」

 

 

 

 

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2009年3月16日 (月)

悲観 vs 楽観

「悲観は気分、楽観は意志」

(週刊文春 2009/3/19号 「下重暁子の風の道しるべ」より)

これはフランスの哲学者アランの言葉である。

 

今朝のサムライジャパンの勇姿に感動と刺激を受け、

“悲観vs楽観”について早朝より熱く考えてみた。

 

異国の道で迷子になったとする。

ショボーンと、悲観的な気分が胸を占拠し始めている。

トボトボと歩いてはいるものの、心細さの極致。

道を聞こうと、すれ違う人に声をかけてみるが、

自分の存在が見えないのか、通り過ぎていってしまう。

 

涙が出そうになる。

 

ここが、“悲観 vs 楽観”の勝負なんだ。

 

 

ある分岐点で迫られる“気分と意志”の勝負。

それはその先の運命の道を決めるための、“悲観と楽観”の勝負。

 

気分が勝てば、悲観の道へと進むのだろう。

心を絶望の淵に自らで追いやる気分が降り注ぐ、悲観の道。

 

意志が勝てば、楽観の道へと進むのだろう。

「これまでだって何とかなってきたんだから、何とかなるさ」

と、力みが消え、前途への勇気が湧き起こる、楽観の道。 

 

悲観の道の行く末にあるものは、厭世でしかない。

楽観の道の行く末にあるものは、楽天でしかない。

 

悲観vs楽観 = 気分vs意志 = 厭世vs楽天

この構図が成り立っているのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、悲観vs楽観、どっちの勝敗率が高い?」

 

 

 

 

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2009年3月15日 (日)

偉大なる野良猫様

ラーメン店の前を通りすがった時のことだった。

野良らしき猫様が店内を見つめていた。

ちらりと中を見れば、

入り口のテーブル席に談笑している男性客がいた。

 

Neko01

  

 

 

 

野良猫様の願いは叶うだろうか……、

と陰から見守ること、1分。

 

扉が、そっと開いた。

 

次の瞬間、

 

コロン、

と、チャーシューの欠片が野良猫様の前に落ちてきた。

 

 

ひと言も鳴かず、

眼差しを向けることで、

野良猫様は願いを叶えたのである。

 

無駄に喋らず、

心の声に耳を傾け、

下手に世間を気にせず、

自分を信じて行動すれば、

願いは叶うニャン。

と、

人生哲学を説いて下さった瞬間でもあった気がする。

 

野良猫様は、

通りすがりの、

見ず知らずの私に、

生きる上で重要なことを、

さらりと伝えてくれたのだ。

 

野良猫様に感謝し、今日を生きようと思う。

 

それにしても、

偉大なる野良猫様である。

 

 

「ボンちゃん。存在感の重さは、質のいい寡黙さと比例しているのかもね」

 

 

 

 

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2009年3月14日 (土)

ゴリラの赤ちゃん

San Fracisco Zoo's website掲載の情報によれば、

同動物園で、2008年12月にゴリラの赤ちゃんが誕生した。

母ゴリラが育児放棄をしたため、

現在は人間の手で育てられているという。

 

名前のつけ方がユニークなのである。

赤ちゃんの名前を一般公募して候補を5つに絞り、

名前を託した5つのボールを色分けして用意し、

ボールを庭に並べて、パパゴリラのご決断を待ったのである。

 

パパは迷うことなく、緑色のボールを選んだ。

その名は、“Hasani”(スワヒリ語)、“ハンサム”の意なのだった。

恐るべしパパの直感、洞察力である。

 

栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し

(=大成する者は幼少時から優れているの意)というが、

パパがつけた名の通り、

大きな瞳にどっしりとした鼻で超イケメンなゴリラ。

大物になる気配の、重さ13ポンドの“ハンサム”君に、

私はすでに釘付けとなっている。

「ボンちゃん。ボンちゃんは世界一カッコイイよ!」

 

 

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2009年3月13日 (金)

月誕生日

私は以前より、

誕生日祝いに関して、

世に投げかけたい思いを持っている。

 

それは、誕生日は年単位ではなく、月単位、つまり毎月祝おう!

というものである。

 

理由は次の通りなのだ。

誕生日というのは、得てして年月の経過を感じるものである。

あー、あれからもう1年か……。と思うより、

あー、あれからもう1ヶ月か……。と思う方が、

それまでの生活を見直す機会が増える。

習慣を改めることは容易ではないから、

年単位ではなく、

月単位で時間の経過を味わうチャンスが増えれば、

何かと自覚しやすいに違いない。

 

 

次に、お祝いすることで、

1ヶ月一生懸命頑張って生きてきたことへのご褒美になる。

脳というのは、飽き易いらしい。

従って、

ご褒美を与えて脳を喜ばすことが、明日を生きる勇気に繋がる。

自分は独りではないのだ、と、救われ人もいるだろう。

 

もしも愛する恋人が、

「ハニー♪今日は、ハニーの月誕生日だね。僕からの今月の誕生日プレゼント」

と言って花束を贈ったとする。

受け取ったハニーは思うだろう。

ついに白馬に乗った運命の王子さまの出現……、と。

感動した彼女は、

ともすると、一気に結婚を決断するやもしれぬ。

 

好きな男性が、月誕生日(=毎月生まれた日)を祝ってくれたら、

その女性は、その人の存在を生涯忘れないだろう。

たとえ、後に別れることになったとしても、

受けた優しさは消えることなく、彼女を生涯勇気付ける。

と、私は思うのだ。

以上が、“月誕生も祝おう”と推奨する理由である。

 

それに対し、

愛する人や親しい人が亡くなった後、

命日にその方のご冥福を祈り、

生前にその方が好んだ物やお花をお供えしたりする習慣があったりする。

 

命日とは、

同月同日(1年に1度)の祥月命日(しょうつきめいにち)と、

月ごと(毎月)の同日の月命日(つきめいにち)があって、

その両日共に、お供えをする人は少なくない。

 

 

もし、私の息子が、

この世から私が姿を消した後に、

『ママ天国はどう? 今日はママの祥月命日だね。ママはゴリラが好きだったから、特注でゴリラ最中を頼んで作ってもらったんだよ。それとママの好きな胡蝶蘭。奇麗だね」

とか、

『ママ天国も、そろそろ花見?こっちもあと2週間ぐらいで桜並木が華やぎそうだよ。今日はママの命日だね。巣鴨の塩大福と西新井大師の煎餅、遠いのにママはわざわざ買いに行ってたよね。車飛ばして買って来たよ。今月の花はカサブランカにした。天国まで香る?」

 

などと言って私を偲んでくれたとしよう。

 

もちろん嬉しくてたまらない私は、天国から叫ぶだろう。

「右京くーーん!聞こえるーーー? あなたの優しい気持ち、天国に届いたわよ。ありがとう。ママは天国から毎日、あなたの幸せを祈っているわよ。見守っているわよぉーーーーー!」、と。

 

 

その一方で、

私は天国から下界に置かれたゴリラ最中を見つめ、思うだろう。

最中の皮、サクッ、あの歯ざわり、ゴリラ最中……。

そして、もう一度叫ぶのだ。

「右京!!なんで今になってから贈るのよ!生きている間に、何回誕生日があったと思っているの!年に12回贈るチャンスがあったじゃない!その時にゴリラ最中を贈ってくれていれば、食べることだってできたじゃないの!まったく気が利かない子ね!」、と。  

  

まあ、私には、

ゴリラ最中を注文してくれるほど行き届いた優しい息子も、

どうしようもなく不出来な息子も、

右京という名の息子もいないのだが……。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、月誕生日おめでとう!って、毎月季節のフルーツを贈ってもらったら、嬉しいでしょ?」

 

 

 

 

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2009年3月12日 (木)

心のスペック

絵本『つみきのいえ』加藤久仁生 ・平田研也

(第81回米国アカデミー賞 短編アニメーション賞を受賞した同作品が絵本になっている)

を読んで思ったことがある。 

 

人は今を夢中に生きて、幸せに暮らせる。

人は思い出を回想し、幸せに暮らせる。

人は未来に思いを馳せ、幸せに暮らせる。

 

今がイヤでも過去と未来があるし、

過去がイヤでも今と未来があるし、

過去と今がイヤでも未来がある。

 

万が一、

過去も今もイヤで未来もイヤだと思っても、

未来が本当にイヤかどうか、

確認してみなければわからないわけで、

思い違いってこともあるから、

やっぱり試してみた方がいいような気がする。

 

心は、

過去、現在(現実と仮想)、未来、

この3つ、

いや仮想を含めれば4つのステージを、

ちょこちょこと行き来できるのだから、

なかなかの優れモノだなあ。

 

 

「ボンちゃん。つみきの家は、ヴェネツィアを探せば見つかるかもね…」

 

 

 

 

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2009年3月11日 (水)

愛想

街で猫に会うたびに、

天は猫に二物(にぶつ)を与えている、と思う。

独創的な優れた品性、

容姿の美しさ、

優雅な立ち振る舞いに惹かれるのか、 

 

Neko1_2

  

 

  

 

行き交う人々が近寄ってきては、彼女の頭を撫でていく。

毎日の食事の世話をしている人もやってきた。

 

多くの猫は愛想がない。

悩み事を聞いてくれるのだって、せいぜい15秒。

人が親密さを求めると、

徐にその場から立ち去る。

もしも恋人が、

あまりにも猫と同じようだったら、

多くの人は別れをきり出すであろうに。

 

なのに猫を見る目はそれと違う。

猫を愛さずにいられないかのように、

猫の虜。

 

猫だって誰かを愛するはず。

愛する誰かを求め疲れ、

道に倒れ、

来る日も来る日も、

高く広がる無限の空間に向かって、

思いを募らせたりもするのだろうか?

 

Neko2

 

 

 

マンホールで背中を掻いているこの様子からは、

どう見ても、

想像ができない。

 

Neko3

 

 

 

 

 

聞いて見ようと思ったら、

午睡の時刻だと告げられたのだった。

 

猫は、愛想の奥義に達しているのかもしれない。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界に、八方美人で愛想がいいコっているの?」

 

 

 

 

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2009年3月10日 (火)

踊らにゃ損損

La vita e` tropo breve per essere tristi!

ラ ヴィタ エ トロッポ ブレーヴェ ペル エッセレ トゥリスティ

(参考:『テレビでイタリア語』3月号 Luca Ceccatelli のエッセイ)

 

= くよくよするには人生は短かすぎる。

 

 

肌が情熱を求めている、熱く生きようぜ!

と、感じさせるような言葉である。

イタリアは日本と比べてヴァカンスが長い。

家族や友人との団欒を大切にする、スローフードの国である。

サッカーのイタリア戦がある時は商店を閉めてTVに見入ったりする。

通りすがりの女のコにチャオチャオチャオチャオ言い、すぐに口説く。

このイタリアっぽさの礎にあるものは、

その感覚なのかもしれない。

 

この言葉を継ぐ日本語があったような……。

下手な考え休むに似たり。

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損、

なのかな?

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、冷めているタイプっているの?」

 

 

 

 

 

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2009年3月 9日 (月)

ゴリラは森の王様さ。

上野の森のヒカンザクラが咲いている。

 

そこで幸運にも森の王様に遭遇したのである。

Gorillasakura

 

  

 

 

 

王様は、好男子。

威厳に満ちているお姿。

交番脇にある、満開の桜を眺めておられた。

粛々と王様にご挨拶を申し上げると、

王様は言った。

「ミル、風物詩。イク、不忍池」、と。

 

 

その声には、心に強く迫る圧倒的な力があった。

 

失礼の無いように深々とお辞儀をしてお礼を述べ、

早速、不忍池に行って見ると、

 

Shinobazunoike3

 

 

 

お腹まで水に浸り、蓮の枯れ枝を切っている人。

イカダに乗って、それを回収している人。

なんとも絵になる光景が広がっていたのである。

 

上野の森の王様は、

眉目秀麗、且つ、風流韻事なお方なのだろう。

 

「ボンちゃん。ゴリラはイカダ遊び、好きかな?」

 

 

 

 

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2009年3月 8日 (日)

侍流儀で。

WBCの侍 Japanに、

日本中の人が一つになって感動したに違いない。

 

 

韓国にコールド勝ちした試合を観終わって、ふとあることを思った。

 

侍の流儀は、筋を通すことである。

侍から感動を頂いた人というのは、

侍流儀でお返しをしなければならないのではないか?

 

それは、

冬の後には狂いもなく春が巡ってくるのと同じように、

感動返しするのは当然な行いなのであろう。

 

イチロー選手や村田選手のように、

一瞬にして日本じゅうを感動の渦に巻き込むことは容易ではない。

それだからといって感動返しをしない理由にはならない。

例えば…、お年寄りに席を譲ったり、

地道にコツコツと誰かに感動返しをしていれば、

その心意気は伝わるに違いない、侍だから。

 

「智・仁・勇」=知恵・慈悲・勇気

この三つが鼎(かなえ)の脚となり、

武士道の枠組みを支えているのだという。

(参考:新渡戸稲造著/奈良本辰也訳 『英語と日本語で読む「武士道」』2009, 三笠書房 〈知的生きかた文庫〉)

‐まずはどれか一つを実践せよ。

‐次第に、三つが揃っていく。

 

きっと、そう言ってくれるだろう。

侍だからね。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、侍魂が宿っていそうだね」

 

 

 

 

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2009年3月 7日 (土)

Queen Mary 2

Qm27

 

 

 

「クイーン・メリー2」は、海に浮かぶ巨大ホテルのようだった。

(総トン数:151,400  全長:345m 全幅:39.9m
船客定員:2620名 クルー:1299名 建造年:2004年)

 

Qm24

 

 

暴風雨の中、

「まるで修行だね」と、

北風で硬直した顔をほころばせている人々が、

ふ頭には大勢いた。

一方、桜木町駅では、

タクシーの運転手さんが顔をほころばせていた。

  

「クイーン・メリー2」が入港した場所は、

桜木町から高速道路を使って30分程度の場所にある貨物港、

横浜港大黒ふ頭(T-1・T-2岸壁)だった。

その理由は、

大きくて横浜ベイブリッジ(高さ56m)を通過できないからである。

 

Qm23

 

 

「これで5往復目だよ、もう疲れちゃったよー。大黒はもういいよ」

と、運転手さんがすこぶる上機嫌だった。

 

日本に10時間しか滞在しない客船を、

ひと目見るためだけに、

辺ぴな大黒ふ頭までタクシーを利用して来るのだから、

よほどの情熱家か、ロマンチストか、

いや、単なる物好きか、

世の中には珍しい人がいるものである。

と、つくづく感心しつながら、気づいた。

私もその1人か、と。

 

Qm25

  

 

過去に日本に寄港した客船では最大の大きさだという。

海面から62mの高さは圧巻だった。

 

出港時刻に近づき、

世界一周旅行をお楽しみ中のセレブな船客が、

横浜観光を終えてバスで戻ってくる。

 

笑顔がバスの中で揺れ、手を振っている。

 

傘をおちょこにし、寒さに凍えながら、

微笑を湛えて手を振る私たち。

 

次々と、横浜の街からバスが戻ってくる。

 

手を振りながら、なぜだか涙が溢れてくる。

それが不思議だった。

 

ようこそ、NIPPONへ……。

ありがとう、NIPPONは良かったよ……。

 

笑顔が伝えるものは、

そういった印象なのだろう。

 

 

利害関係も無く、

なんの駆け引きもない関係性。

そういう状況でしか生まれない笑顔がそこにはあった。

涙が湧いてきたのは、

その笑顔に心が揺れたからなのだろうか。

 

「ボンちゃん。ゴリラはどんな時に、感動する?」

 

 

 

 

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2009年3月 6日 (金)

君のそばにいるよ

海堂尊さん(医師、作家)と、筒井康隆さん(作家、俳優)

の対談記事が読売新聞2009/3/5に掲載されている。 

 

以前の玉ログの記事「海+堂+尊=愛」(2008/6/3~)でも、

海堂尊さんの事は書いているが、

私は海堂尊さんの小説が大好きである。

 

語りが軽快で、

展開の運びが面白くてカッコイイのは言うまでもないのだが、

本というメディアを通して、

読んだ人々を勇気付けようとしてくれているから。

好きなのだ。

 

「生きるって楽しいんだよ」

「大丈夫だよ」

「心細い時は本を開いてごらん。ボクは、いつでも君のそばにいるよ」

このメッセージが随所にあるのを感じる。

更に、

目の病気を抱える人間の不安や心の苦しみを、

物語の中心に置いていることが、

その奥深さの真髄となっている。

 

 

対談で、

本について、

海堂尊さんは次のように語っている。

「本というのは、実に優しい友達で、自分が必要とする時に、いつでも来てくれる」

その表現通り、

海堂尊さんの小説は優しさ、愛に満ちている。

 

 

私には、緑内障を患って20代で全盲となってしまった友人がいる。

彼が次のように言っていたことが思い出された。

「最先端医療というは、生死に関する病気が優先となって研究されているんだ。目が見えなくても死にはしないからね。目の疾病の研究は後回しにされちゃうんだよね」

そう言って、彼は悲しそうに笑った。

 

私たちは、五感を通じて外部の情報を得ているが、

情報の90%は視覚に頼っているのだ。

従って視覚を失うということは、

社会的活動、行動範囲は、

想像を絶するほど制限されてしまう。

杖があっても、

盲導犬がいてくれたとしても、

点字ブロックがあったとしても、

降りたことの無い駅にはふらりと降りられないし、

知らない街には1人では行けない。

その沈んだ気持ちを、

青空を見て気分を晴らすことさえできないのである。

 

もっと、目の病気の根治に向けて研究費用を投じるべきだと、

医学に素人の私でさえ思う。

 

海堂尊さんは、

本というメディアが持つ無限の可能性を信じて、

ご自身の医の倫理観からか、

その重要性を訴えているようにも思う。

 

海堂尊さんが文壇に彗星の如くに現れたのは、

目の病気に最先端医療を施そうと、

その口火を切ってくれたからなのかもしれない。

 

 

きっと、奇跡は起きる。

 

 

「ボンちゃん。目の見えないゴリラに、ゴリラはみんな優しい?」

 

 

 

 

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2009年3月 5日 (木)

奇跡

奇跡は、引き起こせるのかもしれない。

 

奇跡というのは、

偶然の集合体というか、

常識で考えては起こり得ないような、不思議に思える現象。

 

奇跡を描いた映画には、

『奇跡のシンフォニー』(主人公:子役フレディ・ハイモア)があった。

音楽の不思議な力と親子の愛を描いたファンタジードラマ。

会いたいという思い、必ず探し出すという思い、

その思いが託された音楽が、

孤児と両親との再会の奇跡を起こすというストーリーだった。

 

私にも、ファンタジードラマが数日前に起きたのだ。

それで、

奇跡は起こせる。

という思いが強くなったのである。

 

 

半年前あたりから、

映画のあるシーン、

「鰻食ってきた……」が観たいと、

心のどこかで、ずーっと思っていた。

それは、第17作 『男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け』(1976年)の1シーンである。

寅さんが焼き鳥屋で、

汚い身なりの見窄らしい印象の老人(宇野重吉)に出会う。

その時、老人は無銭飲食で店員にとがめられていた。

老人を可愛そうに思った寅さんは、老人の分の勘定を払い、

とらやに連れ帰る。

老人は1泊とまる。

(その時点では、その老人が日本画家の大家、池ノ内青観だということは誰も知らない)

一方、ご迷惑をかけた上に泊めてもらった老人は、

翌日の夜、酔っ払ってとらやに帰ってくる。

観たかったのは、まさにこのシーンなのだ。

 

老人「酒飲んだら、家帰るのが面倒になって。また世話になるからな」

老人「おかみさん夕飯はいらんよ。鰻、食ってきたから。グァハハッー!」

そして、とらやの2階にバタバタとあがる。

とらや一同は、あっけにとられ、寅さんだけがニヤニヤしている。

この、上映時間109分中の数秒のシーンである。

 

 

そのシーンを偶然にも電車の中で見ることができたのだ。

 

空いていた座席に座った瞬間のことだった。

 

この声の質、話のリズムって、寅さん……?

と、聞き覚えのある声の方に目を向けると、

左隣の若い男性乗客が、

手の中の小さな機械を覗き込み、笑っている。

掌の上には、柴又のとらやがあり、

声はイヤホーンからの音漏れだった。

 

次の瞬間、

池ノ内青観は言った。

「酒飲んだら家かえるのが面倒になって。また世話になるからな」

「おかみさん夕飯はいらんよ。鰻食ってきたから。グァハハッー!」

 

 

感動だった。

 

イヤホーンからの音漏れに感謝したのは、

生まれて初めての経験だったが、

その時、私は信じたのだ。

“思い”によって奇跡は引き起こすことができる、と。

 

ただ、ひとつ気づいたことがある。

『奇跡のシンフォニー』と『奇跡の鰻食ってきた』には共通点がある。

その“思い”には、よこしまさが無い。

 

奇跡が起きるかどうかは、

“思い”の質がカギを握っているのかもしれない。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、奇跡は引き起こせると思っている?」

 

 

 

 

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2009年3月 4日 (水)

タヌドン

今日はタヌドンの話をしよう。

タヌドンと出会ったのは去年のこと。

タヌドンの家に行ったのが親しくなる始まりだった。

 

タヌドンには独特な魅力がある。

しかめっ面をしている人でも、

タヌドンに会えば一瞬にして表情が緩んでしまうにチガイナイ。

 

人の心をとろけさせてしまう持ち味とでも言うのだろうか。

また会いたくなる。

味わい深い存在なのだ。

タヌドンの家、

「狸家」は王子駅(京浜東北線)の近くにある。

 

 

 

Tanudon

  

 

 

 

狸最中(小豆餡、白庵) 各120円

 

  

「ボンちゃん。ゴリラ最中は売ってないね」

 

 

 

 

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2009年3月 3日 (火)

雪の使い

今日、ある猫と目が合った。

 

なぜか「わっ、ユキちゃん」と思った。

利発そうな猫は、

私の反応に驚く様子もなく、

「ユキと申します」と名乗り、

我が家に来たいと言うのだった。

 

そうして、

ユキちゃんは我が家の住人(住猫)になることが決まった。

家へ帰る途中、

電車から降りると雪が降っていた。

 

ユキちゃんは、

雪の使いなのだろうか……。

 

 

Yukichan

 

 

 

 

お辞儀姿のユキちゃんの写真

 

 

「ボンちゃん。今日は雛祭り。ゴリラ界では、神さまという存在を信じて、食物を供したりはしない?」

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2009年3月 2日 (月)

ひな祭り

Hinadan

 

 

 

 

ひな祭りだ、お祝いしよう。

と、思って街を歩いていたら、

ある靴下の上の目と目が合った。

 

一目惚れだった。

 

10本の全ての指先に、

ゴリラの顔が描かれている。

 

5honyubi

 

 

 

このソックスを履いて桜並木を歩こう。

と考えると、

心が躍るのだった。 ウホッ!

「ボンちゃん。ゴリラも桜並木が好き?」

 

 

 

 

 

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2009年3月 1日 (日)

Tira mi su!

Tira mi su. ティラ ミ ス (イタリア語) とは、

私を引き上げて(直訳)。

=私を元気づけて、の意である。

それがtiramisu(ティラミス)、

イタリア特産のマスカルポーネチーズで作った、イタリアのデザート菓子の名の由来なのだが、 

ちょうど今、その心境にいる。

パソコン君が私を悩ましているのだ。

 

面倒な手間を覚悟し、

苦手意識との格闘を決断し、

(メカに弱い私にとって、PCの諸設定は、フルマラソン級な苦しいイメージがある)

ADSLから、ひかりに変えることにした。

その理由は、

接続スピードが10倍速くなるような印象を受ける、

1Gbpsネットの理論を信じたからだった。

 

******************

〈ご報告〉

プロバイダー変更に伴い、

http://www.h7.dion.ne.jp/~tamahime/は消滅します。

長い間ご愛顧頂きまして、ありがとうございました。

ゴンドリーナ ドットコム http://gondolina.com/

に変更はございませんので、

今後ともよろしくおねがいもうしあげます。

******************

 

しかし、そこには覆い隠されている真実があった。

接続スピードには、理論上のスピートと実効速度があって、

ギガに変更しても、

受け手の環境、PC機能などの問題が絡み合い、

劇的にスピードが変化するわけではないのだ。

無線ラン使用だと有線より速度は落ちてしまう。

 

速度がさほど変わらない事実が判明した瞬間、

諸設定に立ち向かおうとしていた闘志が萎え、

苦手意識が眼前に立ちはだかったのだった。ハハッ。

 

Tira mi su.

 

「ボンちゃん。ゴリラも苦手意識って、ある?」

 

 

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2009年2月28日 (土)

W縁起のスパイダー

夜、バスルームにクモがいた。

全長3mm。 やけに強そうに見える。

一瞬たじろいだ私だったが、

このまま引き下がってしまえばお風呂に入れない。

意を決し、

勇気を振り絞って、

フウッーーーーーーーーーーッ!

と、北風と太陽の勝負を思わせる一風を浴びせてみた。

突風を受けたクモのカラダは、

やや傾いたが、8本の足はバスタブにピタッと着いたまま微動さえもしない。

その粘着力たるや凄いものである。

私は、勝負に負けたことを認め、

お風呂に入るのを諦めて潔く引き下がった。

と、この時点では、夜グモのため縁起が悪い。

 

翌朝、目覚めるや否や、

走ってクモの所在を確かめに行った。

見れば、同じ場所でスパイダー立ちしている。

お風呂に入ってから外出しようとしていた私は、

丹田に力を入れ、新たなる勝負に挑んだ。

フウッーーーーーーーーーーッ!

クモは必死に足を踏ん張っているように見えたが、動かない。

再び勝負に負けたことを知らされた私は、

お風呂を諦め、出かけた。

この時点では、朝グモのため縁起が良い。

 

道すがら思った。

もしや……、

前夜の一風の際に、クモは自らの足に、強力な粘着粉を放ったのだろう。

その強度が強過ぎて、

動けなくなってしまったのではないだろうか……、と。

 

その夜、クモの所在を確かめに行くとバスタブから姿を消していた。

 

お風呂に入りながら思った。

 

W縁起を持つスパイダーの先祖は、

ナマケモノなのかもしれない、と。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、朝見ると縁起がいい生きものって、いる?」

 

 

 

 

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2009年2月27日 (金)

ゴリラ会議

ゴリラやゾウは、

森林を作ってくれていることを知っているだろうか。

果実を食べ、糞から実生が芽生え、森林が再生されるのである。

 

アフリカ★コンゴの森を守れ!主催:JICA(国際協力機構)

~コンゴ河流域熱帯雨林保全公開シンポジウムに参加してきた。

 

基調講演は、京都大学大学院理学研究科教授、山極寿一氏:

コンゴ河流域熱帯雨林における人と動物の共生。

 

コンゴ下流域諸国(ブルンジ共和国、カメルーン共和国、ガボン共和国、コンゴ民主共和国、赤道ギニア共和国、ルワンダ共和国、サントメ・プリンシペ共和国、チャド共和国、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国)の参加者が現地の報告をし、

パネルディスカッションが行われ3時間のプログラムは終了した。

 

ゴリラが住む森林は、人間活動による有害作用により危機的状態にある。

その原因は、

内戦の勃発(1996,1998)、

高まる人口圧、

地元民とナショナルパーク側とのあつれき、

人間による破壊的活動(森林伐採、鉱物の採掘、密猟)

歴史的気候変動、

エルニーニョ、

温室効果など問題だらけで、

このままの状態でいくと、

現在ゴリラたちが生きている地域の熱帯林は、

2040年には砂漠化してしまうのだ。

 

 

動物が住めなくなった地球に、

人間が住めるはずもない。

そのことに私たちは気づかなければならない。

 

 

「ボンちゃん。きっとゴリラを、守るからね」

 

 

 

 

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2009年2月26日 (木)

詩の魔術

詩の魔術的な威力たるや、凄いと思う。

 

例えば3つの詩を、次の順番で読むとする。

①『ゴンドラの唄』吉井勇

②『汚れつちまつた悲しみに……』中原中也

③『めぐりあひ』室生犀星

すると…、

〈恋なんてよお、するもんじゃねぇぜ。ありゃツライ。
恋に身を焦がしてって柄じゃ~ねぇし、
俺はよ、お天道様拝んで、ぽそぽそと生きてくよ〉

という気になる。(なぜか、江戸の長屋にすむ住人)

 

次に、②、③、①の順、

『汚れつちまつた悲しみ』
『めぐりあひ』
『ゴンドラの唄』

の順番に変えて読み直してみる。

すると…、

〈おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって!

「恋なんてよお、するもんじゃねぇぜ」、だと?

この遠山桜を忘れたとは言わせねーぞ!

恋することをやめた生きものは、生きていないのと同じよ。

まあ、四の五の言ってないで、『湖上』中原中也を読んでみなよ。

恋したくなるぜ〉

と、

なぜか天保の江戸北町奉行、

遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元に成り代わって、

言いたくなるのだった。

 

言葉には、

魔術的な力があるから、

不思議だなあ。

 

Amore Cantare Mangiare! アモーレ カンターレ マンジャーレ

イタリア人の人生観は、愛して! 歌って! 食べて!

思い起こせば、金さんは情熱的だった。

ラテン系なのか?  

 

 

「ボンちゃん。愛のある眼差しだけが、ゴリラを魔法にかけられるのかな?」

 

 

 

 

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2009年2月25日 (水)

マリアナ海溝

詩人、谷川俊太郎氏の言葉が心に止まった。

「私も、自分自身を生きのびさせるために、言葉を探す」(谷川俊太郎『谷川俊太郎の問う言葉 答える言葉』イースト・プレス2008より)

 

私が多くの時間をさいて読書するのは、

今を生きる勇気に繋がる言葉、

明日をも生きる勇気に繋がる言葉を、

探しているからなのだろうと思う。

 

日々の出来事にめげないために、

言葉を探している人がいる。

私がそうであるように。

 

思いと言葉の境には、

マリアナ海溝がある。

 

それを超えなければ、

言葉で、

思いを形にすることはできないのだ。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラには、澄んだ瞳があるから、言葉は要らないね」

 

 

 

 

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2009年2月24日 (火)

いのちの名前

ポンポンポンポンポンポポーン♪

ポンポンホン゚ホン゚ポン゚ポポーン♪

喫茶店で本を読んでいた時のことだった。

流れてきた微かなピアノのメロディーに、

耳を欹(そばだ)てた。

それがなんとも健気な音色なのだ。 

 

そのメロディーには、

遠慮がちでいながら、

雑踏を物ともしない強さがある。

揺らぎつつも、

決して動じず、

かけがえのないものを守り続けようとする、

真っ直ぐな意志がある。

その純粋さに勇気づけられるのだ。

ポンポンポンポンポンポポーン♪に陶酔する内に、

それが久石譲さん作曲の「いのちの名前」だときづいた。

 

シブイ選曲だなー!と感動した。

この曲との出会いは、映画『千と千尋の神隠し』だった。

それ以来、私の携帯の呼び出し音になっている。

 

 

聞き惚れていると、

音が段々と大きくなってくるではないか。

見事な演出をする店長がいるにチガイナイ。

粋な演出をする店長のお姿を、

ひと目見ようと辺りを見回したが、

誰もいなかった。

 

次の瞬間、

その健気な音色が、

バッグの中からしているような気がしてきた。

見れば、

私の携帯電話が鳴っていたのだった。

 

 

その事実を知った私はというと、

まずは恐縮した。

が、

「いのちの名前」の素晴らしさを、

共感し合えた人がいたという、

勝手な思い込みが一気に崩れ、

一瞬にして店長の格が下がってしまったのだった。

ニッヒッヒ。

 

 

「ボンちゃん。人間は、ほんとうに勝手な生きものに出来ているかもね…。人間でゴメンネ!」

 

 

 

 

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2009年2月23日 (月)

混じりっけのない思い

途中から、絵馬の文字が歪んで見えた。

 

願いという思いの強さに引き込まれた気がした。

湯島天神は学問の神様として知られている。

 

梅を見に訪れた時のことだった。

Yushimatenjin2

 

 

 

 

さげられていた絵馬に、

読むつもりなどなく、

何気なく目を置いた。

Yushimatenjin1

 

 

 

 

(※ 以下は仮名)

 

 

隆弘が慶應大学に合格しますように。 父より

 

佑介が東大に合格しますように。 母より

 

第一志望慶応大学医学部 第二志望中央大学法学部…

 (それはそれは詳細に書かれてある) 山田太郎 

  

息子、山口宏幸がどうか慶應大学に合格しますように。 母

 

読むだけで、

必死さが伝わってくる。

 

個人的な願いという神聖なものを、

他人が興味本位で覗き見るのはいけないような気がして、

その先を読むのを止めた。

 

 

思いや愛には姿がないと思いがちだが、

絵馬や千羽鶴はまさにそれだと気づいた。

七変化できるように、思いや愛は無形なのかな……。

 

 

混じりっけのない思いにふれると、

人は涙が出るのかもしれない。

 

「ボンちゃん。人間には、混じりっけのある思いがあるけど、ゴリラにも、チョッピリはある?」

 

 

 

 

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2009年2月22日 (日)

お化けな恋

恋の姿は、お化けなのかもしれないなあ…。

 

恋のお化けときたら、

許可もなく、心に忍び込む。

それでいて突然に、

忽然と姿を消してしまったりする。

恋のお化けに心を占拠されていた方は、たまらない。

心から一切の生気が吸い取られ、

ぽっかり穴があくどころか、

生きる気力さえ失う。

そんなことができるのは、お化けしかいないじゃないか。

侵入経路が不明なのだから、防ぐすべもないわけで。

恋は、

笑顔がとびきりいいくせに、

性質(たち)の悪い趣味をもつ、

天使の顔したお化けなんだ。

 

寺山修司の詩、『小さな恋の物語』を読んでいたら、

そんなふうに思えてきた。

 

「ボンちゃん。恋に傷ついたゴリラは、恋をすることを拒むようになったりする?」

 

 

 

 

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2009年2月21日 (土)

ひひとひと

毎年、

ヒヨドリが2羽、たった一本の木にやってくる。

 

Ohanami2009

  

 

 

写真は、梅を眺めながらのご昼食の様子。

ちなみに、

食事中の方が、モジー。

左後方の竹垣にいるのが、モジコ。

二羽合わせて、モジーモジコ。

写真右手に上方、枝にどっしりと居を構えているのが、

昨日の記事で紹介した、カースケ ケロちゃん。

写真を撮った時、カースケが次のように言っていた。

 

「キンモクセイの花もいいが、紅梅も見事じゃ。いやいや、アッパレ!」、と。

というのは、

去年まで、そこにはキンモクセイの木があったのだが、

急に枯れ、その変わりに紅梅を植えたのだった。

従って、ケロちゃんは今年初めての紅梅見物なのだ。

去年と木が変わり、

モジーモジコがやってくるか気がかりだったが、

迷わず見つけたようである。

 

日一日(ひひとひ)と 梅に寄り添う ヒヨドリかな

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界も、お花見する?」

 

 

 

 

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2009年2月20日 (金)

BRAKERO!

今朝、外でケロちゃんと紅梅を眺めていたら、

ケロちゃんが歌い出した。

ケロちゃんは語学センスが抜群で、

母国語はもちろんのこと、

私よりずっと日本語もイタリア語も流暢に話す。

数字には強いし、歌もうまい。

 

 

♪Sono passati cinquanta giorni. ケロッ!

ソノ パッサーティ チンクワンタ ジョルニ

 =50日が過ぎた ケロッ!(日本語訳)

 

♪cinquanta 50♪ チンクワンタ ケロッ!

 =50だ ケロッ!(日本語訳)

 

♪giorni 日♪ ジョルニ ケロッ!

 =日にちだ ケロッ!(日本語訳)

 

♪Centootto gong. チェントオット ゴンク ケロッ!

 =108つの除夜の鐘だ ケロッ! (日本語訳)

 

♪Settemillacinquecentosessanta ore ケロッ!

セッテミッラチンクエチェントセッサンタ オーレ

=7560時間だ ケロッ!(日本語訳)

 

長年一緒に暮らしているから、

ケロちゃんの言わんとすることは直ぐに察しがついた。 

 

2009年は、昨日で50日が過ぎたよ。

この50日間は、計画通り、納得のいく過ごし方をしたの?

365日-50日=315日

315日X24時間=7560時間

7560時間が過ぎれば、オットチェント ゴンクだケロッ!。

108つの除夜の鐘を聞く時に、

後悔しないように、

スケジュールを立て、

しっかり予定通りに活動しなよ!

ケロッ!

 

ケロちゃんは身体が小さいが、

助言はいつも鋭く、パワフルなのだ。

 

Kerochanohanami

  

 

 

BRAVO! カースケ BRAKERO!

 

 

「ボンちゃん。もうすぐ桜の季節だね」 

 

 

 

 

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2009年2月19日 (木)

スペイン階段

映画『ローマの休日』を観た何万人、いや何十万人が、

スペイン階段を訪れ、ジェラートを食べているに違いない。

オードリーヘップバーンに憧れて。

 

 

それが禁止行為とは知らずに…。

なんと、

あの階段は飲食が禁止されているのだという。

 

 

さらに、驚いたことがある。

スペイン階段というのは通称で、

トリニタ・ディ・モンティ階段という名があるのだ。

 

 

さらにのさらに、驚いたことがある。

あの壮大な階段の建設費用は、フランスが出しているのだ。

その理由は、

階段の上にあるトリニタ・ディ・モンティ教会が、昔も今もフランス所有であるからだという。

 

 

さらにのさらにのさらに、驚いたことがある。

スペイン階段と、その周りの雰囲気は、

18世紀からほとんど変わっていないのだ。ビックリ! 

(参考:『テレビでイタリア語』3月号 NHKTV)

 

 

次の疑問の回答を聞いても驚かないと思うが記しておこう。

イタリアにあるのに、なぜスペイン広場、スペイン階段というのか?

同国の大使館と在外裁判所があることに起因するらしい。

 

Rome non e` stata fatta in un giorno.

ローマ ノ ネ スタータ ファッタ イン ウン ジョルノ

=ローマは一日にして成らず

 

に、あわせて言うならば、

フランス人のプライドは一日にして成らず。

 

といった印象を受けるが、

あの場を、

スペイン広場、スペイン階段と呼ぶフランス人は、

皆無なのかもしれない…。

 

 

「ボンちゃん。森の王様、ゴリラの美意識は、シルバーバックの美しさに表れているね」

 

 

 

 

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2009年2月18日 (水)

高級人間

モンブラン MONTBLANC といえば高級万年筆。

ブランドのシンボル、ホワイトスターが直ぐに思い浮かぶ。

世界中の文化人から、

こよなく愛されていることでも知られている。

 

モンブランのCEO ルッツ・ベッケ氏が、

ものづくりにかける思いを次のように語っていた。

-製品づくりで最も大切にしていることは何か。

「高品質、ヨーロッパのクラフツマンシップ(職人気質)、そして普遍的な価値。この三つがモンブランのDNAだ。それらは、自社で工房を持ち、デザインから製造、品質管理までを、自分たちで行っているからこそできることだ。10年後、20年後でも価値が変わらない。所有していること、それ自体が誇りになるものづくりを心がけている」

(読売新聞、ブランド研究 2009/2/18より)

 

そこで、私の目指す最高峰、

世界に愛される高級人間への思いと同じであるか、

当てはめて考えみることにした。

 

-人間づくりで最も大切にしていることは何か。

「高品質、日本のクラフツマンシップ(職人気質)、そして普遍的な価値。この三つが私のDNAだ。それらは、身体全体が工房であり、スタイル・デザインから生きるノウハウ、体質・品質管理まで、妥協を許さず、自分で行っているからこそできることだ。10年後、20年後でも価値が変わらない。自分らしさを所有していること、それ自体が誇りになる人間づくりを心がけている」

 

なんと、同じだ。

 

ベッケ氏は、こうも語っていた。-経営理念として重視していること-

「仕事で成功するためには、仕事を楽しむことが一番だと思っている」

 

自分が自分でいることを楽しむこと。

何よりも大事なことを、忘れないようにしたい。

ベッケ氏とは、いい友人になれそうだ。ニッヒッヒヒ。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラのDNAは、時流に左右されないね」

 

 

 

 

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2009年2月17日 (火)

4丁目のフクロウ

銀座のシンボルといえば、銀座和光の時計塔である。

 

空に見惚れながら、

銀座4丁目の交差点で信号待ちをしていた時のことだった。

 

次の瞬間、

何かと目が合った。

 

 

Ginza1

 

 

 

 

わっ!ふくろうだ!

 

銀座和光を、対極(日産ギャラリー)から見ると、

時計台。

銀座和光を、少し斜(三愛、交番)から見ると、

フクロウがいる。

 

設計者の遊び心だろうか…。

 

そこで調べてみた。

銀座和光の設計者は、渡辺仁氏。

東京国立博物館本館、第一生命館なども設計している。

 

様々な意匠を取り入れ、

日本の交差点は、

ヨーロッパでいう広場だと渡辺氏は考える。

交差点の人の流れを考慮し、

対角線上に立つ人の視線に訴えかけるよう、

銀座和光の時計台は設計されているのだという。

 

町並みを 眼下に見入る フクロウかな

 

 

 

「ボンちゃん。創造者は、四角四面が嫌いだろうね」

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2009年2月16日 (月)

チョークの神様

信じることは、愛すること。

愛することは、信じること。

そうなのかもしれないね。

 

茂木健一郎氏が、大学院生だった頃の話。

茂木さんは、4人の中学生に家庭教師をしていた。

生徒のY君が、

筆箱にチョークの神様なるものを入れて来た。

Y君は、嬉しそうに、誇らしげに言った。

「これがオレの神様なんだよ。何でもお願いを聞いてくれるんだ」

見れば、

それは短くなった赤いチョークに、

目や口を彫ったものだった。

チョークの神様を見た他の生徒達はというと、

彼だけが神様を手にいれたのが羨ましくてならないという様子だった。

茂木さんご自身も、それに似た不思議な感覚を得たという。

 

そして生徒達は、

鉛筆のかけら、石ころなどで神様を作り始めたのだった。

(茂木健一郎『今、ここからすべての場所へ』筑摩書房2009より)

 

Y君にとっては、

チョークの神様が、

国宝の像などより、ずっと尊いものだったに違いない。

自らの血を分けた、守護神のような存在だったのだろう。

「信じるものは救われる」

という言葉があるが、

 

チョークの神さまの話からも、

何かを心底、信じることが、

心底、愛することとイコールであることが伝わってくる。

Y君の心は、

チョークの神さまに守られているという思いによって、

常に愛で満たされている。

その愛の力が、Y君を救うのだろう。

 

「ボンちゃん。自分を信じることが、自分を愛することだね」

 

 

 

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2009年2月15日 (日)

サムライ魂

「絶望しきるために熱狂して生きなければ

人生に何の意味があるだろうか」

(見城徹「異端者の快楽』太田出版,2008より)

 

幻冬舎、代表取締役社長、見城徹氏の言葉である。

 

 

「絶望」とは、希望を失うこと。

〈例文〉将来に絶望する。深い絶望に襲われる。

と、辞書にはある。

 

 

それに対し、

「絶望」とは、

すべての望みを叶え、望みが絶えた状態。

と、解釈するあたりが、

異端者の快楽を唯一の友としている、

見城徹氏を見城徹氏たらしめる発想なのだろう。

情熱の正体とは、

善か悪かを懸念せずに何かを愛することらしい。

 

「ボンちゃん。ゴリラの潤んだ瞳は、情熱そのものだね」

 

 

 

 

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2009年2月14日 (土)

花粉症対策

ついに、花粉飛散の季節となった。

街には、続々とマスクマンが出現している。

 

花粉症が酷くなると、熱っぽくなってボッ~とし、

何も考えられなくなってくるという人は多い。

 

辛いときこそ、助け合おうではないか!

そこで、花粉症緩和の策を調べておいた。

 

辛さを救ってくれるのは、葱なのだ!

葱でも食うか!などと言ってはならない。

これからは“葱さま”とお呼びしなければいけないと思う。

 

陰陽理論上における葱さまは、「陽」に位置する。

偉大なる葱さまは、

私たちの体を温め、免疫力を高めてくれるのだ。

ひたらすら、葱さまに感謝し、 

一日一本の葱さまを、一ヶ月間食するのである。

 

ただ、葱さまだけをムシャムシャしてはいけない。

葱さまのにおいを嗅ぐだけでも、

記憶力や集中力が高まるという程であるから、 

葱さまの力は甚大である。

故に、フレッシュなままの葱さまをバリバリ口にすると、

人間の胃は貧弱なので、葱さまパワーに負け、胃を痛めてしまう。

ボゥーッとしててもいいが、調理することだけは、忘れずに。

 

花粉症に、

お勧めのレシピがあったので紹介したい。

*********** 

葱とキュウリのお粥

材料

ご飯1~2杯

水 カップ4

小葱 お好み

キュウリ4分の1 小口切り

大葉2、3枚

塩小さじ2分の1

 

作り方はいたって簡単。

鍋に材料を入れておかゆを作り、

出来上がったら大葉をのせるだけ。

(参考:蘇川博/下川憲子蘇先生の家庭薬膳 生姜と葱の本』農文協 (農山漁村文化協会)2003)

*********** 

 

 

葱さまの御加護がありますように!

 

 

「ボンちゃん。この季節、ゴリラも花粉症で辛いよね」

 

 

 

 

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2009年2月13日 (金)

銀座未来堂

よく聞かれるご質問にお答えします。

 

1、銀座未来堂の鑑定師は、いつも同じですか?

 答え 曜日により、鑑定師、占術方法、料金、すべて異なります。

     ※店内の雰囲気も、鑑定師の嗜好で変わります。

      

2、宝 玉姫はいつ、鑑定していますか?

 答え 日曜日

     10:30-20:00です。

      

 3、銀座未来堂のホームページはありますか?

 答え 銀座未来堂のHPは、

     銀座インズのHPに情報を掲載する形態です。

     このHPは、私が独自で制作しているものです。

 

 

Ginzamiraido_3

  

 

 

 

日曜日の銀座未来堂は、赤と黒が基調です。

では、日曜日にお会いいたしましょう。

 

占術家 宝玉姫 ゴンドラの旅 
http://www.gondolina.com
Tamalog -玉ログ- 玉姫のひとりごと
http://gondolina.cocolog-nifty.com/tamalog/
e-mail: t@gondolina.com

〒104-0061
占い専門店 株式会社銀座未来堂
東京都中央区銀座2-2銀座インズ2・1階
Tel 03-3564-0306
鑑定日:日曜日 10:30-20:00

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自分でできる厄落とし

自分でも厄落としは、出来るらしい。

 

①洗う。

②捨てる。

③流す。

の3つ。

 

洗うは…、

手顔を洗う
日常の厄を落とす
衣服を洗う
外出時の厄を落とすらしい。

 

捨てるは…、

古い手紙、書類を捨てる。
不運な思い出からくる厄を落とす。
年末の大掃除とは、家の中の一年分の厄を落とすらしい。

 

流すは…、

川や海に体を浸すことで、
身についた厄を一挙に落とすらしい。

(参考:武光誠『ササッとわかる開運ご利益参り』講談社、2007より)

 

確かに、掃除して奇麗にすると心がスッキリする。

そういえば、

大きなことは勇んでするが、

小さなことはやりたくないとか、手を貫く人は、

逆境に弱い傾向があると、聞いたことがある。

掃除、洗濯を全て人任せにしている人は、

日々の厄払いが為されていないから、

厄が積もり積もって、逆境に合うと、大変なのかもしれないなあ…。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも、眼に見えない何かと、戦ったりする?」

 

 

 

 

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2009年2月12日 (木)

ミーアキャット

生まれて初めてミーアキャットなる生きものに会った。

 

可愛い顔をしたアイドルが、

イナゴの佃煮を食べるシーンが想像できないように、

ミーアキャットが、サソリを食べるイメージは湧かなかった。

 

Mc1

 

 

 

 

ヒョイと立ち上がっては周りを見渡す行動は、

敵の発見に役立つという。

 

些細な音にも、スクッと立ち上がり、

キョロキョロと見渡す、

そのしぐさが、なんとも愛くるしい。

 

と、次の瞬間、

ヘリコプターが上空に飛んできた。

 

Mc3

  

 

 

 

彼らはいっせいに空を見上げ、

音の大きさに身の危険を感じたのか、

瞬く間に土の穴にかけ込んで行ってしまった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、サソリは食べないよね?」

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2009年2月11日 (水)

土門拳

気力は眼に出る。

生活は顔色に出る。

年齢は肩に出る。

教養は声に出る。

(土門拳『死ぬことと生きること』築地書館, 1977より)

 

写真家、土門拳氏の言葉である。

 

土門拳、生誕100年記念写真展が、

本橋三越本店新館7階ギャラリーで開催される。

会期:平成21年2月24日(火)~3月8日(日)

 

 

「ボンちゃん。全身から出るのは、やる気だね」

 

 

 

 

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2009年2月10日 (火)

風森火山

林の方が、森より徐(しず)かなのだろうか…。

 

風+林+火+山  で、風林火山。

誰もが知るこの四文字、武田軍に掲げられた軍旗の文字である。

恥ずかしながら、語彙の意味を知らずにいた…。

 

風…その疾(はや)きこと風の如く、

林…その徐(しず)かなること林の如く、

火…侵し掠(かす)めること火の如く、

山…動かざること山の如く

 

(参考:監修 高野尚好『日本の歴史が3時間で大つかみしてしまえる本』明日香出版,2009)

 

武田信玄は、兵法書『孫子』にある一節から、

「風」「林」「火」「山」を抜き出し、軍旗に書いたのだという。

 

四字熟語辞典を見れば、載っているではないか。

 

もし、武将の選んだ文字が

「風」「森」「火」「山」だったら、

風森火山(ふうしんかざん)、

と、四字熟語に載っていたのだろう。

 

 

「ボンちゃん。森もしずかだけど、林は隙間が多くて動物も潜みにくいから、林の方が、よりしずかなのかな」

 

 

 

 

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2009年2月 9日 (月)

見栄

作家、浅田次郎氏の言葉が、ひらりはらりと心に舞い降りてきた。

死や別れなど、取り返しのつかないこともあるが、

「でも、ほとんどのことは、本当は取り返しはつくんですよ。後悔とため息のその後を、どう生きようとするかだと思うな」

言葉は続いた。

「愚痴をいわない、嘘はつかない、見栄は張らない……この3つだけ守れば、人生何とかなると俺は思うよ」

(週刊ポスト2/13号,小学館より)

 

 

そこで、見栄について考えてみることにした。

見栄とは、うわべを飾る、ということ。

誰かと同じであろうとする見栄や、

大きく秀でていると見せようとする見栄が、

もし、自分を苦しめてしまうものならば…。

 

人は、

他人と自分を比べ、

優劣を気にし、

見栄を張ったりする傾向がある。

 

それは、 

 

哀愁を背中にのせているゴリラと、

縁側でクロワッサンのようになっている猫を比べて、

優劣をつけていることに似ていることなのかもしれない。

 

ゴリラはゴリラの個性と魅力があるわけで、

猫には猫の個性と魅力があるわけで、

人間同士であっても、

本来、

異なって当たり前なのだと思う。

 

 

見栄よりも、

内実をどう飾るか、

それの方が、ずっと重要なことなのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも見栄張る?」

 

 

 

 

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2009年2月 8日 (日)

山火事

今、オーストラリア史上、最悪の山火事が起きている。

被災地、メルボルン北部では、

東京の面積の1、4倍が焼け、死者は100人を超えていると伝えられており、火の手はまだ治まっていない。

 

 

昔、私はオーストラリアに1年間住んでいたことがある。

当時はグリーン島にウミガメが来て、

一緒に泳いだりもしたが、

観光化、日焼け止めクリーム等の影響もあって海が汚れ、

今はもう来なくなってしまったらしい。

 

 

時々に出会った人々が、

今、どうしているか、時に気になる。

被害に見舞われていなか、

心配になるのだった。

 

先日、ケアンズに住む親友からメールがあった。

-このメールが届くといいけど…。
-PC画面が揺れている…。

と記されていたそのメールには、

ケアンズが異常気象で初めての床上浸水を体験し、

家じゅうの家具を全て庭に出して、

モップで3日間拭き続けたとあった。

 

 

地球温暖化の影響なのだろう…。

被害が、これ以上、広がらないことを祈って止まない。

 

この山火事で、

野生のコアラ達も、多く犠牲になってしまったに違いない。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、いっ時の思い出が、永遠の思い出になったりする?」

 

 

 

 

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2009年2月 7日 (土)

ふぞろいな規則

世の中には、

時に、

ヘンテコリンにふぞろいな規則があるものである。

 

同じ定期代金なのに、

買う日によって3日の誤差が生じることがあるのだ。

 

例えば、 

1/29に定期券(1ヶ月)を購入した場合、有効日は2/28まで。

2/01に定期券(1ヶ月)を購入した場合、有効日は2/28まで。

 

 

調べたところ、

定期券の期間の計算は、民法に従っているという。

民法の第六章の期間の計算、

(期間の満了)第百四十一条と、

(暦による期間の計算)第百四十三条、

このあたりの決まりごとかと思われる。

 

 

あな、不思議。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、規則ってある?」  

 

 

 

 

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2009年2月 6日 (金)

“己丑”

60年に一度、同じ干支の年がやってくる。

今年は、2009年、ウシ年。

正式には己丑(つちのとのうし)年である。

 

 

60年前の己丑年は、昭和24年(1949)

この年、湯川秀樹博士がノーベル物理賞を受賞している。

 

1年のズレはあれど、昨年はノーベル物理学賞、日本人三氏の受賞があった。

 

 

120年前の己丑年は、明治22年(1889)だった。

この年、日本最大の経済恐慌が始まっている。

 

ここのところの不況…、嫌な歴史は繰り返して欲しくはないが…。

 

これ以降の、己丑年と主な事柄を書き出してみたい。

 

文政12年(1829)→明和6年→宝永3年→

→慶安2年…江戸で大地震。

→天正17年…秀吉が上杉景勝、佐竹義重に命じ、伊達政宗を討たせる。

→文明元年→応永16年→貞和5年→嘉応元年→天仁2年→永承4年→永祚元年→延長7年→大同4年→

→天平感宝元年…女性で皇太子だった孝謙天皇が即位。

→持統3年→

→舒明元年(629年)…推古天皇が崩御。

 

己丑年は、 

「己」が、筋を通さなければならない年回り。

「丑」は、曲がったものを伸ばす、という意。

(参考:邦光史郎『干支から見た日本史』毎日新聞社,1996)

従って、干支からみる己丑年は、

筋を通し、規律を立てる年回りとなるという。

 

 

「ボンちゃん。干支からみたゴリラ史はどう?」

 

 

 

 

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2009年2月 5日 (木)

立春とは名ばかり

公園で猫に会った。

Samuine

 

 

 

 

猫は目で語った。

-私は寒いのよ。

私は言った。

-暦の上では春ですが、私も寒いですよ。風邪もひいてましてね。

 

立春とは名ばかり、まだまだ寒い日が続きますので、

みなさま、お身体ご自愛ください。

 

「ボンちゃん。ゴリラも身震いの季節だね」

 

 

 

 

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2009年2月 4日 (水)

小説値

「小説というのは本来、

祝祭的で遊び心に満ちたもの。

嫌な話を深刻ぶって書くのが高級だという文学観が、

日本には長くあった」 (週刊文春2008,12,18より)

と述べていたのは、

明治以降の近代日本文学にケンカを売り続け、

自らを文章の職人と語る、丸谷才一氏である。

 

健筆半世紀の丸谷氏が考える、

読むに値する小説の基準とは、

「芸術的野心と個性的文体があること」だという。

(読売新聞 2009/2/3 朝刊より)

 

小説を読むには多くの時間を必要とする。

眼精疲労との戦いで、気力、体力がいる。

さんざん疲れたあげく読後感が悪かったりするリスクもある。

 

多くの人が、帯の書評を参考にして本を選ぶことから考えても、

ほのぼの度、感動度、悲しみ度などが、

くもの巣図で一目瞭然で分かる、

小説値なる判断基準があってもいいように思うのだ。

 

それはそうと、

こんなに心あたたまる小説が、いまだかつて存在しただろうか…。

そんな小説が、読みたい。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんなお話が好き?」

 

 

 

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2009年2月 3日 (火)

節分に思う

人間の子供というのは、多くの特典をあやかっている。

まず、ご飯を食べさせてもらえる。

ご機嫌を伺ってもらえる。

至れり尽くせり、面倒をみてもらえる。

有り難い事に転んだとしても、起こしてもらえる。

 

大人になったらそうはいかない。

ご飯は自分で食べなければならない。

どちらかというと、人のご機嫌加減を気にする方が多くなる。

自分の面倒だって、時には人の面倒だってみなければならない。

転んだら、言うまでもなく、自分で起きるしかない。

 

それが大人という生きものに化せられた宿命なのだから、

どんなときも、

達磨さんのごとくに七転び八起きしよう。

そう覚悟を決めることが、

心に邪気を寄せ付けないことでもある。

と、鬼は外の節分の日に思ったのだった。

 

「ボンちゃん。ボスゴリラは、絶対に他人を当てにしないだろうね」

 

 

 

 

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2009年2月 2日 (月)

限定モデル化

「世界に1人しかいない

 自分自身に

 人生に

 生き方に

 こだわれ」

(週刊文春、文藝春秋、2/5号より)

有森裕子さんのお母様が、

有森さんに繰り返し言っていた言葉だという。

 

そこでふと思った。

“限定モノ”商品は特に売れ行きが良いようだ。

それは、人が希少価値の高さが好きである証と思われる。

 

人間はどうだろう?

忘れられがちなことだが、

ふたりと同じ人間は世界にはいないはず。

ということは、

人間は存在するだけで限定モノ。

 

存在自体が、凄い希少価値があるということなのだ。

 

自分を磨き、

ただの自分善がりではなく、

自分らしさにこだわることが、

納得のいく生が全うされ、

幸せな限定モデル化が進むということなのだろう。

 

 

「ボンちゃん。たとえ思い描くように恋が育たなくても、あなたに出逢えてよかった。と思われたら、恋の成就に値するのかもね」

 

 

 

 

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2009年2月 1日 (日)

上杉謙信公家訓

上杉神社の門脇に掲げられている、

上杉謙信公家訓、十六ケ条だという。

 

心に物なき時は心広く体泰なり。

心に我が侭(まま)なき時は愛敬失わず。

心に欲亡き時は義理を行う。

心に驕(おご)りなき時は人を教う。

心に渡しなき時は疑うことなし。

心に誤りなき時は人を畏(おそ)れず。

心に邪見なき時は人を育つる。

心に貧なき時は諂(へつら)うことなし。

心に怒りなき時は言葉和(やわら)かなり。

心に堪忍ある時は事を調(ととの)う。

心に曇りなき時は心静かなり。

心に勇ある時は悔やむことなし。

心賤(いや)しからざる時は願い好まず。

心に孝行ある時は忠節厚し。

心に自慢なき時は人の善を知り。

心に迷いなき時は人を咎(とが)めず。

(志村忠夫『寅さんに学ぶ日本人の「生き方」』扶桑社より)

 

 

上杉謙信公が、まだ長尾景虎だった頃、

禅に仏に、修行をしている。

その時代の経験が、

武将になってからも影響し続け、

実質的な力関係だった戦国時代に、

ただひとり、

人としての、

守るべき道義や節度を重んじた武将だったと言われている。

 

上杉謙信公の家訓は、

心の平安さを維持するために不可欠な心構えのように思える。

 

心豊かに生きる上で、

大切なことなのに、

次第に心が忘れいってしまう事を、

思い出させてくれる。

そんな共通点が、

寅さん語録と上杉謙信公家訓にはあるように思う。

 

「ボンちゃん。ゴリラは寡黙に、すべての事をただ自分の心にだけ受け止めて、発散するでもなく、そのままジッとしているように見えるけど、どうやって心の平安さを保っているの?」

 

 

 

 

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2009年1月31日 (土)

インテリとナメクジ

ナメクジを見つけると、

背中に巻貝をつければ、カタツムリ。

カタツムリが巻貝を脱げば、

ナメクジなのに…、と思う。

 

「インテリと便所のナメクジぐらい嫌なものはねえ、吐き気がすらあ」

と、寅さんは言っていた。

カタツムリにして喩えてみると、

「矢切の渡しと、紫陽花にひそむカタツムリぐらい洒落たものはねえ、絵にならあ」

と、こんな感じだろうか。

 

偶然、ナメクジに関する記述を見つけた。

ナメクジとは、

生物学的には軟体動物で、腹足網(ふくそくこう)・有肺亜網(ゆうはいあこう)・柄眼目(がんぺいもく)に属する生物である。

正式には、カタツムリは巻貝の一種になっているが、

ナメクジとカタツムリは同じ軟体動物で、

その違いは、ナメクジは貝殻が退化してしまったタイプなのだ。

 

ちなみに、ナメクジの体は殆ど水分。

従って、吸水性の高い物質に触れると、浸透圧の関係により体内の水分が吸い出されてしまうため、

砂糖、片栗粉、小麦粉でも、塩と同様な結果になるらしい。

(参考、(編)話題の達人倶楽部『大人の常識』青春出版, 2009)

 

インテリが、寅さんの衣装を着ても、絵にならないとは思うが、

ナメクジが、巻貝をまとうと、洒落て見えるなあ…。

 

 

「ボンちゃん。シルバーバックの後ろ姿は、絵になるね」

 

 

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2009年1月30日 (金)

数日だけの愛しさ

「男は自分が弱い者だから

すがりつく子を抱きしめるが

そんなのは3日だけの愛しさ

あとは 只の重荷になる」

(阿久悠『凛とした女の子におなりなさい』暮しの手帖社,2008より)

 

故、阿久悠さんの言葉である。

日本を代表する作詞家が言うのだから、

男心が切実に書き記されているように思えてならない。

 

そして、

「凛とした女の子におなりなさい」、と。

 

数日だけの愛しさだなんて、

こちらからご免被ろうではないか。

水仙のように、

そっと、凛と生きよう。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、特定の女のコの存在が重荷になったりするの?」

 

 

 

 

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2009年1月29日 (木)

沈魚落雁

沈魚落雁(ちんぎょらくがん)とは、

そのあまりの美しさに魚は沈み、雁は目がくらんで落ちるの意から、

絶世の美人を形容する言葉に使われているようだが、

 

本来の意味は、

人間が美しいと思う人であっても、

魚や鳥が見れば逃げるに値する。というもので、

美には絶対的な判断基準は無い、の意であったそうである。

 

そういえば友人から、

珍魚落雁?(イルカに好かれる珍しい魚を見て、空を飛ぶ雁の目がくらんで落っこちた?)

と思われるような話を聞いた。

 

あるオスのイルカが、側にいるメスのイルカには見向きもせず、

そのイルカの半分ぐらいの大きさの、スラッ~とした魚に求愛をし続けているという。

飼育員さんの話では、一目惚れだとか。

 

イルカは、弱っているものを救おうとする本能を持つと聞いたことがある。

それがイルカの求愛なのか、或いは、

何らかの事情を抱える魚をイルカが癒そうとしているのかは、

判断のつかないところだが、

その魚がただ魚でいるだけで、イルカが魚を愛しく思うように、

自分が自分でいるだけで、自分のことを愛しく思ってくれる誰かが、

きっといる。

 

昨今、見た目の美を過度に追い求める風潮があるが、

美には絶対的な判断基準は無い。

ということを、忘れてはならないのだろう。

 

恋や愛とは、叙情性がからむ、そんな世界なのだから。

 

 

「ボンちゃん。芸術に国境がないように、恋や愛も生物分類における境はないのかもね」

 

 

 

 

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2009年1月28日 (水)

壊し屋カラス

Karasu3

 

 

 

  

面白いカラスに出会った。

カラス君が夢中で何をしていたかというと、

次々に、お花を口ばしで摘まみ折り、地面に落としていたのである。

 

話しかけてみた。

 Karasu2

 

 

 

「ねぇ、何してるの?」

-「ミレバ、ワカルダロ」

「もしかして、お花食べてる?」

-「タベテナイ」

「あ、お花を摘んで、彼女にプレゼントするとか?」

-「シナイ」

-「ハカイシテルノサッ!」

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはカラスみたいに、挑戦的で攻撃的じゃないね」

 

 

 

 

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2009年1月27日 (火)

亢龍

易経には、64の卦というものがある。

その一番目の卦が乾為天(けんいてん)。

 

乾為天では、

人の成長を、龍が天に昇り行く様子に喩えて、

6段階に分け、6枚の紙芝居風に述べている。

 

1、潜龍  田んぼの中に潜んだ龍

2、見龍  田んぼの上に上がってきた龍

3、君子終日乾乾す     その途中

4、躍龍  池の淵から天に飛び立とうとしている龍  

5、飛龍  空に飛び立った龍

6、亢龍  天に昇り極めた龍

 

 

昨日紹介したイタリア語のことわざ、

「高く上り過ぎる者はそれだけ速く(大急ぎで)落ちる」

と同様に、満つれば欠くるの原理を説いており、

 

6、亢龍有悔。(こうりゅうくいあり)がそれにあたる。

昇り極めた龍の行く先は、降りるしかないわけで、

進を知って退くを知らずして、

過去の栄光にしがみついたり、

自信過剰になって調子に乗って傲慢になったりすることを戒める教えでもある。

 

「ボンちゃん。ゴリラの美徳は、強いのに受身的で、傲慢とは無縁な控えめさだね」

 

 

 

 

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2009年1月26日 (月)

プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテ

precipitevolissime'volme'nte 

プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテ

これは、イタリア語の語彙で最も長い綴り(学術語を除く)である。

意味は、大急ぎで。

 

 

大急ぎで言い辛い言葉を、大急ぎの語彙にあてていることが、

なんともイタリアらしいと思って気に入り、

舌をカミカミ練習したものである。

 

 

この語彙が入ったことわざを見つけたので紹介したい。

 

Chi troppo in alto sale, cade sovente precipitevolissime'volme'nte.

キ トロッポ イン アルト サーレ カーデ ソヴェンテ プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテ

 高く上り過ぎる者はそれだけ速く(大急ぎで)落ちる。

 

 

 

似た教えが、易経の龍の話にある。

龍の話は、明日に。

よい一日を!

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんな時に、プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテで何かする?」

 

 

 

 

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2009年1月25日 (日)

心に効く漢方

心に効きそうな漢方を見つけた。

所謂、養生訓である。

 

己所不欲 勿施於人 (己の欲せざるところは 人に施す勿れ)

 自分にされて嫌なことは、人にするでない。

 

 

比上不足 比下有余(上に比すれば足らざるも 下に比すれば余あり)

 上には上がいるが、一番下が自分というわけでもない。

 

恬淡虚無(恬淡にして虚無なり)

 無欲になり、今の自分を受け入れるべし。

 

正気在内 邪不可干(正気内に在れば 邪干すべからず)

 正しい気が内にあれば、悪いものは入ってこない。

 

柳暗花明 又一村(柳暗く花明るく、又一村あり)

 視点を変えれば、世界は広がるものである。

 

(参考『自分でできるやさしい漢方』オレンジページムック)

 

「良薬は口に苦く忠言は耳に逆らう」と言うが、

イタリア語でも同じ表現をするか、調べてみた。

 

Le medicine buone sono amare.

レ メディチーネ ヴォネ ソノ アマーレ  良薬口に苦し

Il miglior consiglio e` duro all'orecchio. 

イル ミリョール コンスィリョ エ ドゥーロ アッロレッキオ 優れた忠告は耳に辛い

 

同じだ。

どうやらイタリアでも、この表現があるらしい。

人の忠告なんかより、

自分の直感を信じて疑わないイタリア人しか、私は知らないのだが…。

 

 

「ボンちゃん。『柳暗花明』って、どことなく字の並びが色っぽいね」

 

 

 

 

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2009年1月24日 (土)

根っこ

「根」という字は、

色々な言葉に使われてると気づいた。

 

根に持つ。根堀り葉堀り。根はおとなしい。この問題の根は深い。

 

そうそう、根性もそうだった。

 

やじ馬根性。根性の腐った奴。

 

Ne

 

 

 

 

 

 

どうせ根をはるなら、見上げた根性がいい。

と、 

大木の根を見上げなら、思ったのだった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラのボスは、ど根性がありそうだね」

 

 

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2009年1月23日 (金)

道の神 

それにしても赤いちゃんちゃんこが良く似合うと思った。

偶然、道の神、旅人の神に会った。

 

その場に差し掛かった瞬間、

それまで漂っていた気が明らかに異なったのを感じた。

そこだけ、空気が浄化されているような、

いい気が満ちている、という表現が一番的確なのだろうと思う。

 

 

惹かれて中に入ると、

赤いちゃんちゃんこを着た、

イケメンな御二方の猿さまがニコニコしておられる。

 

道の神、旅人の神とされる猿田彦大神、

日本神話に登場する神様だった。

 

Osarusama1

  

Osarusama2 

 

 

 

 

JR巣鴨駅下車。

地蔵通りを歩いて行くと、御二方の猿さまは鎮座しておられる。

人生の道に迷ったら、

道祖神さまに尋ねるのも、いいかもしれない。

あの御二方の猿さまだったら、

ユニークな返事が返ってくるにチガイナイ。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも赤いちゃんちゃんこが、似合いそうだね」

 

 

 

 

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2009年1月22日 (木)

キボウ

「日本には何でもあるが希望だけがない」

と、作家の村上龍氏は言っている。

 

希望とは何か。

作家の角田光代氏のエッセイの中の言葉が目に留まった。

「今よりすばらしい未来を手にいれることは、絶対に可能なはず、と信じられる気持ちなんだと思う」(The Gold/JCB 2月号より)

 

 

そこで希望を辞書で調べみた。

あらら、

日本には怖いキボウが、

あまるほどあるような気がしてきてしまった。

 

 

まず、

まっとうな方の、希望とは、

あることの実現をのぞみ願うこと。その願い。

将来に対する期待。明るい見通し。

 

 

次に、怖い方のキボウを紹介してみたい。

 

 毀謗(キボウ)とは、そしること、非難すること。

 詭謀(キボウ)とは、だまして、人をおとしいれようとする計略。

 

 

食べ物を大切にしない今日の行き着くところは、飢乏なのだろう。

 飢乏(キボウ)とは、食物が足りなくて飢えること。

 

 

こういうキボウが溢れているとしたら、行き着くところは危亡なのかもしれない。

危亡(キボウ)とは、国や身が滅びようとすること。危機。

 

 

 

「ボンちゃん。時代は、人の心が作るんだね」

 

 

 

 

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2009年1月21日 (水)

“やる気”と“努力”

イタリア・ヴェネツィア・サンマルコ広場の対岸にある、

歴史的建造物が、

6月3日に美術館となってオープンするという。

 

ヴェネツィア市が主催したコンペで、

勝ち抜いた案が採用されてのプロジェクトなのだが、

その設計者は、

プロボクサーを経て、

独学で建築を学び、

建築家となったことで知られる安藤忠雄氏なのである。

 

境遇がどうであれ、

自分が人生をどう生きたいか、

すべては、

“やる気”と“努力”次第である。

と、安藤さんの生き様は教えてくれているように思う。

 

 

「ボンちゃん。オバマ大統領も同じだね」

 

 

 

 

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2009年1月20日 (火)

勇気の根源

小春日和だった昨日、

思い出詰まる新宿駅の南口に、久々に降り立った。

 

強いることのない柔らかな陽射しが、

まるで身体を包むような優しさで、

背中を押してくれたように感じた。

 

同じ陽射しでも、場所が変わると感じるものが違ったりする。

Shinjuku1

 

 

 

いい思い出に、賞味期限はないらしい。

 

 

「ボンちゃん。いい思い出が、生きる勇気の根源なのかもね」

 

 

 

 

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2009年1月19日 (月)

気になるマネキン

心理学では、

目撃情報といった、人の記憶というのは、

あまりあてにならないと説いているが、

本当にその通りだと思う経験をした。

 

Maneq1

 

 

 

 

この写真。

ショーウィンドーの中で、

一様に同じく立っていたマネキンなのだが、

通りすがった瞬間にまばたきをしたのだ。

正確に言えば、そのように見えた。

ビックリして、思わず走り戻ったほどだったが、

再びまばたきすることは無かった。

 

人間の脳というのは、

たとえば宇宙人の存在性を強く信じる人がいるとする。

すると、

宇宙人が家にやって来て、これこれこういうやりとりがあった、

というような詳細(自分の求めている想像上の物語)が、

あたかも実際に起きたことのように記憶になってしまうことがあるという。

人間の記憶というのは、

そんな曖昧さがあるという話を、以前に心理学者が語っていた。

 

想像での宇宙人の襲来かもしれないし、

現実での宇宙人の襲来かもしれないし、

記憶による真意の見極めは難しいようである。

 

 

無意識の内に、

マネキンが、

まばたきすることを私は求めていたのだろうか。

気になるマネキンである。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、動くはずのない物が、動いて見えることってある?」

 

 

 

 

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2009年1月18日 (日)

平面ブタ

今日、また電車の中で、平面ブタに会った。

 

何の話かというと、

一昨日の記事「ささやかな達成感」に書いたブタのことである。

 

あの時は、何気ない視線を感じて見上げたら、

電車の荷物棚の向こうに、2匹の平面ブタがいて、

平面ブタは筆談で私に言った。

「コツコツだと思うよ」と。

 

再会した今日、更なる筆談を発見した。

金色の方が、キントン。

銀色の方が、プラトン。

と、平面ブタの下には名が記されてあった。

 

どうやら金の豚(トン)だから、キントンで、

銀の豚(トン)はプラチナで、プラトンであるらしい。

 

きっと誰かが、愛を込めて名づけたのだろう。

と思いつつも、

私だったら、

そうだ。

ゴールドンにプラトンという名を授けたい、

と、思いつつ電車を降りたのだった。

 

「ボンちゃん。名前に濁音がある無いで、少なからず性格に影響していくと思わない?」

 

 

 

 

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2009年1月17日 (土)

人参の季節

一年中、人参は売っている。

いったい人参は、いつが旬なのだろうか、と前から気になっていた。

食材の季節感が失われつつある今日であるが、

温暖化防止のためにも、身体のためにも、

なるべく旬の食材を選んで食べようと思って調べてみた。

 

野菜/果物

春 ふきのとう たけのこ グリンピース セロリ いちご

夏 トマト きゅうり なす おくら 枝豆  すいか

秋 しめじ じゃがいも えのきだけ 栗 梨 ぶどう 柿

冬 ほうれんそう ごぼう 白菜 人参 りんご みかん

 

春 かつお にしん さより あさり

夏 あゆ あじ すずき きす

秋 さんま さば いわし さけ

冬 まぐろ あんこう ほっけ たら

 

「ボンちゃん。やっぱり旬のものが、一番美味しいね」

 

 

 

 

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2009年1月16日 (金)

ささやかな達成感

コツコツだと思う。

と、金銀の2匹のブタに電車の中で言われ、ハッとした。

何かの宣伝広告のポスターなのだが、

ここのところ気がせいていた私の心を見抜いて、ブタが呟いたように思えた。

 

人間は元々欲深にできているのか、

より高い達成感を追い求め、

ささやかな達成感に浸る喜びを忘れがちなところがあるように思う。

 

今朝の読売新聞に、幸福感にまつわる興味深い話があった。

身体が弱ったり交流範囲が狭まり出す、

60歳代で6割、70歳代で5割と幸福感は減少するが、

4割が介護保険で要支援の認定を受け出す、

85歳を超えると、

不思議な達成感や充足感に包まれ幸福感が増すという。

 

「超高齢者(85歳以上)は不思議な達成感や充足感に包まれ、自然の理(ことわり)そのものの中にいるような安定感を持つ。その心の状態が身体を支え、その身体が気の充実を生むのです」と、医史学者、立川昭二 北里大名誉教授(81)は述べている。

(2009/1/16 読売新聞より)

 

 

幸福な人というのは、

ささやかな達成感を味わえる人なのだろう。

 

 

「ボンちゃん。〈生病老死〉の生と死は偶然性の帯びた宿命のようだけど、その中間の時間の過ごし方は、自分で舵がとれるんだよね」

 

 

 

 

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2009年1月15日 (木)

レオナール・フジタ

女性に、ヒゲとシッポをつけると、猫になる。

猫は、時に、擦り寄ってきたり、おとなしくて可愛いが、

急に爪を立てて、攻撃的になったりする。

その二面性があるから、面白い。

と言ったのは、数奇な異邦人の画家、フランス人、レオナール・フジタ氏である。

 

藤田嗣治氏は、自分はパリで有名になる。

と言って、画家の集まるパリに乗り込んでそれを果たした。

69歳で洗礼を受け、

尊敬するレオナルド・ダ・ビンチの名をとってレオナール・フジタとなったのだという。

 

彼の絵には、よく猫が出てくる。

ある夜、飲んだ帰り道、パリの街角で一匹の猫がまとわりついてきて、それから猫と歩む人生が始まったという。

レオナール・フジタ氏にとって、

女の人と猫は、同じような価値観を持つ生きものに映っていたようである。

 

 ※レオナール・フジタ展は、上野の森美術館で、

  2009年1月18日(日)まで開催している。 

 

 

「ボンちゃん。人間の男性は、何の動物と似ていると思う?」

 

 

 

 

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2009年1月14日 (水)

不幸への道

美味しいものを食べると、人は幸せを感じる。

その時、意味を考える人はまずいない。

美味しいから、幸せなのだ。

それと同じで、幸福への道というのは、

意味を考えることから降りるところにしかない。

と、大阪大学総長、鷲田清一氏が語っていた。(婦人公論 1/22号より)

 

 

「幸福」とは、満ち足りていること。

不平や不満が無く、たのしいこと。そのさま。

と、辞書にはある。

 

ストレスというのは不思議なモノで、

自分の解釈次第でストレス値が変化すると医学で立証されている。

 

状況は同じであっても、

満ち足りていると自分が解釈すれば、満ち足りるし、

満ち足りないと自分が解釈すれば、着眼点が不平不満になり、満ち足りなくなる。

 

そうそう、

「しあわせは、自分の心が決めるのだ」

と、相田みつをさんも言っていた。

 

 

アレコレと自分の満ち足り度合いを測る道の先には、

幸福は無いよ。

と、大阪大学総長は言っているのだろう。

 

「ボンちゃん。〈下手な考え休みに似たり〉って言うけど、〈下手な考え不幸への道〉ってことだね」

 

 

 

 

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2009年1月13日 (火)

魑魅魍魎戦で。

「意志を持って、人生を、食べ物を選択する。その意識が目力になり、スリムな体型を作り、魅力になってオーラを放つのかもしれない」

(大桃美代子『日本一おいしいお米の食べ方』中経出版より)

 

人に夢を与えるために、

魑魅魍魎が渦巻く世界と言われる芸能界に身を置き、

日々の戦(いくさ)に勝利している多くの人の食事は、

納豆や野菜が中心で、脂っこいものは控え、

夜8時以降は何も食べないのが基本のようである。

 

魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する世界で生き延びるには、

食事を和食にして、

最大限に体調管理に気を配り、

自分の直観と、決断を信じて疑わず、

前進する強い精神力が不可欠のようである。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、魑魅魍魎って、いる?」

 

 

 

 

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2009年1月12日 (月)

やさしさ紙芝居

♪やさしさ紙芝居 そして誰もが主人公♪

 

毎年見ることを望まなかったTV番組、紅白を見た。

それというのは、水谷豊さんが初出場すると知ったからだった。

白組に属していながら、

深紅のベルベッドを着て、

カリフォルニア・コネクションを熱唱しつつ、

はにかんだ初々しさに包まれている、

そんなお茶目な存在感に、

永遠な魅力を感じずにはいられなかった。

 

その日以来、

水谷さんが数十年前に歌っていた「やさしさ紙芝居」が思い出され、

なぜか、

頭の中でBGMになっている。

 

♪ねぇ、きみ、ぼくはこう想うのさ♪

♪人生なんて、紙芝居だと♪

幼い頃、曲を通して水谷さんが語りかけてくれた言葉は、

今でも私の中で、生きている。

 

 

「ボンちゃん。あの言葉には、魂が宿っているね」

 

 

 

 

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2009年1月11日 (日)

お眼目が焦げる!

誰が名づけたのか、それにしても野蛮なネーミングだな、と気づいてしまった。

何の話かというと、「目玉焼き」である。

数日前、こんなことがあった。

友人宅で目玉焼きを作った際、卵2個では多いと思い、卵1つの目玉焼きを作り、食卓に置いた。

それを見るなり、友人の顔はくもり、言った。

「目は2個じゃなきゃ、嫌だ。目玉ひとつでは片目でしょ」と。

その言葉を受け、目玉焼きとは、言い換えれば眼球焼きというネーミングであることに、今さらながら気づいたのだった。

そういえば、イタリア語では、

due uova fritte (ドゥエ ウォーヴァ フリッテ)という。

意味は、読んで字の如くで、揚げた(焼いた)2つの卵、である。

従って、イタリアでも目玉焼きは2個の卵で作るようなのだ。

 

ただ、日本のように、目玉焼き(眼球焼き)という表現はされていない。

日本以外にも、卵を2個焼いた料理を、目玉焼きと呼ぶ国はあるのだろうか…。

 

「ボンちゃん。そういえば、グリム童話も、けっこう残酷な話が多いよね」

 

 

 

 

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2009年1月10日 (土)

定説さ。

思っていると思っていること以上のことが起きる。

というのが、私の定説となっている。

 

すぐに思いつく範囲で例を挙げてみたい。

身体的な変化。

目。小さい頃はもっと細く小さかったが、望んだように大きくなった。

視力。眼鏡やコンタクトレンズを使用していたが、無くても見えるようになった。

上唇。以前は輪郭が薄かったが、はっきりしてきた。

肌。荒かった肌理が、細かくなった。

カラダ。太りやすい体質だったように思うが、細身になった。

 

信ずるものは救われる。という言葉があるが、 

目指す自分像になるのは、もう決まっていることだ。

と思っていると、カラダでさえも自然と変化してくる。

 

今の自分が、

目指す自分像からは、かけ離れているように思えたとしても、

その時、目指す自分像を実現化する方法が分からないとしても、

ただ思い続けるのだ。

何かが変わってくる。

 

戦後最悪の不況、この大波乱に立ち向かうには、

なかなか願望通りに事が運ばない現実を絶望視するのではなく、

目指す自分像になるのは、

もう決まっていることだ。これは定説さ。

と、思うことが、

想像以上に大きな力を持っているように思うのだ。

 

「ボンちゃん。心の持ち方次第で、自分の行動が変わってくるから、不思議だね」

 

 

 

 

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2009年1月 9日 (金)

江戸な茶屋

上野の森を歩くと、都会の喧騒を忘れる。

この森は、上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)という名があり、日本でも有数の都市公園なのである。

そのすぐ側に不忍池(しのばずのいけ)という池があって、

2kmに亘る不忍池の畔を歩いていると、

だんごの小旗がひらめく、江戸情緒たっぷりの「蓮見茶屋」がある。

 

はちべえの目に小旗が留まって、

ご老公一行が入って来るのではないかと思いつつ、

いきなひと時を過ごしたのだった。

 

「ご隠居、あそこにだんご屋がありますよ!」

Shinobazunoike1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。冬景色も風情があるね」 

 

 

 

 

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2009年1月 8日 (木)

ダンスダンス

『ダンスダンスダンス vol.29 2月号』の100ページ目をめくったら、

知人がふたりいて、思い出した。

去年の12月に会った際、劇的舞踊集団 Kyu (キュー) セカンドパフォーマンスをやると彼が言っていたことを。

≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒

<龍馬と幕末サラリーマン> 

場所 横浜赤レンガ倉庫1号館

平成21年1月16日(金) PM3:00開演 / PM7:00開演
17日(土) PM2:00開演 / PM5:00開演
18日(日) PM2:00開演

≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒

 

ダンサーである彼らに会うたびに思う。

いつ会っても、どこかピッとしていてカッコイイ。

路上、遠く離れた所を歩いていても、目立っているからすぐに分かる。

歩き方、立ち振る舞いのすべてが絵になっているのだ。

花がそこにあるだけで素晴らしいように、

彼らがそこにいるだけで、

存在するだけで、華がある。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、そこに居るだけで絵になっているね」

 

 

 

 

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2009年1月 7日 (水)

ハレの日晴れ

ハレの日は、晴れて欲しいと願うものである。

今年の成人の日は晴れるだろうか。

と、気にしている東京人には、期待できる心強い情報を見つけた。

 

気象庁創立以来128年間のお天気を集計したデータというのがある。

128年間分の1月の東京の天気によると、

12日(今年の成人の日)は、

晴れ87回、曇り21回、雨8回、雪10回、あった。

他日と比べ、12日の雨8回が最も少ない。

ただ、雪10回というのは、1月の中で2番目に多い数値である。

これが気になるが、今年の東京は暖冬である故、おそらく雪は降らないであろう。

念のためにYahoo天気情報をチェックしてみたところ、

晴時々曇となっていた。(2009年1月6日 17時00分発表) 

 

ということで、今年の成人の日は、

雨の確立は低いと予想がつくのである。

 

ハハハッ ハレの日晴れであろう。

 

「ボンちゃん。ゴリラは雨が嫌いなの?」

 

 

 

 

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2009年1月 6日 (火)

ぷニョぷニョ

年男、赤瀬川原平氏(画家、作家)のエッセイ「年男で考える」に、

次のようにあった。

 

作家は頭の中では考えが動いているが、

体は動かないからどんどん固まっていき、

かき回さないと固まる生のコンクリートのようで、

歳をとるとどんどん固まりそうになるから、

ウォーキングや腰椎体操や、

とにかく固まらないように努めてばかりいる毎日である、と。

(小冊子『うえの』上野のれん会発行、1月号)

 

ヒトはぷニョぷニョして柔らかく生まれるが、

歳を重ね、放っておくと、カチカチしてきてしまう。

 

意識して、

カラダを動かさないと、

壷の中で凝り固まった砂糖のようになってしまう。

意識して、

知的好奇心を持ち、

素直さや、感動することを大切にしていかないと、

柔軟さを失って頑なになり、

心身ともに、カッチカチなこわばった生きものになってしまうのだ。

 

ああ、ぷニョぷニョ。

 

あっちもこっちも、動かそう!

 

「ボンちゃん。ゴリラも、子ゴリラは、ぷニョぷニョしている?」

 

 

 

 

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2009年1月 5日 (月)

シュワシュワバスボム

シュワシュワなバスボム(入浴剤)を作れないものか、

と思っていたのだが、今日、作り方を偶然に本(監修 杏仁美友『漢方をはじめよう』成美堂出版)で見つけたのである。

オリジナルな、ポトンッ、シュワシュワシュワが365日味わえる。

 

情報を載せておこうと思う。

♪バスボムをポトンと落とせば、お肌ツルツル、体ポッカポカ。ワハハ♪

と、是非歌いながらお風呂に入って頂きたい。

 

シュワシュワバスボムの作り方

材料

重曹 大さじ6

クエン酸 大さじ2

好みの精油(エッセンシャルオイル)

※ローズウッド、ゼラニウム、ラベンダー、オレンジスィート、お勧め

ビニール袋 1枚

スプレーボトル 1本

作り方

①ビニール袋に重曹とクエン酸を入れ、袋の口を押えて振って混ぜる。

②①に精油をお好みで数滴入れる。

③シュッシュッシュッシュッと4回程、水をスプレーする。

④握ってボールのように固める。

 ※水が足りなくて固まらない場合は、更にシュッとする。

⑤完成

 

「ボンちゃん。猿は温泉好きだけど、ゴリラは温泉は嫌い?」

  

  

  

  

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2009年1月 4日 (日)

あなふしぎ

孤独を嫌う人は多い。

が、仲よしごっごをしていても、

人の心を揺さぶるようなモノは創造できないだろうと思う。

 

孤独があればこそ、

本当の意味で自分を見つめ、

心の声を聞くことができる。

これは万人に共通していることではないだろうか。

 

他者と全てを共感し合えることなどあり得ないと知りながらも、

なぜ人は孤独を嫌うのか。

人によっては、

孤独を味わうくらいなら、

自分の意志を簡単に蔑ろにしてしまう。

全面的に他人の意向に合わせ、

他人の人生を生きるかのように生きたりもしてしまう。

 

孤独を避けようとすると、“孤独”になり、

孤独を楽しめるようになると、“孤独”ではなくなる。

 

孤独とはそんな、

あなふしぎなモノではないかと思うのである。

 

「ボンちゃん。人間が孤独を嫌うほどに、ゴリラも孤独を嫌う?」

 

 

 

 

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2009年1月 3日 (土)

努力のおまけ

スティーブ・ジョブスが学生に贈った言葉である。

「興味を持った一つ一つのことに熱中していけば、そのときは散らばっている点のような別々の存在が、将来にはつながり合ってすばらしい一つの大きなものとなる」

(竹内一正『スティーブ・ジョブス 神の交渉力』経済界,2008より)

 

いったいどうしたら強くなれるのだろうか、

どうやったら揺らがない精神力が持てるのだろうか、

と、考え、悩む人がいる。

 

私もそのひとりで、

幼い頃から考えては、試行錯誤してきた。

 

その時に答えが見つからないことでも、

ある時、点と点がすっと繋がって線になり、見えてくることがある。

 

強さとは、

努力しているとついてくる、おまけのようなものなのかもしれない。

しなやかで強く、

柔軟でねばり強い精神力を持ちたいのであれば、

自分が信じた道を、

努力し、

勇気を持って進むしかないのだろう。

 

「ボンちゃん。勇気があれば、不可能と思われることを、可能にする可能性はあるね」

 

 

 

 

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2009年1月 2日 (金)

カポダンノ

「お正月」を、イタリア語で言うと「Capodanno(カポダンノ)」という。

Capo(カポ)は、頭、長、首領、端、初め  の意。

danno(ダンノ)は、年の  の意。

「年の初め」でお正月。

 

イタリア基本単語集を見ていたら、

Capo(カポ)の例文で目が留まった。

 

イタリア語の参考書や問題集の例文は、

日本語学習用のテキストには、おそらく出てこないような、

独特且つ情熱的な例文が多く、例文ひとつ見ても、

文化の違いを感じるものである。

 

基本単語集の「capo」の例文には次の文が記されていた。

 

Ti seguirei in capo al mondo.

(ティ セグイレイ イン カポ アル モンド)

世界の果てまで君について行こう。

 

カポダンノに相応しい、情熱を感じる。

 

 

B R A V O !

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは秘めたる情熱家だね」

 

 

 

 

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2009年1月 1日 (木)

泰然自若な元旦

あけましておめでとうございます。

2009年を迎え、皆様のご健康と

ご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 
さりげなく、

ロマンスカー全車種乗車の制覇を楽しんでいる私。

乗っていないのは、一番新しい60000系、

青いロマンスカー(MSE)だけだった。

そして本日、青いロマンスカーで小田原に行き、

大雄山線に乗って、

曹洞宗 道了尊  大雄山 最乗寺に初詣に行って来た。

 

生まれて初めて訪れたその地は、

樹齢500年になる杉が至る所にあり、

雄大そのもので、

天狗さまが結界をはり、

水神さまや、不動明王さまが鎮座し、

すべてが絵になっていて、

清らかな澄んだ空気が満ちていた。

 

佇む巨木と比べたら、

人間なんて、

ちょこまかしていて、ちっぽけな存在だ。

 

泰然自若として、生きたい。

 

「ボンちゃん。ゴリラは巨木のように、泰然自若として生きているね」

 

 

 

 

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2008年12月31日 (水)

ソーニ ドーロ

初夢は、いつ見る夢をさすのか、誰に聞いても返事が異なる。

とイタリア人に指摘された。

イタリアでは初夢で吉凶を占う風習はないという。

 

そこで、調べてみると、

12/31-1/1、1/1-1/2、1/2‐1/3

の3つの説があった。

 

「一日の計は朝にあり 一年の計は元旦にあり」というから、

12/31-1/1に見る夢が、

新年のはじめの夢に思えてならないが、

現代の主流は、1/1-1/2なのだった。

 

ついに今日は、大晦日。

 

Sogni d'oro!  (ソーニ ドーロ) 

 ※Sogni d'oro! とはイタリア語。「素敵な夢を!」の意。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはどんな夢を見るの?」

 

 

 

 

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2008年12月30日 (火)

心は10歳。

「大丈夫、あなたはちゃんとやっていける」

(宮崎駿『折り返し点』岩波書店,2008より)

と、10歳の女の子に本気で伝えたくて、

宮崎駿監督は、映画『千と千尋の神隠し』を作ったという。

私の心は10歳なのか、

あの映画が大好きで、映画館で4回観ている。

 

『折り返し点』を読み、

宮崎駿監督が、あの映画に込めた思いが明らかになった今、

なぜ私は、あの映画が大好きなのか?

を、考えてみた。

 

もしかしたら、

“千尋”が両親と生きる世界が、

日本にいる自分の世界観のようで、

“千”となってトンネルの向こうで生きる世界が、

異国にいる自分の世界観のようで、

千尋が、その二つの世界で揺れている様子に、

共感しつつ、切なくもあるのかもしれない。

 

「ボンちゃん。ゴリラの心の年齢は、肉体の年齢に比例してる?』

 

 

 

 

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2008年12月29日 (月)

チェントオット ゴング

「除夜の鐘を聴く」 をイタリア語にすると、

Si ascolta il gong del tempio.

(スィ アスコルタ イル ゴング デル テンピオ)となる。

「除夜の鐘」は「ゴング」になるのだ。

ゴングと聞いて思い出すのは、

プロレスのリングで、カンカンカンカーンと響き亘る、あのケタタマシイ音色。

「ゴング」という響きと、

除夜の鐘の厳かさとが、不釣合いに感じてならない。

 

またまた更にそれを上回る不釣合いな響きが、

「108つの鐘」なのだ。

「108つの鐘」をイタリア語にすると、

centootto gong (チェントット ゴング)となる。

 

笑える。

 

だから、言語は面白い。

 

「ボンちゃん。チェントット ゴングまで、あと3日だね)

 

 

 

 

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2008年12月28日 (日)

脳腸相関

腹部の膨満感に悩んでいる女性が多い。

更に、そのこと自体がストレスになり、

症状が悪化する悪循環に、心を痛めてしまうのである。

 

読売新聞(2008,12,27)の記事、健康プラス、によれば、

脳と腸は密接な関係にあり、

ストレスに過敏な人ほど、過敏性腸症候群になりやすいのだという。

 

伊藤克人先生(東急病院 心療内科の医長)は、

おなかの張りを解決する方法は、

不安や症状をあるがままに受け入れ、

自分らしい生活を送るという視点が重要だと話している。

 

感情などがこまやかで、感受性が豊かな人ほど、様々なことに心を痛め、心身を病むに至ってしまう傾向があるように思う。

鈍い人ほど、過敏性腸症候群を患わない。

いい人を辞めれば、病まない。

ということなのだろう。

 

「ボンちゃん。ゴリラはデリケートだから、すぐにお腹をこわしちゃうのだね」

 

 

 

 

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2008年12月27日 (土)

一刻者

おいしいお酒を貰い、飲んでしまったが最後、他のどのお酒を飲んでも不味く感じるようになり、迷惑した。

と言ったのは、一刻者として知られる作家、内田百間である。

 

最近、ブルーマウンテンコーヒーを頂き、飲んでしまったが最後、他のどのコーヒーを飲んでも、ウワァッ!これ飲むの、修行だ!と、感じるようになり、迷惑している。

と、密かに思っているのは私である。

というのは、友人にクリスマスプレゼント、何が欲しい?と聞かれ、

ブルーマウンテンの豆、と私は答えた。

心優しい友人は、ブルーマウンテンの豆を500g贈ってくれた。

それが、感動的に美味しいコーヒーだった。

刺激物でありながら、体が自然に受け入れ、優しく馴染んでいくようなマロヤカ~ナな味がする。

そのお陰で、外出の先々でコーヒーを飲む度に、

「う~、迷惑した」と感じてしまう。

「このご迷惑のお詫びにと、ブルーマウンテンの豆を継続的に贈ってくれないのかな…」

と、思ってしまうのだった。 

100g 2100円のコーヒーを、ここのところ毎朝飲んでいる代償は、

思いの外に大きい。

 

「ボンちゃん。ゴリラはみんな一刻者に見えるね」

 

 

 

 

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2008年12月26日 (金)

ミカンピール

この冬、ミカンピール(ミカンの皮の砂糖煮)が私の中で流行っている。

作り方は至って簡単なので作り方を記しておこう。

材料
みかんの皮3個(無農薬、ノーワックスのものを使用)
グラニュー糖大さじ3(私はオリゴ糖を使用している)

作り方

①むいたミカンの皮をよく洗い、千切りにする。
  注、白い部分が気になる人は、少し削ぎ落とす。

②①を鍋に入れる。

③水をひたひたに注ぎ、弱火で煮る。

④柔らかくなったらグラニュー糖と、お好みでレモン汁を加える。

⑤焦がさないように注意しながら中火で味を煮含ませる。

⑥完成

チョコレートを溶かしてミカンピールにコーティングにしたり、パウンドケーキに混ぜたり、かき氷のトッピングにしても美味しい。

ちなみに私は、毎朝、フランスパンをトーストにし、オリーブオイルをぬり、ミカンピールを山盛りにのせて、オレンジ色な朝食をとっている。

「ボンちゃん。ミカンは、実も皮も美味しいね」

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2008年12月25日 (木)

燻し銀なイブ

今年のクリスマスイブは、「燻し銀なイブ」にしようと決めていた。

笑点で燻し銀な魅力を放つ小遊三師匠の落語を拝聴しようと、浅草に向かったのである。

学識高い孔子のような人が、喧嘩っ早い短気な長屋住まいの凡人を悟らせてしまうお噺だった。

相反する二者が小遊三師匠に宿っているようで、その燻し銀な魅力に惹かれっぱなしなイブとなった。

 

帰り道、ふと思った。

 

サンタクロースは、与える者の代表的存在である。

サンタクロースは、何かを与えてもらうために、与えているわけではない。

見返りを期待して与えているのではない。

自分を犠牲にして与えているのでもない。

誰かを笑顔にさせたい一心で、与えている。

(“ ワ")ァ~!

小遊三師匠は、サンタクロースだ!

 

「ボンちゃん。黒の紋付き着たサンタクロースって、いきだね」

 

 

 

 

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2008年12月24日 (水)

クリスマスの星

イタリアのクリスマスといえば、

クリスマスツリーを飾る。

小さな木のおもちゃを飾る。

お祝いカードを書く。

クリスマスツリーの下にプレゼントを置く。

vischio(ヴィスキオという名の植物)を友達に贈る。

le stelle di Natale(レ ステッレ ディ ナターレ)=クリスマスの星を買う。

クリスマスのテーブルセッティングをする。

トルテッリーニとターキーを作る。

パネットーネとパンドーロを食べる。

教会に行く。

といったところだろうか。

 

日本のように、クリスマスイブに贅沢なプランを立てたり、高価なプレゼントを贈ったりする習慣はない。

クリスマスの星とは、ポインセチアのことである。

 

星といえば、キラキラ。

キラキラといえば、ゴリラの瞳。

ゴリラは、興奮すると、目がキラキラし出すのである。

 

Buon Natale!(ヴォン ナターレ)

Merry Christmas!

 

「ボンちゃん。ゴリラを愛する人は、あの瞳に恋するのかもね」

 

 

 

 

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2008年12月23日 (火)

アヘアヘな勇気

挑戦する人は、勇気を放っている。

 

間寛平さんのHPを覗いてみた。

1986年 1月 兵庫県市川5kmの部   21分 08秒 完走

を皮切りに、

2008年 3月 サハラマラソン   51時間46分 05秒 完走

と、22年の間に72回のマラソンに出場し、リヤイアはたった8回。

そして、「僕、目立ちたいの~♪アヘアヘ~♪」

と、陸20000キロ、海16000キロのアースマラソンへと旅立ったのだった。

 

寛平さんが走る姿勢は、思いやりに満ちていて、優しい。

 

走行中の寛平さんが、通りすがりの人と握手し、写真撮影に応じ、

その度に足を止める姿が印象的だった。

 

「ボンちゃん。寛平さんに負けないよう、挑戦し続けるぞ!」

 

 

 

 

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2008年12月22日 (月)

ブラボーな、あんぽ柿

最近、あんぽ柿が食べられずにいた。

あの不自然に鮮やかな夕陽色が眩し過ぎて。

そこで、あんぽ柿の製造の工程を調べてみることにした。

すると、防腐、殺菌、柿の乾きを良くするため、柿の色を良くするため、ビタミンの保持を目的に、

硫黄薫蒸(硫黄を加熱して亜硫酸ガスで燻蒸する)をしていることがわかったのである。

硫黄薫蒸(漂白)なし、保存料無しの、

ブラボーなあんぽ柿は無いものかと探すと、

なんと、ある。

 

さすがは奈良県五条の柿。

と、早速、ネット注文した次第である。

 

あんぽ柿 硫黄薫蒸 夕陽色

  

「ボンちゃん。自然が一番だよね」

 

 

 

 

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2008年12月21日 (日)

その命は誰の?

「偉大なる精神は平凡な知性からつねに猛反発を受けるものである」
アインシュタインの言葉である。

アインシュタインの幼少期を紹介しよう。

4歳、言葉を話しだす。

7歳、文字が読めるようになる。

9歳まで、話し方がぎこちない。

小学校の先生から「君はどうせ大した人間にはなれそうもないから」と言われ、中退を勧められる。

もし、アインシュタインが主体性のない人間で、世間からの評価が自分の本質だと思い込み、翻弄され、自分は何をやってもダメな存在なのだろう、などと考えてしまっていたら、
アインシュタインという偉大なる人物が存在したことを、
世界中の人が知ることはなかっただろうと思う。

時に、他人は、他者を批判したり、批評したり、中傷したりもする。
が、言ったことに対し責任はとらない。絶対に。

その事は忘れないでいたい。

世間に疲れてきた時は、

自分が自分を信じなければ、その命は誰のものなのだ?

と、自問自答してみよう!

自分のために、世間に負けちゃいけない。

 

「ボンちゃん。生きるって大変だけど、生きてて良かったって思う瞬間があるから頑張れるよね」

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2008年12月20日 (土)

ミラノの風

クリスマスに。

と、ミラノの風を友人が届けてくれた。

1817年からずっと、ミラネーゼを虜にしている、ミラノの老舗COVA(コヴァ)の焼き菓子、パネットーネである。

パネットーネはミラノが発祥と言われており、イタリアではクリスマスに欠かせないケーキなのだ。

 

Natale1_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

その風に吹かれたら、イタリアの格言をひとつ思い出した。

Fidarsi e` bene, ma non fidarsi e` meglio.

=信頼は良いことである、が、信頼しないのはより良い。

 

この言葉を最初に聞いた時、

人というのは、信頼を裏切るから、人を信頼しない方がいい。

というように解釈しそうになった。

が、何か腑に落ちず、後になってもこの格言と会話し続けていた。

暫くたったある日のことだった。

ミラノの霧が晴れた時のように、はたと気づいたのである。

 

「信頼」という原理というか、根本的な法則は誠に良いことだから、

あなたは信頼に値する行動をしなさい。

ただ、誰かを信頼するということにおいては注意がいる。

なぜならば、人にはそれぞれ取り巻く状況の変化があったりする。

あなたの信頼に答えたくても、答えられなくなることだってあるだろう。

それを理解しておけば、

裏切られた、という解釈に苦しむことはないし、誤解、無理解もない。

それぐらい寛大でいなさい。

 

と、解釈できる。

 

「ボンちゃん。ミラノの風は、芸術風だね」 

 

 

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2008年12月19日 (金)

7色な東京タワー

三田の交差点を歩いていたら、偶然、見てしまった。

 

それは、初々しくも、神々しくも、色っぽくもあった。

いつものオレンジ色が、七色なのだ。

 

東京タワーのHP情報によれば、

12月は東京タワーの開業50周年記念月間のため、

25日まで、色っぽい「ダイヤモンドヴェール」で彩られているという。

 

<クリスマス 恋するタワー 七変化> 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、東京タワーの頂上の先っちょまで、よじ登れる?」

 

 

 

 

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2008年12月18日 (木)

ああ、歌丸師匠

雑誌『笑点 第4号 やっぱり歌丸師匠はすごい!』日本テレビ、を読んでいたら、桂歌丸師匠の言葉が目に止まった。

歌丸師匠曰く、<若い時の苦労は買ってでもしろ>には続きがあって、苦労というものは、苦労しただけでいたらダメだという。

振り返って、その苦労を笑い話にできるようになることを、人生の目標にしなさい。

苦労は、自分の努力で乗り越えなければ笑えないからね。

と、語っておられた。

 

昨日書いた記事「人の不幸は蜜の味?」に則って考えるならば、

人の不幸によって癒される本質を持つ傾向があるのが人間という生きものである。

 

自分の不幸を自分で笑えるようになったら、

まさに人格者と言える。

 

それ程になれば、努力してきたことも実り、

お世話になってきた人にも恩返しができるというものだ、

と、歌丸師匠は言っておられるのだろう。

 

さすが、歌丸師匠! 

瞬時に、的確に、絶妙な間で深いところを読んで、つく。

名笑点司会者は一日にして成らず、そうつくづく思った次第である。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、相手と、ひとめ合わせただけで、相手の心の在り様を見抜いてない?」

 

 

 

 

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2008年12月17日 (水)

他人の不幸は蜜の味?

東野圭吾氏曰く、

「笑い」を分析すると、

最後の最後には、

他人の不幸というものに落ち着くことが分かるという。

 

長寿な人ほど、よく笑っていると言われている。

辛い時ほど、笑いなさい、と医師も脳科学者も言う。

 

昔から、「他人の不幸は蜜の味」と言う。

人間という生きものは、他人の不幸に親しみや安心感を覚える傾向があったりする。

 

なぜ、人には笑いが必要なのか?

なぜ、笑うと元気になれるのか?

という観点から考えれば、

笑いの本質にある、人の不幸を笑う事を実践すると、

無意識ながら、優越感に浸る事ができるのかもしれない。

その結果、下がっていた自己重要感が上がり、

自分を取り戻すことを可能にするのかもしれない。

そして、

自分よりもっと大変な思いをしている人間がいるのか。

ヘコタレズ、モウイッチョ、ヤッテミルカ!

という気分になるのかもしれない。

 

「ボンちゃん。ゴリラにとっては、何が蜜の味?」

 

 

 

 

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2008年12月16日 (火)

マクロビアン

私は、ほぼマクロビアンなのか、と気づいた。

マクロビアンとは、マクロビオティック (Macrobiotic)を実践している人をさす。

 

マクロビオティックとは、東洋思想である陰陽説、その調和である中庸を目指す食生活を理想とするもので、桜沢如一氏が広めた、美容と健康を考える穀物菜食の食事法である。

今では、ヨーロッパやアメリカのスーパーモデル、ハリウッド俳優、バレリーナやダンサーなどにも広がっており、マドンナやトムクルーズ、シャロンストーンなども実践しているという。

 

私の場合、肉類、乳製品、卵、添加物等を摂取せず、自然食や素材食をこよなく愛す食事を心がけていたに過ぎないのだが、それが世で「マクロビオティック」と呼ばれるものと、ほぼ同一だと知った。

玄米を食べようと思いつつも白米を食べていた理由は、ただひとつ。

玄米用炊飯器無しに玄米は炊けないと思っていたからである。

が、圧力鍋で玄米は簡単に炊けると友人が教えてくれたのだった。

 

 

早速、下記のように炊いてみた。

いざ!心身ともに健康体へ!

と、目指す方のために、

私が成功した玄米の炊き方を記しておこうと思う。 

 

玄米の炊き方 圧力鍋(3.5L)

 

材料 玄米 2カップ(約400cc)  水500 cc

※炊く前に玄米を浸水させて置かなくてもOK。

①玄米をカップで量る。

②玄米をさっと洗いザルにあげて水切りをする。

③圧力鍋に玄米と水を入れる。

④まずは強火にかける。

 ※圧力鍋のおもりが上がってきて、蒸気機関車のように、シューシューと音がしてきたら、弱火にして、20分ほど炊く。

⑤火を止める。

 ※15分~20分蒸らし、おもりが完全に下がったのを確認してからふたを開ける。

⑥全体を軽く混ぜる。

⑦モチモチっとした玄米ご飯の出来上がり。

 

「ボンちゃん。〈人〉と〈良〉という字を重ねて、〈食〉という字なのだよ」

 

 

 

 

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2008年12月15日 (月)

近道

「ひたむきに生きよ。御台。わしがいつも見ておるからの」

NHK大河ドラマ『篤姫』において、

亡き家定が姿を現し、天璋院に告げた言葉である。

仕事があって、『篤姫』を数話しか見ていなかった私でも、この言葉を聞いた時、普通ではない、何か特別な重さが伝わってきて、涙がこぼれた。

その理由が今日判明したのだった。

 

『篤姫』を脚本した田淵久美子氏のご主人様は、

「面白い。君は天才だね」

と、書き上げた脚本を読んではいつも褒めてくれていたという。

ご主人様は、この10月、ご病気で61歳という若さで他界されていたのである。

篤姫を最後まで見ることが叶わぬままに。

記事(週刊文春2008,12,18)は、

脚本を書いていた時には自分でも気づかなかったが、

後に、

あのセリフは主人が言わせた言葉だったのだと気づき、

涙が再び溢れてきた、と結んであった。

 

人間は言葉を話すけれど、

多くの人は、

言葉に愛をのせようとはしない。

かけがえのない人になりたければ、

どんな時も、

愛のある言葉を放ち続けることが、

近道だというのに。

 

ナゼナノダロウ。

 

「ボンちゃん。ゴリラは寡黙だけれど、愛を放っているね」

 

 

 

 

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2008年12月14日 (日)

第4の男

緑色蛍光たんぱく質GFPの遺伝子を突き止めた生物学者、ダグラス・プレッシャー氏(57)が、

一部門3人と決まっているノーベル賞で、涙をのんだ第4の男なのだという。

2008年度、ノーベル化学賞を受賞したのは、下村脩氏、マーチン・チャルフィー氏、ロジャー・Y・チェン氏だった。

チャルフィー氏とチェン氏は、プレッシャー氏から遺伝子をもらって実験し、ノーベル賞の受賞に至っているのである。

プレッシャー氏は、NASA関連の企業で研究職に携わっていてリストラを受け、現在は時給10ドルで運転手をしている。

彼は、心から2人の受賞を喜んだという。

受賞者の2人が、彼をストックホルムの授賞式に招待し、会場で紹介され、万雷の拍手を浴びることとなった。

 読売新聞(2008,12,11)より

会場に居合わせた人も、このニュースを読んだ人も、プレッシャー氏の心情に自らを置き換え、涙したことだろうと思う。

 

不遇の時もあるが、

誠心誠意を以って努めたことは必ず報いられる。

人の尊重する時がくる。

志を継ぐ者が出てくる。

 

これこそが、心亨る。

昨日紹介した易経の卦、「坎為水」(かんいすい)の教えそのものなのだ。

 

「ボンちゃん。絶望さえしなければ、希望はあるよね」

 

 

 

 

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2008年12月13日 (土)

心亨る

「困難はただ乗り越えろ」

ノーベル化学賞を受賞された下村脩氏の信条だという。

易経には64卦の卦という教えがある。

初めて易経を読んだ時に、心に一番強く印象付いた卦が、「坎為水」という卦だった。

その教えはまさに、心亨る。困難はただ乗り越えろ、なのだ。

人は、楽な時は心が緩むが、苦しい時、引き締まった気分になる。

車海老は氷水につけると、びっくりするのか、驚いて飛び跳ねる事がある。

冷たい境遇で、

引き締まった気分で困難に処していけば、

車海老が飛び跳ねるように、

新しい機運が開けると思うのである。

目先の成功とか、失敗とかで、

全てを解決することはできない。

「坎為水」の最も大切な部分は、

誠心誠意で努めたことは、心亨るというもの。

失望せず、

苦しい時は苦しいことに耐えたら宜しい。

困難の中を工夫したら宜しい。

どうにもならない時は、自己の力を養い、

自らで困難を解決すべき時が来ることを確と信じ、

力を落とすではない。

この教えが私は大好きなのだ。

 

 

「ボンちゃん。困難はただ乗り越えろ!ってカッコイイね」

 

 

 

 

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2008年12月12日 (金)

温い、布団が。

「毛布はね、お布団の下ではなく、お布団の上にかけた方が、ずっと暖かいのよ」

と、小学生の頃、親戚の叔母に教えてもらったことがある。

毛布は身体に触れる一番下にかけるものだと信じて疑わなかった私には、まさに寝耳に水の話だった。

夜、悦び勇んで、毛布を一番上にかけて眠った。

が、温かいどころか、肌に毛布が触れていない分、寒かったのである。

叔母との感覚の相違なのだろうか…、

と、子供心にも不可解さが残った。

 

時を経て、産経新聞(2008,12,10)「冬を乗り切る冷え症対策」を読んだことで、その不可解さが解けたのである。

嬉しかった。

そこで思い出した。

いまでこそ羽毛布団は安価になったが、その当時は40万円以上はしていたはず…。

叔母の家は子供もなく、裕福な暮らしぶりだった。

当時の私の布団は、羽毛ではなかった。

感覚の相違ではなく、

布団の相違が理由だったのだ。

 

新聞によれば、掛け布団は、肌に密着するようなものを選び、体と布団の間に隙間ができないようにする工夫が必要なのだという。

更に、羽毛布団は、体温が伝わると温かさが増してふくらむため、毛布は羽毛布団の上にかけると良いという。

 

昨夜、今度こそは温かいに違いない、と、羽毛布団の上に毛布をかけ、眠った。

 

温い、布団が。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、毎日新しいベッド作って、眠るんだよね」

 

 

 

 

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2008年12月11日 (木)

予防予防接種!?

友人がインフルエンザの予防接種を受けた。

数日後、吐き気とだるさに襲われ、動けなくなって会社を休むことになってしまった。

連絡を受けた私は、まずは病院に連絡をした方が良いと勧め、新米でお粥を作って持っていくからね、青森産の蜜入りリンゴもあるからね、しっかりするのだぞー!と励まし、友人宅に向かったのだが、見れば、みの虫と化し、明らかに具合が悪そうである。

お粥を口にする食欲もないままに、再び病院に行くと、すぐさま吐き気止めの点滴をされたのだった。

 

予防接種の予防接種が要りそうな、

ナンジャコリャ!な話である。

 

友人の体重は、40kgと平均体重よりずっと軽い。

40kgの人でも、80kgの人でも、同量の予防接種を受けているのが現実である。

なんだか、変ではないのか?と、素朴な疑問が生じた。

予防接種や投薬には、体重制で分量を変える必要がある、と感じているのは私だけだろうか…。

 

「ボンちゃん。これじゃ、人によっては、予防接種の前に、予防予防接種が必要になっちゃうと思わない?」

 

 

 

 

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2008年12月10日 (水)

アックア・アルタ

なんて穏やかな、暖かい朝なのだ。

と、暖冬の過ごし易さを喜んでもいられない。

このまま温暖化が進めば、イタリア・ヴェネツィアが水中都市遺跡となってしまうかもしれないのである。

冬、ヴェネツィアはアックア・アルタに見舞われる。

アックア・アルタとは、イタリア語で高い水と呼ばれる高潮現象である。

街が水浸しになるのだが、今年は1mの高さを超える高潮となり、街が冠水したという。

そんな中、水上スキーを楽しんでいる人々が出現しているというから、あまり物事を難しく考え過ぎず、まずは、その時々を楽しもうとするイタリア人魂はアッパレなのだった。

ポカポカ陽気の冬の東京で、

愛する街、ヴェネツィアに思いを馳せる今日この頃である。

 

「ボンちゃん。アックア・アルタが起き出すと、サンマルコ広場に、海水が湧き上がってきて、次々と水たまりができてくるのだよ」

 

 

 

 

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2008年12月 9日 (火)

至誠

「至誠を貫きなさい。

至誠とは普段やらなければいけないことを、

真剣に本気で、

誠意をもってやることだ。

朝起きたら、玄関の掃除、トリのエサくれ、布団干し…

そういうことを真剣にやりなさい。

絶対に手を抜かないで、とにかく真剣にやりなさい。

そうしたら、いつか自分の役割が必ずわかる」

(比田井和孝、比田井美恵『私が一番受けたいココロの授業』 ごま書房,2008より)

吉田松陰が、門下生に言った言葉なのだという。

 

私ごとであるが、

数年前、土に埋もれた状態にある、大きさや種類の異なる砂利を、

箸などを利用し、種類別に拾い集めたことがある。

その時に強く実感した。

物事というのは、こうやってコツコツと積み重ねてやっていけば、

最後にはできるのだ、と。

何に対してでも、真剣に向き合っていると、何かが見えてくる。

 

「ボンちゃん。結果は後から付いてくるものだよね」

 

 

 

 

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2008年12月 8日 (月)

枯渇しないもの

「すべての資源は枯渇する。しかし枯渇しない唯一の資源がある。それは人間の能力である」

竹中平蔵氏が、経済学者、ピーター・ドラッカーの言葉を紹介していた。

竹中平蔵氏曰く、その言葉の対極にあるのが、

ミドルエイジ・シンドローム(中年症候群)なのだという。

「歳だから、新しいことをやる気がしない、と何もやらない。するとますます不安になる。そして中年症候群になる」

(『潮』2009年1月号 楽観主義が人生を楽しむキーワードより)

 

能力は確かに、枯渇しない。

もうひとつ枯渇しないものがあると思う。

誰かの幸せを願い続けること、

言葉を換えれば“愛”

も、枯渇しないのではないだろうか。

 

「ボンちゃん。愛する者の幸せを願い続けていると、心が愛で満ちてくるよね」

 

 

 

 

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2008年12月 7日 (日)

大物なゴリラ

つい数週間前、山極寿一氏がアフリカのガボンの森(ルワンダから100キロ以上離れた地)でゴリラに頭と足を咬まれ、血まみれになったという。

ご本人の手記によれば、この三年間、人間に馴らそうと努めてきた対象のメスゴリラで、

重症を負わずにすんだのは、オスゴリラが後ろから走ってきて、メスたちを捕まえて引き離してくれたからなのだった。

(『潮』2009年1月号、「楽観主義が人生を楽しむキーワード」より)

本来、友好的なはずのゴリラが、今回のように、人間を懲らしめようとしたのには理由がある。

その地域では、地元の人たちが、ゴリラを食用にしていた時代があり、ゴリラが人間を敵視するようになってしまったからだと記してあった。

 

ゴリラ界では、ケンカが始まると必ず誰かが仲裁に入って、ケンカを止めさせるといわれている。

それにしても、攻撃を制したオスゴリラは大物だと思う。

自分たちが敵視している人間という生きものに、

仲間が攻撃をしている、その姿を見て、

援軍となるのではなく、

制したのである。

立派だ!

「ボンちゃん。シルバーバックは、崇高な精神の持ち主が多いの?」

 

 

 

 

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2008年12月 6日 (土)

バラの花びらジャム

イタリア、ジェノバのソツィーリア通りに、

1789年創業の砂糖菓子・チョコレート菓子専門店、ピエトロ・ロマネンゴはあるのだという。

Jam

 

 

 

写真、バラのジャムとマロンのシロップ漬け

先日、知人とジャムの話題で盛り上がっていたら、

バラの花びらジャムを食べたことある?と聞かれた。

そのようなロマンチックなジャムがこの世に存在することすら知らなかった私は、目を丸くして首を横に振ったのだった。

楽しかった、美味しかった、幸せだったと、話を聞かせてくれる人は多いが、その幸せを味あわせてくれようとする人は極僅かであるように思う。

ピエトロ・ロマネンゴ社の菓子は、保存料などを一切使用せず、果物はジェノバのあるリグーリア州で取れたものだけで作られ、伝統のレシピに従って、今もその味を守り続けているのだという。

スカラ座には、作曲家、ジュゼペ・ヴェルディがピエトロ・ロマネンゴ社に宛てた手紙が残っており、1868年のウンベルト1世とサヴォイア家マルゲリータ妃との婚礼の記録にも注文書が残されているという。

知人は、「きっと幸せを感じると思う」と言って紙袋を渡して下さった。

見れば、バラのジャムとマロンのシロップ漬けが入っている。

バラの花びらジャムを贈る人は、贈られた人を、何ものにも替え難い幸福感で包んでしまう、そんな特別さがバラのジャムにはあった。

 

「ボンちゃん。ゴリラはバラの花びらの味、好き?」

 

 

 

 

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2008年12月 5日 (金)

あめ玉戦法

私たちの脳は、エンドルフィンというホルモンを分泌する。

それは、脳内麻薬とも言われている物質で、

鎮痛効果や多幸感をもたらすものである。

 

脳内で、

エンドルフィンを分泌させることができれば、

誰もが、

瞬時に多幸感に浸ることができるのだ。

 

意識的にエンドルフィンを分泌させることが可能ならば、

良好な人間関係の構築に役立つだろうと、

推察がつく。

 

ニッヒッヒ。 

なんと、

その方法があるのだ。

 

甘い物を食すると脳の中枢神経が刺激され、

エンドルフィンが分泌されるという。

 

 

人間関係をスムースに運ばせる、

いち手段として、

あめ玉戦法も良いようである。

ニッヒッヒ。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、すっぱいイチゴと、甘いイチゴ、どっちのが好き?」

 

 

 

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2008年12月 4日 (木)

ホーキング博士の言葉

天才物理学者、アインシュタイン博士の再来と言われる、スティーブン・ホーキング博士の言葉が心の奥の奥にまで届いた。

フジテレビ、11/28 人体再生ロマンスペシャルⅣを見てのこと。

博士がALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病したのは、21歳の時だった。

その病が徐々に進行しており、現在では声を出すことも、身体の大部分の部位を動かすこともできない。

コミュニケーションはというと、若干動く顔の筋肉を活用し、コンピューターを介して電子音に変換し、意思疎通を可能にしている。

要略的ではあるが、博士は次のようなことを語った。

 

人は誰でもできないことがある。

そのできないことを考えて悔やむのではなく、

できることを伸ばすことが大切なことであり、幸せなことである。

 

「ボンちゃん。無重力空間で身体が宙に浮かび上がった時の、博士の嬉しそうな笑顔、あの映像を思い出すと涙が溢れてくるね」

 

 

 

 

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2008年12月 3日 (水)

マドンナな水かき

もしかしたら、妖精なのかもしれない。

生病老死は人間の宿命だというのに、

老いを克服し、永遠にチャーミング、

といった印象を受ける人々がいる。

すぐに思い浮かぶのは、

女優、松坂慶子さん(56歳)。由美かおるさん(58歳)

 

ハリウッドセレブの年齢が、何気なく見た雑誌、女性セブン 12月11日号 小学館に載っていた。

シャロン ストン(Sharon Stone) 50歳

マドンナ (Madonna) 50歳

ミッシェル ファイファー(Michelle Pfeifeer) 50歳

レネ ルッソ(Rene Russo) 54歳

キム ベイシンガー(Kim Basinger) 54歳

メリル ストリーブ (Meryl Streep) 59歳

 

白鳥は、

優雅に見えるが、

水面下では必死に水かきをしている.。

 

そんな優雅な、白鳥美を感じさせる人々の持つ、

水かき的要素とは、

意志より強い、想像力なのだろうか…。

いずれにせよ、美の保持に向け、

想像を絶する努力をしていることだけは想像するにた易いことである。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界でも、夢中に生きているゴリラは、いつまでも若い?」

 

 

 

 

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2008年12月 2日 (火)

本物の恋

『永遠の7日間』(PHP研究所 2008)の著者である、

マルク・レヴィ氏と、脳科学者、茂木健一郎氏との対談記事が雑誌に載っていた。

マルク・レヴィ氏曰く、

男と女は、言葉をひと言も発しなくても、恋ができる。

ひとめ惚れは、磁石や電気作用が起きるようなもので、脳内で生じる科学変化で、爆発である。

従って、恋に落ちるのと、愛情を持ち続けるのは別のこと。

マルク・レヴィ氏のご両親は、55年も連れ添っていても、ずっと恋をし続けているのだという。

ある時、お父様が目を患って、一週間、目が開けられず、寝たり起きたりしていた。

いつもと変わらずお洒落をし、眼鏡までかけかえたりしている父親に、息子、マルク・レヴィ氏が「なぜ?」と聞いた。

父親は答えた。

彼女(お母さん)の心を惹こうとしているだけだ。

更に父は続けた。

愛されるだけでなく、お互いに労わり合い、愛を与え合うこと。

人生で、最も素晴らしい達成感は、そうして得られるものである、と。

 

恋愛小説の名手として知られる、フランス人気No.1、ベストセラー作家マルク・レヴィ氏の小説に宿るメッセージは、

人は「愛」に生きたい生きものである。

人生最高の達成感を味わうために、情熱的に熱く生きようではないか。

と、いうものなのかもしれない。

 

ひとめ惚れというケミストリーを、

本物の恋に育てられるかどうかは、

美学に生きようと決意し、

努力するかどうかなのだろう。

 

「ボンちゃん。美学に生きれば、本物の恋ができるってことだね」

 

 

 

 

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2008年12月 1日 (月)

陶芸…観音さまの耳?

観音さま(陶器製)の右側の耳?

のような部分が欠けてしまったので、

なんとか修復できないか、という相談を受けた。

Kannonsama0

 

 

 

 

耳?を陶芸で作り、金で塗ってみた。

Kannonsama1

 

 

 

 

こころなしか、観音さまが微笑んでいるように見える。

おっ!お喜びだ!

「ボンちゃん。部分的とはいえ、観音さま作りは初めてだったね」

 

 

 

 

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2008年11月30日 (日)

陶芸…ゴリラの香炉

ボンちゃん、陶芸釜より無事帰還。

Bonchan2

 

 

左から、ボンちゃん1号、3号、2号。 

 

Bonchan3

 

 

 

 

ボンちゃん1号。哀愁漂う後ろ姿。

Bonchan4

 

 

 

 

ボンちゃん3号。

Bonchan5

 

 

今回の香炉は、中をくり貫き、下半身にお香を立てるようにしてみた。

 

「ボンちゃん。ゴリラはどんな香りが好き?」

 

 

 

 

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2008年11月29日 (土)

陶芸…オカリナ

釜場で修行をしたことのある友人がオカリナを成形し、

私が素焼きし釉薬をかけ本焼きする、という連係作業が無事に終わった。

友人にとっても私にとっても、楽器作りは初めてのことだった。

コンガリと焼き上がったオカリナを見つめ、

ホーという響きに耳を澄ませ、

悦びも一入だった。

Ocarina1

 

 

 

求める音色が出るまで、

オカリナ作りの旅は続くのだろう。

「成せばなる 成さねばならぬ 何ごとも 成らぬは人の成さぬなりけり」

上杉鷹山の言葉が木霊するのだった。

 

「ボンちゃん。オカリナの音色って、差し出がましさを感じないから、ゴリラは好きなんじゃないかな?」

 

 

 

 

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2008年11月28日 (金)

世間という場所で。

水鳥のゆくもかへるも跡たえて

されども道はわすれざりけり

(境野勝悟『道元 禅の言葉』三笠書房2008より)

「成り行き任せ」に生きることの大切さを教える、

道元の言葉である。

俗世間に生きる我々は、

物事を自分の思う通りに運びたいという願望が強い。

そして、

それが思い通りにならないことに悩み、

世間体まで気にして苦しむ。

 

時には水鳥のように、

無為自然に、

成り行き任せに身を任せ、

思い通りにいかない現状に、

ただ居る。

答えや、解決策が見つからないまま、

成り行きを見守る。

そんな時があってもいいように思う。

 

道元も言っていた。

世間という場所は、

どこを探しても見つからない、と。

 

水鳥は、

信号も、踏み切りも、ガードレールも無い場所で、

スイスイと進み、

ぶつかり合うことがない。

 

人間にだって、

打開するのが困難だと思える事態においても、

打破する策を見出す力が宿っているはず。

そう信じよう。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、世間体を気にする?」

 

 

 

 

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2008年11月27日 (木)

群を抜く情熱

圧倒的だった。

群を抜く情熱に、

浅草の寄席が、笑いの渦に巻き込まれた。

 

林家しゅう平さんは、落語家になる前は宝塚に入りたかったのだという。

演目は「ミュージカル落語 ベルサイユのばら」だった。

歌って、歌って、踊る。

顔から吹き出る汗を拭く時でさえも、

「ハンカチ王子」

「はにかみ王子」

と、一瞬の間さえもお客さんの気を逸らさせない。

最後は、

バレリーナウォーキングでステージから姿を消したのだった。

 

「プロフェッショナル仕事の流儀」に紹介された、農家、木村秋則さんの言葉が思い浮かんだ。

「どうせ死ぬなら一度くらいバカになればいい」

「ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡りあう」

(著 石川拓治 監修 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班『奇跡のリンゴ』幻冬舎2008より)

 

「ボンちゃん。批評するは易し、創造するは難し、だよね」

 

 

 

 

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2008年11月26日 (水)

後悔先に立たず

その時の私は想像もせずにいた。

会ったその日が、

その人に会える最後の日になるかもしれないということを。

会わずにいたのは、

自分が決断したことだったから、

後悔はしたくない。

が、

18年経った今も、

その出来事と対話し続けている自分がいる。

 

下記に転記した『最後だとわかっていたなら』の一節は、

私の経験から得た教訓そのものなのだった。

 

<わたしたちは忘れないようにしたい
若い人にも
年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを〉

(ノーマ コーネット マレック・作 / 佐川睦・訳『最後だとわかっていたなら』サンクチュアリ出版2007より)

 

大切な人を亡くし、

初めて、

本当の意味で気付くことがある。

それは、

もう2度と会えないのだということ。

 

「ボンちゃん。後悔先に立たずって、本当だね」

 

 

 

 

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2008年11月25日 (火)

ステンドグラスな世界

ステンドグラスは、自然光で見るのが一番いい。

天気や時間帯で色が変化してくる。

最も奇麗に見えるのは、北側の窓と言われている。

 

私はステンドグラス作家でもあり、

最新の受注作が完成し、

納品が終わった。

Staind2

 

 

 

 

K邸 玄関の天窓(1300mmX400mm)

ステンドグラスパネルの作り方とは。

①デザイン画を描く。

②デザインに邪魔にならないように、鉛桟の位置を決める。

③型紙を作る。

④③を利用し、ステンドグラスをカットをする。

⑤ステンドグラスに絵付けをし、釜で焼く。(必要に応じ)

⑥⑤が終了したら、パズルを合わせるように鉛桟で組む。

⑦⑥のパネルがズレないように、ハンダ付けする。

⑧鉛桟とグラスピースの隙間に、パテ(粘土質のもの)を詰める。

⑨パテ掃除し、ステンドグラスを磨く。

⑩完成。

①~⑩が大きな流れである。

 

 

北風や 光と影に 癒されて

 

「ボンちゃん。 奇麗なものにはトゲがあるっていうけど、ステンドグラス制作は、手が切り傷だらけになっちゃうのだよ」

 

 

 

 

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2008年11月24日 (月)

陶芸

長い間サイドボードの上に鎮座し、

石と化していた我愛しのゴリラ、ボンちゃんの香炉。

終に、釉薬をかけ、釜で焼く運びとなった。

私にとって、色付けは初めての経験。

緊張し、ドキドキした。

Dscn8158

 

  

釉薬に入るボンちゃんの姿。

Dscn8161

 

 

友人が作ってくれたオカリナにも釉薬をかけた。

共に釜にいる。

無事に戻ってくるのだよぉー!

「ボンちゃん。粘土の塊りが陶器になるのだから、スゴイことだね」

 

 

 

 

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2008年11月23日 (日)

つき合い断り申す

深く付き合う人。

浅く付き合う人。

その区別が明確であれば、

人間関係の悩みが、だいぶ軽減するのではないだろうか。

 

幸福感を削ぐ人には、

勇気を持って、

「ソナタとのつき合いは、断り申すぅぅっ」

と意思表示するのが理想的だと思う。

 

が、

利害関係があり、

関係が断てないのが現実だったりする。

 

そこで重要となるのが、

誰と深く付き合うかである。

 

浅く付き合うべき人と、

深く付き合おうとしてしまうと、

幸せ感は削がれるばかり。

 

以下の人々が、注意を要する人々と思われる。

・不平を言う人
・希望を削ぐ人
・相手をへこませる人
・自分の考えに夢中な人
・臆病な人
・批判的な人
・策略家

(著 マーシー・シャイモフ/訳 茂木健一郎『脳にいいことだけをやりなさい!』三笠書房2008より)

 

私が見つけた良い方法をご紹介しよう。

時に、

声高らかに、

「ソナタとのつき合いは、断り申すぅぅっ」

と、

お公家さん風に言ってみる。

すると、

驚くことに、

笑えるのだ。

現実は変わらずとも、

チョピットだけ、

心が軽くなる。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、深く付き合える存在としか、付き合わない生きものじゃない?」

 

 

 

 

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2008年11月22日 (土)

ワッハッハ

ワッハッハと言えば、笑い。

その起源は、動物が有毒物を口にし、カーッと吐き出したことに始まるのだという。オランダの動物学者ファン・フーフ説。

(中島英雄『脳を活性化する笑いの力』小学館2008より)

著者、中島英雄氏は、中央群馬脳神経外科病院理事長であり、

落語家としてもご活躍で、定期的に病院寄席を開催し、

笑いを代替(だいたい)医療として広めておられる。

代替医療の代表と言えば東洋医学だが、鍼灸、指圧、ヨガ、気功、湯治、香道、アロマテラピー等に、笑いも仲間入りを果たしたという。

 

有害物を体内から吐き出す行為の進化が、笑い。

ストレスを溜める、という表現があるが、

体内に溜めてしまったストレスという有害物質は、

笑えば吐き出せるということが、科学的にも証明されているようである。

 

「ボンちゃん。ゴリラも嬉しいと、口元が緩むよね?」

 

 

 

 

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2008年11月21日 (金)

硬いカエル

虫好きで知られる、

養老孟司氏と石川英輔氏が、

対談で、

虫の激減に警笛を鳴らしている。

虫が住めない場所に、

人間が住めるはずはない、と。

(石川英輔『江戸時代はエコ時代』講談社文庫2008)

虫が減る理由には、

温暖化による生態系の変化や、

車社会が引き起こす虫の交通事故がある。

車一台が廃車に至る間に犠牲にする虫の数は、

1000万匹なのだそうだ。

 

小さな虫が減り、

カエルが食を見つけられずに姿を消していっている。

最近、街で会うのは、石像や陶器製の硬いカエルばかり。

このままいけば、カエルが恐竜のように、過去に存在した生きものとなってしまうのだろう。

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「ボンちゃん。海辺で合ったカエル、元気かな?」

 

 

 

 

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2008年11月20日 (木)

協は叶う!

いつだったか、イタリア語のレッスン受講時に、こんなことがあった。

ある音楽を聞き、曲から伝わるイメージをイタリア語で述べよ、という問題が出された。

私も含め大多数のイメージは、青空、そよ風、温かい、明るい、黄色、緑、木々、小鳥の鳴き声、春、だった。

その中で、ひとり大きく異なったイメージを述べた人がいた。

雨がザーザー降っている、寒い、寂しげ、悲しい、黒っぽい、冬、暗い。

それは、軽やかな印象を受ける曲とは、かけ離れたイメージなのだった。

このように、同じものを聞いたり見たりしても、得る印象や解釈は人によって異なる。

男女が理解し合うことは不可能だと河合隼雄氏も述べておられるが、男女の感じ方、解釈、考え方の違いには、先に記した例ほどの感覚の異なりがあるのではないだろうか。

「今まで仲良くやってきた夫婦が中年になって、急にギクシャクしだしたり、離婚などということまで出てきそうになるのは、多くの場合、協力から理解へと至る谷間にさしかかっているときである。(河合隼雄『「こころの処方箋』新潮社1992より)

 

確かに、理解していなくても、目標に向かって協力はできる。

目標を達成し、

はじめて向き合い出し、

長い間一緒に過ごしてきたというのに、

お互いに全く理解し合えていない…。

と、気づきショックを受ける。

そして、熟年離婚になったりする。

淋しい気もするが、協力関係の成立=理解 ではない。

まずは、このことを理解する必要があるようだ。

 

理解し合えずとも協力し続けていれば、

“理解し合いたい”という願いが、

叶うかもしれない。

 

なぜならば、

「協」という字には、

「かなう」という意味があるのだ。

 

「ボンちゃん。協は叶う!きっと、今日は叶う!」

 

 

 

 

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2008年11月19日 (水)

“普通”の相違

小さな“普通”が案外、重要だったりする。

とあるイタリアンレストランで、2組のカップル、一致組みと不一致組みの狭間で、トボトボと考えた。

左側、一致組みより 

「おいしいね!」と女性が言うと、

空かさず男性が言った。「スゲー旨いな!」

「鯛のカルパッチョ、味ついてる?」と男性が聞くと、

空かさず女性が、「ついてないみたいだけど、ソース来るのかなぁ…」

 

右側、不一致組みより

「おいしいですね!」

間を空けて男性が言った。「普通かな」 

「鯛のカルパッチョ、味ついてますか?」

「外食で味ついてないものなんか、ないでしょ。鯛おろす時にだって、塩ふるんだから」

 

生まれも育ちも異なる人たちが、

偶然にも、

似たような感覚を持ち合わせ、

共鳴できるということは、

実は奇跡的な事であり、

感動的なことなのだ。

共感し合える悦び以上に、

相手を思い遣り、

労わり、

その出会いに感謝すべきなのだろう。

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