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2008年1月

2008.01.30

Chi cerca trova.

今日、好きな言葉 を思いだした。

イタリア語のことわざ

Chi cerca trova. (キ チェルカ トローバ)

直訳は「探す者は、見つける」というような意味で、私はこちらの表現のほうが好きなのだが、

伊和中辞典には、「求める者は与えられる」(努力をすれば報いられる)とある。

報いられれば、もちろん嬉しいが、探し続けるその行為が、楽しいのかもしれない。

「ボンちゃん。ゴリラは信じられるものを探している?」

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2008.01.29

サボテンからのお礼

雪が降るというニュースを聞き、慌ててサボちゃん一家を室内に入れた。

 

 

 

15年前の初夏のある日、サボテンが路上に横たわっていた。

親指ぐらいの大きさのそのサボテンは、息絶え絶えといった感じに見えた。 

 

「あのう、よければ、うちに来る?」と聞いてみた。

 

 

 

 

するとサボテンは、トゲをかすかに揺らし、ウナヅイタのである。

 

 

 

 

今では、あのヒョロリとしていた頃が想像できないほど、どっしりとして堂々としている。子を持ち、孫も持ち、養子をとり、サボちゃん一家の立派な大黒柱となった。

 

 

サボちゃん一家の話を盗み聞きしたわけではないが、聞こえてきたことがある。

「トゲがあったて、痛いよ!お兄ちゃんもっとあっち行ってよ!」

「ほら!仲良くしなさい」

「だって、お兄ちゃん姿勢が悪いから、トゲがあたって痛いんだもん……」

 

 

 

お兄ちゃんは確かに姿勢があまり良くない。しかし、家族が増え、だいぶ家が手狭になってきているのは私も感じていた。

 

そこで私はサボちゃん一家に、眺望がすばらしい東南の角地に邸宅を築いてはどうかと提案した。もちろんその手伝いはさせて頂きたいと告げた。2007年の1月のことである。

遠慮がちのサボちゃんのことだから、すぐには首を縦には振るはずはないと思っていたが、案の定、なかなか提案を受けていれてもらえなかった。やっとOKを貰ったのは、そろそろ桜が咲き出した3月の末だった。サボちゃんは何度も何度も礼を言い、トゲを縮めて恐縮していた。

 

 

早速、材料を買いに走った。金づちでトンカントンカンし、ペンキを塗ったりしていると、必ず近所の人がやって来る。

「今度は何、作っているのお?それにしてもいろんな物作るわよねぇ~」と話が続く。

その度に、手を止める。次はあれをやって、これをやってと、試行錯誤しながら、だんだんと築かれるリズムが寸断されるのだ。

話しかける行為が、ものづくりをしている人の集中を妨げることであることが、ものづくりをしない人には分からないようである。残念でならない。 

そんな事情もあり、予定の期日よりは若干遅れたが、やっと出来上がり、サボちゃんを邸宅に案内した。その時のサボちゃんの嬉しそうな姿を見た時、15年前、道端に横たわっていた当時のことが思い出されて、涙がこぼれそうになった。

 

 

 

 

それから桜は散り、アジサイが咲き、季節は夏になった。

 

 

 

 

その頃、サボちゃんのカラダに異変が起きた。 

 

 

初めてのことだったからドキドキした。

ある夜、花が咲いた。

夜が更けるとともにその香りは強くなった。

甘い熱情的な香りだった。

いつまでもいつまでも側にいたい。香りで体中を満たしたいと思った。

香りは夜が明けるとともに薄れた。

たった一夜だけの花だった。

その夏、サボちゃん一家は3回も花を咲かせた。

写真の中央、大きいのが大黒柱のサボちゃん。 

Sabo2

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラとサボテンは、どこか似ているかもね」

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2008.01.28

愛の語り合い方

アーアー、アーアーアーアーアー

カラスの鳴き方の一つに、7回アーを繰り返すパターンを良く耳にする。この後には、必ず遠くで返事が返ってくる。

明らかに遠方にいるカラスとコミュニケーションをとっているのだ。

人間以外の生き物が、どのようにコミュニケーションを取り、愛を語り合っているのか、前々から興味があった。

この度、面白い本が見つかった。

新潮社 『ワニはいかにして愛を語り合うか』

著 竹内久美子、日高敏隆 

この本は、動物の様々なコミュニケーション(音の信号、匂いの信号、視覚の信号)の仕方がわかる1冊である。

「ボンちゃん。ゴリラは興奮すると、独特な匂いを放つね」

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2008.01.27

寅さんは、ふらっ~と。

寅さん。

ふらっ~と、来てくれればいいのに……。

数カ月前あたりから、ホームシックならぬ寅さんシックにかかっていた気がする。日頃あまりTV番組に目を通さない私だが、「男はつらいよ」という文字が無いかは何気無く確かめていた。

録画を見るというのは、偶然性に反しているからか、いまひとつ気乗りしない。自分がセットするから、わざとらしくて、ふらっ~とやって来た気がしないのだ。

その“ふらっ~と”が、やっと今夜9時に訪れたのだ。 

吉永小百合さん演じる歌子さんに恋焦がれ、恋やつれした寅さん。久々だなあ。 

誰にでも差別無く親切な、とらやのおいちゃん、おばちゃん、さくらさん、ひろしさん、たこ社長さん……。みんなに愛され、美人にとろけてしまう寅さん。やっぱり、いいなあ……。

 

 

私は歌子さんと共にとらやさんにお邪魔し、たこ社長さんの隣に座り、お腹を抱えて涙を流しながら笑っている感覚に陥り、感動していた。

 

 

それに水をさしたのが、繰り返される宣伝だった。

目下映画館で上映されている吉永小百合さん主演の松竹映画の宣伝が何度も何度も映し出されるのである。

 

 

 

もしかして…、

今回の話がリリーさんじゃなくて、

歌子さんだったのは、この映画を宣伝したいためなのか?

これって広報が仕組んだ、ふらっ~とのナリスマシなのか?

 

 

寅さんを利用するなんて…。

寂しい…。

そんなのいやだ……。 

悲しい……。

 

 

それが現実いうものです。(天からの声)

 

 

ナニー!ウルサァーイッ!

 

どちら様か存じませんが、寅さんがふらっ~と来なければ、寅さんじゃないわけで、ふらっ~と来るからフウテンの寅さんなわけですよ。寅さんのことよく知りもしないで、天から勝手に口はさまないでチョウダイ!

 

 

「ボンちゃん、ゴリラも、小さなことが大切だったりしない?」

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2008.01.26

律儀な猫

普段なら眠っている朝の5時。夜型人間の私だが、旅に出る時だけは不思議とすっとベッドから出られる。

そうっと玄関の扉を開けると外はまだ暗かった。駅までの道を歩きながら空を見上げると、まだ月が出ていた。

先週末に訪れたばかりだというのに、私の足は保田に向かっていた。 

Hotasaru4Hota10Hota11

Hota1Hotasakana1Hota13Hota9Hota4Hota8 

 

都会の魅力を凌駕する町、保田。

そこでは猿が水仙の園で戯れ、道端に佇む猫が返事をするのさ。

 

 

道端で猫に会った。

 

 

にゃー(私)というと、 ニャォー(猫)と返事する。

 

にゃ(私) ニャ(猫)

 

にゃー(私) ニャォー(猫)

 

にゃおー(私) ニャオー(猫)

 

 

 

 

次の瞬間、猫が立ち上がった。

急な用事を思い出したのだろうか。

私に背を向け後ろの崖を降りていった。

私の視界からも、猫の視界からもお互いの姿は見えない。

そこで声をかけてみた。

 

 

にゃおー(私)

 

 

すると間をあけずに、

 

ニャォーーー(猫)

 

 

そんなやり取りが幾度か繰り返された。

だんだんと声が遠のき、遂に返事が聞こえなくなった。

 

 

子供の頃のやり取りが思い出された。

 

 

「バイバイー!」

 

 

 

 

「バイバイー!」

 

 

幼い頃、道角で別れた友達に叫んだものだ。

 

 

 

こんなに律儀な猫が世の中に存在するとは…。 

 

先祖は犬だったのだろうか……。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界に、薄情なゴリラって、いる?」

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2008.01.25

ゴリラのカレンダー

2007年の12月31日の夜、除夜の鐘を聞きながら、朝までには間に合わそうと“ボンちゃんカレンダー2008”を作っていた。

誰でもできる、簡単なカレンダーの作り方を思いついたので、作り方を書いておこう。

①家にある2008年の使用する気のないカレンダーを選ぶ。

注1、カレンダーの選び方は、これから印刷して貼る写真のイメージと合う、数字や曜日のデザインを持つカレンダーを選出する。

注2、その際、デジカメで印刷できる用紙サイズを確認し、それに合ったカレンダーを選出する。A4用紙程度が適当かと思われる。

②6枚もの(2ヶ月が1枚のもの)を12枚ものに変えて使用する場合は、1月と2月の間を奇麗にカッターで切る。切ったままだと、1,3,5,7,9,11月の束、2,4,6,8,10,12月の束となっているので、上部のホチキスを外し1月~12月に並べ替える。

③カレンダーの原紙に貼る、デジカメで撮った写真を12枚(12枚ものの場合)選び、普通紙或いは写真専用用紙など、お好みの用紙を利用して印刷する。

④印刷したものをカレンダーの大きさと合うようにカッターと定規を使って奇麗に切る。

⑤④を原紙カレンダーにのりで丁寧に貼る。

注1、コクヨのりPritt stickは水分が少ないので写真が滲んだりせずオススメ。

⑥カレンダーをめくる(切り目)用の点線をつけるため、適当な位置に定規と鉛筆で印をつけ、その上をミシンでカラ縫いする。

⑦出来上がった12枚のカレンダーを合わせてホチキスで止める。

⑧ホチキスで止めた部分を隠すための厚紙を準備する。大きさは点線を基準にし、ちょう度挟めるサイズにする。

⑨⑦に⑧を被せてのりで貼る。

⑩オリジナルカレンダーの完成。

Calender これが6枚ものを12枚ものに変えて作った、世界にただひとつのゴリラカレンダーなのだ。

あと6日で1月のカレンダーをめくらなければならないと思うと、なんだかさびしい気がする。

「ボンちゃん。世界にたった一枚しかない、ゴリラカレンダーの誕生だよ」

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2008.01.24

挙手の敬礼!

私はよく道に迷う。

地図を持って目的地へ向かっているのになぜか、迷う。

一昔前になるだろうか、男脳と女脳の違いを解く『話を聞かない男、地図が読めない女』というちょっとセンセーショナルなタイトルの本があった。読み終え「なるほど、脳の作りの問題なのか。それでは致し方ない脳」などと、笑点、キクチャン風の駄洒落を言ったものだ。

それから年を重ねてた今も方向音痴を維持しているらしい。

そんな事情があって、行く先々の派出所のお巡りさんにはお世話になる。

日頃助けられていると思ってはいたが、今日ほど清々しい思いをしたのは初めてだった。

今日行き着けない大宮駅に降り立った。

ヨドバシカメラを探していた私の目は、遠くにいるお巡りさんの姿を捉えた。見ると入り口には鉄道警察隊と書かれてある。

「すいません、ヨドバ……」と言いかけ、言葉を飲み込んだ。

振り向いたお巡りさんはというと、右手の人差し指を真っ直ぐに伸ばし、帽子の前部に当て、掌は若干左下方に向けたのだった。

そして爽やかに言った。はい。こんにちは!と。

挙手の敬礼だった。

 

その瞬間、脳裏に、ある映画のシーンが思い出された。

『踊る大捜査線 THE MOVIE』の警察官の敬礼である。

映画の終盤、黒々とした髪をオールバックにした柳葉敏郎さん演ずる室井さんが、負傷した青島君を乗せ、病院に運ぶシーンがある。

青島君は、同乗しているスミレさんを膝枕にし生死を彷徨っているように見える。

スミレさんが悲鳴のような声で叫ぶ「青島く~ん!」

続いて運転している室井さんが、「青島ーーーー!」と叫ぶシーンである。

涙した人も多いのではないだろうか。誰もが青島君が息をひきとってしまったと思った瞬間である。

私も「青島くん。。。」とポロポロと涙を流したのだが、

 

走行している車が通過する先々で、

警察官が敬礼している姿があった。

一現場の刑事を病院に連れて行こうとする室井さんの姿勢と、現場で命をかける任務を全うした青島君、両者に向けられたものと思われるが、命をかけて人命を救う職務を全うする警察官の誇りと絆の深さを見た気がして感動したのである。

だいぶ話が横道に逸れたが、これが私の敬礼のイメージだったから、幸せな気分が押し寄せてきたのである。

敬礼にも色々な種類があるのだろうが、制服を着た警察官の挙手の敬礼は爽やかそのものだった。

警察官の不祥事や防衛省問題などの心細くなる思いが、あの敬礼を見た瞬間に吹き飛んでしまった。

日本中のお巡りさんが、あのお巡りさんのように挙手の敬礼をしてくれたら、見る者は守られているという安堵感を得るに違いない。

実際、私は安堵感を得たし、尊敬の念、感謝の気持ちが生まれたのである。

自分もあのお巡りさんのように、自分の仕事に誇りを持ち、何事にも誠心誠意取り組み、真摯な姿勢で生きようと心新たにするきっかけとなった。

 

誰かの姿を見て、清々しさを感じることがある。

誰かの生き方を見て、自分もがんばろうと思うものである。

その連鎖が良い社会を築いていくのだろう。

あの挙手の敬礼を、私はおそらく忘れないだろう。

この先、人に迷うこともあるかもしれないが、記憶の中に生き続け、迷った私に道案内してくれるような、そんな気までしたのだった。

ちなみに、さくらやはあるが、ヨドバシカメラは大宮駅前にはない。

 

 

 

「ボンちゃん。私はゴリラの生き様を見て、勇気が湧いたんだよ」

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2008.01.23

見返してやる城

びっくり仰天な記事を読み、なんだかワクワクした。

現在77歳となったシリアの男性の実話である。14歳の頃、彼は貧乏で劣等性だった。彼は同級生のお金持ちで優等生の少女に恋をした。が、足をひっかけられたりした末、「城を持っているなら結婚してあげてもいい」と言い放たれ、失恋をした。

この女をいつか見返してやる、と心に誓った。その日から彼の頭は城のことでイッパイになった。学校でも城の絵ばかり描いて先生に叱られ、結局16歳で学校を辞る。古城修復工事に携わる道を選び、30歳を過ぎ、貯めた資金でレバノンの山岳地帯に7200平方メートルの土地を買った。それからはほぼ自給自足の生活を送り、朝の6時から夜はロウソクの火を頼りに城に執着し続けた。そんな彼の姿を見た者は皆あざ笑ったという。遂に1996年に城の外観が出来上がり、それを期に一般に公開を始める。城を築いたのが、あの彼だということを知らずに、65歳となった、あのお金持ちで優等生だった少女が訪れた。ひと目で彼女だと気づいた彼は声をかけた。その時「勝った」という気持ちが心の底から湧いたという。

城は40年の歳月を経て完成した。彼は彼の意志の強さに惹かれた女性と城の着工準備中に結婚している。

信念岩をも通す。その言葉通り、彼は本当に山の大きな岩をくりぬいて、基礎にし、くりぬいた岩を積み上げて城の壁にし、ほぼ独りで中世風の城を築いてしまったのだ。

彼は言った。「やる気があれば何でもできるよ」と。

やる気、これを念のために辞書で調べてみた。「進んで物事を成し遂げようとする気持ち」とある。やる気があれば道は自ずから開けるが、やる気が湧かないのが一番困る。同じような悔しい経験をしても、やる気が満ちる人と、やる気が失せる人に分かれる。この違いはなぜ生まれるのだろう。

「ボンちゃん。なぜだと思う?」

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2008.01.22

水仙の花ゆらして~♪

保田の小さな踏切を渡った時、ある曲が思い出された。

♪踏み切りの側に咲く~コスモスの花ゆらして~♪おもえば遠くへ来たもんだ。この先どこまで行くのやら~♪

武田鉄矢さんの「おもえば遠くへ来たもんだ」である。

武田さんの詞からは、

その時、その一瞬の光景や、心のあり様を彷彿させる真に逼(せま)る力を感じる。

この詞は、踏み切りの側でコスモスの花が、

風のままにゆれている様から始まる。

この先、自分は何に向かって、

どう生きて、

どこまで行くのだろう。

というような、

決して止まることのない揺れ動く思い伝えている。 

 

今回、保田であることに気づいた。 

 

保田の踏み切りのそばには、

コスモスではなく水仙が咲いていた。

もちろん秋に来れば水仙ではなく、

コスモスが咲いていたのだろう。

田舎町の象徴的な光景である。

ふと思った。

「おもえば遠くへ来たもんだ」の詞を考えた頃の武田さんは、

思い出深い地のこういう風景を詞に込め、

「踏み切りの側に咲く、コスモスの花ゆらして~♪」

としたのだろう、と。

 

 

初めて詞を聴いた時からずっとそう思っていたし、

ただそれだけだと思っていた。

 

次の瞬間、「ん?」が頭に降りてきた。 

 

この詞が「水仙の花ゆらして~♪」となっても、

可笑しくないのか?

 

水仙は、

電車も通っていなかったこともあり、

揺れずに凛と咲いている。

 

 

水仙……、だと合わない。

 

 

「踏み切りの側に咲く~“水仙”の花ゆらして~♪」だと、

あの曲が最も伝えたい、揺れる思いと比例していないのだ。

人知れず、

ふくよかな香りを乗せて日陰に凛と咲く水仙では、

語呂だけでなく、

詞全体の意味合い自体に即していない。

 

 

さらっと聞き流していた「コスモスの花ゆらして~♪」だったが、

踏み切りの側に咲く4文字の野の花ならどれでも良いということではないのだ。

タンポポでもスイセンでもなく、

頼りなさそうに、

自分がないように、

風にふ~らふらと揺れる、

儚げな印象を与えるコスモスであるから、

あの詞に合うのであって、

コスモスの花が一番の詞の比喩的な修辞なのだ。

 

あの曲が世に出てからだいぶ経つ。

物凄い遅ればせながら気づいたのだった。

 

 

コスモスも水仙も薔薇のような華華しさはない。

両方とも強そうな花には見えないが、

野の花だから実はけっこう強い。

根本的には同じような種の花でも、

受ける印象が大きく異なっているのだ。 

 

「おもえば遠くへ来たもんだ」

この詞の奥の深さがひもとけたようで嬉しかった。

詞が身体に染み込む感覚とはこういうことなのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ボンちゃんはどんな詞が好き?」

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2008.01.21

ゴリラの魂

「なんか、さっきから俺、視線感じるんだけど……」

 

 

電車での出来事である。私の目の前に座っている男性が、隣に座っている連れの友人らしき人物にコソコソと話している。

 

 

「あのゴリラと、やけに目が合うんだけど……」と聞こえる。

 

 

これまでも何度か同じようなことがあったこともあり、それがボンちゃんの視線であるとすぐに分かった。

バッグにボンちゃんの絵を描いたのは去年のことである。

狭い場所で生活を強いられているゴリラが、制限されることなく、自由に、好きに生きられる環境をいつか作りたいが、現実問題直ぐにゴリラの森を作ることは私には到底できない。そこで一生懸命考えた。

なんとかして、世の中には様々な場所があることを見せてあげる方法はないかと。すると、意外にも簡単に方法が見つかった。

そうだ!身体は幽閉されていても、きっと魂は自由だ!ボンちゃんを作って、連れて出かければいいんだ……と。

こういうことは葉脈を捜すように、あれこれと難しく考えてはいけない。一筋の光に向かうがのごとく、私のボンちゃんグッズ作りは始まったのである。

 

 

Keitai1

 

 

一番初めに作ったのが携帯につける小さなボンちゃんだった。2本足でヒョイと立ち上がる姿を作ろうと、フェルト、コットン、毛糸、セメダインなどを試行錯誤して手をベタベタにしながら作った。その重さは実物のボンちゃん、187kgの6400分の1にした。やっとのことで出来上がり、何の気なしに置いてみると、ボンちゃんはしっかりと携帯に腰掛けたのだった。

 

Bag1

 


次に愛を込めて布バッグにボンちゃんの絵を描いた。これがそのバッグである。そういえば、昔、「ど根性ガエル」のピョン吉様というのがいた。ピョン吉様は「ひろしー!」とペラペラと喋っていたが、ボンちゃんは恥ずかしがりやの照れ屋だから、眼差しでしか語らない。

ボンちゃんの魂は、多くの時間、私のバッグと携帯ボンちゃんに宿っていると私は勝手に考えている。それが思いなのか、魂というものなのかは判断のつかないところだが、現にバッグのボンちゃんを見た人が「笑っているね」とか「睨んでいる」とかちょくちょく言われる。

 

 

どんな物でも、心を込めて作った品には、科学では証明できない“何か”が宿る。

 

つくづくそう思う今日この頃である。

 

 

「ボンちゃん。明日も一緒に出かけようね」

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2008.01.20

保田の水仙ロード

いつか行ってみたい町のひとつだった保田。

保田は保田漁港と鋸山に囲まれた小さな山間にあり、日本三大水仙群生地の江月水仙ロードとしても知られている。

幼かった頃の母は、いっ時この町で過ごした事がある。

昨夜の天気予報では今夜から雪。この言葉に操られ、つい出るのが遅くなってしまった。午後からは特急列車は運行していない。仕方なく東京発14:09の総武線快速に乗り、ごちゃごちゃと乗換えをしながら、やっと保田に到着Nokogiriyama したのは、町が青白く見える17:00近くだった。

鋸山を背に、街頭がまばらにしかない道をトボトボと10分ほど歩くと、江月水仙ロードの入り口だと分かるように、道端に水仙が現れだした。Suuisen 散策帰りと思われる二人連れに声をかけると、これから先は街灯がないという。

周囲は静まり返っており、道脇にある小川のせせらぎ、自分たちの足音、時折鳴くカラスの声、この3種類の音ぐらいしか聞こえてこない。

空は蒼さを増しており、雲がかった月がぼんやりと浮かんで見える。

更に道を進むと、水仙ロードから枝分かれした山へと続く一本の小道が現れた。この道を登って行くと、日本昔話に出てくるような、奇奇怪怪な夜の森が広がっていそうだ。

そんなことを考えた途端、急に心細くなってきた。

その瞬間、もうひとつのことが頭に浮かんだ。

ここは自然を大切にする町、保田なんだ。夜桜ならぬ夜水仙などという邪道な演出はしない町なのだ。

暗い夜道を逆らうように進んではいけないような気がした。

そして、母と私は、次なる目的地、早朝、定置網で引き上げられた魚がその場で料理されることで評判の、南房総保田魚協直営の食事処「ばんや」に向かうことにした。

店は、静まり返った保田の町のどこに、これだけの人が潜んでいたのかと思わせるほど活気に満ちて賑わっていた。

テーブルに並ぶ料理はどれも豪快な盛り付けで、お刺身がピンとしてキラキラしている。驚くほど量が多く、まさに猟師の料理といった感じで、安価なのが嬉しい。

Surumeika_2 するめいかの刺身 630円

Teishoku_2 定食セット 260円

 

Warasa_3 わらさのあら煮 630円

量が多くてその場で食べきれない人のために、別売りのパックが用意されているあたりも、まるでおじいちゃんやおばあちゃんの家に遊びに来て、帰りにそのご馳走を持たせてもらったような感覚に陥る。

保田の町の人々は明るく、親切で、町には澄んだ空気に加え、いい気が満ちているように思った。

保田駅前の小さなロータリーに掲げられてある大きな看板がある。

保田に来た人には「きっと、いい出会い」

保田から離れる人には「いつかまた、いい出会い」

この言葉は心から出ている。そんな気がした。

漁港のおじさんたちに見守られ、鋸山に遠足に行き、野原を駆け回っていた頃の小さな母は、幸せだったに違いない。そう感じた一瞬だった。

Hotaeki 半世紀ぶりの訪問を果たした母は、「来て良かった。また来ようね」と、電車を待つ駅のベンチに座って嬉しそうに言った。

いつかあの町をまた訪れよう。

今度は水仙の見られる、陽の沈まないうちに。

「ボンちゃん。浜辺から海を見つめるゴリラ、絵になるね」

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2008.01.19

ミミズクとフクロウのステンドグラスパネル

Fukuro_2 久々にステンドグラスパネルが完成した。大きさ450mmx300mm、題「森のみみずくとふくろう」

デザインは一切お任せで予算内で作って欲しい、出来上がった物には決して文句を言わない、という依頼を受け、去年から制作していたものである。

ステンドグラスパネルの私のヴェネツィアシリーズに関しては、2000年のある出来事を境に、完全に制作がストップした状態となっている。作りかけで放置されたままの、作品No.9 Un pianto di Venezia 450mm x 600mm 「ヴェネツィアの涙」からは、そろそろ本当に涙が溢れてくるのではないだろうか。

あれから、まる7年という歳月が過ぎてしまった。

ヴェネツィアシリーズへの意欲が再び湧くことを祈ってやまないのだが。

「ボンちゃん。ゴンドラに乗るゴリラ、絵になるだろうなあ」

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2008.01.18

謎のあんぽ柿

3時のおやつの時間になった。

それはそれは奇麗なオレンジ色の大きなあんぽ柿を頂きながら思った。

本来、柿が干してあるのだから、茶褐色であって当然なのに、干していない柿と同じ色をしているのは、異様だ。

パッケージ裏の記載事項には、原材料名、柿(国内産)、酸化防止剤(二酸化硫黄)とある。

添加物、香料、空気汚染、水道水の問題など、合わせれば何キロにも及ぶ物質が体内を通過していっているという話を医師から聞いたことが思い出された。

自らの身体は自分で守らなければ、自然に毒されていく時代に我々は生きているのだ。 

けしからん!

とは思いつつ、二酸化硫黄の文字が気になるものの、あんぽ柿の魅力に負け、気休めに湯通してみた、完全に落ちるはずもない二酸化硫黄付きのあんぽ柿の3口目を頬張っていた。

何気無く内容量の記述を見ると、50gと記載がある。

製造業者名が記載されていないから確かめようもないが、記載されているということは、1個入りのあんぽ柿の全商品が50gだと言うことになる。

47gや49gのあんぽ柿を見つけて、クレームを言うつもりなどもちろん無いが、どうすると全て50gに揃えられるのか、聞いてみたい。そこには匠の技が隠されているのだろうか?!

謎のあんぽ柿である。

「ボンちゃん。ゴリラもあんぽ柿好きかな?」

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2008.01.12

ひとりごと最初の日

今日は母上の誕生日。母がこの世にうまれていなければ、私がこの世に出現することはなかったのだ。この記念すべき日に、私はTamalog(タマログ)をうむことにした。

また訪れる1月12日という日に、今度はTamalogが何かをうむことがあるのだろうか。

2007年までは、ブログを書くつもりはなかったのに、2008年になったら、Tamalog書いてみようかな、と活力がチョロチョロと湧いてきた。思い立ったが吉日人生である。

Hana1_3

 

「母上。お誕生日おめでとうございます。ありがとう、と愛を込めて 玉姫」    

 


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