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2008年6月

2008.06.30

座って。

見ているだけで肩が凝ってきた。

「梅干を見る」が刺激、「唾が出る」が反応となる古典的条件付けという現象が心理学ではよく出てくる。

私には、「重そうな荷物を背負っている人を見る」が刺激で、「肩が凝る」が反応となる肩こり現象が起きることがある。

  

銀座からの帰り途のことだった。

ゴボウのように細い脚のママが、丸まる太った赤ちゃんを抱っこし、背中にリュックを背負い、電車のつり革につかまっていた。その後ろで私は立っていた。 

その女性の母らしき人、20代半ばと思われるご主人が3歳ぐらいの男の子を抱っこしながら一緒に立っていた。

30代ぐらいの男性がゴボウママに気づき席を譲ってくれた。

おぉ、親切な人がいてくれてよかった。重くて大変だったでしょう、ゆっくり座ってください、と、私は心で呟いた。お陰でこちらも肩が凝らずに済むと胸をなで下ろしたのである。

次の瞬間、“まさか”が起きた。

「座る?」ゴボウママが言った。

「いいよ」

と言ったものの、若き夫はすぐに腰を下ろした。

なんと、座った場所が暖まる間もないうちにゴボウママは夫に席を譲ったのである。

仕事帰りで疲れているに違いないと、夫の身体を気遣ったのだろうとは思う。何か特別な事情があって夫に席を譲ったのかもしれない。が、若き夫婦には、目の前に立っている疲れた様子の自分達の母親がまるで見えていないかのようだった。

ゴホウママの母はというと、ずっと黙ったままで地下鉄の社内が映っている窓ガラスに目を置いていた。

このまさかにより、10Kgぐらいはありそうな赤ちゃんを抱っこし、5Kgはありそうなリュックを背負ったゴボウママが再び私の前に戻ってきてしまった。古典的条件付けされている私の肩は凝ってしまったのである。

一番に同情すべき人物といえば、ゴボウママに席を譲った男性だろう。

一日の仕事を終えた彼は、疲れている身体に鞭を打つようにして席を譲ったにチガイナイ。意を決して譲ったその席に、自分より若くて元気そうな男が、ラッキーと言わんばかりに座ったのを目の当たりにしたのである。

私には男性の落胆のため息が聞こえた、ような気がした。

 

  

 

「ボンちゃん。ゴリラは肩は凝らないの?」

 

 

 

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2008.06.29

他人の心との距離

「動物ほど気持ちのよい友達はいない。彼らは質問もしなければ、また批判もしない」

これはイギリス人作家、ジョージ・エリオットの言葉である。


数日前、ふらりと現れた猫のノラクロは、ガラス戸越しの距離にして1メートルも離れていない所にチョンと座り、興味津々といった様子で私をジッと見つめてきた。
時に電線に止まるスズメを眺め、居眠りをし、小一時間ほどくつろいで姿を消した。

そんなノラクロが愛らしかった。

ノラクロは近い内にまた遊びにくる、そう断言できるから不思議である。

人間は言葉を使えば通じ合え、理解できると思い過ぎている節があるように思う。
実際はどうかというと、全く分かり合えていないことだらけである。

「言葉」は貴重であり、且つ有り難いものであることが忘れられている感がある。
繊細なものであるからして取り扱いには注意し、感謝しつつ使わなければいけないと思う。

言葉の威力を余りにも軽視していると、いつの日か言葉は人を傷つける道具でしかなくなってしまうのではないかと危惧する今日この頃であるのが悲しい。

「ボンちゃん。ゴリラと人間との間に共通言語が生まれたら、どんな言葉を一番に言いたい?」

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2008.06.28

のらりくらり

川北義則『男の器量』大和書房2008を読んでいたら、

女性に嫌われる男のワースト3は「ハゲ・デブ・チビ」ではなく、

「威張る・ケチ・しつこい」

とあった。

 

そこで女の子に飽きられる男と、見限られる男を考えてみた。

飽きられる男

 「へそまがりな男」

見限られる男

 「確信に触れようとすると、のらりくらりする男」

なんじゃないかな……、と思った。

 

  

「ボンちゃん。のらりくらりとノラクロは、割と語呂が似ているね」

 

 

 

 

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2008.06.27

ノラクロ

ノラクロに会ったのは、確か先週だった。

窓の外から視線を感じた気がして、目をやると見慣れない猫がこちらを見ていた。

Narakuro1

 

 

 

 

「自分はノラクロという名だ」

と言った気がした。

ノラクロはまた今日やってきた。

 

Norakuro3

 

よっ!

と言った気がした。

 

 

 

 

「ボンちゃん。いろんな生きものが遊びにくるね」

 

 

 

 

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2008.06.26

Marcoはイズコへ…。

朝起きると、Marcoはもういなかった。

昨夜のことが思い出された。

「これからは別々に生きていくことになるけれど元気でね。Marcoと過ごした時間は、忘れないから。これが一緒に食べる最後の夕食…」

Marcoは目を伏せたまま何も言わなかった。 

 

あの眼差しの向こうには誰がいるのだろう。

私はいるのだろうか……、と思った。

 

 

朝になったら、少し離れた場所にある大きなクチナシの木に放そうと思っていた。

朝までの食糧は足りると思ったが、Marcoが夜中に新鮮なクチナシを求めて部屋を歩き回るといけないと思い、念のために外に花瓶を出しておいたのである。

花瓶のクチナシを残したまま、Marcoは姿を消していた。

 

Marcoはイズコへ…。

 

  

「ボンちゃん。Marco、たくましいね」

 

 

 

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2008.06.25

Marco

クチナシの甘い香りが部屋に漂っている。

その花をパリパリと青い虫が食べている。

数日前にクチナシの花を頂いたのだが、青い虫も一緒にやってきてしまったのである。

その食欲には驚く。昼夜をとわずに食べ続け、花も葉も次々に体におさめてしまっている。

Marcoと名づけてみた。

ネットで調べてみたところ、よく蜂や蝉に間違えられるオオスカシバという生きものだということが判明した。

Marco_2  

 

 

Marcoの運命はいかに……。

 

 

「ボンちゃんはクチナシの香り好き?」

 

 

 

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2008.06.24

たった一夜 4(完)

サボちゃんと一緒に暮らして18年になるだろうか。

花を咲かせるようになったのは4年前からである。

お恥ずかしい限りなのだが、最初の頃の私は、「サボテンてぜんぜん反応なくてつまんない。意思表示がないっていうか、変化ないし、パッとしないっていうか、どうも好きになれないよな……」と、面と向かってぶつぶつ言っていた。

サボちゃんは言われる度に、感情を害し、「あー、なんでこんなうちに来ちゃったんだ……」と、寂しくてたまらなかっただろうと思う。

今思えば、当時のサボちゃんは今ほどはつらつとしていなかった。

私の家から逃げ出すことができないのだから、生きること自体を放棄し、腐ってしまう可能性だってあったはずである。

過酷な状況を提供していた本人の私が言うのもおこがましいのだが、サボちゃんはどんな時も根底からは揺らがず、自分を貫いて生きてきたからこそ、時を経て美しい花を咲かせられるまでに至ったのだと思う。

一緒にに暮らしている内に分かったことだが、愛情を持って話しかけているとサボちゃんが生き生きとしてくる。

 

昨夜、普段はなかなか言い出せないことをサボちゃんに言った。

「サボちゃーん、昔、私は酷いことイッパイ言ってしまっていたよね。本当にごめんね。言ってしまったことは消えないから、これからもずっと反省していこうと思っている。至らないことの多い私なのだけれど、サボちゃんさえよければ、ずっと親友でいて欲しい」

 

サボちゃんのように、知れば知るほど魅力を感じる存在になりたいと思う今日この頃なのだ。

 

 

粋な演出のお返しに、

サボちゃんたちが咲かせた花のドライフラワーを作ろうと思った。

さっき、窓辺につるした。

Sabo20087 Sabo20088

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、人間には持ち得ないような鋭い洞察力で、接した者の心の本質や姿勢を見抜いているような、そんな感じがするんだよね」

 

 

 

 

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2008.06.23

たった一夜 3

サボテンは、我々人間が会話をするように何らかの方法でコミュニケーションをとっている、そう私は思っている。

会話は、こんな感じだったのだろうか…。

 

 

一斉に咲いて、玉姫をビックリさせるんだよね!

 

おや、サボイチ、お正月に話していたことを良く覚えていたね。

覚えているさ。ボクは一度聞いたことは忘れないんだ。

そうだったね。サボイチはいつだって話をしっかりと聞いている偉い子だ。

別に偉くなんかないよ。上の空で話を聞かないだけのことさ。

大切なことだね。

で、開花日だけど、もう決められるの?

そうだね…。

温暖化で気候がだいぶおかしいね。去年よりずっと蕾の出が早い。サボジロウの蕾の膨らみが少し小さいから…、6月21日の夜あたりだね。みんな合わせられるかい?

 

サボーン(OKの時の合言葉)

 

じゃぁ19時30分までには咲き揃うように。頼むよ。

サボ之介は今年が2回目だね。去年の初開花は見事だったよ。同じように大きく伸びをすればいいんだからね。

サボーン

 

 

 

 

「ボンちゃん。ボンちゃんとサボちゃんは一字違いで、兄弟みたいだね」

 

 

 

 

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2008.06.22

たった一夜 2

あの不思議に色っぽい匂いがしてきた。

私はサボちゃん一家の所に走った。

 

ニョキッと、

アスパラガスのように伸びていた10個の蕾、全てが開いている。

 

情熱を遊び心でブレンドしたような匂いに包まれた。

Sabo20081

 

 

抱きしめ、頬をすりすりしたい衝動にかられた。

 

が、

サボちゃんは、究極的に照れ屋である。

 

神聖で崇高な精神をお持ちであられる。

 

従って、トゲトゲによって御身が守られている。

 

私のような未熟者は簡単にお近づきにはなれないのだ。

 

18年前のサボちゃんは、手の親指ほどの大きさで、トゲを触っても痛くなかった。

今はというと、体長30cm、胴回り45cmの立派なお姿をしており、コワオモテでいかにも強そうなトゲの軍団に守られている。

 

 

サボちゃんに6つの蕾、子サボ達に4つの蕾がついていたのだが、まさか一緒に咲くとは思ってもいなかったものだから、びっくりした。

 

サボちゃんの演出センスは、Kariyazakiさんにも負けないと思った。

 

やること粋だねっ!

 

 

サボテン一家の家族構成の紹介(2008/6/22現在)

サボちゃん 1サボ 

子 6サボ

孫 11サボ

養子 2サボ

 

 

  

 

「ボンちゃん。情熱を遊び心でブレンドすると粋になるんだね。わぁ!これがサボちゃんとボンちゃんの共通点だ!」

 

 

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2008.06.21

たった一夜 1

Sabo20082  

 

 

 

逢いたくて 一夜限りの あの香り

毎年、サボちゃんは、たった一夜だけ咲く。

今夜がきっと、その日だ。

 

 

「ボンちゃん。ボンちゃんとサボちゃんは、どこかが似ている気がするの」

 

 

 

 

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2008.06.20

自分を裏切らない男

昨晩、先週の木曜日に行ったばかりの寄席に再び行った。

林家たい平さんにとって、落語の高座はアートを作り上げているに等しいのではないかと思う。独自の美学を持って芸術を創造をするアーティスト。美意識を持ってひとつひとつの高座に全身全霊をささげている。そんな印象を受ける。

浅草演芸ホールは、同じ席中(10日間)は同じメンバーが高座にあがる。夜の部の4時間20分の間、落語、マジック、漫才、曲芸、漫談、紙切の出しものを18人で行っている。同じ席中に再び行くと、噺家さんによっては、つかみから落語まで同じ話をすることがある。

もしかしてデジャブー?と思ったことが何度かある。

不思議感覚に陥れるから悪くはない気もするが、あまりにそれが続くと「何もそっくり同じ話をしなくても・・・」と、寂しくなり、噺家修行をしているような気さえしてくる。

従って、同じ席中に再度寄席に行く時は、それを想定し心して向かう必要があるのだ。

 

 

夜の部のトリの時刻となった。

高座には観客の期待を決して裏切らない男が吉原の話をしていた。

高座が終わったたい平さんは、座っていた座布団を外し、幕が降り切るまで、おでこが床に着くほどに深々と丁寧にお辞儀をして下さっていた。

観客の期待を裏切らない男は、初心を忘れない男なのだと思った。

 

「たい平さん。先週木曜日の山登りの落語。昨晩の吉原の落語。芸術、素晴らしかったです。笑いと感動をありがとうございました。見事な中席のトリ、10日間お疲れさまでした」

 

 

初心を忘れない男は、自分を裏切らない男なのだろう。

そういう生き方って、カッコいい。

 

 

「ボンちゃん。自分を裏切らない女でいるからね」

 

 

 

 

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2008.06.19

空をにらむ

  Ajisai1Ajisai2

 

 

 

紫陽花や 雨恋しさに 空にらむ

 

 

紫陽花たちの愛の語らい

「キミににらまれたら、空だって赤面し、夕焼け色に染まるだろう。

ハニー。キミはボクの宝だ。いや、地球の宝だ」

 

 

 

 

「ボンちゃん。空、にらんだことある?」

 

 

 

 

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2008.06.18

海+堂+尊=愛6〈完)

小説とは、

智という羊水で育み(想像)、

産みの苦しみに打ち勝って生む(創造)命。

その命は、水のような存在であって欲しい。

人々に役立ち、

楽しさを与える尊ばれる海となって、

時を経ても存在し続け、

人々の心を潤して欲しい。

  

そんな願いを込めたいとしたら……。

「海・堂・尊」の3文字が選出されるのではないだろうか。

「動」ではなく「堂」を選んだ理由は…、

「堂」には深奥をきわめているという意がある。

「問い」や「メッセージ性」の奥深さと、

深い海というイメージを重ねてのこと。

「尊堂(ソンドウ)」という言葉がある。

相手を尊敬して、その母をいう言葉。

この辺のことも頭の片隅にあったかもしれない。

母の深い愛のような、

大きな何かに包まれている。

あの名からは、そういった優しい匂いがある。

 

命の宿った小説という「愛」に託した思い、

そのイメージは尊い深い海。

ロマンと動じない強さを感じた「海堂尊」という名は、

極めてロマンチックな名なのだ。

 

推理の旅、完。

注:この物語はフィクションであり、私の推理です。

 

 

〈旅を終えて〉

爽やかなロマンを感じるいい旅だった。

書店の棚で見かけた今日の海は、静かな色を放っていた。

惹かれる。

海の深い輝きに。

 

 

 

 

「ボンちゃん。次の旅も一緒に行こうね」

 

 

 

 

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2008.06.17

海+堂+尊=愛  5

注:この物語はフィクションであり、私の推理です。

孔子曰く、

医は仁なり。

仁者は 「山・静・寿」

この3つが象徴的な漢字である。

もし医師としての名を考えるのであれば、

「山・静・寿」が有力候補にあがるだろう。

が、作家名であるからして候補から外すことにする。

 

孔子曰く、 

智者は 「水・動・楽」

この3つが象徴的な漢字である。

地球は「水の惑星」。水といえば海。

ヒトは母の羊水の中から生まれてくる。

体外受精などが可能になった現代においても、

羊水の代用となるものは見つかっていない。

まさに神秘な水。

 

このあたりのイメージから漢字を絞り、

作家名をさぐったのではないだろうか。

 

 

「水・動・楽」の漢字を見つめていた海堂さん。

目がキラリッと光り、口角が上がった。

 

これだ!

  

つづく

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは水遊びしたりしないの?」

 

 

 

 

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2008.06.13

海+堂+尊=愛  4

人は名前を考える時、

健康に育って欲しいとか、

優しい子になって欲しいとか、

名に願いや託したい思いを込める。

作家が生み出した小説は、

血(智)を分けた子であり、

分身であり、

DNAとしてはご自身そのものなのである。

 

注:この物語はフィクションであり、私の推理です。

 

そこで海堂さんは、はたと思う。

 

自分がものを書く理由とは何だろう?

「愛」を伝えたいからだ。

文字化された「愛」か……。

 

だんだんとパズルが合うように考えが絞られてくる。 

 

そうか、作家名には、

伝えたい「愛」を描写した漢字を選ぶとするか。

そして名前として絵になるものがいい。

早速、辞書を広げ漢字探しに没頭したのだが、

伝えたい「愛」を描写した漢字を選ぶと言っても、

言うは易し行なうは難し。

 

推理はつづく

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは推理好きかな?」 

 

 

 

 

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2008.06.12

汗に惹かれた夜

今日、浅草の寄席に行った。

浅草演芸ホールで主任落語(トリ)を努めるのは初めてだという、林家たい平さん。

 

ピンク一色の素敵色に染まった林家ペーさんが終わり、たい平さんの出番となった。

ホールには、なんとも集中しづらいような、ちょっとややこしい空気が満ちていた。

素人の私でも気になっていた空気。

相当な力量か魅力がなければ、この空気を変えることはできないだろうと思った。

 

さりげなく、最初にそれを指摘した、たい平さん。

まず空気を整えることに努めたのだろう。

 

 

パタパタとセンスで袂に風を送り、山登りをする、たい平さん。

玉のように吹き出る汗で襟元が濡れていく。

もの凄い情熱。

 

噺家の星は見事に際立っていた。

 

空気はというと、見事に統率されてしまっている。

私は、たい平さんの独演会に来ている錯覚に陥っていた。

 

10分も延長して話して下さった、たい平さん。

ありがとうございました。

あの情熱。

忘れません。 

 

 

たい平さんの汗みたいから、また落語行こうっと。

 

 

 

 

「ボンちゃん。価値あるものに燃えている人って、ピカピカしているね」

 

 

 

 

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2008.06.11

海+堂+尊=愛  3

想像の旅の目的。

作家、海堂尊さんがご自身の作家名に託した思い、

それを推理してみようと思う。 

 

小説には、著者の価値観が鮮明に現れている。

『チームバチスタの栄光』を読んだ印象から、

海堂尊さんが投げかけたい「問い」「思い」「イメージ」を探り、

「海+堂+尊」この三文字から成る名前。

この文字がもたらす印象をキーワードに想像を膨らませてみたい。

 

では、想像の旅へと出発。

『チームバチスタの栄光』は優しい。

その土台は、大きな意味で「愛」に下支えされたものだと私は感じた。 

海堂尊さんが小説を書く目的は、自分が最も伝えたい「愛」を伝えることではないだろうか。

もちろんユニークな自分独自の表現で。

この仮定をもとに、今回の推理をしてみたい。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも想像の旅する?」

 

 

 

 

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2008.06.04

海+堂+尊=愛  2

『チームバチスタの栄光』に出てくる主要な登場人物の田口先生は、初めて会った人に名前の由来を聞くという趣味を持っている。

誰しも、自分の意思の及ばないところで名が付けられる。

その名と共に生きることで何かしらの思いが積み重ねられていく。

募った思いが、

人格形成や性格に影響していく可能性は充分に考えられる。

従って名前は少なからず、

心に影響を与えているのだろう。

 

海堂さんは、

『チームバチスタの栄光』の中で、

最後まで名前にこだわっていた。

 

ご自身の作家名に託したい思いとはなんだろう。

 

その思いを想像する旅に出てみようかな。

 

 

つづく

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界でも、産まれたら名前をつけて、名前で呼び合うの?」

 

 

 

 

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2008.06.03

海+堂+尊=愛  1

『チームバチスタの栄光』を手に取った理由はただひとつ。

「海堂尊」という名前に惹かれていたからなのだ。

この名を名乗る人は、いったいどんな小説を書くのだろう……、と前々から気になっていた。

 

ミステリーを読むと例外なく夜、怖い夢を見るから、読みたいけれど読みたくないという事情を私は抱えている。 

書店を週に何度も訪れるというのに、

2年以上も前に出版された海堂さんの華麗なるデビュー作を読まずに暮らすという勿体無い事態となっていたのも、

この本がミステリーゾーンに陳列されていたからなのである。

 

海+堂+尊=海堂尊 

この名から受けた印象は、

ロマンス、一筋の道のようなもの、

強さ、優しさから成る「愛」みたいなものだった。 

名は体を表す、と昔からよく言う。

読者をハラハラドキドキの市中引き回しの刑にした末、突然〈完〉。

そういった小説ではないはずだ。

そう信じてことにした。

なぜならば、「海堂尊」という名前だから。

だから大丈夫、と、意を決して本を手にしたのだった。

 

読んでみた印象は、

文字による音符が音楽となって海に流れてくる。

こういう曲を聴きたいと、

心のどこかで探していたような曲のような小説。

時が流れ、

海が色を変えていくように。

遊び心ある音色が時より海をキラキラさせる。

そういう小説だと思った。

 

 

つづく

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは海が好きかな?」

 

 

 

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