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2009年1月

2009.01.31

インテリとナメクジ

ナメクジを見つけると、

背中に巻貝をつければ、カタツムリ。

カタツムリが巻貝を脱げば、

ナメクジなのに…、と思う。

 

「インテリと便所のナメクジぐらい嫌なものはねえ、吐き気がすらあ」

と、寅さんは言っていた。

カタツムリにして喩えてみると、

「矢切の渡しと、紫陽花にひそむカタツムリぐらい洒落たものはねえ、絵にならあ」

と、こんな感じだろうか。

 

偶然、ナメクジに関する記述を見つけた。

ナメクジとは、

生物学的には軟体動物で、腹足網(ふくそくこう)・有肺亜網(ゆうはいあこう)・柄眼目(がんぺいもく)に属する生物である。

正式には、カタツムリは巻貝の一種になっているが、

ナメクジとカタツムリは同じ軟体動物で、

その違いは、ナメクジは貝殻が退化してしまったタイプなのだ。

 

ちなみに、ナメクジの体は殆ど水分。

従って、吸水性の高い物質に触れると、浸透圧の関係により体内の水分が吸い出されてしまうため、

砂糖、片栗粉、小麦粉でも、塩と同様な結果になるらしい。

(参考、(編)話題の達人倶楽部『大人の常識』青春出版, 2009)

 

インテリが、寅さんの衣装を着ても、絵にならないとは思うが、

ナメクジが、巻貝をまとうと、洒落て見えるなあ…。

 

 

「ボンちゃん。シルバーバックの後ろ姿は、絵になるね」

 

 

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2009.01.30

数日だけの愛しさ

「男は自分が弱い者だから

すがりつく子を抱きしめるが

そんなのは3日だけの愛しさ

あとは 只の重荷になる」

(阿久悠『凛とした女の子におなりなさい』暮しの手帖社,2008より)

 

故、阿久悠さんの言葉である。

日本を代表する作詞家が言うのだから、

男心が切実に書き記されているように思えてならない。

 

そして、

「凛とした女の子におなりなさい」、と。

 

数日だけの愛しさだなんて、

こちらからご免被ろうではないか。

水仙のように、

そっと、凛と生きよう。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、特定の女のコの存在が重荷になったりするの?」

 

 

 

 

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2009.01.29

沈魚落雁

沈魚落雁(ちんぎょらくがん)とは、

そのあまりの美しさに魚は沈み、雁は目がくらんで落ちるの意から、

絶世の美人を形容する言葉に使われているようだが、

 

本来の意味は、

人間が美しいと思う人であっても、

魚や鳥が見れば逃げるに値する。というもので、

美には絶対的な判断基準は無い、の意であったそうである。

 

そういえば友人から、

珍魚落雁?(イルカに好かれる珍しい魚を見て、空を飛ぶ雁の目がくらんで落っこちた?)

と思われるような話を聞いた。

 

あるオスのイルカが、側にいるメスのイルカには見向きもせず、

そのイルカの半分ぐらいの大きさの、スラッ~とした魚に求愛をし続けているという。

飼育員さんの話では、一目惚れだとか。

 

イルカは、弱っているものを救おうとする本能を持つと聞いたことがある。

それがイルカの求愛なのか、或いは、

何らかの事情を抱える魚をイルカが癒そうとしているのかは、

判断のつかないところだが、

その魚がただ魚でいるだけで、イルカが魚を愛しく思うように、

自分が自分でいるだけで、自分のことを愛しく思ってくれる誰かが、

きっといる。

 

昨今、見た目の美を過度に追い求める風潮があるが、

美には絶対的な判断基準は無い。

ということを、忘れてはならないのだろう。

 

恋や愛とは、叙情性がからむ、そんな世界なのだから。

 

 

「ボンちゃん。芸術に国境がないように、恋や愛も生物分類における境はないのかもね」

 

 

 

 

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2009.01.28

壊し屋カラス

Karasu3

 

 

 

  

面白いカラスに出会った。

カラス君が夢中で何をしていたかというと、

次々に、お花を口ばしで摘まみ折り、地面に落としていたのである。

 

話しかけてみた。

 Karasu2

 

 

 

「ねぇ、何してるの?」

-「ミレバ、ワカルダロ」

「もしかして、お花食べてる?」

-「タベテナイ」

「あ、お花を摘んで、彼女にプレゼントするとか?」

-「シナイ」

-「ハカイシテルノサッ!」

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはカラスみたいに、挑戦的で攻撃的じゃないね」

 

 

 

 

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2009.01.27

亢龍

易経には、64の卦というものがある。

その一番目の卦が乾為天(けんいてん)。

 

乾為天では、

人の成長を、龍が天に昇り行く様子に喩えて、

6段階に分け、6枚の紙芝居風に述べている。

 

1、潜龍  田んぼの中に潜んだ龍

2、見龍  田んぼの上に上がってきた龍

3、君子終日乾乾す     その途中

4、躍龍  池の淵から天に飛び立とうとしている龍  

5、飛龍  空に飛び立った龍

6、亢龍  天に昇り極めた龍

 

 

昨日紹介したイタリア語のことわざ、

「高く上り過ぎる者はそれだけ速く(大急ぎで)落ちる」

と同様に、満つれば欠くるの原理を説いており、

 

6、亢龍有悔。(こうりゅうくいあり)がそれにあたる。

昇り極めた龍の行く先は、降りるしかないわけで、

進を知って退くを知らずして、

過去の栄光にしがみついたり、

自信過剰になって調子に乗って傲慢になったりすることを戒める教えでもある。

 

「ボンちゃん。ゴリラの美徳は、強いのに受身的で、傲慢とは無縁な控えめさだね」

 

 

 

 

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2009.01.26

プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテ

precipitevolissime'volme'nte 

プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテ

これは、イタリア語の語彙で最も長い綴り(学術語を除く)である。

意味は、大急ぎで。

 

 

大急ぎで言い辛い言葉を、大急ぎの語彙にあてていることが、

なんともイタリアらしいと思って気に入り、

舌をカミカミ練習したものである。

 

 

この語彙が入ったことわざを見つけたので紹介したい。

 

Chi troppo in alto sale, cade sovente precipitevolissime'volme'nte.

キ トロッポ イン アルト サーレ カーデ ソヴェンテ プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテ

 高く上り過ぎる者はそれだけ速く(大急ぎで)落ちる。

 

 

 

似た教えが、易経の龍の話にある。

龍の話は、明日に。

よい一日を!

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんな時に、プレチピテウォ゙リッシメヴォルメンテで何かする?」

 

 

 

 

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2009.01.25

心に効く漢方

心に効きそうな漢方を見つけた。

所謂、養生訓である。

 

己所不欲 勿施於人 (己の欲せざるところは 人に施す勿れ)

 自分にされて嫌なことは、人にするでない。

 

 

比上不足 比下有余(上に比すれば足らざるも 下に比すれば余あり)

 上には上がいるが、一番下が自分というわけでもない。

 

恬淡虚無(恬淡にして虚無なり)

 無欲になり、今の自分を受け入れるべし。

 

正気在内 邪不可干(正気内に在れば 邪干すべからず)

 正しい気が内にあれば、悪いものは入ってこない。

 

柳暗花明 又一村(柳暗く花明るく、又一村あり)

 視点を変えれば、世界は広がるものである。

 

(参考『自分でできるやさしい漢方』オレンジページムック)

 

「良薬は口に苦く忠言は耳に逆らう」と言うが、

イタリア語でも同じ表現をするか、調べてみた。

 

Le medicine buone sono amare.

レ メディチーネ ヴォネ ソノ アマーレ  良薬口に苦し

Il miglior consiglio e` duro all'orecchio. 

イル ミリョール コンスィリョ エ ドゥーロ アッロレッキオ 優れた忠告は耳に辛い

 

同じだ。

どうやらイタリアでも、この表現があるらしい。

人の忠告なんかより、

自分の直感を信じて疑わないイタリア人しか、私は知らないのだが…。

 

 

「ボンちゃん。『柳暗花明』って、どことなく字の並びが色っぽいね」

 

 

 

 

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2009.01.24

根っこ

「根」という字は、

色々な言葉に使われてると気づいた。

 

根に持つ。根堀り葉堀り。根はおとなしい。この問題の根は深い。

 

そうそう、根性もそうだった。

 

やじ馬根性。根性の腐った奴。

 

Ne

 

 

 

 

 

 

どうせ根をはるなら、見上げた根性がいい。

と、 

大木の根を見上げなら、思ったのだった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラのボスは、ど根性がありそうだね」

 

 

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2009.01.23

道の神 

それにしても赤いちゃんちゃんこが良く似合うと思った。

偶然、道の神、旅人の神に会った。

 

その場に差し掛かった瞬間、

それまで漂っていた気が明らかに異なったのを感じた。

そこだけ、空気が浄化されているような、

いい気が満ちている、という表現が一番的確なのだろうと思う。

 

 

惹かれて中に入ると、

赤いちゃんちゃんこを着た、

イケメンな御二方の猿さまがニコニコしておられる。

 

道の神、旅人の神とされる猿田彦大神、

日本神話に登場する神様だった。

 

Osarusama1

  

Osarusama2 

 

 

 

 

JR巣鴨駅下車。

地蔵通りを歩いて行くと、御二方の猿さまは鎮座しておられる。

人生の道に迷ったら、

道祖神さまに尋ねるのも、いいかもしれない。

あの御二方の猿さまだったら、

ユニークな返事が返ってくるにチガイナイ。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも赤いちゃんちゃんこが、似合いそうだね」

 

 

 

 

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2009.01.22

キボウ

「日本には何でもあるが希望だけがない」

と、作家の村上龍氏は言っている。

 

希望とは何か。

作家の角田光代氏のエッセイの中の言葉が目に留まった。

「今よりすばらしい未来を手にいれることは、絶対に可能なはず、と信じられる気持ちなんだと思う」(The Gold/JCB 2月号より)

 

 

そこで希望を辞書で調べみた。

あらら、

日本には怖いキボウが、

あまるほどあるような気がしてきてしまった。

 

 

まず、

まっとうな方の、希望とは、

あることの実現をのぞみ願うこと。その願い。

将来に対する期待。明るい見通し。

 

 

次に、怖い方のキボウを紹介してみたい。

 

 毀謗(キボウ)とは、そしること、非難すること。

 詭謀(キボウ)とは、だまして、人をおとしいれようとする計略。

 

 

食べ物を大切にしない今日の行き着くところは、飢乏なのだろう。

 飢乏(キボウ)とは、食物が足りなくて飢えること。

 

 

こういうキボウが溢れているとしたら、行き着くところは危亡なのかもしれない。

危亡(キボウ)とは、国や身が滅びようとすること。危機。

 

 

 

「ボンちゃん。時代は、人の心が作るんだね」

 

 

 

 

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2009.01.21

“やる気”と“努力”

イタリア・ヴェネツィア・サンマルコ広場の対岸にある、

歴史的建造物が、

6月3日に美術館となってオープンするという。

 

ヴェネツィア市が主催したコンペで、

勝ち抜いた案が採用されてのプロジェクトなのだが、

その設計者は、

プロボクサーを経て、

独学で建築を学び、

建築家となったことで知られる安藤忠雄氏なのである。

 

境遇がどうであれ、

自分が人生をどう生きたいか、

すべては、

“やる気”と“努力”次第である。

と、安藤さんの生き様は教えてくれているように思う。

 

 

「ボンちゃん。オバマ大統領も同じだね」

 

 

 

 

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2009.01.20

勇気の根源

小春日和だった昨日、

思い出詰まる新宿駅の南口に、久々に降り立った。

 

強いることのない柔らかな陽射しが、

まるで身体を包むような優しさで、

背中を押してくれたように感じた。

 

同じ陽射しでも、場所が変わると感じるものが違ったりする。

Shinjuku1

 

 

 

いい思い出に、賞味期限はないらしい。

 

 

「ボンちゃん。いい思い出が、生きる勇気の根源なのかもね」

 

 

 

 

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2009.01.19

気になるマネキン

心理学では、

目撃情報といった、人の記憶というのは、

あまりあてにならないと説いているが、

本当にその通りだと思う経験をした。

 

Maneq1

 

 

 

 

この写真。

ショーウィンドーの中で、

一様に同じく立っていたマネキンなのだが、

通りすがった瞬間にまばたきをしたのだ。

正確に言えば、そのように見えた。

ビックリして、思わず走り戻ったほどだったが、

再びまばたきすることは無かった。

 

人間の脳というのは、

たとえば宇宙人の存在性を強く信じる人がいるとする。

すると、

宇宙人が家にやって来て、これこれこういうやりとりがあった、

というような詳細(自分の求めている想像上の物語)が、

あたかも実際に起きたことのように記憶になってしまうことがあるという。

人間の記憶というのは、

そんな曖昧さがあるという話を、以前に心理学者が語っていた。

 

想像での宇宙人の襲来かもしれないし、

現実での宇宙人の襲来かもしれないし、

記憶による真意の見極めは難しいようである。

 

 

無意識の内に、

マネキンが、

まばたきすることを私は求めていたのだろうか。

気になるマネキンである。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、動くはずのない物が、動いて見えることってある?」

 

 

 

 

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2009.01.18

平面ブタ

今日、また電車の中で、平面ブタに会った。

 

何の話かというと、

一昨日の記事「ささやかな達成感」に書いたブタのことである。

 

あの時は、何気ない視線を感じて見上げたら、

電車の荷物棚の向こうに、2匹の平面ブタがいて、

平面ブタは筆談で私に言った。

「コツコツだと思うよ」と。

 

再会した今日、更なる筆談を発見した。

金色の方が、キントン。

銀色の方が、プラトン。

と、平面ブタの下には名が記されてあった。

 

どうやら金の豚(トン)だから、キントンで、

銀の豚(トン)はプラチナで、プラトンであるらしい。

 

きっと誰かが、愛を込めて名づけたのだろう。

と思いつつも、

私だったら、

そうだ。

ゴールドンにプラトンという名を授けたい、

と、思いつつ電車を降りたのだった。

 

「ボンちゃん。名前に濁音がある無いで、少なからず性格に影響していくと思わない?」

 

 

 

 

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2009.01.17

人参の季節

一年中、人参は売っている。

いったい人参は、いつが旬なのだろうか、と前から気になっていた。

食材の季節感が失われつつある今日であるが、

温暖化防止のためにも、身体のためにも、

なるべく旬の食材を選んで食べようと思って調べてみた。

 

野菜/果物

春 ふきのとう たけのこ グリンピース セロリ いちご

夏 トマト きゅうり なす おくら 枝豆  すいか

秋 しめじ じゃがいも えのきだけ 栗 梨 ぶどう 柿

冬 ほうれんそう ごぼう 白菜 人参 りんご みかん

 

春 かつお にしん さより あさり

夏 あゆ あじ すずき きす

秋 さんま さば いわし さけ

冬 まぐろ あんこう ほっけ たら

 

「ボンちゃん。やっぱり旬のものが、一番美味しいね」

 

 

 

 

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2009.01.16

ささやかな達成感

コツコツだと思う。

と、金銀の2匹のブタに電車の中で言われ、ハッとした。

何かの宣伝広告のポスターなのだが、

ここのところ気がせいていた私の心を見抜いて、ブタが呟いたように思えた。

 

人間は元々欲深にできているのか、

より高い達成感を追い求め、

ささやかな達成感に浸る喜びを忘れがちなところがあるように思う。

 

今朝の読売新聞に、幸福感にまつわる興味深い話があった。

身体が弱ったり交流範囲が狭まり出す、

60歳代で6割、70歳代で5割と幸福感は減少するが、

4割が介護保険で要支援の認定を受け出す、

85歳を超えると、

不思議な達成感や充足感に包まれ幸福感が増すという。

 

「超高齢者(85歳以上)は不思議な達成感や充足感に包まれ、自然の理(ことわり)そのものの中にいるような安定感を持つ。その心の状態が身体を支え、その身体が気の充実を生むのです」と、医史学者、立川昭二 北里大名誉教授(81)は述べている。

(2009/1/16 読売新聞より)

 

 

幸福な人というのは、

ささやかな達成感を味わえる人なのだろう。

 

 

「ボンちゃん。〈生病老死〉の生と死は偶然性の帯びた宿命のようだけど、その中間の時間の過ごし方は、自分で舵がとれるんだよね」

 

 

 

 

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2009.01.15

レオナール・フジタ

女性に、ヒゲとシッポをつけると、猫になる。

猫は、時に、擦り寄ってきたり、おとなしくて可愛いが、

急に爪を立てて、攻撃的になったりする。

その二面性があるから、面白い。

と言ったのは、数奇な異邦人の画家、フランス人、レオナール・フジタ氏である。

 

藤田嗣治氏は、自分はパリで有名になる。

と言って、画家の集まるパリに乗り込んでそれを果たした。

69歳で洗礼を受け、

尊敬するレオナルド・ダ・ビンチの名をとってレオナール・フジタとなったのだという。

 

彼の絵には、よく猫が出てくる。

ある夜、飲んだ帰り道、パリの街角で一匹の猫がまとわりついてきて、それから猫と歩む人生が始まったという。

レオナール・フジタ氏にとって、

女の人と猫は、同じような価値観を持つ生きものに映っていたようである。

 

 ※レオナール・フジタ展は、上野の森美術館で、

  2009年1月18日(日)まで開催している。 

 

 

「ボンちゃん。人間の男性は、何の動物と似ていると思う?」

 

 

 

 

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2009.01.14

不幸への道

美味しいものを食べると、人は幸せを感じる。

その時、意味を考える人はまずいない。

美味しいから、幸せなのだ。

それと同じで、幸福への道というのは、

意味を考えることから降りるところにしかない。

と、大阪大学総長、鷲田清一氏が語っていた。(婦人公論 1/22号より)

 

 

「幸福」とは、満ち足りていること。

不平や不満が無く、たのしいこと。そのさま。

と、辞書にはある。

 

ストレスというのは不思議なモノで、

自分の解釈次第でストレス値が変化すると医学で立証されている。

 

状況は同じであっても、

満ち足りていると自分が解釈すれば、満ち足りるし、

満ち足りないと自分が解釈すれば、着眼点が不平不満になり、満ち足りなくなる。

 

そうそう、

「しあわせは、自分の心が決めるのだ」

と、相田みつをさんも言っていた。

 

 

アレコレと自分の満ち足り度合いを測る道の先には、

幸福は無いよ。

と、大阪大学総長は言っているのだろう。

 

「ボンちゃん。〈下手な考え休みに似たり〉って言うけど、〈下手な考え不幸への道〉ってことだね」

 

 

 

 

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2009.01.13

魑魅魍魎戦で。

「意志を持って、人生を、食べ物を選択する。その意識が目力になり、スリムな体型を作り、魅力になってオーラを放つのかもしれない」

(大桃美代子『日本一おいしいお米の食べ方』中経出版より)

 

人に夢を与えるために、

魑魅魍魎が渦巻く世界と言われる芸能界に身を置き、

日々の戦(いくさ)に勝利している多くの人の食事は、

納豆や野菜が中心で、脂っこいものは控え、

夜8時以降は何も食べないのが基本のようである。

 

魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する世界で生き延びるには、

食事を和食にして、

最大限に体調管理に気を配り、

自分の直観と、決断を信じて疑わず、

前進する強い精神力が不可欠のようである。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、魑魅魍魎って、いる?」

 

 

 

 

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2009.01.12

やさしさ紙芝居

♪やさしさ紙芝居 そして誰もが主人公♪

 

毎年見ることを望まなかったTV番組、紅白を見た。

それというのは、水谷豊さんが初出場すると知ったからだった。

白組に属していながら、

深紅のベルベッドを着て、

カリフォルニア・コネクションを熱唱しつつ、

はにかんだ初々しさに包まれている、

そんなお茶目な存在感に、

永遠な魅力を感じずにはいられなかった。

 

その日以来、

水谷さんが数十年前に歌っていた「やさしさ紙芝居」が思い出され、

なぜか、

頭の中でBGMになっている。

 

♪ねぇ、きみ、ぼくはこう想うのさ♪

♪人生なんて、紙芝居だと♪

幼い頃、曲を通して水谷さんが語りかけてくれた言葉は、

今でも私の中で、生きている。

 

 

「ボンちゃん。あの言葉には、魂が宿っているね」

 

 

 

 

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2009.01.11

お眼目が焦げる!

誰が名づけたのか、それにしても野蛮なネーミングだな、と気づいてしまった。

何の話かというと、「目玉焼き」である。

数日前、こんなことがあった。

友人宅で目玉焼きを作った際、卵2個では多いと思い、卵1つの目玉焼きを作り、食卓に置いた。

それを見るなり、友人の顔はくもり、言った。

「目は2個じゃなきゃ、嫌だ。目玉ひとつでは片目でしょ」と。

その言葉を受け、目玉焼きとは、言い換えれば眼球焼きというネーミングであることに、今さらながら気づいたのだった。

そういえば、イタリア語では、

due uova fritte (ドゥエ ウォーヴァ フリッテ)という。

意味は、読んで字の如くで、揚げた(焼いた)2つの卵、である。

従って、イタリアでも目玉焼きは2個の卵で作るようなのだ。

 

ただ、日本のように、目玉焼き(眼球焼き)という表現はされていない。

日本以外にも、卵を2個焼いた料理を、目玉焼きと呼ぶ国はあるのだろうか…。

 

「ボンちゃん。そういえば、グリム童話も、けっこう残酷な話が多いよね」

 

 

 

 

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2009.01.10

定説さ。

思っていると思っていること以上のことが起きる。

というのが、私の定説となっている。

 

すぐに思いつく範囲で例を挙げてみたい。

身体的な変化。

目。小さい頃はもっと細く小さかったが、望んだように大きくなった。

視力。眼鏡やコンタクトレンズを使用していたが、無くても見えるようになった。

上唇。以前は輪郭が薄かったが、はっきりしてきた。

肌。荒かった肌理が、細かくなった。

カラダ。太りやすい体質だったように思うが、細身になった。

 

信ずるものは救われる。という言葉があるが、 

目指す自分像になるのは、もう決まっていることだ。

と思っていると、カラダでさえも自然と変化してくる。

 

今の自分が、

目指す自分像からは、かけ離れているように思えたとしても、

その時、目指す自分像を実現化する方法が分からないとしても、

ただ思い続けるのだ。

何かが変わってくる。

 

戦後最悪の不況、この大波乱に立ち向かうには、

なかなか願望通りに事が運ばない現実を絶望視するのではなく、

目指す自分像になるのは、

もう決まっていることだ。これは定説さ。

と、思うことが、

想像以上に大きな力を持っているように思うのだ。

 

「ボンちゃん。心の持ち方次第で、自分の行動が変わってくるから、不思議だね」

 

 

 

 

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2009.01.09

江戸な茶屋

上野の森を歩くと、都会の喧騒を忘れる。

この森は、上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)という名があり、日本でも有数の都市公園なのである。

そのすぐ側に不忍池(しのばずのいけ)という池があって、

2kmに亘る不忍池の畔を歩いていると、

だんごの小旗がひらめく、江戸情緒たっぷりの「蓮見茶屋」がある。

 

はちべえの目に小旗が留まって、

ご老公一行が入って来るのではないかと思いつつ、

いきなひと時を過ごしたのだった。

 

「ご隠居、あそこにだんご屋がありますよ!」

Shinobazunoike1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボンちゃん。冬景色も風情があるね」 

 

 

 

 

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2009.01.08

ダンスダンス

『ダンスダンスダンス vol.29 2月号』の100ページ目をめくったら、

知人がふたりいて、思い出した。

去年の12月に会った際、劇的舞踊集団 Kyu (キュー) セカンドパフォーマンスをやると彼が言っていたことを。

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<龍馬と幕末サラリーマン> 

場所 横浜赤レンガ倉庫1号館

平成21年1月16日(金) PM3:00開演 / PM7:00開演
17日(土) PM2:00開演 / PM5:00開演
18日(日) PM2:00開演

≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒≒

 

ダンサーである彼らに会うたびに思う。

いつ会っても、どこかピッとしていてカッコイイ。

路上、遠く離れた所を歩いていても、目立っているからすぐに分かる。

歩き方、立ち振る舞いのすべてが絵になっているのだ。

花がそこにあるだけで素晴らしいように、

彼らがそこにいるだけで、

存在するだけで、華がある。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、そこに居るだけで絵になっているね」

 

 

 

 

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2009.01.07

ハレの日晴れ

ハレの日は、晴れて欲しいと願うものである。

今年の成人の日は晴れるだろうか。

と、気にしている東京人には、期待できる心強い情報を見つけた。

 

気象庁創立以来128年間のお天気を集計したデータというのがある。

128年間分の1月の東京の天気によると、

12日(今年の成人の日)は、

晴れ87回、曇り21回、雨8回、雪10回、あった。

他日と比べ、12日の雨8回が最も少ない。

ただ、雪10回というのは、1月の中で2番目に多い数値である。

これが気になるが、今年の東京は暖冬である故、おそらく雪は降らないであろう。

念のためにYahoo天気情報をチェックしてみたところ、

晴時々曇となっていた。(2009年1月6日 17時00分発表) 

 

ということで、今年の成人の日は、

雨の確立は低いと予想がつくのである。

 

ハハハッ ハレの日晴れであろう。

 

「ボンちゃん。ゴリラは雨が嫌いなの?」

 

 

 

 

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2009.01.06

ぷニョぷニョ

年男、赤瀬川原平氏(画家、作家)のエッセイ「年男で考える」に、

次のようにあった。

 

作家は頭の中では考えが動いているが、

体は動かないからどんどん固まっていき、

かき回さないと固まる生のコンクリートのようで、

歳をとるとどんどん固まりそうになるから、

ウォーキングや腰椎体操や、

とにかく固まらないように努めてばかりいる毎日である、と。

(小冊子『うえの』上野のれん会発行、1月号)

 

ヒトはぷニョぷニョして柔らかく生まれるが、

歳を重ね、放っておくと、カチカチしてきてしまう。

 

意識して、

カラダを動かさないと、

壷の中で凝り固まった砂糖のようになってしまう。

意識して、

知的好奇心を持ち、

素直さや、感動することを大切にしていかないと、

柔軟さを失って頑なになり、

心身ともに、カッチカチなこわばった生きものになってしまうのだ。

 

ああ、ぷニョぷニョ。

 

あっちもこっちも、動かそう!

 

「ボンちゃん。ゴリラも、子ゴリラは、ぷニョぷニョしている?」

 

 

 

 

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2009.01.05

シュワシュワバスボム

シュワシュワなバスボム(入浴剤)を作れないものか、

と思っていたのだが、今日、作り方を偶然に本(監修 杏仁美友『漢方をはじめよう』成美堂出版)で見つけたのである。

オリジナルな、ポトンッ、シュワシュワシュワが365日味わえる。

 

情報を載せておこうと思う。

♪バスボムをポトンと落とせば、お肌ツルツル、体ポッカポカ。ワハハ♪

と、是非歌いながらお風呂に入って頂きたい。

 

シュワシュワバスボムの作り方

材料

重曹 大さじ6

クエン酸 大さじ2

好みの精油(エッセンシャルオイル)

※ローズウッド、ゼラニウム、ラベンダー、オレンジスィート、お勧め

ビニール袋 1枚

スプレーボトル 1本

作り方

①ビニール袋に重曹とクエン酸を入れ、袋の口を押えて振って混ぜる。

②①に精油をお好みで数滴入れる。

③シュッシュッシュッシュッと4回程、水をスプレーする。

④握ってボールのように固める。

 ※水が足りなくて固まらない場合は、更にシュッとする。

⑤完成

 

「ボンちゃん。猿は温泉好きだけど、ゴリラは温泉は嫌い?」

  

  

  

  

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2009.01.04

あなふしぎ

孤独を嫌う人は多い。

が、仲よしごっごをしていても、

人の心を揺さぶるようなモノは創造できないだろうと思う。

 

孤独があればこそ、

本当の意味で自分を見つめ、

心の声を聞くことができる。

これは万人に共通していることではないだろうか。

 

他者と全てを共感し合えることなどあり得ないと知りながらも、

なぜ人は孤独を嫌うのか。

人によっては、

孤独を味わうくらいなら、

自分の意志を簡単に蔑ろにしてしまう。

全面的に他人の意向に合わせ、

他人の人生を生きるかのように生きたりもしてしまう。

 

孤独を避けようとすると、“孤独”になり、

孤独を楽しめるようになると、“孤独”ではなくなる。

 

孤独とはそんな、

あなふしぎなモノではないかと思うのである。

 

「ボンちゃん。人間が孤独を嫌うほどに、ゴリラも孤独を嫌う?」

 

 

 

 

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2009.01.03

努力のおまけ

スティーブ・ジョブスが学生に贈った言葉である。

「興味を持った一つ一つのことに熱中していけば、そのときは散らばっている点のような別々の存在が、将来にはつながり合ってすばらしい一つの大きなものとなる」

(竹内一正『スティーブ・ジョブス 神の交渉力』経済界,2008より)

 

いったいどうしたら強くなれるのだろうか、

どうやったら揺らがない精神力が持てるのだろうか、

と、考え、悩む人がいる。

 

私もそのひとりで、

幼い頃から考えては、試行錯誤してきた。

 

その時に答えが見つからないことでも、

ある時、点と点がすっと繋がって線になり、見えてくることがある。

 

強さとは、

努力しているとついてくる、おまけのようなものなのかもしれない。

しなやかで強く、

柔軟でねばり強い精神力を持ちたいのであれば、

自分が信じた道を、

努力し、

勇気を持って進むしかないのだろう。

 

「ボンちゃん。勇気があれば、不可能と思われることを、可能にする可能性はあるね」

 

 

 

 

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2009.01.02

カポダンノ

「お正月」を、イタリア語で言うと「Capodanno(カポダンノ)」という。

Capo(カポ)は、頭、長、首領、端、初め  の意。

danno(ダンノ)は、年の  の意。

「年の初め」でお正月。

 

イタリア基本単語集を見ていたら、

Capo(カポ)の例文で目が留まった。

 

イタリア語の参考書や問題集の例文は、

日本語学習用のテキストには、おそらく出てこないような、

独特且つ情熱的な例文が多く、例文ひとつ見ても、

文化の違いを感じるものである。

 

基本単語集の「capo」の例文には次の文が記されていた。

 

Ti seguirei in capo al mondo.

(ティ セグイレイ イン カポ アル モンド)

世界の果てまで君について行こう。

 

カポダンノに相応しい、情熱を感じる。

 

 

B R A V O !

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは秘めたる情熱家だね」

 

 

 

 

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2009.01.01

泰然自若な元旦

あけましておめでとうございます。

2009年を迎え、皆様のご健康と

ご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 
さりげなく、

ロマンスカー全車種乗車の制覇を楽しんでいる私。

乗っていないのは、一番新しい60000系、

青いロマンスカー(MSE)だけだった。

そして本日、青いロマンスカーで小田原に行き、

大雄山線に乗って、

曹洞宗 道了尊  大雄山 最乗寺に初詣に行って来た。

 

生まれて初めて訪れたその地は、

樹齢500年になる杉が至る所にあり、

雄大そのもので、

天狗さまが結界をはり、

水神さまや、不動明王さまが鎮座し、

すべてが絵になっていて、

清らかな澄んだ空気が満ちていた。

 

佇む巨木と比べたら、

人間なんて、

ちょこまかしていて、ちっぽけな存在だ。

 

泰然自若として、生きたい。

 

「ボンちゃん。ゴリラは巨木のように、泰然自若として生きているね」

 

 

 

 

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