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2009年2月

2009.02.28

W縁起のスパイダー

夜、バスルームにクモがいた。

全長3mm。 やけに強そうに見える。

一瞬たじろいだ私だったが、

このまま引き下がってしまえばお風呂に入れない。

意を決し、

勇気を振り絞って、

フウッーーーーーーーーーーッ!

と、北風と太陽の勝負を思わせる一風を浴びせてみた。

突風を受けたクモのカラダは、

やや傾いたが、8本の足はバスタブにピタッと着いたまま微動さえもしない。

その粘着力たるや凄いものである。

私は、勝負に負けたことを認め、

お風呂に入るのを諦めて潔く引き下がった。

と、この時点では、夜グモのため縁起が悪い。

 

翌朝、目覚めるや否や、

走ってクモの所在を確かめに行った。

見れば、同じ場所でスパイダー立ちしている。

お風呂に入ってから外出しようとしていた私は、

丹田に力を入れ、新たなる勝負に挑んだ。

フウッーーーーーーーーーーッ!

クモは必死に足を踏ん張っているように見えたが、動かない。

再び勝負に負けたことを知らされた私は、

お風呂を諦め、出かけた。

この時点では、朝グモのため縁起が良い。

 

道すがら思った。

もしや……、

前夜の一風の際に、クモは自らの足に、強力な粘着粉を放ったのだろう。

その強度が強過ぎて、

動けなくなってしまったのではないだろうか……、と。

 

その夜、クモの所在を確かめに行くとバスタブから姿を消していた。

 

お風呂に入りながら思った。

 

W縁起を持つスパイダーの先祖は、

ナマケモノなのかもしれない、と。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、朝見ると縁起がいい生きものって、いる?」

 

 

 

 

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2009.02.27

ゴリラ会議

ゴリラやゾウは、

森林を作ってくれていることを知っているだろうか。

果実を食べ、糞から実生が芽生え、森林が再生されるのである。

 

アフリカ★コンゴの森を守れ!主催:JICA(国際協力機構)

~コンゴ河流域熱帯雨林保全公開シンポジウムに参加してきた。

 

基調講演は、京都大学大学院理学研究科教授、山極寿一氏:

コンゴ河流域熱帯雨林における人と動物の共生。

 

コンゴ下流域諸国(ブルンジ共和国、カメルーン共和国、ガボン共和国、コンゴ民主共和国、赤道ギニア共和国、ルワンダ共和国、サントメ・プリンシペ共和国、チャド共和国、中央アフリカ共和国、コンゴ共和国)の参加者が現地の報告をし、

パネルディスカッションが行われ3時間のプログラムは終了した。

 

ゴリラが住む森林は、人間活動による有害作用により危機的状態にある。

その原因は、

内戦の勃発(1996,1998)、

高まる人口圧、

地元民とナショナルパーク側とのあつれき、

人間による破壊的活動(森林伐採、鉱物の採掘、密猟)

歴史的気候変動、

エルニーニョ、

温室効果など問題だらけで、

このままの状態でいくと、

現在ゴリラたちが生きている地域の熱帯林は、

2040年には砂漠化してしまうのだ。

 

 

動物が住めなくなった地球に、

人間が住めるはずもない。

そのことに私たちは気づかなければならない。

 

 

「ボンちゃん。きっとゴリラを、守るからね」

 

 

 

 

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2009.02.26

詩の魔術

詩の魔術的な威力たるや、凄いと思う。

 

例えば3つの詩を、次の順番で読むとする。

①『ゴンドラの唄』吉井勇

②『汚れつちまつた悲しみに……』中原中也

③『めぐりあひ』室生犀星

すると…、

〈恋なんてよお、するもんじゃねぇぜ。ありゃツライ。
恋に身を焦がしてって柄じゃ~ねぇし、
俺はよ、お天道様拝んで、ぽそぽそと生きてくよ〉

という気になる。(なぜか、江戸の長屋にすむ住人)

 

次に、②、③、①の順、

『汚れつちまつた悲しみ』
『めぐりあひ』
『ゴンドラの唄』

の順番に変えて読み直してみる。

すると…、

〈おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって!

「恋なんてよお、するもんじゃねぇぜ」、だと?

この遠山桜を忘れたとは言わせねーぞ!

恋することをやめた生きものは、生きていないのと同じよ。

まあ、四の五の言ってないで、『湖上』中原中也を読んでみなよ。

恋したくなるぜ〉

と、

なぜか天保の江戸北町奉行、

遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元に成り代わって、

言いたくなるのだった。

 

言葉には、

魔術的な力があるから、

不思議だなあ。

 

Amore Cantare Mangiare! アモーレ カンターレ マンジャーレ

イタリア人の人生観は、愛して! 歌って! 食べて!

思い起こせば、金さんは情熱的だった。

ラテン系なのか?  

 

 

「ボンちゃん。愛のある眼差しだけが、ゴリラを魔法にかけられるのかな?」

 

 

 

 

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2009.02.25

マリアナ海溝

詩人、谷川俊太郎氏の言葉が心に止まった。

「私も、自分自身を生きのびさせるために、言葉を探す」(谷川俊太郎『谷川俊太郎の問う言葉 答える言葉』イースト・プレス2008より)

 

私が多くの時間をさいて読書するのは、

今を生きる勇気に繋がる言葉、

明日をも生きる勇気に繋がる言葉を、

探しているからなのだろうと思う。

 

日々の出来事にめげないために、

言葉を探している人がいる。

私がそうであるように。

 

思いと言葉の境には、

マリアナ海溝がある。

 

それを超えなければ、

言葉で、

思いを形にすることはできないのだ。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラには、澄んだ瞳があるから、言葉は要らないね」

 

 

 

 

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2009.02.24

いのちの名前

ポンポンポンポンポンポポーン♪

ポンポンホン゚ホン゚ポン゚ポポーン♪

喫茶店で本を読んでいた時のことだった。

流れてきた微かなピアノのメロディーに、

耳を欹(そばだ)てた。

それがなんとも健気な音色なのだ。 

 

そのメロディーには、

遠慮がちでいながら、

雑踏を物ともしない強さがある。

揺らぎつつも、

決して動じず、

かけがえのないものを守り続けようとする、

真っ直ぐな意志がある。

その純粋さに勇気づけられるのだ。

ポンポンポンポンポンポポーン♪に陶酔する内に、

それが久石譲さん作曲の「いのちの名前」だときづいた。

 

シブイ選曲だなー!と感動した。

この曲との出会いは、映画『千と千尋の神隠し』だった。

それ以来、私の携帯の呼び出し音になっている。

 

 

聞き惚れていると、

音が段々と大きくなってくるではないか。

見事な演出をする店長がいるにチガイナイ。

粋な演出をする店長のお姿を、

ひと目見ようと辺りを見回したが、

誰もいなかった。

 

次の瞬間、

その健気な音色が、

バッグの中からしているような気がしてきた。

見れば、

私の携帯電話が鳴っていたのだった。

 

 

その事実を知った私はというと、

まずは恐縮した。

が、

「いのちの名前」の素晴らしさを、

共感し合えた人がいたという、

勝手な思い込みが一気に崩れ、

一瞬にして店長の格が下がってしまったのだった。

ニッヒッヒ。

 

 

「ボンちゃん。人間は、ほんとうに勝手な生きものに出来ているかもね…。人間でゴメンネ!」

 

 

 

 

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2009.02.23

混じりっけのない思い

途中から、絵馬の文字が歪んで見えた。

 

願いという思いの強さに引き込まれた気がした。

湯島天神は学問の神様として知られている。

 

梅を見に訪れた時のことだった。

Yushimatenjin2

 

 

 

 

さげられていた絵馬に、

読むつもりなどなく、

何気なく目を置いた。

Yushimatenjin1

 

 

 

 

(※ 以下は仮名)

 

 

隆弘が慶應大学に合格しますように。 父より

 

佑介が東大に合格しますように。 母より

 

第一志望慶応大学医学部 第二志望中央大学法学部…

 (それはそれは詳細に書かれてある) 山田太郎 

  

息子、山口宏幸がどうか慶應大学に合格しますように。 母

 

読むだけで、

必死さが伝わってくる。

 

個人的な願いという神聖なものを、

他人が興味本位で覗き見るのはいけないような気がして、

その先を読むのを止めた。

 

 

思いや愛には姿がないと思いがちだが、

絵馬や千羽鶴はまさにそれだと気づいた。

七変化できるように、思いや愛は無形なのかな……。

 

 

混じりっけのない思いにふれると、

人は涙が出るのかもしれない。

 

「ボンちゃん。人間には、混じりっけのある思いがあるけど、ゴリラにも、チョッピリはある?」

 

 

 

 

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2009.02.22

お化けな恋

恋の姿は、お化けなのかもしれないなあ…。

 

恋のお化けときたら、

許可もなく、心に忍び込む。

それでいて突然に、

忽然と姿を消してしまったりする。

恋のお化けに心を占拠されていた方は、たまらない。

心から一切の生気が吸い取られ、

ぽっかり穴があくどころか、

生きる気力さえ失う。

そんなことができるのは、お化けしかいないじゃないか。

侵入経路が不明なのだから、防ぐすべもないわけで。

恋は、

笑顔がとびきりいいくせに、

性質(たち)の悪い趣味をもつ、

天使の顔したお化けなんだ。

 

寺山修司の詩、『小さな恋の物語』を読んでいたら、

そんなふうに思えてきた。

 

「ボンちゃん。恋に傷ついたゴリラは、恋をすることを拒むようになったりする?」

 

 

 

 

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2009.02.21

ひひとひと

毎年、

ヒヨドリが2羽、たった一本の木にやってくる。

 

Ohanami2009

  

 

 

写真は、梅を眺めながらのご昼食の様子。

ちなみに、

食事中の方が、モジー。

左後方の竹垣にいるのが、モジコ。

二羽合わせて、モジーモジコ。

写真右手に上方、枝にどっしりと居を構えているのが、

昨日の記事で紹介した、カースケ ケロちゃん。

写真を撮った時、カースケが次のように言っていた。

 

「キンモクセイの花もいいが、紅梅も見事じゃ。いやいや、アッパレ!」、と。

というのは、

去年まで、そこにはキンモクセイの木があったのだが、

急に枯れ、その変わりに紅梅を植えたのだった。

従って、ケロちゃんは今年初めての紅梅見物なのだ。

去年と木が変わり、

モジーモジコがやってくるか気がかりだったが、

迷わず見つけたようである。

 

日一日(ひひとひ)と 梅に寄り添う ヒヨドリかな

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界も、お花見する?」

 

 

 

 

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2009.02.20

BRAKERO!

今朝、外でケロちゃんと紅梅を眺めていたら、

ケロちゃんが歌い出した。

ケロちゃんは語学センスが抜群で、

母国語はもちろんのこと、

私よりずっと日本語もイタリア語も流暢に話す。

数字には強いし、歌もうまい。

 

 

♪Sono passati cinquanta giorni. ケロッ!

ソノ パッサーティ チンクワンタ ジョルニ

 =50日が過ぎた ケロッ!(日本語訳)

 

♪cinquanta 50♪ チンクワンタ ケロッ!

 =50だ ケロッ!(日本語訳)

 

♪giorni 日♪ ジョルニ ケロッ!

 =日にちだ ケロッ!(日本語訳)

 

♪Centootto gong. チェントオット ゴンク ケロッ!

 =108つの除夜の鐘だ ケロッ! (日本語訳)

 

♪Settemillacinquecentosessanta ore ケロッ!

セッテミッラチンクエチェントセッサンタ オーレ

=7560時間だ ケロッ!(日本語訳)

 

長年一緒に暮らしているから、

ケロちゃんの言わんとすることは直ぐに察しがついた。 

 

2009年は、昨日で50日が過ぎたよ。

この50日間は、計画通り、納得のいく過ごし方をしたの?

365日-50日=315日

315日X24時間=7560時間

7560時間が過ぎれば、オットチェント ゴンクだケロッ!。

108つの除夜の鐘を聞く時に、

後悔しないように、

スケジュールを立て、

しっかり予定通りに活動しなよ!

ケロッ!

 

ケロちゃんは身体が小さいが、

助言はいつも鋭く、パワフルなのだ。

 

Kerochanohanami

  

 

 

BRAVO! カースケ BRAKERO!

 

 

「ボンちゃん。もうすぐ桜の季節だね」 

 

 

 

 

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2009.02.19

スペイン階段

映画『ローマの休日』を観た何万人、いや何十万人が、

スペイン階段を訪れ、ジェラートを食べているに違いない。

オードリーヘップバーンに憧れて。

 

 

それが禁止行為とは知らずに…。

なんと、

あの階段は飲食が禁止されているのだという。

 

 

さらに、驚いたことがある。

スペイン階段というのは通称で、

トリニタ・ディ・モンティ階段という名があるのだ。

 

 

さらにのさらに、驚いたことがある。

あの壮大な階段の建設費用は、フランスが出しているのだ。

その理由は、

階段の上にあるトリニタ・ディ・モンティ教会が、昔も今もフランス所有であるからだという。

 

 

さらにのさらにのさらに、驚いたことがある。

スペイン階段と、その周りの雰囲気は、

18世紀からほとんど変わっていないのだ。ビックリ! 

(参考:『テレビでイタリア語』3月号 NHKTV)

 

 

次の疑問の回答を聞いても驚かないと思うが記しておこう。

イタリアにあるのに、なぜスペイン広場、スペイン階段というのか?

同国の大使館と在外裁判所があることに起因するらしい。

 

Rome non e` stata fatta in un giorno.

ローマ ノ ネ スタータ ファッタ イン ウン ジョルノ

=ローマは一日にして成らず

 

に、あわせて言うならば、

フランス人のプライドは一日にして成らず。

 

といった印象を受けるが、

あの場を、

スペイン広場、スペイン階段と呼ぶフランス人は、

皆無なのかもしれない…。

 

 

「ボンちゃん。森の王様、ゴリラの美意識は、シルバーバックの美しさに表れているね」

 

 

 

 

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2009.02.18

高級人間

モンブラン MONTBLANC といえば高級万年筆。

ブランドのシンボル、ホワイトスターが直ぐに思い浮かぶ。

世界中の文化人から、

こよなく愛されていることでも知られている。

 

モンブランのCEO ルッツ・ベッケ氏が、

ものづくりにかける思いを次のように語っていた。

-製品づくりで最も大切にしていることは何か。

「高品質、ヨーロッパのクラフツマンシップ(職人気質)、そして普遍的な価値。この三つがモンブランのDNAだ。それらは、自社で工房を持ち、デザインから製造、品質管理までを、自分たちで行っているからこそできることだ。10年後、20年後でも価値が変わらない。所有していること、それ自体が誇りになるものづくりを心がけている」

(読売新聞、ブランド研究 2009/2/18より)

 

そこで、私の目指す最高峰、

世界に愛される高級人間への思いと同じであるか、

当てはめて考えみることにした。

 

-人間づくりで最も大切にしていることは何か。

「高品質、日本のクラフツマンシップ(職人気質)、そして普遍的な価値。この三つが私のDNAだ。それらは、身体全体が工房であり、スタイル・デザインから生きるノウハウ、体質・品質管理まで、妥協を許さず、自分で行っているからこそできることだ。10年後、20年後でも価値が変わらない。自分らしさを所有していること、それ自体が誇りになる人間づくりを心がけている」

 

なんと、同じだ。

 

ベッケ氏は、こうも語っていた。-経営理念として重視していること-

「仕事で成功するためには、仕事を楽しむことが一番だと思っている」

 

自分が自分でいることを楽しむこと。

何よりも大事なことを、忘れないようにしたい。

ベッケ氏とは、いい友人になれそうだ。ニッヒッヒヒ。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラのDNAは、時流に左右されないね」

 

 

 

 

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2009.02.17

4丁目のフクロウ

銀座のシンボルといえば、銀座和光の時計塔である。

 

空に見惚れながら、

銀座4丁目の交差点で信号待ちをしていた時のことだった。

 

次の瞬間、

何かと目が合った。

 

 

Ginza1

 

 

 

 

わっ!ふくろうだ!

 

銀座和光を、対極(日産ギャラリー)から見ると、

時計台。

銀座和光を、少し斜(三愛、交番)から見ると、

フクロウがいる。

 

設計者の遊び心だろうか…。

 

そこで調べてみた。

銀座和光の設計者は、渡辺仁氏。

東京国立博物館本館、第一生命館なども設計している。

 

様々な意匠を取り入れ、

日本の交差点は、

ヨーロッパでいう広場だと渡辺氏は考える。

交差点の人の流れを考慮し、

対角線上に立つ人の視線に訴えかけるよう、

銀座和光の時計台は設計されているのだという。

 

町並みを 眼下に見入る フクロウかな

 

 

 

「ボンちゃん。創造者は、四角四面が嫌いだろうね」

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2009.02.16

チョークの神様

信じることは、愛すること。

愛することは、信じること。

そうなのかもしれないね。

 

茂木健一郎氏が、大学院生だった頃の話。

茂木さんは、4人の中学生に家庭教師をしていた。

生徒のY君が、

筆箱にチョークの神様なるものを入れて来た。

Y君は、嬉しそうに、誇らしげに言った。

「これがオレの神様なんだよ。何でもお願いを聞いてくれるんだ」

見れば、

それは短くなった赤いチョークに、

目や口を彫ったものだった。

チョークの神様を見た他の生徒達はというと、

彼だけが神様を手にいれたのが羨ましくてならないという様子だった。

茂木さんご自身も、それに似た不思議な感覚を得たという。

 

そして生徒達は、

鉛筆のかけら、石ころなどで神様を作り始めたのだった。

(茂木健一郎『今、ここからすべての場所へ』筑摩書房2009より)

 

Y君にとっては、

チョークの神様が、

国宝の像などより、ずっと尊いものだったに違いない。

自らの血を分けた、守護神のような存在だったのだろう。

「信じるものは救われる」

という言葉があるが、

 

チョークの神さまの話からも、

何かを心底、信じることが、

心底、愛することとイコールであることが伝わってくる。

Y君の心は、

チョークの神さまに守られているという思いによって、

常に愛で満たされている。

その愛の力が、Y君を救うのだろう。

 

「ボンちゃん。自分を信じることが、自分を愛することだね」

 

 

 

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2009.02.15

サムライ魂

「絶望しきるために熱狂して生きなければ

人生に何の意味があるだろうか」

(見城徹「異端者の快楽』太田出版,2008より)

 

幻冬舎、代表取締役社長、見城徹氏の言葉である。

 

 

「絶望」とは、希望を失うこと。

〈例文〉将来に絶望する。深い絶望に襲われる。

と、辞書にはある。

 

 

それに対し、

「絶望」とは、

すべての望みを叶え、望みが絶えた状態。

と、解釈するあたりが、

異端者の快楽を唯一の友としている、

見城徹氏を見城徹氏たらしめる発想なのだろう。

情熱の正体とは、

善か悪かを懸念せずに何かを愛することらしい。

 

「ボンちゃん。ゴリラの潤んだ瞳は、情熱そのものだね」

 

 

 

 

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2009.02.14

花粉症対策

ついに、花粉飛散の季節となった。

街には、続々とマスクマンが出現している。

 

花粉症が酷くなると、熱っぽくなってボッ~とし、

何も考えられなくなってくるという人は多い。

 

辛いときこそ、助け合おうではないか!

そこで、花粉症緩和の策を調べておいた。

 

辛さを救ってくれるのは、葱なのだ!

葱でも食うか!などと言ってはならない。

これからは“葱さま”とお呼びしなければいけないと思う。

 

陰陽理論上における葱さまは、「陽」に位置する。

偉大なる葱さまは、

私たちの体を温め、免疫力を高めてくれるのだ。

ひたらすら、葱さまに感謝し、 

一日一本の葱さまを、一ヶ月間食するのである。

 

ただ、葱さまだけをムシャムシャしてはいけない。

葱さまのにおいを嗅ぐだけでも、

記憶力や集中力が高まるという程であるから、 

葱さまの力は甚大である。

故に、フレッシュなままの葱さまをバリバリ口にすると、

人間の胃は貧弱なので、葱さまパワーに負け、胃を痛めてしまう。

ボゥーッとしててもいいが、調理することだけは、忘れずに。

 

花粉症に、

お勧めのレシピがあったので紹介したい。

*********** 

葱とキュウリのお粥

材料

ご飯1~2杯

水 カップ4

小葱 お好み

キュウリ4分の1 小口切り

大葉2、3枚

塩小さじ2分の1

 

作り方はいたって簡単。

鍋に材料を入れておかゆを作り、

出来上がったら大葉をのせるだけ。

(参考:蘇川博/下川憲子蘇先生の家庭薬膳 生姜と葱の本』農文協 (農山漁村文化協会)2003)

*********** 

 

 

葱さまの御加護がありますように!

 

 

「ボンちゃん。この季節、ゴリラも花粉症で辛いよね」

 

 

 

 

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2009.02.13

自分でできる厄落とし

自分でも厄落としは、出来るらしい。

 

①洗う。

②捨てる。

③流す。

の3つ。

 

洗うは…、

手顔を洗う
日常の厄を落とす
衣服を洗う
外出時の厄を落とすらしい。

 

捨てるは…、

古い手紙、書類を捨てる。
不運な思い出からくる厄を落とす。
年末の大掃除とは、家の中の一年分の厄を落とすらしい。

 

流すは…、

川や海に体を浸すことで、
身についた厄を一挙に落とすらしい。

(参考:武光誠『ササッとわかる開運ご利益参り』講談社、2007より)

 

確かに、掃除して奇麗にすると心がスッキリする。

そういえば、

大きなことは勇んでするが、

小さなことはやりたくないとか、手を貫く人は、

逆境に弱い傾向があると、聞いたことがある。

掃除、洗濯を全て人任せにしている人は、

日々の厄払いが為されていないから、

厄が積もり積もって、逆境に合うと、大変なのかもしれないなあ…。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも、眼に見えない何かと、戦ったりする?」

 

 

 

 

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2009.02.12

ミーアキャット

生まれて初めてミーアキャットなる生きものに会った。

 

可愛い顔をしたアイドルが、

イナゴの佃煮を食べるシーンが想像できないように、

ミーアキャットが、サソリを食べるイメージは湧かなかった。

 

Mc1

 

 

 

 

ヒョイと立ち上がっては周りを見渡す行動は、

敵の発見に役立つという。

 

些細な音にも、スクッと立ち上がり、

キョロキョロと見渡す、

そのしぐさが、なんとも愛くるしい。

 

と、次の瞬間、

ヘリコプターが上空に飛んできた。

 

Mc3

  

 

 

 

彼らはいっせいに空を見上げ、

音の大きさに身の危険を感じたのか、

瞬く間に土の穴にかけ込んで行ってしまった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、サソリは食べないよね?」

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2009.02.11

土門拳

気力は眼に出る。

生活は顔色に出る。

年齢は肩に出る。

教養は声に出る。

(土門拳『死ぬことと生きること』築地書館, 1977より)

 

写真家、土門拳氏の言葉である。

 

土門拳、生誕100年記念写真展が、

本橋三越本店新館7階ギャラリーで開催される。

会期:平成21年2月24日(火)~3月8日(日)

 

 

「ボンちゃん。全身から出るのは、やる気だね」

 

 

 

 

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2009.02.10

風森火山

林の方が、森より徐(しず)かなのだろうか…。

 

風+林+火+山  で、風林火山。

誰もが知るこの四文字、武田軍に掲げられた軍旗の文字である。

恥ずかしながら、語彙の意味を知らずにいた…。

 

風…その疾(はや)きこと風の如く、

林…その徐(しず)かなること林の如く、

火…侵し掠(かす)めること火の如く、

山…動かざること山の如く

 

(参考:監修 高野尚好『日本の歴史が3時間で大つかみしてしまえる本』明日香出版,2009)

 

武田信玄は、兵法書『孫子』にある一節から、

「風」「林」「火」「山」を抜き出し、軍旗に書いたのだという。

 

四字熟語辞典を見れば、載っているではないか。

 

もし、武将の選んだ文字が

「風」「森」「火」「山」だったら、

風森火山(ふうしんかざん)、

と、四字熟語に載っていたのだろう。

 

 

「ボンちゃん。森もしずかだけど、林は隙間が多くて動物も潜みにくいから、林の方が、よりしずかなのかな」

 

 

 

 

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2009.02.09

見栄

作家、浅田次郎氏の言葉が、ひらりはらりと心に舞い降りてきた。

死や別れなど、取り返しのつかないこともあるが、

「でも、ほとんどのことは、本当は取り返しはつくんですよ。後悔とため息のその後を、どう生きようとするかだと思うな」

言葉は続いた。

「愚痴をいわない、嘘はつかない、見栄は張らない……この3つだけ守れば、人生何とかなると俺は思うよ」

(週刊ポスト2/13号,小学館より)

 

 

そこで、見栄について考えてみることにした。

見栄とは、うわべを飾る、ということ。

誰かと同じであろうとする見栄や、

大きく秀でていると見せようとする見栄が、

もし、自分を苦しめてしまうものならば…。

 

人は、

他人と自分を比べ、

優劣を気にし、

見栄を張ったりする傾向がある。

 

それは、 

 

哀愁を背中にのせているゴリラと、

縁側でクロワッサンのようになっている猫を比べて、

優劣をつけていることに似ていることなのかもしれない。

 

ゴリラはゴリラの個性と魅力があるわけで、

猫には猫の個性と魅力があるわけで、

人間同士であっても、

本来、

異なって当たり前なのだと思う。

 

 

見栄よりも、

内実をどう飾るか、

それの方が、ずっと重要なことなのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラも見栄張る?」

 

 

 

 

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2009.02.08

山火事

今、オーストラリア史上、最悪の山火事が起きている。

被災地、メルボルン北部では、

東京の面積の1、4倍が焼け、死者は100人を超えていると伝えられており、火の手はまだ治まっていない。

 

 

昔、私はオーストラリアに1年間住んでいたことがある。

当時はグリーン島にウミガメが来て、

一緒に泳いだりもしたが、

観光化、日焼け止めクリーム等の影響もあって海が汚れ、

今はもう来なくなってしまったらしい。

 

 

時々に出会った人々が、

今、どうしているか、時に気になる。

被害に見舞われていなか、

心配になるのだった。

 

先日、ケアンズに住む親友からメールがあった。

-このメールが届くといいけど…。
-PC画面が揺れている…。

と記されていたそのメールには、

ケアンズが異常気象で初めての床上浸水を体験し、

家じゅうの家具を全て庭に出して、

モップで3日間拭き続けたとあった。

 

 

地球温暖化の影響なのだろう…。

被害が、これ以上、広がらないことを祈って止まない。

 

この山火事で、

野生のコアラ達も、多く犠牲になってしまったに違いない。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、いっ時の思い出が、永遠の思い出になったりする?」

 

 

 

 

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2009.02.07

ふぞろいな規則

世の中には、

時に、

ヘンテコリンにふぞろいな規則があるものである。

 

同じ定期代金なのに、

買う日によって3日の誤差が生じることがあるのだ。

 

例えば、 

1/29に定期券(1ヶ月)を購入した場合、有効日は2/28まで。

2/01に定期券(1ヶ月)を購入した場合、有効日は2/28まで。

 

 

調べたところ、

定期券の期間の計算は、民法に従っているという。

民法の第六章の期間の計算、

(期間の満了)第百四十一条と、

(暦による期間の計算)第百四十三条、

このあたりの決まりごとかと思われる。

 

 

あな、不思議。

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、規則ってある?」  

 

 

 

 

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2009.02.06

“己丑”

60年に一度、同じ干支の年がやってくる。

今年は、2009年、ウシ年。

正式には己丑(つちのとのうし)年である。

 

 

60年前の己丑年は、昭和24年(1949)

この年、湯川秀樹博士がノーベル物理賞を受賞している。

 

1年のズレはあれど、昨年はノーベル物理学賞、日本人三氏の受賞があった。

 

 

120年前の己丑年は、明治22年(1889)だった。

この年、日本最大の経済恐慌が始まっている。

 

ここのところの不況…、嫌な歴史は繰り返して欲しくはないが…。

 

これ以降の、己丑年と主な事柄を書き出してみたい。

 

文政12年(1829)→明和6年→宝永3年→

→慶安2年…江戸で大地震。

→天正17年…秀吉が上杉景勝、佐竹義重に命じ、伊達政宗を討たせる。

→文明元年→応永16年→貞和5年→嘉応元年→天仁2年→永承4年→永祚元年→延長7年→大同4年→

→天平感宝元年…女性で皇太子だった孝謙天皇が即位。

→持統3年→

→舒明元年(629年)…推古天皇が崩御。

 

己丑年は、 

「己」が、筋を通さなければならない年回り。

「丑」は、曲がったものを伸ばす、という意。

(参考:邦光史郎『干支から見た日本史』毎日新聞社,1996)

従って、干支からみる己丑年は、

筋を通し、規律を立てる年回りとなるという。

 

 

「ボンちゃん。干支からみたゴリラ史はどう?」

 

 

 

 

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2009.02.05

立春とは名ばかり

公園で猫に会った。

Samuine

 

 

 

 

猫は目で語った。

-私は寒いのよ。

私は言った。

-暦の上では春ですが、私も寒いですよ。風邪もひいてましてね。

 

立春とは名ばかり、まだまだ寒い日が続きますので、

みなさま、お身体ご自愛ください。

 

「ボンちゃん。ゴリラも身震いの季節だね」

 

 

 

 

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2009.02.04

小説値

「小説というのは本来、

祝祭的で遊び心に満ちたもの。

嫌な話を深刻ぶって書くのが高級だという文学観が、

日本には長くあった」 (週刊文春2008,12,18より)

と述べていたのは、

明治以降の近代日本文学にケンカを売り続け、

自らを文章の職人と語る、丸谷才一氏である。

 

健筆半世紀の丸谷氏が考える、

読むに値する小説の基準とは、

「芸術的野心と個性的文体があること」だという。

(読売新聞 2009/2/3 朝刊より)

 

小説を読むには多くの時間を必要とする。

眼精疲労との戦いで、気力、体力がいる。

さんざん疲れたあげく読後感が悪かったりするリスクもある。

 

多くの人が、帯の書評を参考にして本を選ぶことから考えても、

ほのぼの度、感動度、悲しみ度などが、

くもの巣図で一目瞭然で分かる、

小説値なる判断基準があってもいいように思うのだ。

 

それはそうと、

こんなに心あたたまる小説が、いまだかつて存在しただろうか…。

そんな小説が、読みたい。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんなお話が好き?」

 

 

 

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2009.02.03

節分に思う

人間の子供というのは、多くの特典をあやかっている。

まず、ご飯を食べさせてもらえる。

ご機嫌を伺ってもらえる。

至れり尽くせり、面倒をみてもらえる。

有り難い事に転んだとしても、起こしてもらえる。

 

大人になったらそうはいかない。

ご飯は自分で食べなければならない。

どちらかというと、人のご機嫌加減を気にする方が多くなる。

自分の面倒だって、時には人の面倒だってみなければならない。

転んだら、言うまでもなく、自分で起きるしかない。

 

それが大人という生きものに化せられた宿命なのだから、

どんなときも、

達磨さんのごとくに七転び八起きしよう。

そう覚悟を決めることが、

心に邪気を寄せ付けないことでもある。

と、鬼は外の節分の日に思ったのだった。

 

「ボンちゃん。ボスゴリラは、絶対に他人を当てにしないだろうね」

 

 

 

 

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2009.02.02

限定モデル化

「世界に1人しかいない

 自分自身に

 人生に

 生き方に

 こだわれ」

(週刊文春、文藝春秋、2/5号より)

有森裕子さんのお母様が、

有森さんに繰り返し言っていた言葉だという。

 

そこでふと思った。

“限定モノ”商品は特に売れ行きが良いようだ。

それは、人が希少価値の高さが好きである証と思われる。

 

人間はどうだろう?

忘れられがちなことだが、

ふたりと同じ人間は世界にはいないはず。

ということは、

人間は存在するだけで限定モノ。

 

存在自体が、凄い希少価値があるということなのだ。

 

自分を磨き、

ただの自分善がりではなく、

自分らしさにこだわることが、

納得のいく生が全うされ、

幸せな限定モデル化が進むということなのだろう。

 

 

「ボンちゃん。たとえ思い描くように恋が育たなくても、あなたに出逢えてよかった。と思われたら、恋の成就に値するのかもね」

 

 

 

 

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2009.02.01

上杉謙信公家訓

上杉神社の門脇に掲げられている、

上杉謙信公家訓、十六ケ条だという。

 

心に物なき時は心広く体泰なり。

心に我が侭(まま)なき時は愛敬失わず。

心に欲亡き時は義理を行う。

心に驕(おご)りなき時は人を教う。

心に渡しなき時は疑うことなし。

心に誤りなき時は人を畏(おそ)れず。

心に邪見なき時は人を育つる。

心に貧なき時は諂(へつら)うことなし。

心に怒りなき時は言葉和(やわら)かなり。

心に堪忍ある時は事を調(ととの)う。

心に曇りなき時は心静かなり。

心に勇ある時は悔やむことなし。

心賤(いや)しからざる時は願い好まず。

心に孝行ある時は忠節厚し。

心に自慢なき時は人の善を知り。

心に迷いなき時は人を咎(とが)めず。

(志村忠夫『寅さんに学ぶ日本人の「生き方」』扶桑社より)

 

 

上杉謙信公が、まだ長尾景虎だった頃、

禅に仏に、修行をしている。

その時代の経験が、

武将になってからも影響し続け、

実質的な力関係だった戦国時代に、

ただひとり、

人としての、

守るべき道義や節度を重んじた武将だったと言われている。

 

上杉謙信公の家訓は、

心の平安さを維持するために不可欠な心構えのように思える。

 

心豊かに生きる上で、

大切なことなのに、

次第に心が忘れいってしまう事を、

思い出させてくれる。

そんな共通点が、

寅さん語録と上杉謙信公家訓にはあるように思う。

 

「ボンちゃん。ゴリラは寡黙に、すべての事をただ自分の心にだけ受け止めて、発散するでもなく、そのままジッとしているように見えるけど、どうやって心の平安さを保っているの?」

 

 

 

 

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