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2009年3月

2009.03.31

『春よ。』

『春よ。』

海辺にも春はくる。

都会にも春はくる。

悲しくても春はくる。

嬉しくても春はくる。

場所がどこであっても、

人がどうであっても、

春はやってきて、

いつだって春らしい。

春夏秋冬。

冬から春、春から夏へと季節は廻る。

たまには秋へと廻りたいかなあ。

春秋夏冬。

慣れないせいか、言いにくいなあ。

 

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日比谷公園の春は、美的センスが高いらしい。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラはお花畑が好き?」

 

 

 

 

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2009.03.30

猫の、玉

なぜか、どの国にもペットの代表的な名前がある。

 

イタリアの代表的な犬の名前は、

Fido フィド (忠実)だという。

 

日本における犬の代表的な名前はいまひとつ思いつかないが、

猫のそれは、

やはりタマが君臨しているだろう(根拠は全然ない)。

 

なぜ日本人は猫にタマと名付けるだろうか?

 

猫は目も丸いし、寝姿もまん丸で、

玉のように丸いから「タマ」、

というご意見はあると思うが、

イタリアの、Fido フィド (忠実)がそうであるように、

そのものズバリの名前、

求めるものを名に託す傾向が人にはあるようである。

従って、

多くの場合は、

福を招く猫。

招き猫をイメージしてのことではないだろうかと思うのだ。

 

「玉」という漢字は、

玉の輿、逆玉(逆玉の輿)という言葉からも連想されるように、

富貴の意、イメージがある。

地位、名誉、財産といった富貴を運んでおくれよ!

そんな思いを込めて猫に「タマ」と名づけているように思うのだ。

 

そうだとすると、

表札に猫の名を連ねる際には、

カタカナの「タマ」や、

ひらがなの「たま」ではなく、

漢字の「玉」とした方が、

その効力を発する力が強いのではないか……、

そんな風に老婆心ながらに思うのだった。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラの代表的な名前は、“森の王子”以外にはないね」

 

 

 

 

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2009.03.29

おばけも花見

映画『千と千尋の神隠し』が好きだから、

私の心は10歳かと思っていたが、

もしかしたら、5歳なのかもしれないなあ。

 

ついにお花見の季節となった。

人間界と同様に、

おばけ長屋も、

今日あたりお花見をするにちがいない。

 

‐空は雲ひとつ無く青空が広がっている。

‐桜は満開。

‐赤い毛せんの上では、

‐首でニョロニョロとリズムをとりながら、

‐あねさんが三味線をつまびいている。

‐長屋のおばけ達は美酒と音色に陶酔している。

‐次の瞬間、

‐空に暗雲が垂れ込めてくる……。

 

この続きは、

絵本『おばけの花見』の世界でお楽しみいただきたい。

(内田麟太郎 作/山本孝 絵『おばけの花見』 岩崎書店,2008)

 

 

え?

長屋にいる、どのお化けになりたいかって?

 

あなたは、実にいい質問をする。

そんなあなただけに、特別に教えよう。

それはね、

ベロをぺロリと躍らせて、

空をふら~と散歩する、提灯おばけなのだよ。

提灯おばけに憧れているのさ。

 

この絵本の対象年齢は5才だという。ハハッ。

 

 

「ボンちゃん。今週は、ゴリラ界もお花見だね」

 

 

 

 

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2009.03.28

クリスタルなゴリラ

クリスタルな森の中で、

クリスタルなゴリラに出会ってからというもの、

私の心はあの輝きに、

捕らわれてしまったのである。

 

朝の宝石店ティファニーの前で、

輝く宝石に包まれて生活する自分を想像し、

デニッシュを食べるホリーの、

あの気持ちが、

分かったような気がする。 

 

映画、『ティファニーで朝食を』(原題:Breakfast at Tiffany's,1961年)の、

オードリー・ヘプバーン演じるホリーである。

 

昨日、偶然にスワロフスキーの前を通りすがった。

スワロフスキー社といえばクリスタルフォレストとして知られる。

そのクリスタルな森の中に、

Black Diamondクリスタルの輝きを放つゴリラがいたのである。

フィギュリーンの美しさ、

あのJetクリスタルの目の輝きに、

身も心も吸い寄せられてしまった。

 

それは今年誕生したゴリラだった。

2008-2010年の3部作「ワイルドライフ‐稀少な野生動物」として、

2008年の限定モデルが、パンダ。

2009年の限定モデルが、ゴリラだという。

売上金の一部が地球の資源である水を守る活動に寄付されるという。

 

更に、ゴリラチャームブレスレットまである。

ものづくりマンの私だが、

クリスタルなゴリラは作れない。

無念だ。

 

Breakfast at Swarovski's

『スワロフスキーで朝食を』

そんな2009年になるかもしれない!?

 

 

 

「ボンちゃん。クリスタルなゴリ友達、欲しい?」

 

 

 

 

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2009.03.27

ビンドン!

動物園に行く度に思う事がある。

動物たちの名前が記載されたプレートを見る度に思うのだ。

私だったら、この名前で呼ばれたら返事しないだろうなー、と。

 

名前というのは、名づける人のセンスが如実に出る。

名づけられてしまったら最後、

その名前で一生呼ばれるのだから、

気に入らない名前をつけられたご当人は、

迷惑千万な話にちがいない。 

 

そこで、

もし、私がゴリラとして生まれていて、

幸か不幸か日本で生きることになり、

幸か不幸か人間に名づけられ、

幸か不幸か人間に呼ばれる運命を辿ることになったら、

 

どんな名前だったら、

人間という分際に、

気安く呼ばれることを許可するだろうかと、考えてみた。

 

過去、現在を含む、日本にすむ(すんだ)、

ゴリラの名前を参考にみてみたい。

 

ベベ    サクラ    ドン    シャバーニ  モーイラ  キバブ

ビジュ   マック    Migger  Marta    ヤマト    タロウ

ウィリー  ビンドン    ネネ   オキ    ダイコ     ショウ

ダイスケ  ヒロミ     元気    ゴン    ピーコ      トト

ムサシ   ケンタ   ローラ  アイ        ゴロ     ハナコ

ビル         アキ    ナナ    モンタ    モモコ   モモタロウ

ハオコ  ブルブル  リラコ        

(参考:日本にすむヒト科3属〈チンパンジー、ゴリラ、オランウータン〉に関する情報ネットワーク、GAIN)

 

 

ビンドンなら、いいかな。

誰が名づけたのか、遊び心と個性が感じられて、惹かれるなあ……。

ビンドン♪

て、呼ばれるなら、3度に1度ぐらいは返事をしてあげよう。

 

ドン、  ビジュも悪くないけどね……。

10度に1度ぐらいはヴォッと短く返事をしてあげてもいい。

 

ちなみにビンドンの亡きパパは、

世界でただ1頭の白いゴリラなのだ。

あの世界的に有名だったゴリラのご子息なのである。

1981年にバルセロナ動物園で生まれたビンドン。

今は福岡市動物園にすんでいる。

噂によれば、体型は共にすむウィリーのが優るが、

顔はかなりの美形らしい。

 

ドンは仙台市八木山動物公園をすまいとし、

苦みばしった貴公子という感じで、超イケメンなゴリラである。

ゴリラ図鑑でゴリラ比べをしてみたところ、

日本のゴリラの中では最も美男子で、

貴公子ベッカム様をも凌ぐのではないかと私は思っている。 

 

ビジュは、1999年に上野動物園で急逝してしまった。

どこに行ってもモテモテの元気な魅力溢れるゴリラで、

日本以外にも多くの妻子を持っていた。

現在、上野動物園にすむモモコが最後の妻。

モモコと出会った翌日にカップルになり、(ゴリラは神経質なので、出会って直ぐは、稀)

2000年にモモタロウが生まれている。

 

ということで、

もし私がゴリラに生まれ変わることがあったら、

ビンドンと名づけられたら、

返事はするであろうことが分かったのだった。

 

今夜はこの辺で、お開きに。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界でも、名前をつけて呼び合うの?」

 

 

 

 

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2009.03.26

WBC猫応援団祝勝会

昨日、WBC猫応援団祝勝会をしようと猫軍団を訪れたのだが、

雨だというのに、猫団長は不在だった。

花好きハナちゃんが言うには、

WBC猫応援団団長から挨拶がひと言欲しいと頼まれ、

お花見に呼ばれたとかで、

毛並みの艶が落ちるのを気にしながら出かけたという。

猫団長は常々、酸性雨が身体に悪いことを気にしているのだ。

 

団長不在で、

シャンパンファイトならぬ、

かつおぶしファイトをやるわけにはいかず、

祝勝会は改めて機会を設けるということになり、 

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ハナちゃんと小さくお祝いしてきた。

  

 

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、イチゴファイトがやりたい?」

 

 

 

 

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2009.03.25

侍ジャパン ありがとう!

侍ジャパン 世界一 おめでとう!

笑顔と涙と感動と勇気をありがとう!

 

命を賭したアオダモも、

涙を流して喜んだにちがいない。

赤く潤んだ選手の目を見ながら、心からそう思った。

 

イチロー選手は、

バットの素材であるアオダモへの思いを、

次にように語っている。

「自分が野球をしていく上で、いったい何本のアオダモが死んでいくのだろう。その木に報いるためにも、良い結果を出し、ファンに喜んでもらう。それが木に対する感謝の気持ちなんだと思います」(児玉光雄『イチロー脳力 頂点を極める考え方を学ぶ』 東邦出版, 2009より)

 

誰かのために何かをしたくて、

必死になっていると、

時に、

神は人に降臨するのかもしれない。

 

「ボンちゃん。勝負の神さまは、絵になる人が好きなんだね」 

 

 

 

 

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2009.03.24

WBC猫応援団

WBC、本日、決勝戦となった。

私は、WBC猫応援団を結成した。

団長より、

最初で最後のお言葉を賜ったのでご紹介したい。 

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こちらが猫団長。

Abbiate  sette spiriti come i gatti!

アッビアーテ セッテ スピリーティ コメ イ ガッティ!

=イタリア語・直訳 「猫のように七つの精神を持つニャン!勝つニャン!」

 

七転び八起きするんだニャン。逆境からたやすく立ち直るんだニャン。

さすれば、勝つニャン!

そういった意味に値する。

 

さすがは猫団長。

猫をからめた上での、深い御言葉である。

WBC猫応援団団員をご紹介したい。

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侍ジャパン 優勝するニャン!

 WBC猫応援団 団員一同より

 

「ボンちゃん。勝利の神さま、今、どの辺りにいるの?」

 

 

 

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2009.03.23

死者との交信

この世、と、あの世。

こちら岸、と、向こう岸。

向こう岸といえば、彼岸。

 

今日は、お彼岸最後の日である。

彼岸は、春と秋に2回。

春分と秋分のそれぞれを中日として、各七日間。

彼岸中は、霊との交信が可能だというイメージがある。

日本人は、

霊は不滅で、

霊界との交信はできる、

と考える傾向が強いからこそ、

いまだに風習が残っているのだろう。

 

 

発明王、エジソンは、

人生の終盤期、

死後の世界とやりとりする精巧な装置、

霊界通信機を創ることに心血を注いでいたという。

 

アメリカの雑誌『オーム・8巻1号』(1920年)で公にし、

その発想の礎には、次の考えがあった。

①意識や霊は科学と同じ役割を果たす。

②霊は不滅である。

③霊界との交信は可能。

(参考: 週刊 世界百不思議講談 パートワークNo.3  2009/4/2) 

 

科学とは、

「体系的であり、経験的に実証可能な知識」(広辞苑より)である。

 

いつの日か、

“思い”や“霊”が科学で立証され、

“思い学”や“霊学”を大学で専攻できる日が来ると思うと、

夢が膨らむ。

思いは不滅で時空を超えて交信ができたら、

嬉しいし、楽しいし、何よりも心強い。

 

しかし、

向こう岸にいるおばあちゃんやおじいちゃんたちに、

この世のすべてがお見通しだったら……、

メール同様に、霊界通信機を介して交信が可能だったら……、

霊界通信機が、

ピーピーピーピーと、夜通し鳴り続けることになるのだろう。

「また夜更しして!もう寝なさい。おばあちゃんより」とか、

「おい、四角い電子画面ばかり見ていたら身体に障るぞ。祖父より」

などと、微に入り細を穿った助言を賜ることになるのだ。

 

そうなった時、

人は、

霊界通信機のなかった時代に思いを馳せ、

昔は風流だったと言うのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは死者との交信を試みる?」

 

 

 

 

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2009.03.22

柔道の神様のお墓

柔道の創始者、嘉納治五郎氏は、

八柱霊園(千葉県松戸市)に眠っている。

 

祖父の柔道のお師匠であったこともあり、

年に一度はお墓参りをさせて頂いているのだが、

出向く度に、清々しさを覚えるお墓なのである。

 

Jigorokano1

 

 

 

お墓の入り口には石の鳥居が建っており、

 

Jigorokano2

 

 

 

 

 

左手には、事跡が刻まれた石碑「頌徳碑」が建ち、

 

Jigorokano3

 

 

 

その右手には、台石の上を丸石で埋め尽くした丸いお墓、土饅頭がある。

石匠は、山王日枝神社 「招魂社」狛犬(赤坂)などの石造物で知られる、野村保泉氏。

聞くところによれば、

今ではほとんど、機械を使って彫刻するが、

この当時は全て手彫り。

その彫りの美しさ、深さに職人魂を感じる。

「頌徳碑」の裏に石工名が彫られているのだが、

その文字「野村保泉」だけが、

他のどの文字よりも細く、浅く彫られている。

 

あの墓地の清々しさは、

凄腕の奥ゆかしい石匠だったからこそ醸し出されたものなのだろう。

 

嘉納治五郎さんは、眠り心地が良いに違いない。

 

 

 

「ボンちゃん。時を経ても、美徳で有り続けるものは、奥ゆかしさだね」

 

 

 

 

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2009.03.21

ナマケモノの赤ちゃん

ナマケモノの赤ちゃんに会った。 

 

2008年の夏、

動物園の放飼場の床に落ちていたという、この赤ちゃん。

母親のお腹にしがみついていて、落下してしまったらしい。

今は人口保育中にある。

 

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写真の通り、

タオルを母親代わりに、しがみついている。

 

ナマケモノの特徴といえば、

木にぶら下がっていること。

睡眠時間が一日、20時間と長いことだが、

この度、もうひとつ驚くべきことを知った。

 

毛の生え方が一般的な動物とは異なり、

逆向きに生えているのである。

逆さにぶら下っていても、

水はけがいいように、

雨が降っても大丈夫な向きになっているのだ。

 

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寝ながらに、

心の眼で周囲を観察する能力を有しているのだろうか。

私の熱い視線に応えるように、

ヒョッコリと顔を上げてくれた。

 

 

 

「ボンちゃん。ナマケモノは頭も目も、丸まっている様子も、なんだか全部がまんまるだね」

 

 

 

 

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2009.03.20

サムライの星

「彼も人間なんだな」

そう、原監督が感じたほど、

昨日のキューバ戦での成果に、イチロー選手は喜んでいたという。 

 

誰もが、

調子がいい時や軌道に乗っている時は、

心に余裕があるから本音を語りやすい。

その一方で、

心理的に崖っぷちに追い詰められている状況にあれば、

イライラして誰かに当たりたくなるし、

誰とも目を合わせたくないし、

誰とも口を聞きたくないものだと思う。

 

サムライジャパンのキャプテンという重責を背負い、

結果を出してチームを引っ張りたいという強い意志に反し、

結果が伴わない苦しみ。

まさにその心境にいる、イチロー選手。

 

自らに向かう腹立たしさ、悔しさ、怒り、悲しみに、

折れそうになる心を、

必死に律しているのが、

ブラウン管を通しても痛いほど伝わってくる。

 

 

できることなら受けたくない試合後のインタビューに違いない。

それでも彼は、

偽らざる本音を取り乱さずに語るのだ。

その姿に深い感動を覚える人も多いだろう。

 

サムライジャパンのキャプテンは、

その生き様で、

前に進む勇気を失いかけている多くの人々を、

勇気付けているように思うのだった。

 

 

「ボンちゃん。照る日も、曇る日も、嵐の日もあるんだよね。いろんな日があるけど、それでも前を向いて歩くしかない。それが生きるってことなんだろうね」

 

 

 

 

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2009.03.19

ミッチー王子

ミッチー王子を、占い(四柱推命)で分析してみた。

今年は、及川光博さん(歌手、俳優)が活躍期にある。

 

日々、心と行動を一致させて活動している人

(=気質と向いている事に携わっている人)

が、好運気に突入するとスゴイことになるのだ。

 

今回の『相棒』人事は、

ミッチー王子が望んだことにより、叶ったのか。

偶然的に、

ミッチー王子にチャンス到来+チャンス獲得となったのか。

或いは誰かが、

ミッチー王子の気質と運気、

水谷豊さんの気質と運気を調べ、

総合的に相性を見た上で、

『相棒』特命係に配属したのか。

 

人事相談を受けなかった私は、その流れを知る由も無いが、

杉下右京氏(水谷豊さん)と神戸尊氏(及川光博さん)の相性は抜群。

まさに、必然の帰結といえる名人事である。

 

斬新な発想をする組織は、

人事に、四柱推命を活用していることが多い。

警察庁長官官房長  小野田公顕氏(岸部一徳さん)なら、

密かに四柱推命を参考にして、

人事に提言しているような気もするが……。

 

 

いずれにせよ、

ミッチー王子の運気は、

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いにある。

CMだって、てんこ盛りに増えるにチガイナイ。

 

今年は国際ゴリラ年だが、

同時に、

ミッチー王子年になるのだヨ!

 

 

「ボンちゃん。ミッチー王子をライバル視して、盛大なゴリラ年にしようね」

 

 

 

 

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2009.03.18

テレサ・テンの歩いた道

1981年のあの歌詞は、

故テレサ・テンの、

ジャッキー・チェンへの思いだったのかもしれない。

 

テレサ・テンの歌った「ジェルソミーナの歩いた道」(作詞:門谷憲二/作曲:丹羽応樹/編曲:羽田健太郎)という曲がある。

誰もが知る「つぐない」と比べると、

知る人ぞ知る曲だったように思うが、

この曲を歌う時の彼女の歌声の切なさは、

他の曲の歌声とは比にならない、

何か特別さがあったように感じたのを覚えている。

 

切なくやりきれず、

恋しくてやるせない思いに、

なんとか折り合いをつけようと、

もがき、

それでも前を向いて生きていこうとする、

痛いほどまっすぐな思いが、

真に迫ってくるのだ。

 

 

ジャッキー・チェンは、

1970年後半頃からテレサ・テンと交際したが、

彼女とは結婚せず、

その数年後の1983年に、

元女優だった林鳳嬌(ジョアン・リン)と極秘結婚している。

 

このほどジャッキー・チェンが中華メディア番組で、

テレサ・テンと結婚しなかった理由を語ったのである。(YAHOO記事参照)

自分の周りの仲間がテレサのことを気に入らず、仲間がジョアン・リンと結婚することを望んだから、と。

 

彼の真意を計り知ることはできないが、

25年ほどの歳月が過ぎた今、

なぜ沈黙を破ったのだろうか、という思いと、

その言葉と行いに、

悲しいやるせなさを感じた。

 

と、同時に、

「ジェルソミーナの歩いた道」の作詞家は、

当時の悲恋を知っていて、

フェデリコ・フェリーニ監督の映画「道」(1954年)の主人公、ジェルソミーナに、

彼女の心を重ねて作詞したのかもしれない、と思った。

 

 

彼女は「ジェルソミーナの歩いた道」が一番好きで、コンサートの最後にはいつもこの曲を歌っていたという。

 

 

元恋人の言動に、

天国にいる彼女は今、

何を思いながら、

「ジェルソミーナの歩いた道」を口ずさむのだろうか……。

 

 

「ボンちゃん。愛した者の中に、やるせなさを見た時、ゴリラはどうする?」

 

 

 

 

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2009.03.17

もののけ猫

いつも通る道の、

当たり前の風景の中で、

新鮮な思いを見つけると、

こんなにも心が華やぐものかと、

不思議だった。

 

 

小春日和だった昨日のこと。

アスファルト道に、猫が一匹いた。

陽射しが眩しいのか、太陽に背を向けて座っている。

その背中はまるで、

白とグレートと茶が見事に調和した旗のようだった。

猫の邪魔をしないように、静かに背面側にしゃがんだ。

この猫背フォルムなら、

水さえも喜び勇んで流れるにちがいない、

と、暫し時を忘れて見惚れていた。

 

次の瞬間、

私の目はアスファルトにいる、

もののけな力に一気に吸い込まれてしまった。

 

愛しさを覚える身体のフォルムとはかけ離れ、

幻の世界に生きているような、

もののけな猫が地面にいたのだ。

それはまるで、

猫の魅力は人間には計り知れない、

と、告げているようだった。

 

あの猫を見てしまった今となっては、

猫の影の影が、実在する猫に思える。

 

触れれば柔らかい猫が、

猫の影の幻影であっても不思議ではない。

そんな気がしてくるのだった。

 

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「ボンちゃん。ゴリラも、影が物の怪?」

 

 

 

 

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2009.03.16

悲観 vs 楽観

「悲観は気分、楽観は意志」

(週刊文春 2009/3/19号 「下重暁子の風の道しるべ」より)

これはフランスの哲学者アランの言葉である。

 

今朝のサムライジャパンの勇姿に感動と刺激を受け、

“悲観vs楽観”について早朝より熱く考えてみた。

 

異国の道で迷子になったとする。

ショボーンと、悲観的な気分が胸を占拠し始めている。

トボトボと歩いてはいるものの、心細さの極致。

道を聞こうと、すれ違う人に声をかけてみるが、

自分の存在が見えないのか、通り過ぎていってしまう。

 

涙が出そうになる。

 

ここが、“悲観 vs 楽観”の勝負なんだ。

 

 

ある分岐点で迫られる“気分と意志”の勝負。

それはその先の運命の道を決めるための、“悲観と楽観”の勝負。

 

気分が勝てば、悲観の道へと進むのだろう。

心を絶望の淵に自らで追いやる気分が降り注ぐ、悲観の道。

 

意志が勝てば、楽観の道へと進むのだろう。

「これまでだって何とかなってきたんだから、何とかなるさ」

と、力みが消え、前途への勇気が湧き起こる、楽観の道。 

 

悲観の道の行く末にあるものは、厭世でしかない。

楽観の道の行く末にあるものは、楽天でしかない。

 

悲観vs楽観 = 気分vs意志 = 厭世vs楽天

この構図が成り立っているのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、悲観vs楽観、どっちの勝敗率が高い?」

 

 

 

 

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2009.03.15

偉大なる野良猫様

ラーメン店の前を通りすがった時のことだった。

野良らしき猫様が店内を見つめていた。

ちらりと中を見れば、

入り口のテーブル席に談笑している男性客がいた。

 

Neko01

  

 

 

 

野良猫様の願いは叶うだろうか……、

と陰から見守ること、1分。

 

扉が、そっと開いた。

 

次の瞬間、

 

コロン、

と、チャーシューの欠片が野良猫様の前に落ちてきた。

 

 

ひと言も鳴かず、

眼差しを向けることで、

野良猫様は願いを叶えたのである。

 

無駄に喋らず、

心の声に耳を傾け、

下手に世間を気にせず、

自分を信じて行動すれば、

願いは叶うニャン。

と、

人生哲学を説いて下さった瞬間でもあった気がする。

 

野良猫様は、

通りすがりの、

見ず知らずの私に、

生きる上で重要なことを、

さらりと伝えてくれたのだ。

 

野良猫様に感謝し、今日を生きようと思う。

 

それにしても、

偉大なる野良猫様である。

 

 

「ボンちゃん。存在感の重さは、質のいい寡黙さと比例しているのかもね」

 

 

 

 

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2009.03.14

ゴリラの赤ちゃん

San Fracisco Zoo's website掲載の情報によれば、

同動物園で、2008年12月にゴリラの赤ちゃんが誕生した。

母ゴリラが育児放棄をしたため、

現在は人間の手で育てられているという。

 

名前のつけ方がユニークなのである。

赤ちゃんの名前を一般公募して候補を5つに絞り、

名前を託した5つのボールを色分けして用意し、

ボールを庭に並べて、パパゴリラのご決断を待ったのである。

 

パパは迷うことなく、緑色のボールを選んだ。

その名は、“Hasani”(スワヒリ語)、“ハンサム”の意なのだった。

恐るべしパパの直感、洞察力である。

 

栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し

(=大成する者は幼少時から優れているの意)というが、

パパがつけた名の通り、

大きな瞳にどっしりとした鼻で超イケメンなゴリラ。

大物になる気配の、重さ13ポンドの“ハンサム”君に、

私はすでに釘付けとなっている。

「ボンちゃん。ボンちゃんは世界一カッコイイよ!」

 

 

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2009.03.13

月誕生日

私は以前より、

誕生日祝いに関して、

世に投げかけたい思いを持っている。

 

それは、誕生日は年単位ではなく、月単位、つまり毎月祝おう!

というものである。

 

理由は次の通りなのだ。

誕生日というのは、得てして年月の経過を感じるものである。

あー、あれからもう1年か……。と思うより、

あー、あれからもう1ヶ月か……。と思う方が、

それまでの生活を見直す機会が増える。

習慣を改めることは容易ではないから、

年単位ではなく、

月単位で時間の経過を味わうチャンスが増えれば、

何かと自覚しやすいに違いない。

 

 

次に、お祝いすることで、

1ヶ月一生懸命頑張って生きてきたことへのご褒美になる。

脳というのは、飽き易いらしい。

従って、

ご褒美を与えて脳を喜ばすことが、明日を生きる勇気に繋がる。

自分は独りではないのだ、と、救われ人もいるだろう。

 

もしも愛する恋人が、

「ハニー♪今日は、ハニーの月誕生日だね。僕からの今月の誕生日プレゼント」

と言って花束を贈ったとする。

受け取ったハニーは思うだろう。

ついに白馬に乗った運命の王子さまの出現……、と。

感動した彼女は、

ともすると、一気に結婚を決断するやもしれぬ。

 

好きな男性が、月誕生日(=毎月生まれた日)を祝ってくれたら、

その女性は、その人の存在を生涯忘れないだろう。

たとえ、後に別れることになったとしても、

受けた優しさは消えることなく、彼女を生涯勇気付ける。

と、私は思うのだ。

以上が、“月誕生も祝おう”と推奨する理由である。

 

それに対し、

愛する人や親しい人が亡くなった後、

命日にその方のご冥福を祈り、

生前にその方が好んだ物やお花をお供えしたりする習慣があったりする。

 

命日とは、

同月同日(1年に1度)の祥月命日(しょうつきめいにち)と、

月ごと(毎月)の同日の月命日(つきめいにち)があって、

その両日共に、お供えをする人は少なくない。

 

 

もし、私の息子が、

この世から私が姿を消した後に、

『ママ天国はどう? 今日はママの祥月命日だね。ママはゴリラが好きだったから、特注でゴリラ最中を頼んで作ってもらったんだよ。それとママの好きな胡蝶蘭。奇麗だね」

とか、

『ママ天国も、そろそろ花見?こっちもあと2週間ぐらいで桜並木が華やぎそうだよ。今日はママの命日だね。巣鴨の塩大福と西新井大師の煎餅、遠いのにママはわざわざ買いに行ってたよね。車飛ばして買って来たよ。今月の花はカサブランカにした。天国まで香る?」

 

などと言って私を偲んでくれたとしよう。

 

もちろん嬉しくてたまらない私は、天国から叫ぶだろう。

「右京くーーん!聞こえるーーー? あなたの優しい気持ち、天国に届いたわよ。ありがとう。ママは天国から毎日、あなたの幸せを祈っているわよ。見守っているわよぉーーーーー!」、と。

 

 

その一方で、

私は天国から下界に置かれたゴリラ最中を見つめ、思うだろう。

最中の皮、サクッ、あの歯ざわり、ゴリラ最中……。

そして、もう一度叫ぶのだ。

「右京!!なんで今になってから贈るのよ!生きている間に、何回誕生日があったと思っているの!年に12回贈るチャンスがあったじゃない!その時にゴリラ最中を贈ってくれていれば、食べることだってできたじゃないの!まったく気が利かない子ね!」、と。  

  

まあ、私には、

ゴリラ最中を注文してくれるほど行き届いた優しい息子も、

どうしようもなく不出来な息子も、

右京という名の息子もいないのだが……。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、月誕生日おめでとう!って、毎月季節のフルーツを贈ってもらったら、嬉しいでしょ?」

 

 

 

 

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2009.03.12

心のスペック

絵本『つみきのいえ』加藤久仁生 ・平田研也

(第81回米国アカデミー賞 短編アニメーション賞を受賞した同作品が絵本になっている)

を読んで思ったことがある。 

 

人は今を夢中に生きて、幸せに暮らせる。

人は思い出を回想し、幸せに暮らせる。

人は未来に思いを馳せ、幸せに暮らせる。

 

今がイヤでも過去と未来があるし、

過去がイヤでも今と未来があるし、

過去と今がイヤでも未来がある。

 

万が一、

過去も今もイヤで未来もイヤだと思っても、

未来が本当にイヤかどうか、

確認してみなければわからないわけで、

思い違いってこともあるから、

やっぱり試してみた方がいいような気がする。

 

心は、

過去、現在(現実と仮想)、未来、

この3つ、

いや仮想を含めれば4つのステージを、

ちょこちょこと行き来できるのだから、

なかなかの優れモノだなあ。

 

 

「ボンちゃん。つみきの家は、ヴェネツィアを探せば見つかるかもね…」

 

 

 

 

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2009.03.11

愛想

街で猫に会うたびに、

天は猫に二物(にぶつ)を与えている、と思う。

独創的な優れた品性、

容姿の美しさ、

優雅な立ち振る舞いに惹かれるのか、 

 

Neko1_2

  

 

  

 

行き交う人々が近寄ってきては、彼女の頭を撫でていく。

毎日の食事の世話をしている人もやってきた。

 

多くの猫は愛想がない。

悩み事を聞いてくれるのだって、せいぜい15秒。

人が親密さを求めると、

徐にその場から立ち去る。

もしも恋人が、

あまりにも猫と同じようだったら、

多くの人は別れをきり出すであろうに。

 

なのに猫を見る目はそれと違う。

猫を愛さずにいられないかのように、

猫の虜。

 

猫だって誰かを愛するはず。

愛する誰かを求め疲れ、

道に倒れ、

来る日も来る日も、

高く広がる無限の空間に向かって、

思いを募らせたりもするのだろうか?

 

Neko2

 

 

 

マンホールで背中を掻いているこの様子からは、

どう見ても、

想像ができない。

 

Neko3

 

 

 

 

 

聞いて見ようと思ったら、

午睡の時刻だと告げられたのだった。

 

猫は、愛想の奥義に達しているのかもしれない。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界に、八方美人で愛想がいいコっているの?」

 

 

 

 

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2009.03.10

踊らにゃ損損

La vita e` tropo breve per essere tristi!

ラ ヴィタ エ トロッポ ブレーヴェ ペル エッセレ トゥリスティ

(参考:『テレビでイタリア語』3月号 Luca Ceccatelli のエッセイ)

 

= くよくよするには人生は短かすぎる。

 

 

肌が情熱を求めている、熱く生きようぜ!

と、感じさせるような言葉である。

イタリアは日本と比べてヴァカンスが長い。

家族や友人との団欒を大切にする、スローフードの国である。

サッカーのイタリア戦がある時は商店を閉めてTVに見入ったりする。

通りすがりの女のコにチャオチャオチャオチャオ言い、すぐに口説く。

このイタリアっぽさの礎にあるものは、

その感覚なのかもしれない。

 

この言葉を継ぐ日本語があったような……。

下手な考え休むに似たり。

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損、

なのかな?

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、冷めているタイプっているの?」

 

 

 

 

 

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2009.03.09

ゴリラは森の王様さ。

上野の森のヒカンザクラが咲いている。

 

そこで幸運にも森の王様に遭遇したのである。

Gorillasakura

 

  

 

 

 

王様は、好男子。

威厳に満ちているお姿。

交番脇にある、満開の桜を眺めておられた。

粛々と王様にご挨拶を申し上げると、

王様は言った。

「ミル、風物詩。イク、不忍池」、と。

 

 

その声には、心に強く迫る圧倒的な力があった。

 

失礼の無いように深々とお辞儀をしてお礼を述べ、

早速、不忍池に行って見ると、

 

Shinobazunoike3

 

 

 

お腹まで水に浸り、蓮の枯れ枝を切っている人。

イカダに乗って、それを回収している人。

なんとも絵になる光景が広がっていたのである。

 

上野の森の王様は、

眉目秀麗、且つ、風流韻事なお方なのだろう。

 

「ボンちゃん。ゴリラはイカダ遊び、好きかな?」

 

 

 

 

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2009.03.08

侍流儀で。

WBCの侍 Japanに、

日本中の人が一つになって感動したに違いない。

 

 

韓国にコールド勝ちした試合を観終わって、ふとあることを思った。

 

侍の流儀は、筋を通すことである。

侍から感動を頂いた人というのは、

侍流儀でお返しをしなければならないのではないか?

 

それは、

冬の後には狂いもなく春が巡ってくるのと同じように、

感動返しするのは当然な行いなのであろう。

 

イチロー選手や村田選手のように、

一瞬にして日本じゅうを感動の渦に巻き込むことは容易ではない。

それだからといって感動返しをしない理由にはならない。

例えば…、お年寄りに席を譲ったり、

地道にコツコツと誰かに感動返しをしていれば、

その心意気は伝わるに違いない、侍だから。

 

「智・仁・勇」=知恵・慈悲・勇気

この三つが鼎(かなえ)の脚となり、

武士道の枠組みを支えているのだという。

(参考:新渡戸稲造著/奈良本辰也訳 『英語と日本語で読む「武士道」』2009, 三笠書房 〈知的生きかた文庫〉)

‐まずはどれか一つを実践せよ。

‐次第に、三つが揃っていく。

 

きっと、そう言ってくれるだろう。

侍だからね。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラにも、侍魂が宿っていそうだね」

 

 

 

 

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2009.03.07

Queen Mary 2

Qm27

 

 

 

「クイーン・メリー2」は、海に浮かぶ巨大ホテルのようだった。

(総トン数:151,400  全長:345m 全幅:39.9m
船客定員:2620名 クルー:1299名 建造年:2004年)

 

Qm24

 

 

暴風雨の中、

「まるで修行だね」と、

北風で硬直した顔をほころばせている人々が、

ふ頭には大勢いた。

一方、桜木町駅では、

タクシーの運転手さんが顔をほころばせていた。

  

「クイーン・メリー2」が入港した場所は、

桜木町から高速道路を使って30分程度の場所にある貨物港、

横浜港大黒ふ頭(T-1・T-2岸壁)だった。

その理由は、

大きくて横浜ベイブリッジ(高さ56m)を通過できないからである。

 

Qm23

 

 

「これで5往復目だよ、もう疲れちゃったよー。大黒はもういいよ」

と、運転手さんがすこぶる上機嫌だった。

 

日本に10時間しか滞在しない客船を、

ひと目見るためだけに、

辺ぴな大黒ふ頭までタクシーを利用して来るのだから、

よほどの情熱家か、ロマンチストか、

いや、単なる物好きか、

世の中には珍しい人がいるものである。

と、つくづく感心しつながら、気づいた。

私もその1人か、と。

 

Qm25

  

 

過去に日本に寄港した客船では最大の大きさだという。

海面から62mの高さは圧巻だった。

 

出港時刻に近づき、

世界一周旅行をお楽しみ中のセレブな船客が、

横浜観光を終えてバスで戻ってくる。

 

笑顔がバスの中で揺れ、手を振っている。

 

傘をおちょこにし、寒さに凍えながら、

微笑を湛えて手を振る私たち。

 

次々と、横浜の街からバスが戻ってくる。

 

手を振りながら、なぜだか涙が溢れてくる。

それが不思議だった。

 

ようこそ、NIPPONへ……。

ありがとう、NIPPONは良かったよ……。

 

笑顔が伝えるものは、

そういった印象なのだろう。

 

 

利害関係も無く、

なんの駆け引きもない関係性。

そういう状況でしか生まれない笑顔がそこにはあった。

涙が湧いてきたのは、

その笑顔に心が揺れたからなのだろうか。

 

「ボンちゃん。ゴリラはどんな時に、感動する?」

 

 

 

 

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2009.03.06

君のそばにいるよ

海堂尊さん(医師、作家)と、筒井康隆さん(作家、俳優)

の対談記事が読売新聞2009/3/5に掲載されている。 

 

以前の玉ログの記事「海+堂+尊=愛」(2008/6/3~)でも、

海堂尊さんの事は書いているが、

私は海堂尊さんの小説が大好きである。

 

語りが軽快で、

展開の運びが面白くてカッコイイのは言うまでもないのだが、

本というメディアを通して、

読んだ人々を勇気付けようとしてくれているから。

好きなのだ。

 

「生きるって楽しいんだよ」

「大丈夫だよ」

「心細い時は本を開いてごらん。ボクは、いつでも君のそばにいるよ」

このメッセージが随所にあるのを感じる。

更に、

目の病気を抱える人間の不安や心の苦しみを、

物語の中心に置いていることが、

その奥深さの真髄となっている。

 

 

対談で、

本について、

海堂尊さんは次のように語っている。

「本というのは、実に優しい友達で、自分が必要とする時に、いつでも来てくれる」

その表現通り、

海堂尊さんの小説は優しさ、愛に満ちている。

 

 

私には、緑内障を患って20代で全盲となってしまった友人がいる。

彼が次のように言っていたことが思い出された。

「最先端医療というは、生死に関する病気が優先となって研究されているんだ。目が見えなくても死にはしないからね。目の疾病の研究は後回しにされちゃうんだよね」

そう言って、彼は悲しそうに笑った。

 

私たちは、五感を通じて外部の情報を得ているが、

情報の90%は視覚に頼っているのだ。

従って視覚を失うということは、

社会的活動、行動範囲は、

想像を絶するほど制限されてしまう。

杖があっても、

盲導犬がいてくれたとしても、

点字ブロックがあったとしても、

降りたことの無い駅にはふらりと降りられないし、

知らない街には1人では行けない。

その沈んだ気持ちを、

青空を見て気分を晴らすことさえできないのである。

 

もっと、目の病気の根治に向けて研究費用を投じるべきだと、

医学に素人の私でさえ思う。

 

海堂尊さんは、

本というメディアが持つ無限の可能性を信じて、

ご自身の医の倫理観からか、

その重要性を訴えているようにも思う。

 

海堂尊さんが文壇に彗星の如くに現れたのは、

目の病気に最先端医療を施そうと、

その口火を切ってくれたからなのかもしれない。

 

 

きっと、奇跡は起きる。

 

 

「ボンちゃん。目の見えないゴリラに、ゴリラはみんな優しい?」

 

 

 

 

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2009.03.05

奇跡

奇跡は、引き起こせるのかもしれない。

 

奇跡というのは、

偶然の集合体というか、

常識で考えては起こり得ないような、不思議に思える現象。

 

奇跡を描いた映画には、

『奇跡のシンフォニー』(主人公:子役フレディ・ハイモア)があった。

音楽の不思議な力と親子の愛を描いたファンタジードラマ。

会いたいという思い、必ず探し出すという思い、

その思いが託された音楽が、

孤児と両親との再会の奇跡を起こすというストーリーだった。

 

私にも、ファンタジードラマが数日前に起きたのだ。

それで、

奇跡は起こせる。

という思いが強くなったのである。

 

 

半年前あたりから、

映画のあるシーン、

「鰻食ってきた……」が観たいと、

心のどこかで、ずーっと思っていた。

それは、第17作 『男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け』(1976年)の1シーンである。

寅さんが焼き鳥屋で、

汚い身なりの見窄らしい印象の老人(宇野重吉)に出会う。

その時、老人は無銭飲食で店員にとがめられていた。

老人を可愛そうに思った寅さんは、老人の分の勘定を払い、

とらやに連れ帰る。

老人は1泊とまる。

(その時点では、その老人が日本画家の大家、池ノ内青観だということは誰も知らない)

一方、ご迷惑をかけた上に泊めてもらった老人は、

翌日の夜、酔っ払ってとらやに帰ってくる。

観たかったのは、まさにこのシーンなのだ。

 

老人「酒飲んだら、家帰るのが面倒になって。また世話になるからな」

老人「おかみさん夕飯はいらんよ。鰻、食ってきたから。グァハハッー!」

そして、とらやの2階にバタバタとあがる。

とらや一同は、あっけにとられ、寅さんだけがニヤニヤしている。

この、上映時間109分中の数秒のシーンである。

 

 

そのシーンを偶然にも電車の中で見ることができたのだ。

 

空いていた座席に座った瞬間のことだった。

 

この声の質、話のリズムって、寅さん……?

と、聞き覚えのある声の方に目を向けると、

左隣の若い男性乗客が、

手の中の小さな機械を覗き込み、笑っている。

掌の上には、柴又のとらやがあり、

声はイヤホーンからの音漏れだった。

 

次の瞬間、

池ノ内青観は言った。

「酒飲んだら家かえるのが面倒になって。また世話になるからな」

「おかみさん夕飯はいらんよ。鰻食ってきたから。グァハハッー!」

 

 

感動だった。

 

イヤホーンからの音漏れに感謝したのは、

生まれて初めての経験だったが、

その時、私は信じたのだ。

“思い”によって奇跡は引き起こすことができる、と。

 

ただ、ひとつ気づいたことがある。

『奇跡のシンフォニー』と『奇跡の鰻食ってきた』には共通点がある。

その“思い”には、よこしまさが無い。

 

奇跡が起きるかどうかは、

“思い”の質がカギを握っているのかもしれない。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、奇跡は引き起こせると思っている?」

 

 

 

 

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2009.03.04

タヌドン

今日はタヌドンの話をしよう。

タヌドンと出会ったのは去年のこと。

タヌドンの家に行ったのが親しくなる始まりだった。

 

タヌドンには独特な魅力がある。

しかめっ面をしている人でも、

タヌドンに会えば一瞬にして表情が緩んでしまうにチガイナイ。

 

人の心をとろけさせてしまう持ち味とでも言うのだろうか。

また会いたくなる。

味わい深い存在なのだ。

タヌドンの家、

「狸家」は王子駅(京浜東北線)の近くにある。

 

 

 

Tanudon

  

 

 

 

狸最中(小豆餡、白庵) 各120円

 

  

「ボンちゃん。ゴリラ最中は売ってないね」

 

 

 

 

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2009.03.03

雪の使い

今日、ある猫と目が合った。

 

なぜか「わっ、ユキちゃん」と思った。

利発そうな猫は、

私の反応に驚く様子もなく、

「ユキと申します」と名乗り、

我が家に来たいと言うのだった。

 

そうして、

ユキちゃんは我が家の住人(住猫)になることが決まった。

家へ帰る途中、

電車から降りると雪が降っていた。

 

ユキちゃんは、

雪の使いなのだろうか……。

 

 

Yukichan

 

 

 

 

お辞儀姿のユキちゃんの写真

 

 

「ボンちゃん。今日は雛祭り。ゴリラ界では、神さまという存在を信じて、食物を供したりはしない?」

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2009.03.02

ひな祭り

Hinadan

 

 

 

 

ひな祭りだ、お祝いしよう。

と、思って街を歩いていたら、

ある靴下の上の目と目が合った。

 

一目惚れだった。

 

10本の全ての指先に、

ゴリラの顔が描かれている。

 

5honyubi

 

 

 

このソックスを履いて桜並木を歩こう。

と考えると、

心が躍るのだった。 ウホッ!

「ボンちゃん。ゴリラも桜並木が好き?」

 

 

 

 

 

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2009.03.01

Tira mi su!

Tira mi su. ティラ ミ ス (イタリア語) とは、

私を引き上げて(直訳)。

=私を元気づけて、の意である。

それがtiramisu(ティラミス)、

イタリア特産のマスカルポーネチーズで作った、イタリアのデザート菓子の名の由来なのだが、 

ちょうど今、その心境にいる。

パソコン君が私を悩ましているのだ。

 

面倒な手間を覚悟し、

苦手意識との格闘を決断し、

(メカに弱い私にとって、PCの諸設定は、フルマラソン級な苦しいイメージがある)

ADSLから、ひかりに変えることにした。

その理由は、

接続スピードが10倍速くなるような印象を受ける、

1Gbpsネットの理論を信じたからだった。

 

******************

〈ご報告〉

プロバイダー変更に伴い、

http://www.h7.dion.ne.jp/~tamahime/は消滅します。

長い間ご愛顧頂きまして、ありがとうございました。

ゴンドリーナ ドットコム http://gondolina.com/

に変更はございませんので、

今後ともよろしくおねがいもうしあげます。

******************

 

しかし、そこには覆い隠されている真実があった。

接続スピードには、理論上のスピートと実効速度があって、

ギガに変更しても、

受け手の環境、PC機能などの問題が絡み合い、

劇的にスピードが変化するわけではないのだ。

無線ラン使用だと有線より速度は落ちてしまう。

 

速度がさほど変わらない事実が判明した瞬間、

諸設定に立ち向かおうとしていた闘志が萎え、

苦手意識が眼前に立ちはだかったのだった。ハハッ。

 

Tira mi su.

 

「ボンちゃん。ゴリラも苦手意識って、ある?」

 

 

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