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2010年2月

2010.02.28

期間限定ご存命

さて、これからどうやって生きていこうか?

と、

口にしないまでも、

実は誰もが、

心の中によぎっていたりするのかもしれない。

嵐山光三郎さんは、

そんなふうに思案していた頃、

山本周五郎の小説を読み、

そうか、これでいいんだ、

と、励まされたらしい。

 

さて、これからどうやって生きていこうか?

この問いには、正解というものが無いから、

やっかいな問いなのだ。

それでも、

何かしらの決断をして生きていくわけであるが、

たったひとつ明白なことがある。

それは、

誰もが死に向かって生きているということ。

あまり直視したくないことだが、

生きられる期間には際限がある。

期間限定のご存命なのだ。

うかうかしていられないなあ……。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラはどんな時に、うかうかしていられないなあ、と、思う?」

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2010.02.27

桜の森の童子

坂口安吾の『桜の森の満開の下』を読んだ。

そうしたら、

縁結び童子(作 籔内佐斗司 さん)の顔が思い浮かんだ。

以前、渋谷の道玄坂の仏壇屋さんの前でみかけた童子である。

 

あの童子は、

いったい、

どこからやってきたのだろうかと思っていたが、

あの縁結び童子と『桜の森の満開の下』は、

妖艶な奇々怪々さに同じにおいを感じる。

そうだったのか、

あのコは、

『桜の森の満開の下』からやって来たのか。 

 

 

「ボンちゃん、ゴリラはどこからやって来て、どこに向かっているのかな?」

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2010.02.26

銀盤の女王真央選手!

フィギュアスケート女子フリー、

浅田真央選手の涙に、

日本中が涙したに違いない。

彼女がオギャーと泣いてこの世に生まれたのは

19年前のこと。

そう、人間歴はまだ19年なのだ。

それなのに、

あんなに美しく銀盤の上で舞い、

人々を感動の渦に巻き込んでいる。

立派だ!

凄い!

浅田真央選手の涙に多くのことを学んだ。

自分に恥じない生き方目指して、

私も頑張ろうと思う。

浅田真央選手、

感動と勇気をありがとう!

 

 

「ボンちゃん、ゴリラはスケートできるかな?」

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2010.02.25

猫さまが丸の内に。

猫さまをこよなく愛する人間たちは、

きっと、2010年2/22~3/2の間に、

一度は丸の内に足を運ぶであろう。

ニャッハッハハ!

今、

Cat アートフェスタが、

丸善・丸の内本店4Fギャラリーで開催されているのだ。

猫さまに会いに行ってこようっと!

 

「ボンちゃん、ゴリラはみんな猫が好き?」

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2010.02.24

日々、春めいてきている。

昨夜、桜の様子を見に上野公園に行った。

公園入り口側、交番横にある早咲きの桜が、

30輪ぐらい咲いていた。

桜が人に感じさせるのは、

美しさと儚さだと思う。

人によっては無情さ、

それが相まって冷酷さだったりするのかもしれない。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラは儚さが怖い?」

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2010.02.23

ケロちゃんのお花見

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庭の梅が二輪咲いた。

写真右手に写っているのは、

台風にも雪にも酷暑にもマケズ、

いつもニッコリと庭を見守ってくれている、

梅の木に棲むケロちゃんたち。

 

「ボンちゃん、ゴリラが赤い毛氈に座ってお花見をしていたら、絵になるだろうね」

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2010.02.22

バカヤロウバカヤロウ

泉谷しげるさんが面白い展覧会をするという。

泉谷しげるコミック展『マンガは爆発だ!!』 

会期 2010年2月24日(水)~3月8日(月)
会場 新宿高島屋10階美術画廊(入場無料)

泉谷しげるさんは、

バカヤロウバカヤロウって、

怖そうに振る舞っているけれど、

本当はとっても細やかな気遣いのできる、

優しい人なのではないかと、

そんな気がする。

作品を見れば、正体がわかるかもね。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラも一見怖そうにも見えるけれど、本当は優しいものね」

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2010.02.21

イタリア映画のタイトル

映画『愛と欲望 ミラノの霧の中で』(伊:A casa nostra)を観た。

監督:フランチェスカ・コメンチーニ
出演:ヴァレリア・ゴリーノ、ルカ・ジンガレッティ、ジュゼッペ・バッティストン ほか 
制作:2006年/イタリア

ストーリー展開、内容、

その全てが、なんとも混乱きわまる映画だと思った。

 

日本語のタイトルから物語を想像し、

偶には官能的でロマンチックなストーリーもいいかと思って観たのだが、

官能的でもロマンチックでもないように思った。

ミラノで生きる人々は誰もが不安で孤独だという心情と、

イタリア社会が抱える複雑な社会問題の実状が描かれている。

 

イタリア語のタイトル:A casa nostraとは、『私たちの家で』という意。

こちらのタイトルであれば納得もいくが、

『私たちの家で』では日本で売れないと考えたのだろうか。

 

真のタイトルなのか、

或いは、タイトルのようなふりをしているタイトルなのか、

それを見分けるのはなかなか難しいものである。

迷った時は、

原題を信じた方が良いと感じる今日この頃である。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラの社会も時代と共に変化しているのかな?」

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2010.02.20

王者 高橋大輔選手!

高橋大輔選手の美しい姿、

挑戦した攻めの生き様に、

日本中の人が涙を流したに違いない。

 

命尽きるその日まで、

挑戦し続けることが、

たとえ失敗しても、

たとえ成功しても、

格好いい生き様だと、

納得のいく人生なのだと、

彼は教えてくれたのだろう。

高橋大輔選手 勇気と感動をありがとう!

 

 

「ボンちゃん、ゴリラは4回転ジャンプと3回転ジャンプだったら、どっちで勝負する?」

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2010.02.19

無責任な愛

「ワシはもう76歳だから、いつお迎えが来るか分からない。

だから、孫にも子供にも贅沢三昧させてやっている」

ひとり息子に生まれたたった一人の孫。

孫は高校1年生。

知人のお爺さんの話なのだが、

「そんな事をしていたら、せっかっくいい子なのに駄目になる」

と、いくら言っても馬の耳に念仏。

それどころか、お爺さんはこう続ける。

「ワシが死んだら、もうできないんだから。

それに、贅沢させなきゃ、

息子夫婦も孫も、ワシに寄りつかなくなるからね」、と。

 

お爺さんの話を聞く度に、

「吾唯足知」 われ ただ たるを しる

という言葉が思い出される。

足る事を知る者は不平不満無く心豊かにいられる。

という意味だと理解しているが、 

裕福しか知らない子供は、

如何にして、

足るを知ることができるのだろうか。

老婆心から言わせてもらえば、

お爺さんの愛は無責任な愛なのだ。

孫を裕福さにどっぶり漬けたら、

孫の心は足るを学べない。

足るを知らなければ、

幸せを感じられない人になってしまう。

 

「ボンちゃん、ゴリラの心も、裕福さには勝てないかな?」

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2010.02.18

本気

今の時代は、

熱く生きている人を馬鹿にする傾向があると言われている。

確かに、そんな印象を受けることが多い。

 

馬鹿にされて喜ぶ人はいないと思うが、

たとえ誰かに馬鹿にされようが、

罵られようが、

自分が自分を馬鹿にしたり、

罵ったりしない限り、

自分の心は砕けないはず。

それを忘れてはいけないと思う。

それを忘れないためには、

信念がいるのだろう。

 

以前に母から聞いた言葉を記しておこう。

 「本気」

本気ですれば 大抵のことができる

本気ですれば 何でもおもしろい

本気でしていると 誰かが助けてくれる

 

 

「ボンちゃん、ゴリラも熱く生きている者を馬鹿にしたりする?」

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2010.02.17

王様気分

ちょうど、夜のラッシュアワーだった。

小田原から新宿に帰ってくる際に、

小田急ロマンスカーの展望席に座っていた。

ロマンスカーは、

通過駅の少し手前になると、

音楽のような警笛を鳴らした。

車内にまで大きく響いていたから、かなりの大音量だろうと思う。

警笛が鳴る度に、

プラットフォームで電車を待つ人々は皆一斉にロマンスカーを見つめる。

すると、

王様気分になるから不思議だった。

 

7代目の新型特急「ロマンスカーVSE」は、

VSE(Vault Super Express)Vault(ヴォールト)、

ドーム型の天井、天空、空間の意だという。

 

ロマンスカーが好きな私としては嬉しかった。

が、

あの音を毎日聞いている近隣住民は、さぞ辛いだろうと思う。

光あらば陰あり。

喜ぶ者あらば、その陰に悲しむ者あり。

この世とは、そういう所なのだろう。

 

「ボンちゃん、ゴリラはVSEに乗らなくても、森の王様だよね?」

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2010.02.16

世の七不思議

江戸時代の人々には誕生日という観念が無かったという。

時代もの現代もの、両方のミステリーを書くと言えば、

作家、宮部みゆきさんが思い浮かぶ。

 

宮部みゆきさんが、

時代ものを書く際に生じる“うっかり”についてエッセイで語っていた。

江戸時代の人々は、

お正月と同時に一斉に歳をとるのだという。

従って、誕生日はないと考えなければならない。

 

秋に、○○は十になったばかり。

とか、

この月、○○は二十歳になった。

などとは時代もの小説で書いてはいけないのだ。

 

それにしても、 

異なる時代の文化、生活様式、習慣を調べ上げ、

現代人だというのに、

他の時代を生きた人々の心を想像し物語を作る。

そんな離れ業をやってのける人たちが存在することが、

この世の七不思議に思えるのだった。 

 

 

「ボンちゃん、ゴリラの七不思議は、な~に?」

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2010.02.15

Made in China

堺屋太一氏が中国の縫製工場を見学した際、

3種類のジーンズを見せられ、次のように説明を受けたという。

日本向け 原価20元=約260円

中国向け 原価40元

米国向け 原価100元

「ごく最近まで日本向けは中国向けよりも高級だったが、八百円を下回る激安ジーンズの登場で事情は一変した。多少、手を抜いてもいいから安く作れという注文がくるという」(文藝春秋2月号より)

ということで、

Made in China と記された製品も、

質は様々であるらしい。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラはパンダは可愛いと思う?」

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2010.02.14

聖ヴァレンティーノ様!

ヴァレンタイン・デーゆかりの聖人は、聖ヴァレンティーノである。

イタリア、ウンブリア州、テルニという町に彼は眠っている。

 

その教会の井戸に願い事のメッセージを投げ入れると、

願いが叶うと言われている。

そこで気になるのが、

メッセージは何語で書いても聖ヴァレンティーノ様に通じるのだろうか?

ということである。

以前、学問の神様で知られる湯島天神に行った時に、

願い事が書かれていた絵馬が沢山あったのだが、

日本語、英語、中国語、スペイン語・フランス語などなど、

色々な言語で書かれてあった。

湯島天神は、学問の神様であるからして語学は堪能であろう。

従って、メッセージの意味が通じないという心配はないと思われるが、

聖ヴァレンティーノ様は恋人たちの守護聖人である。

あまり大きな声では言いたくないが、

もしかしたら語学は堪能ではないかもしれない。

 

よって、

お願い事のメッセージを書く際には、

イタリア語で書いた方が良いのではないか、

と、老婆心ながら思うのである。

 

そこで、 

聖ヴァレンタインの日にあたり、

玉ログな愛の贈り物として、

イタリア語の便利フレーズを書いておこうと思う。

 

San Valentino, fammi incontrare il mio principe azzurro presto!

=聖ヴァレンティーノ様 白馬の王子様に早くめぐり逢わせて下さい!

San Valentino, fa che trovi la mia anima gemella prima dei 30 anni.

=聖ヴァレンティーノ様 30歳になる前に運命の人に逢わせて下さい。

※当然ながら、年齢を変えたい場合は、30を望ましい数字に。

 

San Valentino, ti prego.

=聖ヴァレンティーノ様 おねがいします。

 

このフレーズも忘れずにね。

これでダイジョウブ!

 

「ボンちゃん、ゴリラは、告白したり、お互いの愛を確認し合ったりする時に、贈り物する?」

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2010.02.13

二言三言四言五言…。

イタリア映画を頻繁に観るようになって気づいたことがある。

特に現代ものに多いと思うが、

イタリア人は、

心と体を分離させた愛情観を保てる人たちなのかもしれない、と。

換言すれば、貞操観念なるものは無縁ということだが、

ただ単に、調子よく二股三股をかけている、

というわけではないようだから興味深いのだ。

 

現実では誰かを愛しつつ、

心では、叶わぬ愛に思いを馳せ、本人は心底苦しんでいる。

愛の重さを比べると、絶対的に心にある愛の比重が大きく、

悶々と悩み、心の声を聞き、意を決し、

無情にも、現実にある、いま育んでいる愛を置き去りにする。

叶わぬ愛に向かって、突っ走っしるのだ。

が、また現実に愛していた人のところに、

まるで古巣に戻るかのように、戻ったりする。

無情にも置き去りにされた、現実愛のいとなみ者はというと、

勿論大騒ぎはするが、思いの外すんなりと、

一度は自分から去っていた薄情者を受け入れるのである。

それで終わるかと思いきや、同じことを繰り返すのだった。

それと、もうひとつ。

言葉に重きを置かない文化なのかもしれない、と感じる。

武士に二言はない。

という言葉の対局、イタリア人に二言あり。

三言あり。四言あり。五言あり。六言あり。七言あり。八言あり。九言あり。十言あり・・・・・・・・。

そんな印象を受ける今日この頃である。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラは、同じ種族に戸惑うことがある?」

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2010.02.12

恋狂い

違いが分かる男、

という流行言葉があったように思うが、

実のところ、モノの善し悪しというのは、

素人玄人関係無しに誰もが判断できるように思う。

例えば、本格的に音楽を勉強していなくても、

いい音楽はわかったりするからである。

オペラに詳しくないが、

Cecilia Bartoli チェチリァ・バルトリ(1966年生まれ、イタリア人女性オペラ歌手)の歌声を聞いた時には、

その美声にもの凄い衝撃を受けた。

彼女の喉は、まさに楽器のようなのだ。

 

彼女がニーナ役である、

歌劇「ニーナ、または恋狂い」( Nina o sia la pazza per amore)

ジョバンニ・パイジェッロ作曲

このオペラでは、

正常と異常の狭間を彷徨っている人間の様、

ニーナの心が恋によって壊れていく様なのだが、

哀しくも恐ろしく、痛々しく怖い気持ちが押し寄せてくる。

オペラ・ブッファであるから一応はハッピーエン仕立てなのだが、

恋狂いの余韻は最後の最後まで、たなびいていたように思う。

チェチリァ・バルトリの魅力満載のオペラとして、是非お勧めしたい。

 

「ボンちゃん、ゴリラはオペラは好きかな?」

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2010.02.11

パルナサスの鏡

好みなのでは?

と、知人が教えてくれた映画『パルナサスの鏡』を観てきた。

確かに、あの奇想天外な世界観が心地良かった。

そればかりではなく、

面白い存在感の悪魔がいて、

その悪魔が大いにユニークなのだ。

事業仕分け人という言葉が耳に新しいが、

まるで、善悪仕分け人のような存在で、

決して世の中に悪をはびこらそうとしているわけでもなく、

人々を苦しめようとしているわけでもなく、

悪人は悪の世界にいるべし、

といった具合に、

ただ単に、仕分けているかのようなのである。

1000年生きているパルナサス博士と悪魔の関係性も面白い。

 

いつも誰かが自分を見守ってくれていて、

何度断ち切っても決して切れることのない強い絆、

それが人間の憧れなのかもしれない。

 

パルナサス博士と悪魔は、そんな関係なのだ。

 

「ボンちゃん、ゴリラは、絆を結ぶことに憧れる?」

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2010.02.10

幻想的なヒミコ

メーテルと言えば、

松本零士氏が、

ティアドロップ(涙滴)をイメージしてデザインした水上バス、

「ヒミコ」を知っているだろうか?

この水上バスは、浅草〜お台場間を運航している(2004年~)。

 

船内の床に埋め込まれた超高輝度LED(発光ダイオード)が輝き、

とても幻想的な空間が広がっていると宣伝していたものだから、

就航した当初、直ぐに乗りに行った。

船内では、メーテル、鉄郎君、車掌さんが船内放送してくれていた。

が、

待てど暮らせど幻想的にならないままに終着地に到着した。

下船時に、見送ってくれた船長さんに聞いたところ、

発光ダイオードの光は弱いため、

夜にならないと幻想的にはならないと言われたのだった。

それで、ひどく肩を落とし、

夢破れた私は、

未だに幻想的なヒミコを知らないままでいる。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラは幻想的な空間、好き?」

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2010.02.09

ああ、メーテル!

メーテルという名の猫が近所にいる。

と言っても、私が勝手に名付けた名で、本名は知らないのだが、

松本零士原作のアニメ『銀河鉄道999』のメーテルに似ているのだ。

猫のメーテルは、

999のメーテルの持つ気品、ミステリアスな雰囲気に加え、

体型がほどよくふっくらしているせいもあって、

イタリア人オペラ歌手を思わせる迫力と優雅さがある。

 

麗しき肉球をクッションに、

メーテルが階段を上る優雅な立ち居振る舞いは、

レッドカーペットをしなやかに歩くハリウッド女優となんら変わりがない。

一方、メーテルの暮らしはというと、

何か特別な生き甲斐を持ってバリバリ活動している様子もなく、

若さを保とうとして必死に美に磨きをかけている様子もなく、

いつも車庫の上にちょこんと座り、

そっと近所の様子を眺めているだけ、のように見える。

それでも私には、動く魅力の塊にうつる。

メーテルの優雅さと類がない存在感、

あの不思議な魅力はなんなのだろう・・・、

と、メーテルに会う度に思う。

猫に生まれない限りは、

決して放てない魅力なのかもしれないニャァー!

 

ああメーテル、あなたはなぜメーテルなの。

 

 

「ああボンちゃん、あなたはなぜボンちゃんなの」

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2010.02.08

小説家 日記リレー

『新潮』3月号の特集は、

1年間、それぞれの作家が1週間づつ、日常を綴ったという、

「小説家52人の2009年日記リレー」だというから面白そうである。

 

「家政婦は見た」というTVが流行ったことからも分かるように、

他人の生活を垣間見てみたい欲望が、

なぜか人にはあるようだ。

虚構の世界を紡ぎ出すことに長けている、

作家という人々の日常を、

家政婦となって、

覗いてみたいと思うのは私だけだろうか…。

 

 

「ボンちゃん、ゴリラは他のゴリラの日常が気になる?」

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2010.02.07

笑顔が素敵な薄情者

強者とは何か、を考えさせられる一冊。

環境から考える新しい進化論。

『強い者は生き残れない』吉村仁、新潮選書、2009

 

万物流転。環境は変動するものである。

従って、

生き残るためには何かしらの戦略がいる。

真の意味の強者とは、

変動への適応能力の高い者である。

と、そういったことを言っているようだ。

 

時代に自分を合わせ、

しなやかに生きる力を意味するのだろうが、

極論すれば、

笑顔が素敵な薄情者の方が、

誠意ある情の深い者より、

強者になり得る気質があるとも言えるのかもしれない?!

 

 

「ボンちゃん、ゴリラは生き方に美学を持っているから、絶滅の危機に瀕してしまっているのかなあ・・・」

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2010.02.06

迷宮入り

現代家族が抱える問題を描いたイタリア映画 『リメンバー・ミー』を観た。

出演: モニカ・ベルッチ, ファブリッツィオ・ベンティヴォリオ

監督: ガブリエレ・ムッチーノ

夫婦生活も無く、

息子、娘、夫、妻、

家族皆が自分の目指す姿を追い求め始め、

家族の心が完全にバラバラに離れていたとする。

夫婦の絆が切れかける度、

パートナーが浮気をしていたとする。

そんな状況下で、

パートナーは元恋人との恋にのめり込む。

夫が妻に言う。

もう愛していないし、君と一緒にいても幸せだと思えない。

愛は冷めているのだから、別れたい。

出て行きたい。

と、宣言されたとする。

その時、私だったら、どういう選択肢を選ぶのだろうか…。

そんなことを考えさせられた映画だった。

 

同じ人間なのに、人種の違いというのは不思議なものだと思う。

イタリア人の思考回路は、迷宮入りするジェットコースターにみえるもの。

日本人の思考回路は、箱根登山鉄道かな?

 

 

「ボンちゃん、ゴリラの思考回路は、ヒマワリの迷路かな?」

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2010.02.05

午前十時の映画祭

ユニークな映画祭がはじまる。

「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」という名の映画祭。

外国映画50本が

2010年2月6日~1年間、

全国25カ所の映画館にて、

毎日午前10時から上映される。

私の愛する映画、ニュー・シネマ・パラダイスも上映されるようだが、

ニュー・シネマ・パラダイスには2種類あって、

1989年当時に映画館で上映された短縮版と、

DVDのみ発売のノーカット版、いわゆる完全オリジナル版。

 

完全オリジナル版のニュー・シネマ・パラダイスを心の友とする私としては、

是非、完全オリジナル版を映画観でみたいのだが・・・。

おすぎさんのこだわりは、如何に・・・?!

 

映画祭の情報はこちら↓。

http://asa10.eiga.com/

 

 

「ボンちゃん、ゴリラも虚構の世界を心の友にしたりする?」

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2010.02.04

知性派の歌姫 イタリア

小さな村の物語 イタリアと言えば、

OP&ENDの曲、「L'APPUNTAMENT」 もいい。

広々とした長閑な空間に、どこか繊細で、大人の色っぽさを感じさせるこの曲は、小さな村のイタリア、そのイメージと一致していると思う。

「L'APPUNTAMENT」 を歌っているのは、

Ornella Vanoni オルネッラ・ヴァノーニ。

イタリア女性ヴォーカルの御三家と称され、

イタリアン・ポップス界における知性派の歌姫。

1935年、ミラノ生まれ。

今も変わらぬ魅力で歌い続けているというから、凄い!

 

「ボンちゃん、ゴリラもビートをふんだりするんだよね」

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2010.02.03

小さな村の物語 イタリア

鈴とオルゴール、

なぜかこれらの音が苦手なのだが、

番組ナビゲーターの声も、いつも気になってしまう。

番組の内容は観たいのに、声が気になってTVを消すことがよくある。

耳に心地よい番組ナビゲーターに出会える確率は、

相思相愛な相手に出会える確率と等しいほど低いように思う今日この頃だが、

三上博史さんが、今、その確率を高めてくれている。

小さな村の物語 イタリア
BS日テレ 放送時間 毎週月曜 20:00~20:54

番組ナビゲーターは、イタリアをこよなく愛するという三上博史さん。

まさにイタリアの小さな村の物語を読むにピッタリな雰囲気なのだ。 

「ボンちゃん、ゴリラは、音に敏感で、嫌な音を聞くと、お腹こわしちゃうんだよね?」

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2010.02.02

ゴルゴンゾーラな愛

イタリアの諺に面白い表現を見つけた。

Amore senza baruffa, fa la muffa. 

アモーレ センツァ バルッファ ファ ラ ムッファ

ケンカのない愛にはカビが生える。

baruffa バルッファ(ケンカ)と、

muffa ムッファ(カビ)をかけての諺のようだ。

 

できればケンカせずに、

いい質の青カビが生えてくれればいいのに。

ゴルゴンゾーラ(伊:Gorgonzola)チーズのようにね。

ゴルゴンゾーラな愛が理想かな。 

 

「ボンちゃん、ゴリラは、ケンカして愛が深まる?」

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2010.02.01

『足跡の命』

サンタクロースとトナカイの話をしていると雪が降るのだろうか・・・。

雪空を見ながら、昨夜書いた玉ログを思い起こした。

詩をつくってみた。

 

『足跡の命』

 

足跡はじゃぐ 雪夜の街

銀の道に 姿あらわし

あたり見回し そっと祈る

こっちに足跡 来ないでね

街灯見つめ 雪形眺め

雪空見上げ 雪を抱き

姿潜ませ 足跡隠す

雪に瞬く 足跡の命

 

 

「ボンちゃん、ゴリラも雪に足跡をつけて遊ぶ?」

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