« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011.03.31

そのまんま?!

Uenonosakura1

夜、久々に上野に行った。

上野公園の交番脇にある早咲きの桜をひと目見ようと、

公園入り口前の交差点で信号待ちをしていたら、

上下ともに白いスポーツウェアーを着た痩せぎすな五十代位の男性が、

ちょうど車から降りて、

路肩をこちらに向かって歩いてきた。

その人が目を置いた場所と私が目を置いた場所が同じだったようで、

向こうもこちらもなぜだか目を逸らさなかったから、

その間、数秒間目が合ったままだった。

……見たことがあるような…知り合い?誰だっけ?

と、思いを巡らせている内に直ぐ側までその人はやって来た。

そして、こちらが、あ、と気づいたと同時ぐらいに、

笑みを浮かべて軽くお辞儀をしてくれた。

その人は、東国原英夫(ひがしこくばる ひでお)さんだった。

 

選挙演説用のたすきもかけていなかったし、

関係者もマイクで何も言っていなかったし、

どう見ても都知事選の演説をする格好には見えなかったから、

「これからジョギングですか?」と一緒にいた母が尋ねると、

「こういうご時世ですから選挙活動も控え目にしておりまして、

これからここで演説するんですが、

その前にあのトイレに行っておこうと思いまして・・・」

そう言って、車道の反対側にある公衆トイレを指差してニッコリした。

その軽快なリズムの話し振りは、そのまんま東さんそのまんま。

 

しっかりとアイコンタクトし、

如才なく気さくな感じで丁重に両手を差し出し握手を求めてくれ、

信号を渉る際に再びお辞儀をして去っていったきめこまかさなんかを思うと、

芸能界を初め、様々な荒波を乗り越えてきた人という感じがした。

握手は強くも無く弱くも無く、

思いの外、指が細くて小さな柔らかな手だった。

握手というのは不思議なもので、

それだけなのに、繊細そうな印象が伝わってきた。

東国原英夫さんは、そのまんま東さんのイメージとは違い、

役割によって演じ分けられる多彩な人、

そんな印象を受けた。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、いくつもの顔を持てる?」

|

2011.03.30

通り貫けた眼差し

今日、秋葉原で、ひと目見た瞬間に抱きしめたい思いにかられた。

遠くから見れば、小さなライオンに見紛うかもしれない。

耳の毛と指先の毛の色が全体の体毛とは異なる色をしていて、

一見、靴を履いているかのように見える。

そのコは自転車に繋がれ。

買い物に向かったと思われる飼い主の帰りを待ちわびていた。

Cane5

ストーンウォッシュ風のジーンズを何気なく着こなしていて、かなりの美形。

落ち着いた気配からは、成熟した年代層であることが窺える。

Cane1

買い物に向かったと思われる方向を見つめる眼は、真剣そのもの。

Cane2

ちょっとだけ写真撮らせて・・・、

と、ワンちゃんの前に遠慮がちに立ちはだかると、

ワンちゃんは、ちょっとだけ見つめてくれた。

Cane3

その眼差しは、私を見ているのに、私を見ていない。

心の眼は私を通り貫けて飼い主を見つめているのが分かる。

思わずふり向いて見たが、飼い主はまだいなかった。

街で自由を謳歌している猫や飼い猫に会う度に話しかけるが、

そういう猫には会った事が無い。

猫は、目が合った瞬間、何はともあれ話しかけてくる人を見てくれると感じる。

たとえ興味が無くても、取り敢えずは目の前にいる人を見ている。

心を許せばニャァーと挨拶をくれる。

その時、挨拶された者は感じる。

あ、猫のオリジナル審査に通ったのだな、と。

そして猫は、午睡の合間までの間とか街に偵察に出るまでの間なんかに、

そのオリジナル審査を通過した者と僅かな時を共に過ごして楽しもうとする。

それはまるで「袖振り合うも多生の縁」を心得ているかのようにも見える。 

Cane4

でもこのワンちゃんは、飼い主以外の誰も見ていない。

飼い主以外は興味が無いことを、

飼い主以外は必要のないことを、

眼差しで明確に心を詳らかにしている。

その眼差しは100%飼い主に捧げられているのが分かる。

こんな風に純粋に愛されたら、

人は人を愛せなくなりはしないだろうか?

ドウナンダロウネ・・・。

 

「ボンちゃん。ゴリラはイヌとは随分異なる気質じゃない?」

|

2011.03.29

ゴンドラ占い…日本(後編)

ゴンドラに乗った玉姫様の占いのメッセージは次の通りだった。

「腐敗 サインじゃよ。早く風通しをよくすることが肝心じゃ。

過去を見つめている者より、

現在を必死に生きている者は誰が見てもかっこいいもんじゃぞ。

幸運を祈っているぞ!

占術家 宝玉姫 ゴンドラ」

 

目下、国難中の日本にこのメッセージを下さるとは、

Σ( ゜Д゜)ハッ!恐るべし鋭さ!

ああ、今日もお健やかにアドリア海でゴンドラに揺れる玉姫さまなのである。

さて、ナゼにそれが鋭いメッセージであるかをチョピット深く説明してみよう。

先に記した通り、ゴンドラ占いは易経をベースに、

私なりに卦の教えのエッセンスを短い言葉にしたものである。

易経を短い言葉で説明するならば、

過去に存在した人々、偉人達の智恵の宝庫。

易経には64の卦というものがある。

64卦は、大まかに分けて64の偉大なる人生に必要な教え。

 

ゴンドラ占いの仕組みは至って簡単。

例えば、問いの一例。

良き人間関係の構築に向けて、

今日はどういう心構えで仕事場に出向いたら良いのでしょうか?

などと玉姫様に聞き心を込めてワンクリックする。

心を込めて問えば、

顕在意識では気づかなかったことに対して、

潜在意識が伝える“何か”に気づくメッセージが伝えらるはず・・・。

 

さて、今回、出てきたメッセージは下記の通りだった。

「腐敗 サインじゃよ。早く風通しをよくすることが肝心じゃ」

 

このメッセージの元にある卦は、山風蠱(さんぷうこ)という名のものである。

蠱とは「虫」。

例えば、お皿にのっているものに虫がつけば汚れて細菌がつき腐敗する。

このことから、キーワードは、腐敗。

今回の問題には、汚れの処理が重要、且つ、

内部からの腐敗に注意。

これがこの卦の軸となるメッセージなのだ。

 

それではこのメッセージを具体的に紐解いてみよう。 

何ごとかの原因が内部にあることを暗示している。

例えば物が腐った時は、

腐ったものが広がらないように一刻も早く処理することが求められる。

ここから連想されることは、

問題に対する早急な処置、処理、対策を風通しの良い方法で行う必要あり。

 

福島原発問題に当てはめてみよう。

問題点は内部にある。

既に現場では行われていることだが、

原因を突きとめ、

可能なかぎり早く解決することが肝心であり、

問題解決に最も重要なカギは汚染物の処理。

いかに早く、どう捨てるかが重要であると示している。

腐敗、汚染しはじめたものをもとに戻すことはできず、

必要ならば、早急に処理して新しいものに取り替える必要がある。

なかなか上手くいかないことがあっても、

速やかに処理すれば新しい展開が期待できることを意味する。

取り返しのつかないこともやり直すことができることを意味する。

油断をせず、

今、この瞬間を変えれば変えることができることを意味する。

まずいと思ったことは、躊躇することなく改めるべきことを意味する。

また、サポート体制に大きな問題があると報道されている、

原発の作業員の労働環境等を早急に見直す必要性も伝えている。

更に、問題は内部にあるという意味は、問題が組織にあることを指し示す。

現行の組織のあり方に問題がある際に、不思議とこの卦がよく出るのだ。

積極的に新しい機会を取り入れ、

古い体制を捨て、次なる新しいものを準備する必要があるという暗示。

 

被災者、被災地への対応にも当てはまる。

病気の発症の注意を促していると同時に、

内部(人の心)が腐ってしまわないように、

精神的にダメージを受けている人々のケアの体制。

性急に心に新風を吹かせるために不可欠なのは、

被災者が希望を感じる決意を早急に国が表明する必要性を示している。

新しい機会の提供などのバックアップの用意があることを強く伝えること。

今は大変だけれど、

未来には希望があるというメッセージを伝えることの重要性が窺える。

その次が、一刻も早く町に未来を感じる気配を吹き込むことかと思われる。

 

また、同じことが、放射性物質の影響が既に出ている、

農家の方、酪農家の方、関係者全般にも当てはまる。

風評被害を食い止める対策や、

保障問題にも早急に、希望を感じられるメッセージを伝えることが求められる。

 

このままだと国民が腐ってしまうということにも残念ながら当てはまる。

余震、津波、放射能、

これらに怯えながらTVを通して悲劇的な映像を繰り返して見ている。

被災者の大変さ、辛さ、悔しさ、悲しさ、苦しみを思い日々心を痛めている。

福島原発で作業に当たる人々を心配し健康被害を思い心を痛めている。

農家、酪農家、漁師の方々の不安、悔しさ、未来を思い心を痛めている。

放射能物質による汚染、食品、水への不安に心を疲弊させている。

無計画ささえ感じる計画停電に多くのストレスを抱える日常。

東電の記者会見が放つ、何とも澱んだ重さを感じる気配に不安が募る。

液状化現象の痕に苦しむ人々。

工場は止められたまただったり、商店は各地で早仕舞い。

仕事が減り、売り上げは減り、出費だけは増えるのが予想される。

誰もがこの先を思うと、不安にかられてる。

今、このように様々なストレスが国民にどっしりと圧し掛かっている。

 

平たく言えば、

もうみんなかなり限界にきているのだよ。

このままの状態が続くと、

みんなが腐っちゃうのだよ。

だから現在の行いの見直しが早急に必要なのだよ。

兎にも角にも一刻も早く安心がもたらされるように、

今の様々な体制、取り組み、組織のあり方を見直し、

希望を感じられるように整えることが何よりも必要なのだよ。

というのがこの卦の教えでありメッセージである。

 

従って、首相が強いリーダーシップを示すことが必須といえる。

強いリーダーシップを感じる言葉が、

こういう危機的状況にある時ほど何よりも重要である。

連日、たとえ数分でもTVやラジオを通して、

今、必死に対策を練り実践に移している事などを訴え、

国が可能なかぎり支える準備があることを表明し、

安心を促すことが今の日本に最も必要なことであると指し示されている。

そう考えると、

これだけ限界な状態に日本があるのに暴動が起きていないのは、

日本の礎に和の文化があるからなのだろうと想像が付くが、

誰もが被災者の苦しみ、辛さを、痛みを想像しているからこそ黙している。

日本人は基本的に大人しくて優しい国民性という証なのだろう、とも思う。

震災直後から、

強いリーダーシップを放っている枝野官房長官の、

冷静沈着で誠意を感じる存在感は、

暴動へと発展してない軌跡を下支えしているように個人的には思うのだ。

 

チョピット深い説明が長くなったが、

この卦の教えの意味するところは、

心を救うメッセージと現行の組織の見直しの必要性、

原発の汚染水や瓦礫などの早急な処理が、

問題解決の重要カギを握っているということなのである。

 

たかがワンクリックのゴンドラ占い、されど鋭いゴンドラ占い。

侮ることなかれ。ニッハッハ!

 

あなたが心細い時に、

ゴンドラ占いが、

小さくて大きな愛を伝えるメッセージを届けることを祈ってやまないのだ! 

 

ψ(`∇´)ψニッヒヒ! 

 

「ボンちゃん。ゴリラもゴンドラ占い、チョピット気になる?」

|

2011.03.28

ゴンドラ占い…日本(前編)

「占いでは、これから日本はどうなるのでしょうか・・・?」

と、メールの話の流れで知人から聞かれた。

そこで私は、アドリア海の一艘のゴンドラに佇む“玉姫様”に問うてみた。

それは、『ゴンドラ占い』。

『ゴンドラ占い』とは私のHP、トップページにさりげなくある、おみくじ的占い。

易経を元に、私が愛を込めてつくったものである。

聞きたい事を心に置き、

心を込めてクリックするとメッセージが出る仕組み。

問う時の注意点は、○○に向かうにあたっての心構えを欲しいと聞くこと。

さすれば、必ず、ゴンドラに揺られながら玉姫様は鋭いメッセージをくれる。

是非とも、お役立て頂けたら幸いである。

 

そこで、問うてみた。

「玉姫様 これから先、日本はどうでしょうか? どうすればいいのでしょうか?」

玉姫様のメッセージは次の通りだった。

「腐敗 サインじゃよ。早く風通しをよくすることが肝心じゃ。

過去を見つめている者より、

現在を必死に生きている者は誰が見てもかっこいいもんじゃぞ。

幸運を祈っているぞ! 

占術家 宝玉姫 ゴンドラの旅」

続きは、後日に。

 

「ボンちゃん。ゴリラも潜在意識を探ったりする?」

|

2011.03.27

『回れ 魂』

今夜、4時間のTV番組を見た。

「3年B組金八先生・ファイナル “最後の贈る言葉”。

子供の頃、金八先生を見る度に金八先生の情熱に涙していた。

同時に、見る前より辛くなって悲しくなって、涙を流した。

なぜならば、その頃、学校に私は自分の居場所を感じていなかったから。

3Bの生徒には、いつも金八先生がいるから、羨ましかった。

金八先生は、どんな時も3Bの生徒の味方だった。

悲しい時、苦しい時、辛い時、寂しい時、虚しい時、痛い時、悔しい時、

泣きたい時、恥ずかしい時、驚いた時、絶望した時、希望が見えない時、

ひとりぽっちな時、嬉しい時、感動した時、もっともっとあるいろんな時、

そんなどんな時も生徒の心に寄り添い導いてくれていた。

そんな金八先生が、私は大好きだった。

でも、いつも悲しかった。

3Bの生徒を羨ましく思ってしまう自分が情けなかったし嫌だった。

それでだんだん見なくなっていった。

それからだいぶ時が経って、

ある時、何かの本で武田鉄矢さんの言葉を読んだ。

武田さんは金八先生について語っていた。

10年ぐらい前だろうか、だから詳細には覚えていないけれど、

金八先生は偶像であり存在しない人物だというのに、

世の中の大勢の人たちは、まるで存在していると思い込んでいる。

というような主旨のことが書いてあったように記憶している。

それを読んだ瞬間、私は目が覚めた。

その時から、悲しみは湧き起らなくなった。

その言葉に、私はやっと本当の意味で金八先生の呪縛から、

卒業できたことに気づいた。

 

金八先生のような人が常に自分の味方であってくれたら、

どんなに心強いだろう。

この世のどこかに、

いるかもしれない。

いないかもしれない。

この世のどこかで、

出逢えるかもしれない。

出逢えないかもしれない。

でも、ただ一つ感じた真実がある。

武田鉄矢さん演じる坂本金八先生という人物が発していた情熱は、

私の心を震わせ勇気をくれていた時代があったということ。

 

坂本金八先生、ありがとうございました。そして、長い間お疲れさまでした。

武田鉄矢さん、ありがとうございました。

 

詩をつくってみた。

 

 

『回れ 魂』

 

 

回れ 回れ 魂よ 回れ

シュル シュル シュルと 魂よ 回れ  

回れ 回れ 魂よ 回れ

 

回って 回って 苦しみ かき出せ

回って 回って 悲しみ 引き出せ

回って 回って 痛みを 摘み取れ

 

隅っこ 隠れる 小さい涙

大きく 留まる 大きな涙

ポロポロ 導き 集まれ涙

 

涙の湖 キラキラ つくって 

回せ 涙よ 涙の力で

ドンドコ 動かせ 羽根車

  

涙よ 回せ 魂回せ

涙の水力 力を合わせよ

小さな涙 大きな涙

  

回せ 回せ 魂よ 回せ

水力 全快 ブルブル 勇め

魂よ 回れ グルグル 回れ

  

湧き出す 悲しみ 飛んでゆけ

悲しい滴 振り落とせ  

心にあいた 穴から ピューピュー

 

冷えた心に 薫風 吹きすさべ

見えない 人の 優しい 祈り

そおっと 近づき 心を撫でて

  

そっと 届けて 寄り添い 眠れ

回れ 回れ 魂よ 回れ

シュル シュル シュルと 魂よ 回れ  

  

回って 回って 苦しみ かき出せ

回って 回って 悲しみ 引き出せ

回って 回って 痛みを 摘み取れ

  

回れ 回れ 魂よ 回れ

回れ 回れ 魂よ 回れ

 

「ボンちゃん。きっと、魂が回れば、悲しみや苦しみや痛みが消えるよね」

|

2011.03.26

“ネトニン・タマシロリの祈り”

いまだに余震は続いている。

いつまで大地は揺れ続けるつもりなのだろうか・・・?。

そこで、大地よ鎮まれ!を祈念し、

第三弾、マイオリジナルおまじないを作った。

 

題して、“ネトニン・タマシロリの祈り” ~大地よ鎮まれ!~

大地にネトニン・タマシロリの祈りが轟くように大きいおまじないを作った。

二日前に作ったおまじない、ニリトハンの大きさは直径27.5cm。

ネトニン・タマシロリは、111cmである。

 

“ネトニン・タマシロリの祈り” ~大地よ鎮まれ!~

Nitonintamashirori0_2

ボールペンを口にくわえ策を考えてところのネトニン・タマシロリ。

Nitonintamashirori3_2

お顔は、“ね”ぎと“ト”マト。

まゆげは、“にん”じん。

お眼目、“玉”ねぎ。

お口は、“し”いたけ。

お鼻は、セ“ロリ”。

ネトニン・タマシロリという名前は、材料の文字を少しづつとっている。

大地よ止まれを祈り、

「ネトニン・タマシロリ、大地を鎮めておくれ!」

と、ネトニン・タマシロリに向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

ネトニン・タマシロリは口を食いしばるのである。

だからネトニン・タマシロリの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

 

ネトニン・タマシロリのアップ。

Nitonintamashirori1

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にもおまじないはある?」

|

2011.03.25

Earth hour

今年も「Earth hour」が開催される。

「地球温暖化を止めよう」と、

世界中の参加国で電気が消される国際的イベントは2007年に始まった。

同じ思いを胸に、

同じ日の同じ時刻に、地球を思う。

今年は、3月26日(土)の20時30分から21時30分までの1時間(日本時間)。

 

今、誰よりも切実に、

電気がもたらす苦しみと便利さを感じているのは、

東北地方太平洋沖地震によって福島原発事故問題が生じている、

日本かもしれない。

かけがえのないこの地球が、

これから先もずっと存続するかどうかは、

今を生きるひとりひとりの行動にかかっていると言っても過言ではない。

同じ日の同じ時刻に同じ思いで電気をパチンと消す。

そんな夢のような出来事が実現化しているのだから、

ひとりひとりの思いと行動が、

世界を動かし世界のあり方が変わるという証なのだ。

思いは通じるという証なのだ。

 

2010年アースアワーの模様

http://www.youtube.com/watch?v=zqE9OgsviIE

 

「ボンちゃん。ゴリラ界では、思いは通じるって、通説?」

|

2011.03.24

幸か不幸かな情報

連日に亘る福島原発事故の報道から、

幸か不幸か日々少しづつ放射能に関して学習する。

知識が増えることで安心が増えれば良いが、

情報が増えるほど不安が増えているような気がしないでもない。

 

人間は地球のどこにいても被爆しており、

私たちは1年間の日常生活で2400マイクロシーベルトの被爆をしているという。

聞いて驚いたのだが例えば、

胸部CTスキャンは6900マイクロシーベルト。

東京・ニューヨークを飛行機で移動すれば200マイクロシーベルト。

胃検査X線が600マイクロシーベルト。

胸部X線検診は50マイクロシーベルト。

飛行機に乗ってあっちこっちに移動すれば、

その分、マイクロシーベルトの量は増えるのだ。

人間ドッグの、被爆が伴なう精密検査をオプションすれば、

その分、年間被爆量の2400マイクロシーベルトに被爆量が増える計算になる。

 

それなのに飛行機に乗る時も検査する時も、

○○マイクロシーベルトの被爆となりますが宜しいですか?

などと聞かれたことは一度たりとも無い。

いつだったか一日に全ての検査が終われば楽だと思って、

いろんな検査を超ハードスケジュールに組んで人間ドッグを決行し、

終わったら疲れ果ててちょっと具合が悪くなったことがあった。

勿論、人体に影響が無い被爆量だから病院が検査を承っているわけで、

具合が悪くなったのと被爆量とは無関係だと言われるだろう。

けれど被爆の数値を知らされていたら、

検査を何日かに分けて行ったに違いない。

被爆情報を提供し、選択出来るようにするべきだと思うのだ。

飛行機での移動だって、

微量で健康に全く支障を来たさない程度だから、

被爆数値をいちいち告げるシステムが構築していないのだろう。 

知らなかったおかげで不安心も煽られることもなかったようにも思うが、

知らされないで利用していたのか・・・という気もしてくる。

 

今回、一部の野菜に放射性物質の検知がされたことや、

関東の水道水に微量の放射性物質が検知されたことを、

直ぐに健康被害に繋がる量では無いと説明しながらも、

率直に伝える事が誠意として、

政府は発表に踏み切り摂取制限を行ったりしている。

先に記した通り、

これまで被爆情報を伝達するシステムを構築していなかったのに、

なぜ今回は極々微量で問題が無い程度なのに、

詳細に知らせてくるのだろうか・・・と逆に不思議にさえ思えてくる。 

 

放射能と聞けば恐怖心が煽られる。

たぶんそれは世界共通の放射能に対するイメージであり固定観念であり、

そう簡単には変えることができないのが事実だろうと思う。

だからこそ、

しっかりと被爆について学習できる社会のシステムが必要で、

今回のように、急に詳細に情報を伝え出したら、

誰もが不安に陥る。

大量の被爆は人体に有害だが、

今の量なら健康を損ねるような影響はないから全く心配は無いと言って、

早急に周知を促そうとしても、

固定観念など崩れるはずもなく、

あまりにも説得力が無いと思う。

 

いずれにしても、

きちんとした知識を得て、

無闇に恐れてパニックにならないように心がけたいものである。

 

「ボンちゃん、ゴリラも固定観念を抱く?」

|

2011.03.23

“ニリトハンの祈り”

海外メディアの特派員が、

日本にいる外国人が日本脱出に躍起になっているのを余所に、

日本人は平静に日常を送っていることについて、

日本人は悲観的でない運命論者という面白い分析をしていたが、

確かにこれだけ危機的な状況に日本がありながら、

東京の街の気配は何らこれまでと変わりが無いのは、

言われて気づいたが確かに驚くことなのかもしれない。

 

この現象について私はこんなことを思った。

日本人は、

時に猛威を振るう自然に対して人間がいかに無力であるかを、

人間が供え得る事、その限界を達観し、

ある種の悟りの境地で前向きに物事に挑む、

情深く人を信じる健気な人達なのではないか。

延いては、

和の心が繋ぐ絆の力が奇跡を導き出すことを信じている。

諦めずに向上心と信念を持って試行錯誤していれば前に進める、

そう信じているから、

不可能に見えることも可能に出来ると信じられる。

そうした道徳心が宿っている。

なんだかんだ言ってもやっぱり心底、日本人を信じている。

信じる者は救われることを信じて実践する国民なのではないだろうか。

 

そういえば私も、

信ずるものは救われるという言葉を信じる思いを胸に、

福島原発の問題が一刻一刻と鎮静するマイオリジナルおまじない、

題して、“ネギチャンの祈り”を作った。

てるてる坊主の文化で育った、

正真正銘の日本人である証なのかもしれない。

 

今も福島原発では不眠不休の作業が行われている。

東電によると、

原子炉も配電盤や建屋まで外部電源の電力が届き、

遂に、昨夜、10時43分に3号機の制御室の照明が点灯した。

計器類の機能も回復すれば、

原子炉内などの様子を詳しく把握できるようになる。

そうすれば、更なる精密な対策が立てられる。

今日以降、冷却水を送るポンプの動作試験などが進めらる。

従って、これまで懸念されていた超危機的状況は避けられたという。

素晴らしい!!

命を危険に曝しながら作業に当たってくださっている凄い方々に、

少なく見積もっても1億2800万人以上の人は、

無限なる感謝を抱いているに違いない。

あ り が と う ご ざ い ま す ! ! !

日本は静かなる情熱を維持しつつ頑張っている!

一歩一歩、解決への道を進んでいる!

・・・一難乗り越え、また一難。

今度は国の基準値を超える放射性物質が野菜から検出された。

極々微量であるため健康への影響は無いものの、

政府は摂取制限と出荷制限の指示を出した。

風評被害も含め、今後、食の安全が問われる。

そこで、食品の安全を祈念し

第二弾、マイオリジナルおまじないを作った。

題して“ニリトハンの祈り”。Omajinai22

お口は、“ニ”ンジン。

お鼻は、“リ”ンゴ。

お眼目は、“ト”マト。

髪飾りは、“ハ”ーブ。

髪は、うど“ん”。

ニリトハンという名前は、材料の一文字を一つづつとっている。

食の安全を祈り、

「ニリトハン、食品の神聖さが放射性物質に汚されないようにしておくれ!」

と、ニリトハンに向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

ニリトハンは怪しげに微笑むのである。

だからニリトハンの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

 

ニリトハンのアップOmajinai23

「ボンちゃん。ゴリラは危機的状況に陥った時に、何かに向かって祈る?」

|

2011.03.22

不便な美

地震、津波、放射能、

まるで、泣きっ面を蜂に刺されたところをハブに咬まれたような日本。

いまだに余震が続いており、

一日に何度も携帯の地震速報が鳴り響く。

今実施されている計画停電と節電の影響で、

これまで眠らぬ街と言われていた東京が眠りつつある。

 

デパートは18時に閉店し多くの店が早仕舞いしている。

街のネオンは減り、

JR、地下鉄の多くの駅でエレベーターやエスカレータが停止中。

駅構内も必要最小限な明るさに消灯し、ほの暗い。

しかし、街全体のほの暗さに心が落ち着くと感じる。

 

日常を振り返って考えてみると、

これまでの夜の東京の街は明るすぎると思うのだ。

それが原因で情緒がなくなってしまっていた。

イタリアの街が街自体が美しく絵になって見えるのは、

建築の美しさや電柱が道路に突っ立っていないからなのは勿論だが、

過剰なネオンやライトが、

我が物顔で街に蔓延って無法地帯と化してないからだと思うのだ。

それだから街が放つ気配に美を感じる。

 

一方、東京の街はどうかというと、

建物の種類も屋根も、その色も統一されておらず、

道路には鼠色の電柱が立ち並び、

空を見上げれば、その数のあまりの多さに鳥も迷うのではないかと思う程、

無数の電線があちらこちらから繋がりあって空を駆け巡っている。

道路は道路工事の後がそのまま残っている美意識が欠如したアスファルト、

夜になっても店の過剰なまでに明るいライトで昼間と見紛うよう。

色も明るさも様々なネオンが星や月明りを消そうとしているし、

店頭でのマイクを使った宣伝や呼び込みが、

一層、派手派手しい喧騒へと導いている。

経済効果と情緒とのバランスは難しいものだと思うが、

不便によって気づくこともある。

いや、不便が無ければ、

気づかずに便利に流されてしまうことの方が多いのかもしれない。

 

「ボンちゃん、ゴリラも便利と不便だったら、便利の方に流れる?」

|

2011.03.21

“ネギチャンの祈り”

世の中には神秘的な力をもつものの力を借りて、

災いを起こしたり、逃れようとする、

まじないというものがある。

それが利くのか利かないのかは、

正直のところ誰にも分からないところだが、

けっこう利いたりするものだから残っているのかな・・・とも思う。

結局の所、

信ずるものは救われるということだろうか。

 

たとえば、

古典落語のように、

昔から言い伝わる落語もあれば、

創作落語のように、

今の時代に作られて後世に伝わり、

それもいずれ古典落語の仲間入りをするであろうものがある。

そう考えるとおまじないだって、

古典まじないがあったり、

今日誰かが勝手に創造した創作まじないがあっても、

それも有りだよと思うのだ。

信ずるものは救われるという言葉を信じてみよう!

そこで、マイオリジナル。

題して、“ネギチャンの祈り”。

福島原発の問題が一刻一刻と鎮静するおまじないである。

作り方は至って簡単。

ネギに顔を作る。

その瞬間から一本のネギはネギチャンへと変身するのだ。

そしてネギチャンを壁に佇ませる。

ただそれだけだが、

ただそれだけなのに、

ネギチャンからは不思議な魅力が放たれているのを感じる。

だからネギチャンの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

“ネギチャンの祈り”Negi2

 

ネギチャンのアップNegi1

 

「ボンちゃん、ゴリラ界にもおまじないってあるの?」

|

2011.03.20

ハイパーレスキュー隊

日本の危機を救おうと、

こうしている今も、

福島第一原子力発電で、

放射能という目に見えない敵と戦いながら、

身を危険に曝し決死の作業に当たられている方々がいる。

本当に頭が下がる。

 

ひとつのミッションを終え、

ハイパーレスキュー隊の総隊長らが記者会見を行った。

会見に同席したのは同庁警防部長の佐藤康雄総隊長。

会見から、その作業がいかに危険で困難であったことが伝わってきた。

東京消防庁ハイパーレスキューの皆様に心より敬意を表します。

誰よりも放射線の恐ろしさを知りながら、

勇敢に立ち向かう勇気に涙が溢れて止まりませんでした。

本当に本当に心より感謝を申しあげます。

 

会見の模様

http://www.youtube.com/watch?v=7gzRFR-w6uU

「ボンちゃん、涙が止まらない」

|

2011.03.19

何百キロも何千キロも

数日前にイタリア人の友人から、

妻と一緒に東京より西に非難するというメールが届いた。

一瞬、それほど逼迫した状態に置かれているのかと目を疑ったが、

18日、世界保健機関(WHO)から、

原発から半径30キロ圏内を除けば、

東京都内を含め日本への渡航を制限する必要はないとの見解が出された。

国連欧州本部で記者会見を行ったハートル広報官も、

同様な意見を強調し、

「日本に旅行する人は放射線を恐れる理由はない」と述べていた。

けれど、驚いたニュースはイタリア政府の決断である。

聞くところによれば、

アリタリア航空の3/19関空発ローマ行き、無料片道チケット、200席分の確保。

アリタリア航空も一時帰国希望者に特別運賃での優先的避難を実施。

これでは我が友人が避難を決行した気持ちも理解できる。

現時点では過剰反応と思われるが、

それぞれの危機対応であり、

個人の判断だから自由だとも思うけれど、

日頃、趣味的に宵っ張りで、

いつ会っても、今日も2時間しか寝ていないよ、

とか言いながら、

目を真っ赤にして腰も痛いとか言っている我が友人を思うと、

普段の習慣の方がずっと身体に悪いのだよ、

と、ひとこと言いたくもなった。

専門家の見解では東京からは避難する状態には無いとのこと。

けれど、福島原発が予断をゆるさない状況にあるのは事実。

果てしなく遠くまで避難したくなるという気持ちも十分に理解はできる。

今日も不眠不休で東京消防庁のハイパーレスキュー隊が、

午後2時10分より7時間程度を予定し、

屈折放水搭車を使って東京電力福島第1原発3号機に向けて、

放水をしてくれている。

隊員への放射線の影響を考え、

今回は途中から無人にして連続的に行われる。

多くの命を守ろうと、

施設の中では送電線の敷設に携わる作業員たちが現場に留まっている。

本当に本当に感謝の気持ちで涙が溢れてくる。

現在、1号機、2号機、3号機、4号機の本日計測された表面温度は、

暫定値で温度が100度を下回っており、

燃料棒が熔けると思われる温度の1200度を大きく下回っているという。

従って直ちにメルトダウンが起きる超危機的状態にはないとのこと。

暫くはこうして毎日、

放射能に関するニュースを気にする日々が続くのだろう。

そう考えると、

何百キロも何千キロも離れた所に避難を決めた人は、

結局のところ最も合理的な妥当な決断と言えるのかもしれない。

「ボンちゃん、仙台市の八木山動物園の超イケメンゴリラのドンだって、何百キロも何千キロも離れた地の地震と無縁な所に避難したいに違いないよね」

追伸、

こちら↓、日本にいるゴリラの中で、最もイケメンだと私が思っているドン様。

http://www.city.sendai.jp/kensetsu/yagiyama/syurui/big/gorira.html

|

2011.03.18

『悲しみの数』

被災地に氷点下の寒さが襲っている。

少しでも被災者の皆様のお力になれることはないのだろうか、と考える。

思いが寒さを減らすことができたらどんなにいいのに、と考える。

 

詩をつくってみた。

 

『悲しみの数』

 

この世の中には悲しみがある

悲しみの数は無限なのか

悲しみの数は定数なのか

悲しみの分配は平等なのか

もしも誰か余計に悲しみ

途方に暮れて生きているなら

悲しみ分けて共に悲しみ

みんな一緒に悲しみに暮れて

悲しみの力で絆結び

絆引き合って歩いていけば

きっと未来は悲しみに負けない

 

「ボンちゃん、ゴリラの群れは絆で結ばれているよね」

|

2011.03.17

真っ暗な夜

今夜、予期せぬ停電なのか計画停電の一環なのかよく分からないが、

3時間ほど真っ暗な夜を味わった。

過酷な状況にいる被災地の人々を思えば、

怖いとか寒いだなんて言っていられない。

外は街路灯も防犯灯も全て消え、

唯一の明かりは月だけ。

暗くて冷え込みも強く、

生まれて初めて見たあまりにも静かな光景に、

神聖な感じがしてちょっと怖かった。

Teidenchu1

自宅に着いて、

急いでロウソクを探し火をつけたら明るくてびっくり。

幼い頃、毎年誕生日を迎えると、

一番好きだった苺のデコレーションケーキにロウソクを立てて、

火をつけてもらって誕生日会をしてもらっていたことを思い出した。

それにしても一本のロウソクがあんなに明るいとは・・・、

忘れていたことなのか知らなかったことなのかよく分からないが、

その明るさはやわらかい光なのに眩しくて目を細めるほどだった。

ロウソクが5cm程度の短いもので、

時計を見ていたら10分で1本のロウソクがとぼることが判明し、

これまた新たなる発見で、

周りにたくさん待機中のロウソクを並べて過ごしていたのだよ。

 

Teidenchu3

 

真っ暗の中での地震は恐怖が増したが、

22時少し前に電気がついた。

その瞬間、

不思議な国のアリスが突然に不思議な国に転がり落ちたように、

タイムマシーンか何かで急に文明社会に転がり落ちた気がした。

 

「ボンちゃん、ゴリラも真っ暗な所には誰かと一緒にいたい?」

|

2011.03.16

“祈る猫”

東京電力福島第1発電所への緊急事態に、

私たちができることは、

祈るしかない。

最悪な事態を避けるために、

空からは自衛隊員のヘリコプターによる放水、

陸からは機動隊員の放水車による放水が行われる。

欧米各国に避難の動きが生じているほどだから、

いかにその成功が難しいものであるかは察しがつく。

祈るしかない。

祈るしかないよ。

祈るしかないのだ。

祈るぞっ!と思ったからね、

羊毛フェルトで“祈る猫”を作ったのだよ!

 

Gattone1

 

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても自衛隊員の無事を祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言ってもヘリコプター水投下策戦の成功を祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても機動隊員の無事を祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても高圧放水車策戦の成功を祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても神がかりな幸運的解決が起きる!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言ってもひたすら祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても希望を捨てずに祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても絶望せずに祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

誰がなんと言っても奇跡が起きるまで祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!祈る!

 

奇跡を祈ろうーーーーーーーーーーーーーーーー!

「ボンちゃん、効果があることを祈ろう!」

追伸、祈る猫は今も祈り続けている。

|

2011.03.15

『悲しみの予感』

昨朝は4時ごろ、今朝は5時頃の地震で目が覚めた。

日々、大地震による甚大な被害とその危機的状況は拡大の一途。

死者、負傷者、救助を待っている生存者、多数。

行方不明者は15000人以上。

震源地に近い被災者の人達は困難極まる状態に置かれている。

救助隊の人達は悲惨な状況を目の当たりにしながら、

自らの命を削りつつ救助活動に励んでいる。

福島第1原発の1号機、3号機の水素爆発に続き、

4号機も火災が発生し高濃度の放射能が周囲に漏洩し出した。

技術者が命をかけて、

あらゆる手立てを使って原子炉の冷却に努めてくれているが、

東京でも極々極微量ではあるが放射能が検地されているという。

今日からは本格的に計画停電が実施され、

昨日に引き続き電車が運休したり間引き運転をしたりしている。

計画停電地域は信号も消え交通事故などが懸念される。

政府から節電の依頼を受けた多くの店が、

営業時間を短縮や閉店が余儀なくされている。

首都圏の量販店、スーパーマーケットやコンビニエンスストアには、

常備品や保存食を買い求める人が殺到しているが、

運搬事情も影響してか供給が間に合わず、

お米、パン、インスタント食品、乾麺などの棚が空の状態。

Sp11

乾電池、懐中電灯、電池式携帯充電器など入荷の予定は未定。

株価はというと、勿論、大暴落。

でも、官首相も枝野官房長官もみんな懸命に頑張ってくれている。

日本国の危難は、いったいいつまで続くのだろう。

不安な気持ちが押し寄せてくるけれど、

言霊の力を信じるならば、

できる限りマイナスな事を口にしてはいけないのだ。

 

詩をつくってみた。

『悲しみの予感』

こんなにも腹立たしいのに 太陽は陽気に満ちて昇る

こんなにも悲しいのに 梅は咲き誇っている

こんなにも虚しいのに 空気は澄んでいる

こんなにも切ないのに 空は青く美しい

こんなにも辛いのに 誰かは笑っている

こんなにも不安なのに また夜がくる

こんなにも泣きたいのに スズメはケンカしている

こんなにも何の報いも望まないでいるのに 海がとどろく

こんなにも心が痛いのに 愛する人が抱きしめてくれない

こんなにも怖いのに 冷たい雪が希望を凍らせる

 

「ボンちゃん。それでも、止まない雨はないんだよね!」

|

2011.03.14

計画停電

気象庁は、

今回の大地震のマグニチュードを9.0だったと改めて発表した。

規模は世界最大級だったとして、

再びM7以上の余震が起きる確率を明らかにしている。

 今日~3日間以内  70%

 16日~3日間以内 50%

予断を許さない状態が続く中、

計画停電が生じるという更に注意が必要な情報が出た。

 

発電所の停止が相次いでいることから、

電力の供給不足が避けられない事態が生じつつあり、

その事態に対応すべく策として、

東京電力の管内において、

地域ごとに送電が止まる。

現時点では明日~来月いっぱい程度までの期間。 

時間は6:20-22:00の間。

地域をグループ別に分けて約3時間40分程度。

グループによっては2回の6時間程度のところもあるという。

詳細は東京電力のHPにて

http://www.tepco.co.jp/

 

計画停電によって影響が予想されること。

首都圏の主な鉄道の運行。

電気、暖房、TV、インターネット等などが使えなくなる。

PCをシャットダウンさせてコンセントを貫いておく事や、

冷凍食品などにも注意が必要。

懐中電灯のご準備もお忘れなく。

 

「ボンちゃん、本当に大変な事態だ」

|

2011.03.13

ご冥福を祈ります。

Tsubaki1_2

この地震で亡くなられた方に、

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

「ボンちゃん。虚しく悲しいね」

|

2011.03.12

国難

報道によれば今回の地震は1000年に一度の大地震だという。

こんな新聞はいまだかつて見た事がない。

NHKの番組欄が朝から晩まで全て地震情報で空白。

Shinbun1

ニュースをつければ、

この世とは思えないような悲惨な被災地の光景が広がっている。

福島第一原発では爆発が起きて放射性物質が飛散し、

作業員が負傷し、

避難しようとしていた住人3人を検査したところ被爆が判明。

津波で流された多くの人が行方不明。

広範囲に亘って地盤が下がり町は水没したまま。

コンビナートの爆発はいまだに火が燃え盛り、

被災地は悪夢そのもの。

東京も次々に地震速報が発令され余震が続いている状態。

いつ終わるかも分からない状態に、

誰もが緊張し続け、

眠れない夜を過ごしている。

行方不明者が一刻も早く救助されますことを心より祈ります。

 

「ボンちゃん。人間は宇宙に行ける時代になったのに、自然災害にはどうしてこんなに無力でしかないんだろう」

|

2011.03.11

大地震

今日の夕方、

東北・関東で観測史上最大のM8.8の地震が起きた。

夜になった今も各地が余震で揺れている。

報道によれば、

今も沿岸に津波警報が出されている。

大規模な津波被害や火災被害が拡大している中、

仙台の海岸には200人から300人の遺体が打ち上げられ、

福島第一原発では半径3km以内の住民に避難指示が出され、

千葉県市原市の石油コンビナートは今も燃え続けており、

行方不明者も多数。

東京では一部の電車が運転を再開したようだが、

多くの帰宅困難者が行き場がないまま避難所を探している。

情報が届かない中、

夜になって気温が下がり、被災地の夜に不安が広がっている。

引き続き警戒が必要な状態。

「ボンちゃん。自然災害には人間が非力であることを思い知らされ、立ちすくむしかない」

|

2011.03.10

人の価値

坂上二郎さんが天国に旅立ってしまった。

本当に悲しく、本当に寂しい。

 

私はコント55号をよく知る年代では無いけれど、

坂上二郎さんを思うと、

いつも笑顔で楽しそうな人というイメージしか思い浮かばない。

人に価値の違いがあるかどうかは、

論議が分かれるところだとは思うが、

多くの人や世間は、

人の価値を「何ができるか」で判断する傾向があるように思う。

けれどそんなことは本当はちっぽけなことで、

あらゆる状況におけるあらゆることの中で、

何を楽しめるか、

何でも楽しめるかどうかに価値はかかっているように思うのだ。

今年こそ自分のレベルを上げたいなどと考えて、

何かを成し遂げることばかりに目がいき、

ぜんぜん楽しんでいなければ、

もしかしたらそれは本末転倒なことなのかもしれない。

  

聞くところによれば、

お笑いの基本は演者自らが笑うことはご法度だとか。

けれど、二郎さんは欽ちゃんとのコントの際に、

思わず自らが笑ってしまっていて、

それがなぜだかお客さん受けし、

笑いを余計に誘って観客に絶大な人気だったらしい。

勿論、二郎さんの天性の魅力あってのことだと想像はつくが、

二郎さんが夢中になって極めて楽しんでる様子に、

その心地よい波長が観客に伝播して思わず笑ってしまう、

そんな構図があったのかもしれない。

 

二郎さんは、

“人の価値”とは何かを生き方を通して教えてくれていた人だと思う。

「飛びます。飛びます」

そう言いながら天国を目指している二郎さんが目に浮かぶ。

それが余計に涙を誘うのだけれど・・・。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

「ボンちゃん、ゴリラは別れの悲しみを、心でどうやって折り合いをつけようとする?」

|

2011.03.09

マイドクター

毎年、この季節は目の痒みを抑えるために、

抗アレルギー点眼剤を眼科で処方してもらっているのだが、

その眼科の先生に会うたびに心中に去来する思いがある。

私は、なぜ、この医師に診てもらいに来るのだろうか?、と。

 

今は亡き祖母が通院していたことから、

検診を兼ねて年に数回は来院している。

流れから眼科のマイドクターの位置づけにして十年以上が経つ。

マイドクターの年のころは48歳ぐらい、男性。

ひと言で言い表せば、“超無愛想な人”。

いつ行っても無口で愛想が無いから、

安定した性格で裏表の無い人と言えるのかもしれない。

 

その無愛想ぶりを記してみよう。

診察室に入り、私は「こんにちは」と言う。

マイドクターは、カルテを見ていていて顔を上げることはない。

一応、返事はするけれど返事は「はい」。

それ以上は口を開かない。

カルテに目を通す方が、

挨拶よりも重要だと考えているように私の目には映り、

どこからか心に隙間風が吹いたような気になる。

“普通はね・・・”という言葉はもはや死後かもしれないけれど、

私の記憶違いでなければ、

特に、よく知らない人との挨拶:「こんにちは」への返事は、

普通は「こんにちは」だと思うのだ。

その不思議な返事を毎回、返される度に、

意図が気になって気づけば勝手に分析をしていた。

 

「こんにちは」は5文字で「はい」の2文字より長い。

「よっ!」とか「ちは!(古典落語で聞く、こんにちの略)」も2文字だが、

親しくも無いのに馴れ馴れし過ぎる感を覚えるのだろうか、

マイドクターがこれらの言葉を使ったためしは無い。

カルテを読む集中を妨げない程度で、

又、患者がクレームを申し立てないだろう手落ちのない言葉として、

2文字の「はい」を選んだのだろう。

まあ、私のように気に止める人は極少数で、

もしかしたら誰も気にも止めない、

適当とは思わないが無難な選択といえるのかもしれない。

 

次にカルテに素早く目を走らせたマイドクターは、

私の方に身体を向けるが決して視線は合わせない。

咄嗟に眼球を覗き込むのだ。

アイコンタクトをせずに患者の眼球だけを見るというのは、

言うは易し、行なうは難しで、

これはなかなか離れ業だとも思う。

目が目を見るのに、

視線を合わせずに眼球だけをみるなんて、

いったいどうやって・・・と思うほど技ありな行動に私には思える。

 

その後も、マイドクターの口数があまりにも少ないから、

「目に異常は無いでしょうか?」などと聞いてみると、

ふっ、と鼻で笑うのだ。

そして、今のところ心配はないでしょう、で終わる。

医師に鼻で笑われたことは後にも先にもその経験しかない。

その「ふっ」が放つ気配はまるで、

医学に対する知識や認識のズレに呆れて言葉もない。

何勉強してきたのかな・・・そんなんじゃ患者なんて診られないよ。

と、そんなことを言葉無き言葉で叱責された感じがする。

 

すると、

一瞬、私は自分が患者であることを忘れ、

駆け出しの医師であるような気になったりするのだ。

マイドクターよ、

私は医学を学んだことのない、ただの患者なのだよ。

そう思いつつもあまりにも不思議で不可解でそれで惹かれるのか、

これぞ、医学を学び医療を学ばざる医師、

と思われしマイドクターの元に、

年に数回訪れている私なのだった。

「ボンちゃん、ゴリラも不思議さに惹かれる?」

|

2011.03.08

ミモザの日

本日3月8日は国際女性デー。

イタリアではフェスタ・デラ・ドンナ(Festa della donna)とも、

ミモザの日(Ilgiorno della Mimosa)とも言われており、

男性が女性に黄色いミモザの花を贈る習慣があるという。

贈る対象が夫婦や恋人に限らないところが、

より平和的で良いと思う。

我が家の近くにあるミモザの木も、

今年もまっ黄色に咲いていた。

Mimoza1

「ボンちゃん、ゴリラはどんな花に惹かれるのかな?」

|

2011.03.07

桜の木に登る猫

道を歩いていたら、

桜の木に登っている猫に会った。

毛の色が木の色と似ていて、

まるで保護色のようで一見分からなかった。

Gattone1

Gattone2

Gattone3

猫に見惚れる私を見ている猫。

「ボンちゃん、ゴリラも桜吹雪の舞う道を歩きたい?」

|

2011.03.06

水中のカバ

今、上野の街は、

パンダ公開に向けて大賑わいで、

パンダの顔をした食パンやケーキ、

鯛焼きと一緒にパンダ焼きが並んでいたり、

正にパンダ一色。

 

私もパンダが大好きで、

学生の頃にパンダに毎日会いたくて、

夏、上野動物園でアルバイトをしたほどだから、

それはそれで嬉しくて良いのだけれど、

でもね、パンダは数年前まで上野動物園にずっといたのに、

これほど騒がれていなかったというのに・・・。

そして、ひとつ、声を大にして言いたいことがあるのだ。

上野の街がカバ君たちを忘れているのだ。

カバが日本に初めてやって来たのが1911年2月23日。

場所は上野動物園。

ちょうど今年でカバ来日から100年になった。

カバ君たちの丸み帯びたカラダのフォームは、

パンダの丸みに相当する魅力を放っているではないか。

デザイン的にも物凄く絵になると思う。

是非とも、

カバ型大福やカバ型カンパーニュ等を売り出して欲しいと思うのだ。

 

上野動物園では、

これまでに21頭のカバが飼育されてきている。

現在はオスのジローとメスのサツキがいるのだヨ。

ジローは、1983年6月17日生まれの27歳。

サツキは、1971年5月20日生まれの39歳。

とても仲が良く、

お昼寝タイムには寄り添いながら眠っていたりする。

上野動物園発行のカバアーカイブによれば、

カバはとても神経質で、

1923年の関東大震災では、

大きな被害はなかったものの、

時々、呼吸のために鼻先を出す以外、

二日間水中に潜り何も食べずにいた記録が残っているという。 

 

上野動物園のサイトにカバの水中映像が公開されているのだヨ!

http://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=ueno&link_num=17478

 

「ボンちゃん、ゴリラはカバと仲がいい?」

|

2011.03.05

『一粒の涙』 後編

十年ぶりのソロコンサートとあって、

あなたはいつになく緊張していた。

同時に澄み切った感覚が全身に広がっていくのを感じていた。

一曲目が終わり、

二曲目が終わり、

観客は、あなたの創造する世界に心酔していた。

ステージの上からは案外にはっきりと前方に座る人の顔が見える。

あなたの体に、

あなたの心に、

熱い拍手と酔いしれた笑顔が染み渡るのを感じた。

あなたと観客たちが互いに強く惹かれ合ったことで、

何か特別な力が芽生えたような気がしたのは、 

今までに感じたことのない幸福感が会場に満ちていたからだろう。

ピアノやギターまでもが躍動する若い身体のように自ら動き、

円を描くようにして空中に音をのせているように思えた。

そこには意識下で探していた、

音楽の力がもたらした奇跡の心の合体、

それはあなたがずっと望んでいた一体感、

自分の音楽を届けたい理想の人々の姿があった。

 

あの日を何かに喩えるならば、

冬の夜空に舞い上がった花火、

そのフィナーレの煌めきが、

数秒後に暗闇に飲み込まれた、

それに似ている。

 

あの日以来、

あなたは探し求めている。

二度と戻れないあのコンサートと、

一瞬は永遠に勝ることを、

あなたの心に教えた、その人を。

 

目を閉じれば、

あなたの心に、

あのまっすぐな眼差しが浮かぶ。

あの愛しい姿が浮かぶ。

そして、たった一言聞いたあの声を欲する。

 

アンコール曲を歌い終えた後、

ピアノを弾き終えたあなたは、

ステージの中央に立ち観客に向かって深々とお辞儀をした。

顔をあげた瞬間、

どこに座っていたのか、

コンサートの最中には見つけることができなかった人が、

ステージの下に小走りでそっとやって来たのが見えた。

見れば、目には溢れんばかりの涙が浮かんでいる。

そして、「わたしがつくりました」と、

ひとこと言いながら、

何か小さなものを右手で差し出してきた。

遊び心を感じる眼差しだった。

“ぽつん”とした、

少し遠慮がちな澄んだ声だった。

 

目が合った瞬間、

遠い昔に親しい間柄であったような深い親近感を覚えた。

なぜそう思ったのか、

おそらく相手も同じような感覚を得たであろうと思った。

眼差しが眼差しをつかんで離さないような、

深い信頼を確認し合って絆が結ばれた気がした。 

自分が探していることさえも気づかずにいたのに、

その人と視線が合った瞬間にあなたは感じたのである。

その人以上に、あなたが愛する人はいないし、

その人以上に、あなたを愛する人はいないであろうと。

 

あなたは差し出されたものを受け取った。

見れば、

小さな木彫りのフクロウだった。

ラッピングもされずに、そのままの姿のフクロウがいた。

瞬間的に愛しさが増大した。

あなたは無意識に動いていた。

その人の右頬に自分の右頬を合わせた。

コンサートでは花束やプレゼントを受け取る時に、

時に行われる挨拶だから、

特に驚かれる行為でもないが、

なぜだかその時は、

会場から軽いどよめきが起きた。

 

あなたは我に返った。

観客が次々に迫り寄る可能性を避けようと思ったのだ。

慌てて後ろに下がり、

会場に向かって手を振りながらバックステージに姿を消し、

コンサートを終えた。

 

あなたは直ぐにステージの袖で、そっと右頬に手の甲を当ててみた。

さっき頬が覚えた柔らかい弾力と、

あの濡れたぬくもりの正体を今一度確かめたかったのだ。

乾いた手の甲がうっすらと濡れた。

それがその人の一粒の涙であることを知るのは、

あなたとその人だけである。

名前も知らないその人を思った。

細胞のすべてが、

あなたの心のすべてが、

震えた。

 

あれから季節は春へと変わった。

夜、あの一粒の涙が右頬に舞い降りる。

涙が桜の花びらを濡らす。

あれから季節は夏へと変わった。

夜、あの一粒の涙が右頬に舞い降りる。

涙が海を渡ろうとする。

あれから季節は秋へと変わった。

夜、あの一粒の涙が右頬に舞い降りる。

涙が枯れ葉に乗って空を飛ぼうとする。

あれから季節は冬へと変わった。

夜、あの一粒の涙が右頬に舞い降りる。

唯一、あの人に触れた右頬が、

北風に、その人の居場所を尋ねる。

 

あなたの右頬に居る、

その人の一粒の涙に、

あなたの涙が何度も何度も話しかける。

窓辺でフクロウが空を見つめているから、

きっと・・・居場所を教えてくれようとしているんだね、と。

 

おわり

 

「ボンちゃん、ゴリラは忘れられない記憶を求めて旅に出ることってある?」

|

2011.03.04

『一粒の涙』 中編 

それにしてもいったいなぜ、

これまで通りの、バンドメンバー率いる大規模なコンサートではなく、

ずっと小規模なソロコンサートを行いたいとあなたは思ったのだろうか。

 

・・・理由はあなた自身、はっきりとしたものがみえていたわけではないが、

お祭り騒ぎの空間を通して得る一体感とは異なる、

しっとりとした、もっと密度の濃い潤いを魂が求めていたからなのかもしれない。

年輪を感じる人生の終盤に差し掛かったあなたが、

それに相応しい静かな落ち着きある空間に身を委ねたかったのだろうか。

 

いや、もしかしたら、

仕事も私生活も、

経済的にも精神的にも安定しきってしまっているあなたの心が、

老年期を前に、

情熱をむさぼるように、

新たなる揺さぶりを追い求めた荒々しい行為でもあるのかもしれない。

 

何もかもが穏やかになるということは、

同時に、強い寂しさを覚えるものでもある。

叶わぬものを追い続けている時は、

叶わない苦しさに心が喘ぎながらも、

追いかけていることで満たされてもいる。

最近、人生を振り返って考えてみると、

恋や夢や大志、そんなぜんぶが叶わなかった時こそ、

最も密度の濃い幸せな時であったように思えてくる。

こうして何もかもが叶ってくると、

それはそれで落ち着いた心境で悪くはないけれど、

何か物悲しいノスタルジックな思いにかられる。

 

長い別居生活に区切りをつけようとしたのは、

仕事上のマネージャーに始まり、

十年前からは恋人となり有能なビジネスパートナーとなった大切な人と、

その人が望む形でこの先を歩もうと思ったからである。

 

正直言って、長きに渡って気心が知れた人というのは、

精神的な安定をもたらしてくれる有難い存在であり、

最も一緒にいて楽な人でもある。

安定した流れにあるこの関係性を維持することは、

組織からなる仕事の仕組みを考えれば万事有益であり、

安定がもたらす安心は確かに幸せをもたらしている。

ただ・・・その選択が、

自分の心が、人生に対して本当に望む改革的進歩なのか、

或いは、

生活の安定と相手への責任に縛られた、

ある種の保守的後退なのか、

依然、心はすっきりとしないまま、

ふつふつとした思いが湧いてくる。

深く考えれば考えるほど破壊的選択に火がつきそうで、

それに対する、きっかけも勇気も持ち合わせない自分が、

考えるのはやめておこう、と、傍観者に成り果て、

日々の忙しさにかまけて事の成り行きを見守る自分が寂しい気もしてくる。

ただ、

以前はギクシャクしていた子供との関係も、

時の助けもあってか理解を示してくれるようになり、

今ではパートナーを含めて三人で旅行にも行くようになった、

それが安定維持への幸せを選択する後押しとなっているようにも思うのだ。 

二年前から始まった離婚調停も終わりに近づき、

間もなく円満離婚となる。

後編へつづく。

「ボンちゃん、ゴリラは衝きあがってくる思いがすべて?」

 

|

2011.03.03

『一粒の涙』 前編

『一粒の涙』をテーマに、

~もしも・・・あなただったらどうする?~

に思いを馳せる話を創造してみた。

 

『一粒の涙』

~もしも・・・あなただったらどうする?~

 

あなたは、

その日のその瞬間までその人を知らなかった。

その人は、十年以上も前からずっとあなたに惹かれている。

あなたは有名なシンガーソングライター。

だから・・・その人は思っていた。

決して手に届くような人では無いから、

心に温かい思いを秘めていよう、と。

 

ある日、

その人は、思い切ってあなたのコンサートに行くことにした。

けれど・・・行くことが良いことなのか、物凄く迷った。

あなたに会うのが怖かったのだ。

 

なぜか?

あなたへの思いは、

恋愛のエゴイズムを超越し、

あなたの幸せを心の支えに生きられるほどである。

ただ、その人には、あなたと別にもう一人のあなたが心にいる。

もう一人?

そう、心の中で築き上げた、

恐らく相当に美化されたイメージのあなたがいる。

初恋の人には会わないほうが幸せでいられるというが、

決して初恋では無いけれど、

思いの純度は初恋に似ている。

美化し過ぎているであろうイメージ上のあなたと、

現実のあなたは違う可能性は高い。

そのことは頭で理解できていても、

その現実に耐え難い悲しみを感じ、

心に深い傷を負うことは避けれないだろう。

そうなったら、

もう、あなたを思うことができなくなるではないか。

そんな破壊的な現実を突きつけられてしまったら、

現実主義とは異なるその人の心は砕け散る。

恐らく心の傷が癒えるまでには数十年を要するに違いない。

いや、癒えないかもしれない。

そればかりか人にだって今以上に臆病になる可能性もある。

それが目に見えているのだ。

 

これまでのその人の日々を支えてきたのは、あなたなのである。

より正確に言うならば、

その人の心には常にあなた、

美化した、イメージ化されたあなたがいて、

あなたの歌声、あたながつくりだした音楽が、

その人の日々を支えていると言っても過言ではない。

もしも失ったら・・・、

全ての色や音が消え、心の拠り所を失うようなもの。

色褪せた日々に直面することになるだろう。

これほど誰かに惹かれたことはない。

これほど惹かれる経験はそうできない、

これほどの人に生涯、二人と出逢えるものではないだろうことを、

人生が半ばに差し掛かっているその人は、経験から察することができる。

だから、もしもあなたの存在が心から砕け崩れたら、

心の倒壊を修復できるかどうか・・・、

できずにそのまま心は隠遁に入るのではないか、

そんなことが頭をよぎり、

夢にでてくる人に会うかどうかを、夢にまで見て考えていた。

 

・・・きっと、あなたは素敵な人に違いない。

いや・・・でも・・・あなたは有名人だから、

周りからちやほやされているに違いないし、

本当は心に贅肉がついたような人なのかもしれない、

そう思うと、

物凄く会いたいと思う、その同じ分だけ会うのが怖いのだった。

 

そして、ついに、その人は自分に問いを突きつけた。

 

会わない後悔、

会った後悔、

どちらを選ぶ?

 

そして、決断をした。

そうだ、

自分がこれほど惹かれている人なのだからそういう人に違いない、

自分の目を信じよう。

もしもあなたが高飛車で、無名な人にはそっけなく、

有名人にしか興味も価値も感じないような印象を受ける人だったら、

自分の見る目の愚かさを呪うしかない。

そう思って、その人は勇気を振り絞ってあなたに会うことにした。

会うと言うより、見ると言ったほうが適切かもしれないが、

あなたのコンサートに行くことにしたのである。

中編へつづく。

 

「ボンちゃん、ゴリラにも現実主義者と理想主義者がいる?」

|

2011.03.02

懐かしき恋敵

2006年11月の終わりに撮った懐かしい写真を見つけた。

彼女の名前はリラコという。

その頃、彼女は、ある意味、私の恋敵だった。

彼女が私を見る目は、

また来たのか、オマエ、

オマエなんか2mmで見てやる、

といった具合に、

目を細めて私を目の中に入れないようにしていた。

時には1mmで見られた時もあったように思う。

 

リラコは唇に傷が見つかり手術を受けたりもしたが、

2007年11月12日(月)の未明に他界してしまった。

年齢は40歳。

扁平上皮癌だった。

 

彼女は幸せだったと思う。

幾度か結婚し女のコを産み、

そのコは今、千葉で元気に暮らしている。

そして何より、

晩年、亡くなる時までの日々を、

愛する者を見つめて過ごせたのだから。

元気だった頃のリラコ、2006年11月の写真↓

 

Rirako2

Rirako3

Rirako5

「ボンちゃん、 リラコ懐かしいね」

|

2011.03.01

サンレモ音楽祭2011

2011 年 3 月 17 日イタリアは統一 150 周年を迎える。

この記念すべき年のサンレモ音楽祭(Festival della canzone italiana)に、

どんな曲が優勝曲として選ばれるのかが気になっていた。

念のために、

サンレモ音楽祭とは、イタリアのポピュラー音楽の音楽祭である。

 

チキチキチキチキチキ・・・発表です!

2011年のサンレモ音楽祭の優勝曲は、

Roberto Vecchioni (ロベルト・ヴェッキォーニ/68歳)

- Chiamami ancora amore(もういちど僕を愛する人と呼んでくれ)

タイトルを見た時は、

日本で流行った「また君に恋してる」歌手:坂本冬美、作詞:松井五郎、作曲:森正明

のような歌詞かと想像したのだけれど全く違っていた。

哲学的な詩的な歌詞だから、

解釈が人それぞれで大きく異なることが予想され、

また、和訳すると本来の意味が失われてしまいそうで、

陳腐なニアンスにも成りかねない。

そこで私が受けた印象を語ることにしたい。

 

歌詞の内容は、

どんなに時が経っても自分をアモーレ(愛する人)と呼んで欲しい、

と、誰かに叫んでいるわけではない。

今のイタリアの現状を静かに見つめた詩人が、

音楽と言葉と考え(理想、観念)さえあれば、

今は満たされない心だって、

きっと未来は満たされていく。

大丈夫…と語っているような匂いを放っている。

若いシンガーソングライターではなく、

68歳のシンガーソングライターが語りかけるように歌うから、

じんわりとあたたかい訴えが心に迫ってくる。

心の応援歌といった感じだろうか。

イタリア統一 150 周年に、正に相応しい曲であると私は思った。

http://www.rai.tv/dl/RaiTV/programmi/media/ContentItem-d7fa17ef-1dff-4bd0-949c-209ab73e458f.html

歌詞

Il testo di “Chiamami ancora amore”

E per la barca che e' volata in cielo
che i bimbi ancora stavano a giocare
che gli avrei regalato il mare intero
pur di vedermeli arrivare

Per il poeta che non puo' cantare
per l’operaio che ha perso il suo lavoro
per chi ha vent’anni e se ne sta a morire
in un deserto come in un porcile
e per tutti i ragazzi e le ragazze
che difendono un libro, un libro vero
cosi' belli a gridare nelle piazze
perche' stanno uccidendoci il pensiero

per il bastardo che sta sempre al sole
per il vigliacco che nasconde il cuore
per la nostra memoria gettata al vento
da questi signori del dolore

Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
Che questa maledetta notte
dovra' pur finire
perche' la riempiremo noi da qui
di musica e di parole

Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
In questo disperato sogno
tra il silenzio e il tuono
difendi questa umanita'
anche restasse un solo uomo

Chiamami ancora amore
Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore

Perche' le idee sono come farfalle
che non puoi togliergli le ali
perche' le idee sono come le stelle
che non le spengono i temporali
perche' le idee sono voci di madre
che credevano di avere perso
e sono come il sorriso di Dio
in questo sputo di universo

Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
Che questa maledetta notte
dovra' pur finire
perche' la riempiremo noi da qui
di musica e parole

Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
Continua a scrivere la vita
tra il silenzio e il tuono
difendi questa umanità
che e' cosi' vera in ogni uomo

Chiamami ancora amore
Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore

Che questa maledetta notte
dovra'; pur finire
perche' la riempiremo noi da qui
di musica e parole

Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
In questo disperato sogno
tra il silenzio e il tuono
difendi questa umanita'
anche restasse un solo uomo

Chiamami ancora amore
Chiamami ancora amore
Chiamami sempre amore
Perche' noi siamo amore

「ボンちゃん。ゴリラは、未来を悲観視することある?」

|

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »