« 日本に必要な人物像 | トップページ | 向こうを向いた心 »

2011.04.30

鑊湯無冷処

ついにゴールデンウィークに突入した。

道を歩いていたら、一際目をひく猫が、二匹いた。

これ以上太れないというほどに、まるまると太っているのだ。

首輪のロープが車両通行止めのポールに結わかれてあったから、

飼い猫に違いないが辺りには飼い主はいなかった。

Neko3

どんな時も変わらず、

年間を通してゴールデンイヤー、

いや、人生そのものがゴールデンライフ、

自分を大きく見せることもせず、

ありのままの自分で、

ありのままに時と過ごす、

そんな人生を送っているように見えると言えば、

猫かな・・・、と思う。

Neko1

 

公園で日向ぼっこしている様子からは、

不思議と癒される幸せ感が漂っている。

 

脚や手や首が丸太みたいに太いほど福福しく可愛らしく見えるのも、

猫の不思議な魅力であると思う。

これが私だったら、

大根足だとか丸太の様な腕だとか三段腹だとか、

「ねえ、首が贅肉に埋もれているヨ、女終わっていると思わない?痩せなよ」

と、容赦ない言葉が誰かから飛んでくるのではないか・・・そんな気がする。

Neko2

言われた私は、

それもそうか・・・見苦しいか・・・と思ったりして、

頑張ってダイエットしなきゃ・・・と思うに違いない。

まあ、猫の心は猫にしかワカラナイ。

人間からはどう見ても怠惰な日常に見える猫も、

誰かに認めてもらいたいと思って、

情熱を注いで頑張ったりもしているのかもしれない。

 

それはそうと、考えてみると、

人間の心は矛盾した自分勝手な価値観に満ちている。

人は、多くの場合、頑張っている姿に感動してその人を好きになったりする。

猫の摩訶不思議な魅力は、

頑張る、勤勉、自己実現、誰かのために・・・、

といった価値観とは対極にあるように思える。

これが人間だったら、多くの人は惹かれないだろうに・・・。

でも猫の好きな人は、

そんなふうに猫の頑張っていない生き方に惹かれている事が多い。

 

禅の言葉に「鑊湯無冷処 (かくとうにれいじょなし)」というのがある。

熱湯の中には冷たい水が一滴も無いように、

何事にも心が煮えたぎるほど燃えて!というような教え。

 

実際、私の心も矛盾している。

「鑊湯無冷処」、私の好きな言葉のひとつなのだけれど、

「鑊湯無冷処」とは無縁な気配漂う猫属に惹かれるのも私なのである。

「ボンちゃん、ゴリラは矛盾した心を持っている?」 

|

« 日本に必要な人物像 | トップページ | 向こうを向いた心 »