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2011年4月

2011.04.30

鑊湯無冷処

ついにゴールデンウィークに突入した。

道を歩いていたら、一際目をひく猫が、二匹いた。

これ以上太れないというほどに、まるまると太っているのだ。

首輪のロープが車両通行止めのポールに結わかれてあったから、

飼い猫に違いないが辺りには飼い主はいなかった。

Neko3

どんな時も変わらず、

年間を通してゴールデンイヤー、

いや、人生そのものがゴールデンライフ、

自分を大きく見せることもせず、

ありのままの自分で、

ありのままに時と過ごす、

そんな人生を送っているように見えると言えば、

猫かな・・・、と思う。

Neko1

 

公園で日向ぼっこしている様子からは、

不思議と癒される幸せ感が漂っている。

 

脚や手や首が丸太みたいに太いほど福福しく可愛らしく見えるのも、

猫の不思議な魅力であると思う。

これが私だったら、

大根足だとか丸太の様な腕だとか三段腹だとか、

「ねえ、首が贅肉に埋もれているヨ、女終わっていると思わない?痩せなよ」

と、容赦ない言葉が誰かから飛んでくるのではないか・・・そんな気がする。

Neko2

言われた私は、

それもそうか・・・見苦しいか・・・と思ったりして、

頑張ってダイエットしなきゃ・・・と思うに違いない。

まあ、猫の心は猫にしかワカラナイ。

人間からはどう見ても怠惰な日常に見える猫も、

誰かに認めてもらいたいと思って、

情熱を注いで頑張ったりもしているのかもしれない。

 

それはそうと、考えてみると、

人間の心は矛盾した自分勝手な価値観に満ちている。

人は、多くの場合、頑張っている姿に感動してその人を好きになったりする。

猫の摩訶不思議な魅力は、

頑張る、勤勉、自己実現、誰かのために・・・、

といった価値観とは対極にあるように思える。

これが人間だったら、多くの人は惹かれないだろうに・・・。

でも猫の好きな人は、

そんなふうに猫の頑張っていない生き方に惹かれている事が多い。

 

禅の言葉に「鑊湯無冷処 (かくとうにれいじょなし)」というのがある。

熱湯の中には冷たい水が一滴も無いように、

何事にも心が煮えたぎるほど燃えて!というような教え。

 

実際、私の心も矛盾している。

「鑊湯無冷処」、私の好きな言葉のひとつなのだけれど、

「鑊湯無冷処」とは無縁な気配漂う猫属に惹かれるのも私なのである。

「ボンちゃん、ゴリラは矛盾した心を持っている?」 

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2011.04.29

日本に必要な人物像

鬼平犯科帳という時代劇を観て。

最近になって、初めてその時代劇を観たのだけれど、

これは池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』として知られているもの。

念のためにちょっと説明をしてみたい。

 

火付(ひつけ)盗賊改(とうぞくあらため)役、

人呼んで鬼の平蔵を演じるのは中村吉右衛門。

ストーリーは、

平蔵と平蔵の密偵との間に芽生えた深い絆が盗賊を改めさせていく。

密偵とは、今で言えばスパイにあたるのだと思うが、

そのスパイ達がとても優秀なのである。

彼ら無しには事件は解決できないだろうから、

密偵無しには鬼の平蔵も子鬼の平蔵ぐらいになると思われるのだが、

その密偵も、元はと言えば皆、元盗賊だったりする過去を持つ。

平蔵に捕まり、温情を受け、人生をやり直す機会を授かり、

生きる喜びを感じながら平蔵の密偵として働いている人達なのである。

平蔵が彼らを見る目は優しい。

彼らが報告にやって来ると、

必ず労いの言葉を伝える。

彼らを深く思いやっているのが分かるし、心をくばっているのが分かる。

深い感謝の念を抱いていることをしっかり伝える。

そういう姿に、絆が生まれる過程を見ることができる。

このドラマの最大の魅力は、“絆”だと思った。

 

剣もめっぽう強くて人間味溢れる長谷川平蔵という人物が、

実在していたのかが気になって調べてみたら、

実在した人物だったので少し記してみたい。

長谷川平蔵 1745生まれ

時代背景

1707年 (宝永4年) 富士山の最後の噴火(宝永噴火)から76年後の、

1783年(天明3年)に浅間山大噴火が起きる。

それに起因し、農作物の不作、インフレ、大飢饉が生じ、

火付盗賊が蔓延り出して世の中が酷く不穏になる。

それを治めようと、

1787年(天明7年)から1795年(寛政7年)まで、

火付盗賊改方長官になって活躍したのが長谷川平蔵なのである。

鬼の平蔵は、

鬼平犯科帳の人物像通りで犯罪者の更生を願った人であった。

老中・松平定信に、

人足寄場(にんそくよせば)」という、

無宿者や軽犯罪者を収容し、

多種多様な技術習得をする場を与え、

入所期間中に手に職をつけて更正させる施設を設けるよう進言し、

実施されるに至っている。

正に、その時代のヒーロー。

情熱、信念、人情、実力、リーダーシップを持ち、

心があって人間的魅力に溢れ、どこか可愛い人物。

そんな長谷川平蔵のような人物こそが、

今の日本に必要なのだろう、

と、鬼の平蔵を見ていたら思ったのだヨ!

(*゚∀゚)=3 ムッハー!! 鬼の平蔵、素敵だ!

 

「ボンちゃん、ゴリラ界にも伝説のゴリラっている?」

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2011.04.28

カバ・・・訃報

2011年4月16日午後7時過ぎ、

メスのカバ「サツキ」が死亡した。

39歳だった。

これまで15年間、

サツキ(写真左)とジロー(写真右)は上野動物園で暮らしていた。

いつ見ても寄り添いあってお昼寝をしていて、

それはそれは仲のいいカップルだった。

私が最後にサツキに会ったのは、4月5日。

東日本大震災の影響で休園だった動物園が再開して直ぐのことだった。

その日も仲睦まじく眠っていたから、

サツキが地震の影響で脚を痛め、

精神的にもダメージを受けていたことも、

高齢のために皮膚が荒れ化膿性関節炎になって、

辛い時間を過ごしていたことも何も知らなかった。

私が訪れた頃は、

休園期間中に徐々に症状が改善した頃だったようである。

しかし、再び症状が悪化し天国に旅立ってしまった。

ジローを遺して旅立つことは、

どんなにか辛いことだったろう・・・。

更に、今、気がかりなのは、ジローである。

サツキの死後、

餌を食べる量が減り、

プールに長い時間、潜ったままでいることが増えているという。

Kabasatsukijiro

(左、サツキ 右、ジロー 撮影日 2011/4/5)

 

サツキの不在が生んだ、ジローの心の穴は、

誰にも塞ぐことはできないだろうと思う。

そう思うと、どんな言葉も陳腐に思えてかける言葉が見つからない。

同時に、ジローが不在の天国に旅立ったサツキにも、

冥福を祈ることさえ逆に思いやりに欠けるように私には思えてくる。

それほど、サツキとジローは仲が良かったのである。

 

相思相愛のパートナーを失った時、

遺されたものは、

どうしたらよいのだろう。

どう生きたらいいのだろう。

その苦しみは、

人間もカバも同じに違いない。

今度ジローに会った時、

なんて声をかけたらいいのだろう・・・・・・。

 

「ボンちゃん。こういう時、ゴリラはどう接するの?」

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2011.04.27

“ドマッペロンの祈り”

かつて人間は自然を冒涜することなく生きていたように思う。

原発という発電方法は、

災害が起きれば一瞬で悲劇が起きる。

廃炉後も使用済核燃料を長期間保管しなければならない。

原子力発電所の運転がいつから始まったのかを調べてみた。

1954年、ソ連。

1956年、英国。

1958年、アメリカ。

1964年、フランス。

1966年、日本(茨城県東海村)。

ということで、世界としては57年前から、

日本では45年前からこのリスクを背負っている。

 

いつの日か地球や自然が怒って人間を見捨る日が訪れはしないだろうか。

地球のバランスがどんどん崩れてゆけば自然災害の増加が予期できる。

気候変動が促されて超高温や超低温になったら、

人間は生きることができなくなるだろう。

 

今、福島原発で放射性物質が空へ海へ大地へと垂れ流し状態となっている。

地球に、自然に、まずは謝ることをしたい。

なんとか人間を見放さないでいてくれるように祈念したいところだけれど、

そんなお願いを出来る立場ではない。

怒っていて聞いてくれるかどうかは分からないけれど、

お詫びの気持ちを伝えたいと思う。

 

そこで、第八弾、マイオリジナルおまじないを作った。

題して、“ドマッペロンの祈り”

~ドマッペロン、地球と自然に伝えておくれてよ!「汚してしまって本当にごめんなさい」、と~

Domapperon2

顔全体、ドレッシング。

(オリーブオイル、リンゴ酢、オリゴ糖、ラッキョウの果肉とエキス、塩、ペッパー)

眼球、モッツァレラチーズ。

お眼目、ペッパー。

瞳、トマトの種。

お鼻とお口、セロリ。

お耳、切干大根の煮物。

ドマッペロンの大きさは、直径20cmほどである。

Domapperon5 

ドマッペロンは、

ドマッペロンをドマッペロンたらしめるよう、

ドレッシング、モッツァレラチーズ、荒挽きペッパー、トマトの種、セロリ、干大根から創造されており、

名前はその一文字づつからなる。

“ド”=“ド”レッシング

“マ”=ト“マ”トの種

“ッ”=モ“ッ”ツァレラチーズ

“ペ”=“ペ”ッパー

“ロ”=セ“ロ”リ

“ン”=切干ダイコ“ン”の煮物

 

祈りを込めて、

「ドマッペロン、お詫びの気持ちを伝えておくれよ。空気を汚し、海を汚し、大地を汚し、数え切れないほどの地球上生物の命を奪い、それでも被害は止まらず、いまだに自然を冒涜してしまっている。大変申し訳なく思っている。心から、地球に、自然に、謝りたいと思っている。伝えておくれよ!」

そうドマッペロンに向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

ドマッペロンの顔であるドレッシングが動き、

顔色が赤み帯びたり、蒼白くなったりして表情が変化する。

Domapperon4

それこそが、ドマッペロンが自然に話をしてくれている証拠なのである。

Domapperon1

ドマッペロンの横には、

人間が心にもつ“愛”が伝わるものが添えられている。

“愛”は、

フレッシュイチゴジュース、薔薇の花びら、炭酸ミネラルウォーターからなる。

作り方は、

イチゴと砂糖を鍋に入れ煮る。

イチゴシロップをグラスの1/3まで入れ、

薔薇の花びらジャムを小さじ1加え、

スパークリングミネラルウォーターを注ぐ。

思いを込めてドマッペロンの横に置く。

そして、祈る。

 

ドマッペロンのアップ。

Domapperon3

「ボンちゃん、ゴリラは、自然を汚すことなく仲良く共生しているよね」

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2011.04.26

桜…ノスタルジア

「三日見ぬ間の桜かな」とはよく言ったものだと思う。

千鳥ヶ淵の桜並木を歩いたら、

ほんの10日ほど前は、

隙間なく薄紅色の花で染まっていた桜並木が、

新緑色の景色に一変していた。

桜の花とは一味異なる趣に浸る人もいる。

けれど、

中にはその移り変わりの速さに直ぐについて行けず、

物悲しい思いが押し寄せてくる人もいるだろうと思う。

私はどちらかと言えば後者の方に属するかな…、

行く春の名残を惜しみつつ花びらを捜すように地面を見ていたら、

さくらんぼのヘタみたいな桜の茎がいっぱい落ちていた。

その茎の先には紅色のガクがついていて、

緑の茎と紅のガクで織ったノスタルジーを覚える絨毯のようだった。

それはまるで、

3日見ないうちに散ってしまう桜の花が、

自分が散った後のことまで考えてあって、

直ぐに切り替えられない、不器用な心への心遣いのような、

そういう優しさ感じるノスタルジックな町並みだった。

桜はやっぱり完璧だ…。

あらためてそう思った瞬間に、

はらりと一枚。

ひらりと一枚。

目の前に桜の花びらが舞い降りてきた。

 

桜とは、なんて情深い生きものなのだろう。

桜とは、なんて愛しい花なのだろう。

桜とは、なんて優しい木なのだろう。

Chidorigafuchinosakura1_4

千鳥ヶ淵の桜 撮影日  2011/4/11

 

「ボンちゃん。ゴリラはどんな瞬間に、曇りかけていた心が晴れる?」

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2011.04.25

ミシミシ音

確か、3月11日の2日前あたりだったと思う。

家に午前中いたら、どこからかミシミシという音がしてきて、

音の発生源を確かめようと玄関の扉を開けて外を眺めてみたら、

そこらじゅうからミシミシミシミシという音がしていて、

どうやら辺りの家が軋んでいるようだった。

そんな経験は、これまでにしたことがなかったから、

ナンダロウ・・・この現象・・・と、不思議に思って、そのまま忘れていた。

そして、3月11日に大地震が起き、

ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ 

2日前のミシミシ・・・もしかして大地が大きく動く予兆だったとか・・・?

と、思って、それ以来、どこからかミシミシ音がしないかどうか、

妙に気になるようになってしまったのだけれど、

今日の午前中、

朝顔と向日葵の種を植えていたら、

ワァー!!(゚ロ゚屮)屮 ミシミシミシ・・・・・・。

と、あのミシミシに似た音が聞こえてきたのである。

 

今日の天気は、朝、曇り。

初夏を思わせる陽気だと思っていたら、

一天にわかにかき曇り雷が轟き大粒の雨が降ってきて、

冷たい風が吹き出して、

今度は青空が広がるという、

波乱に満ちたような天気で、

千葉県では竜巻が発生したというほどだから、

まさに春の嵐。

今日のミシミシの音は、

大地が大きく揺れる予兆ではなく、

春の嵐に起因した急激な温度変化によるものであると信じたい。

 

万が一、

大地が大きく揺れても、

アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!! しないで、

落ち着いて活動しようね!

 

「ボンちゃん、ゴリラは大地震の前に、自然の中の異変を感じる?」

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2011.04.24

“フキノビルの祈り”

福島第1原発では、

今も放射性物質が放散されているという。

放射性物質による空気汚染は、

空を飛ぶ生き物にだって影響を及ぼすはず。

渡り鳥であるヒヨドリが北へ向かう季節となっている今、

地上が立ち入り禁止区域となった福島原発周辺の上空は、

鳥だって防護服着用が必須な危険な空に違いない。

ヒヨドリが北に向かう途中で、

放射性物質を多く含んだ雲に突入してしまったり、

福島第一原発周辺の空を低空飛行したりしないよう、

ひたすら無事を祈るばかりである。

 

そこで渡り鳥の安全で快適な空の旅を祈念し、

第七、マイオリジナルおまじないを作った。

 

題して、“フキノビルの祈り”

~フキノビル、渡り鳥を守っておくれよ!!~

Fukinobiru1 

おでこ、フキの葉。

お眼目、フキノトウ。

お髭、ノビル。

その他、フキの茎。

フキノビルの大きさは、縦30cm、横50cmほどである。

Fukinobiru3 

フキノビルという名前は、

フキとノビルから付けた。

風が渡り鳥を援護するように“吹き”、

生き“延びる”ようにという思いから、

フキノビル。

ノビルのお髭は風との交信に役立つ。

 

祈りを込めて、

「フキノビル、放射性物質からヒヨドリを守る風を吹かせおくれよ!」

と、フキノビルに向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

フキノビルの目であるフキノトウの、薄い緑の花びらのような葉が、

外側から一枚ずつへたりだし、

お髭である、ノビルが横にゆらめくように動き出す。

それこそが風との交信なのである。

 

だからフキノビルの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

フキノビルのアップ。

Fukinobiru2

 

「ボンちゃん、ゴリラは、放射性物質で汚染された空気を感知できる?」

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2011.04.23

高い所を飛ぶのだよ!

今年もまた私を置いてモジーとモジコは北へ旅立ってしまった。

モジーとモジコとは、

毎年、11月になると庭にやって来て、

翌、4月の半ばあたりまで滞在しているヒヨドリである。

名前は10年程前に私が名付けた。

渡り鳥の寿命を考えると、

恐らく世代交代で入れ替わっているとは思うけれど、

我が家に来る2羽のヒヨドリはモジーとモジコと決めてある。

 

それにしても毎年不思議に思うことがある。

一緒に家族を連れて道案内ならぬ空案内をしないのに、

どうやって子供や孫が我が家の位置を知るのだろう。

カレンダーを見ているわけでも無いのに、

どうやって、毎年、11月の初めに我が家に辿りつき、

4月の半ば頃に日程に狂いも無く旅立つのだろう。

現代の人間には到底持ちえない超鳥能力に、

ただただ感服する。

 

そんなモジーとモジコ、

私が寝坊した日のこと。

ベッドから身体を起こし、

目の前の窓に何気なく目を置くと、

外の手すりにとまっていて私を見ている。

ワァ!と、軽く身体が浮くほどビックリさせられる瞬間なのだが、

そっと、というか、じっと、というか、

無言で私を見つめている。

その眼差しは、

「ゴハン、まだかな…」という思いに満ちているようで、

慌てての起床を促されることになる。

それが時にモジーなのかモジコなのか、

姿が似ているから分からないが、

いつもはキーキー鳴いているのに、

そんな朝は決まって黙って見つめているのだ。

それがモジーとモジコの私への思いやりなのか、

単に、

よく寝るなあー、とあきれているのかは分からない。

 

毎年、1年の半分近く毎日顔を合わせているから、

モジーとモジコは季節に戻る家族という位置づけとなっており、

旅立ったばかりの、この時期が一番寂しい。

旅立つ少し前に話しておいたことがある。

「今年は、放射性物質が空に舞っているから、

いつもの空とは違うからね、

福島原発上空は避けて、

その周辺の空を飛ぶ必要がある時は、

念のために、なるべく高い所を飛んで、

北に向かうルートも、よくよく考えて行くのだよ!

でも高い所には飛行機が飛んでいるから、

それにも気をつけて行くのだよ!」

そう伝えておいたのだけれど、

今となっては、

またこの冬、無事に戻って来られるように、

モジーとモジコの健康と快適な空の旅を祈ることしかできない。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、心配な時、やっぱり祈ったりするの?」

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2011.04.22

厚き厚き雲 

今、最も上司にしたい人のNO.1は池上彰さんだという。

確かに、池上さんが上司だったらいいと思う。

世の中には色んな人がいるとは思っているけれど、

かなり珍しいタイプの人物が私の上司であった時期があった。

どんよりとした空の主役である厚き厚き雲を見ていると、

その縁が私にもたらされた意味を、

何故だか考えてしまう私なのである。

 

例えば・・・、

「あ、そうだ。蟹、食べられたよね、好きだよね?」

などと、何の前触れもなく私が職場の誰かに問うとしたら、

蟹を一緒に食べに行くことを提案しようと考えている時とか、

その人に蟹を贈ろうとしている時とかで、

念のために、蟹アレルギーじゃないかを確認する際である。

けれど、

話し手側の人物が、

自分に関係の深い物事を他人に誇るような類の話をするのに、

こうした質問を投げかける人に出会うという数奇な体験をした。

唖然としたものだが、

今でも私の心にはその時に生まれた多くのハテナが消えずに居る。

それがいい歳を重ねた“オッサン”なのである。

その時、私は心から思った。

歳を重ねるってナンナノダロウ・・・、

私はナゼにこんなにも謎な人物に出会ったのだろう・・・、

それも私の上司という立場の人間としての出逢い。

この出会いに意味はあるのだろうか・・・、と。

その人物は、職場で私に会う度に次のような問いをしてきていた。 

「そういえば蟹、蟹はアレルギーとかなくて食べられるの?」

「トロは確か好きだったよね、食べられるよね?」

「伊勢海老、食べられたよね?」

「鰻は苦手じゃないよね?問題なく食べられるよね?」

そんな時は決まって、

どこかに行って来てそれらを食してきて、

格別に美味しかったという話をする時なのである。

モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━?????? 謎だ!

 

厚き厚き雲よ。私の戸惑いに、どうか雨を降らせておくれよ。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、いい歳してるのに無駄に歳だけ取っているような、ゴリラ界のモラルが全く身についていないゴリラって、いる?」

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2011.04.21

厚き雲

多くの人には、

もしかしたらどうでもいいことなのかもしれないが、

そのもしかしたらどうでもいいようなことが、

もしかしなくてどうでもよくなくて、

今日のような厚い雲に覆われた空を見ていると、思い出されくる。

それで、ひとり、厚い雲に思いを馳せてみる。

 

知人、友人という区分があるが、

男女問わず、

知人以上友人未満の存在である知り合いがいるように思う。

いったいその人達をなんと呼ぶのだろうか?

そのなんと呼ぶのか迷うところの人達が、

「今度、お茶しよう」、

「今度、ご飯食べよう」、

と、よくお誘いしてくれるから、

単純な私としては言葉どおりに受け取って、

「もっと色んな話をしよう」とか「もっと親しくなろう」という思いがあって誘ってくれているのかな…、

なんて思うわけである。

感じが良いし、

興味のあることにも共通性があるし、

特に断る理由もないから、

偶には私からも声をかけるのが礼儀かな・・・と思って、

時間のある時にお茶する?

と、さり気無く提案を投げかけてみると、

言っているだけで、

別段、その機会の実現を強く願ってはいないのかも・・・と、

感じるような気配が戻ってくることがある。

その時、私なりにその経験から学び、

「実現する気は無かったのか…」と、学習する。

事あるごとに誘っていたのは何だったのだろう、

謎な人物だ…という思いが残るわけである。

それでもまた、

会う機会があると何かにつけて“今度…”と誘ってくる。

 

その謎な“お誘い”を受ける内に一つの考えに辿りついた。

それは社交辞令のような挨拶の一種で、

例えば挨拶の「おやすみ」みたいなものなのかな・・・、と。 

本来、誰かに心から「おやすみ」という時には、

「ゆっくり寝て、体を休めてね♪」

という相手を思いやる気持ちが込められているのが、

殊勝な「おやすみ」という言葉の利用方法だと思うが、

誰もが皆、そんな理想的な「おやすみ」を言っているとは思えない。

 

それと似たようなもので、

なんと呼ぶのか迷うところの人が、

「今度、お茶しよう」、

「今度、ご飯食べよう」、

というのは、意思不在の声かけ的な挨拶で、

言っていると安心できる類の、

独自の儀式かなんかで、

儀式を省略すると何となく不安に陥るとかの理由により行っている。

┐(・?・)┌ 

そう結論付けてみたのだけれど…ドウナンダロウ。

厚き雲の厚さが測れないように、

真意と発する言葉にズレがある人の心は、

計り知れないものだと思う今日この頃である。

 

「ボンちゃん、心にもないこと言うゴリラって、いる?」 

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2011.04.20

興醒めするコミュニケーション 

辞書で「他人」と引くと、

「自分以外の人」と記されているが、

夫婦というのも元はと言えば他人。

一人の人と多くの時間を共有するようになると、

最初は気にならなかった些細なこと、

例えば、箸の上げ下げや食べ方といった事が、

次第に些細なことではなくなり、

気になりだしたが最後、

今度はそればかりが気になってきて、

ある日、離婚を決意したということにも成りかねないように思う。

でも、実はそればかりが問題だったのではなく、

日頃のコミュニケーション方法が大きく影響していたのかもね…、

と、思ったりする。

 

次にあげるような劣悪なコミュニケーションをもたれていたら、

たとえ100年の恋であったとして、

いずれマチガイナク冷めるだろうなあ…。

それは、

人が話しかけているのに、相手の顔も見ないで他のことをしながら聞く。

聞くと言っても、その聞き方が問題で、

相づちや頷きが素っ気なかったり、

話を聞くや否や直ぐに自分の話にとって変えたり、

口を開けば、まだ若いというのに過去の話ばかりだったり。

或いは、直ぐに意見や説教をしたり、

求めてないのに安易な慰めや励ましを言い、

挙句の果てには話を結論づけて終わりにするといったようなもの。

 

これは、夫婦間の問題のみならず、

同僚、友人、知人、街ですれ違う人など、

誰に対してでも、

良好な人間関係の構築を目指すならば、

するべきではないNGなコミュニケーションとされている。

真剣に親身になって話を聞く気持ちがあるならば、

恐らく行わないであろう行為だと私は信じて疑わないから、

もしも愛する人にされたら、悲しさのあまり興醒めするだろう。

やっている方は些細なことだと思っていたり、

気づかないことのかもしれないが、

それをされた方は、徐々に心に距離を置きだすはず。

その積み重ねが埋めがたいズレを生んでいくように思う。

 

「ボンちゃん、ゴリラはコミュニケーションには眼差しの深さが重要だよね?」

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2011.04.19

イニシエノ人

ケアンズ在住の友人からのメールによれば、

数日前、オーストラリアのQLD州でも地震があったという。

調べてみたところ、

4月16日午後3時31分頃、

QLD州北部海岸地域においてマグニチュード5.2の地震。

震源はタウンズビル南東124km、深さ10km。

今のところ被害は無い模様。

 

タウンズビルという地名にイニシエノ友を思い出したので綴ってみようと思う。

昔、私はケアンズのグリーン島でアルバイトしていたことがあった。

一緒に働いていた仲間には、

オーストラリア人、イタリア人、アメリカ人、イギリス人、スコットランド人、南アフリカ人、オランダ人・・・etcいて、かなり国際色豊かな職場だった。

短期的なアルバイトの人が多く、

時の流れと共に一人が去り二人が去ってとメンバーが入れ替わり、

盛り上がっていた雰囲気に衰えが生じ出し、

その寂しさもあり私も去ることを決めた。

それと同時に仲の良かった同僚から、

数週間から1ヶ月位を目途にオーストラリアを車で旅しようと誘われた。

誘ってくれたのは、私よりも少し年上の、温厚なオーストラリア人女性。

旅のもう一人の同行者は、彼女の仲良し、

私よりも少し年下の、生意気盛りという言葉がピッタリな、更に、発情ホルモンが抑えられないという言葉もピッタリな、同じく同僚のオーストラリアの女の子。

肉感的な身体を持て余してます、といったメッセージを、

余すところなく雰囲気で掲げている様が苦手で、

特に用が無ければ話す存在では無かったから、

一緒に旅するなんて想像もできないことで躊躇したのだが、

生涯を共にするわけでもないから・・・と思い、

3人でケアンズを出発した。

 

寝食を共にすると色々なことが見えてくるものである。

懸念していたことは見事に現実となった。

生意気盛り発情ホルモン型の女の子は、旅に出て一気に解き放たれたのか、

色仕掛け魔と化して毎晩のようにクラブに通い出し、

先々で知り合う男性とまるで握手でもするかのように深い関係になっていった。

彼女の人生哲学なのか、「“和”は持たぬこと尊し」といった具合で、

言いたい放題、やりたい放題、それでいて斜に構えているという、

際立った生活態度に私は辟易してきた。

3人の旅に暗雲が立ち込めてきたのが、

このタウンズビルの町あたりだった。

 

結局、私はそれから間もなくして、彼女達と別れる決断をしたのだが、

その先をひとりで旅をする私を心配してくれたのか、

温厚な方の、親友的存在の友が、

自分だと思って旅して・・・と言って、

常に彼女がはめていた金の指輪を私に差し出してくれた。

大切なものだと言うし、私は何も贈れるものを持っていなかったし、

彼女はとてもふくよかな身体をしていて体型は私の倍ぐらいあって、

手なんかはモチモチプックリだから指輪は私にはブカブカで、

指輪を失くす可能性が懸念されたから、

何度も何度もその指輪の受け取りを丁重にお断りしたのだが、

結局、別れ際に、

拒む私を無視して彼女は私の指に指輪をはめて行ってしまった。

 

それから一週間が経った頃だった。

その間、ブカブカの指輪を私の指の中で最も太い指である親指にはめ、

なんとか失くさないように気をつけて暮らしていたのだが、

ふと気づいた時、懸念していたことが現実となっていた。

私は金の指輪を失くしたのである。

 

これらの経験から学んだことがある。

教訓その一、懸念したことはだいたい起こるよ。

教訓その二、サイズの大きい指輪は必ず失くすよ。

 

あの時、散り散りになり、

それ以来、連絡することも会うことも無くなってしまったイニシエノ人達に、

またいつかどこかの町で何気ないことのように会うことがあるものだろうか。

あの時だって、たぶん、ただの偶然で出会った人々なのだろうから・・・。

 

「ボンちゃん。ゴリラは友情の証に何かを交換したりする?」

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2011.04.18

ああ、富士山・・・。

余震なのか新たなる地震なのか素人には分からないが、

こうも毎日大地が揺れていると、

どうしても気になってくるのは活火山である富士山の噴火である。

気になって仕方が無かったので、

あの美しき山の噴火の歴史をちょっと調べてみた。

内閣府のHPにある情報だから確かな情報であるに違いない。

その歴史的事実に、

大地ばかりか、

( ̄Д ̄;;・・・、

心まで揺らされる思いになるとは・・・、

ああ、富士山。

 

歴史資料上にある富士山の噴火は下記の通り10回。

781年 (天応元年) 
800~802年 (延暦19~20年)  延暦噴火
864~866年 (貞観6~7年)  貞観噴火
937年 (承平7年)   
999年 (長保元年)   
1033年 (長元5年)   
1083年 (永保3年)   
1511年 (永正8年)   
1560年 (永録3年)   
1707年 (宝永4年)宝永噴火

 

特に名前がついた噴火が3つ。

800~802年の延暦(えんりゃく)噴火。

864~866年の貞観(じょうがん)噴火。

最後の噴火となっている1707年の宝永(ほうえい)噴火。

ということで、

この300年間ほど富士山は穏やかな状態にある。

そこで気になってきてしまうことがある。

多くの専門家が、

2011年3月11日に起きた東日本大震災について、

869(貞観11)年の「貞観地震」との共通性を指摘し、

貞観地震の再来と見ている点である。

 

宝永噴火の際には江戸にも降灰したという記述に、

心に、灰らしきものが降りだした気がするのは私だけだろうか・・・。

参考HP・・・内閣府
http://www.bousai.go.jp/fujisan/about_fuji.html

ああ、富士山・・・。

そのままの姿でいて欲しい。 

「ボンちゃん、ゴリラも富士山が好き?」

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2011.04.17

“ヘタノコドンの祈り”

米軍の「トモダチ作戦」の指揮官が、

仙台空港上空を飛行中に、

「ARIGATO(アリガトウ)」の文字を浜辺に見つけて感動した、

という記事を見て涙が溢れてきた。

その記事http://mainichi.jp/select/world/news/20110417k0000m030030000c.html

私も、いち日本人として、

海外からの復興支援活動に心から感謝と敬意を込めて、

日本中の浜辺にARIGATOの文字を綴りたい思いでいっぱい。

そこで、

日本が勇気と希望を失わないように、

誰もが自分を信じて一歩一歩、

すくすくと発展していけますように。

という思いを祈念し、

第六弾、マイオリジナルおまじないを作った。

 

題して、“ヘタノコドンの祈り” ~ヘタノコドン、すくすく後押ししておくれよ!」!~

Hetanokodon

お眼目、トマトの“ヘタ”。

お眼目以外は全てタケ“ノコ”。

ヘタノコドンの身長は20cmである。

Hetanokodon2

 

ヘタノコという名前は、

ヘタノコをヘタノコたらしめているものの文字を少しづつとっている。

ヘタノコドンは、永遠に真っ直ぐに発展する力を有しその力を授ける力を持つ。

苦境にあっても真っ直ぐ発展しますように!と祈り、

「ヘタノコドン、すくすく後押ししておくれよ!」

と、ヘタノコドンに向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

ヘタノコドンの怪しげな色っぽさが増す。

それこそがヘタノコドンが持つユニークなエネルギー、

真っ直ぐすくすく発展型ハイパーエネルギー値、上昇の証。

だからヘタノコドンの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

ヘタノコドンのアップ。

Hetanokodon3

 

「ボンちゃん、ゴリラは、助けてもらったことを決して忘れない?」

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2011.04.16

会うのは一度がいい!?

イチゴは常に品種改良を行っているようで、

今ではその種類は100種類ほどあると聞いたことがある。

最近の主流は、トチオトメ、あま王、紅ほっぺあたりのようだけれど、

数年前に友人がどこだかの温泉旅行先で買ってきてくれた、

「桃ほっぺ」っていったかな…名前は定かではないけれど、

桃と苺が絶妙なハーモニーの苺があった。

ひとつ目を食べた後は苺の中に桃の味がすることに感動し、

「これぞ幻のイチゴだ!」と思ったが、

ふたつ目を口にした時には、

「やっぱり苺は苺だけの味で甘酸っぱい方がいい」と思い、

みっつ目以降もその思いは変わらなかった。

それから数年たった今、

あの芳醇さが忘れられず、

いつの日か再びあの味に会える日を待ち望んでいる。

人間て勝手だな・・・、元い、私って勝手だな・・・と思うが、

私の記憶の中で一際輝くこのイチゴを、

もしもしょちゅう食べられたなら、

記憶の中で一際輝くことはなかったのだろうか・・・。

それと一緒で、

誰かの心の中で一際輝く幻的魅力に満ちた存在の人になりたければ、

会うのは一度が妥当なのかな・・・なんて思ったりもする。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、一回がしょっちゅうに勝るってことある?」

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2011.04.15

“フニャク殿の祈り”

日本じゅうが揺らいでいるような今、

私たちはどのように、この国難を乗り越えていけばよいのだろう。

次々と押し寄せてくる多種多様な問題に、

いったいどうやって・・・と、

果たして対処法なんてあるのだろうか・・・と、思えてきてしまう。

どんな状況にいても、

乗り越えようとするならば、

それぞれが選ぶべき最善の策というものがあるはず。

うろたえてあっちへ行ったりこっちへ来たりしないように、

その智恵が欲しい。

 

そこで、智恵を授けておくれ!を祈念し、

第五弾、マイオリジナルおまじないを作った。

 

題して、“フニャク殿の祈り” ~フニャク殿、智恵を授けておくれよ!~

これまでのマイオリジナルおまじないキャストを紹介したい。

第一弾、ネギチャン

第二弾、ニリトハン

第三弾、ネトニン・タマシロリ

第四弾、ボゴベガ

第五弾、フニャク殿

 

“フニャク殿の祈り” ~フニャク殿、智恵を授けておくれよ!~

Funyakudono1

お眼目、コン“ニャク”の炒め煮。

お眼目以外は全て“フ”キとフキの葉の煮物。

フニャク殿の大きさは15cmである。

 

フニャクという名前は、

フニャクをフニャクたらしめている食品の文字を少しづつとっている。

不老不死で飛翔もでき、智恵を授ける神通力を持つ。

智恵を授けておくれ!と祈り、

「フニャク殿、智恵を授けておくれよ!」

と、フニャク殿に向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

ひょうひょうたる風貌が、より世間離れしていき、

フニャク殿は飄飄浪々たる気配を放ちながら旅立つ。

それこそが智恵探しの旅なのである。

だからフニャク殿の祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

Funyakudono2  

智恵探しに旅立つ瞬間のフニャク殿。

 

「ボンちゃん。ゴリラは歩く道の選択に迷ったりする?」

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2011.04.14

『小さなハテナ』

今の世界がこうしてあるのだから、

過去の世界もどこかにあるような気もする。

過去の世界は、いったいどこにあるのだろうか・・・・・・。

詩をつくってみた。 

 

 

『小さなハテナ』

 

 

記憶に小舟を そっと浮かべて

あの日のぬくもり 探しに出かける

えっちらこ こっちらこ

 

思い出よすがに 舟を漕いでると

霧に巻かれて 稲妻が光った

えっちらこ こっちらこ

 

さざなみ心に 立ちはじめる

無音な世界に 耳を澄ます

えっちらこ こっちらこ

 

変わらぬものなど なにもないのに

変わらぬ優しさ もとめてしまう

えっちらこ こっちらこ

 

確かなものなど なにもないのに

確かな愛を もとめてしまう

えっちらこ こっちらこ

 

置き去られた思いの 妙なる調べか

遠くから聞こえる シュプレヒコール

えっちらこ こっちらこ

 

旋律追いかけ 未練に問いかける

あの日はどこ? ぬくもりはどこ?

えっちらこ こっちらこ

 

浮かび上がった 思いのシルエット

小さなハテナを 私にくれた

えっちらこ こっちらこ

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは過去の世界を訪れてみたい?」 

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2011.04.13

『桜時の奇跡』

Chidorigafuchi2

 千鳥ヶ淵 桜 2011年4月

毎年、多くの人が桜がもたらす奇跡から感動をもらう。

心を淡紅色・白色に染め、

喜びを感じたり、英気を養ったり、

時に、涙と語り合ったりしながら、

桜時に居合わすことができた幸せに浸る。

今の東京は、

地震、放射線物質、未来への不安に怯える街と化しているが、

桜は、これまでもそうだったように、街に桜色の奇跡をもたらしてくれている。

詩をつくってみた。

Chidorigafuchi1

 千鳥ヶ淵 桜 2011年4月

『桜時の奇跡』

 

ベンチに座り 空を仰ぎ見る

遠く広がる 碧い世界に

ぽっかり浮かぶ舟 白い雲

 

ベンチに座り 池を眺める

水面に映る 碧と白に 

花びらの川 織り成す桜  

 

ベンチに座り 畔に目を置く

小鳥が桜を 啄ばみ散らし 

大地に花を 咲かせている 

 

ベンチに座り 桜を感じる

池に迫り出し 風に枝預け

水面と青空 行ったり来たり

 

ベンチに座り 目を閉じてみる

薄紅色した 花びら絶え間なく 

記憶にふりしきる 桜吹雪  

 

ベンチに座り 心窺う

ほの暗い涙から 追憶現われ

淡い優しさ 木陰にしまう 

 

一片の花びら 頬に舞い降りる

一片の花びら 瞼に舞い降りる

一片の花びら 心に舞い降りる

  

「ボンちゃん。ゴリラは桜を見て、何を思うのかな?」

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2011.04.12

東京・・・放射線測定数値

今でも地震は頻繁に起きているし、

暫く福島原発の問題は危うい状態にありそうだし、

どう考えても劇的に事が改善したとは思えないのだけれど、

東京から脱出していたイタリア人の友人、知人が東京に戻ってきている。

数日前に知ったイタリアのニュースに、ふと思った。

ザッケローニ監督は、まだイタリアに行ったままなのだろうか・・・と。

 

2011年3月16日、イタリア国営放送は放射性物質測定に関する、

イタリア人ビックリ!なニュースを伝えた。

その記事↓コチラ。

http://www.rainews24.it/it/news.php?newsid=151021 

記事の横に掲載された「新橋駅の女性」と題する写真は、

花粉症でマスクをしている女性と思われるが、

放射性物質を吸い込まないように気をつけているかのように見える。

記事の内容を要約してみたい。

6人のイタリア市民保護チームが放射線測定をローマ市で行ったところ、

普段のローマ市の放射線量は、1時間あたり0.25マイクロシーベルト。

一方、東京にあるイタリア大使館での測定は、1時間あたり0.04マイクロシーベルト。

え?!

ローマの日常的数値は東京の今の数値よりも高いぞー!驚きだ!

と、いう内容である。

 

気になるその後の東京の放射線測定の数値。

一週間ごとの数値が↓コチラでチェックできる。

http://ftp.jaist.ac.jp/pub/emergency/monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/weekly/201114w.html

2011-03-15   10:00~10:59 最大値 0.809

と、この日だけが他と比べて突出して高いのが気になるが、

ざっと見て、全体的にローマより低い数値となっている。

こうした実情を知ると、

それほどピリピリしなくとも大丈夫なのかな・・・と、ちょっと安心する。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界でも風評被害みたいな事って起きるのかな?」

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2011.04.11

桜は完璧!

Oshimazakura2_2

  (上野不忍池 2011年4月・・・オオシマザクラ)

 

動物が動物的勘を持っているように、

人間も人間的勘のようなものを持っているに違いないと思う。

感じたくも思いたくも考えたくもないのだけれど、

今週、大きな地震があるような気がしてならない。

そのことを時に妙な勘が働く変わり者の知り合いのお爺さんに話したら、

お爺さんもそう思うと言った。

もしかしたら・・・人間的勘で多くの人がそう感じているのかもしれない。

    Shinomazunoike1

   (上野不忍池 2011年4月・・・左、オオシマザクラ、右、紅桜)

そんな不安な思いを、

清楚で華やかで儚げで幻想的な桜は一瞬だけ忘れさせてくれる。 

一言で桜と言っても桜にも色々あって代表格はソメイヨシノだろうか。 

ソメイヨシノの桜道に、

珠に「オオシマザクラ」や「紅桜」が数本佇んでいたりする。

淡いピンク色の桜と若草色の葉が仲良さそうな「オオシマザクラ」、

濃いピンク色の八重が心に残る「紅桜」、

これまた心惹かれるのだ。

Oshimazakura

(上野不忍池 2011年4月・・・オオシマザクラ)

人間界に完成された人間なんてひとりもいないというのに、

桜はどれも完璧な美を持っていて完璧だと思う。

「ボンちゃん。ゴリラの哀愁も完璧のレベルに達しているよ」

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2011.04.10

我思う・・・イタリア映画

日本映画や恐らくアメリカ映画もそうだと思うが、

ストーリーには起承転結があるのは基本で、

それは物語を作る際には不可欠なものだと私は思っていた。

けれど、

そうした目線でイタリア映画を観てしまうと、

ナゼナノナゼナノナゼナノ……(ノο)ノ  ゚ ゚

と、目がスクリーンに駆け寄ってしまう現象が生じる。

それがどうしてかというと、

いまひとつ物語りに入り込めず、

「問題山積に見えるこのストーリーを、いったいどうやってまとめるのだろう・・・」

と、謎と期待と知的好奇心を以ってして、

現実の空間から目の前に広がる仮想の世界を眺め観していると、

スクリーン上部から音も無く文字が下りてきて、

THE ENDを知らされる。

それはまるで一匹の蜘蛛が映画上映中に、

スクリーンの光を太陽だと間違ったのか、

或いは通り道だったのか知らないが、

いずれにしても、その物語に全く興味の無い蜘蛛が、

我が道を進むとばかりにチョロチョロと下りてきたような印象を受ける。

なんだか肩透かしされた気分にもなり、

「この物語りも起承転結の“結”がない・・・・・・」

と、消化不良な気分でエンドロールを見つめる事になる。

それがイタリア映画鑑賞後に得る最近の私の傾向となっている。

次第にいくつかのことを学習した。

 

イタリア映画というのは、

ハリウッド映画に比べたら桁違いの少ない予算で行われているという。

実際、映画の舞台となるのは規模の小さい舞台での物語り多い。

例えば・・・ある一家の自宅と、その町内だけだったり、

ある町の病院と、その町内だけだったり、

ある町にあるホテルと、その町内だけだったり。

低予算で高価なCGを使ったりして豪華なエンターテイメント性を醸し出すのは無理。

映画を観れば、いかに予算が少ないかは観るものに伝わる。

低予算で、

涙あり笑いあり感動ありメッセージ性あり、

今を生きる勇気あり明日をも生きる勇気あり、

その世界観に心が釘付け。

そんな映画を作るのは物凄く難しいに違いないことは想像するに容易い。

ロベルト・ベニーニ監督のライフ・イズ・ビューティフルは正にそれだと思うが、

あれほどの名作が、

そうしょっちゅうできるはずもないことは素人でも分かる。

 

故に、社会問題を提起するだけに着目した映画が多くなっているのだろう。

従って、物語は、

今のイタリア社会問題だったり、そこに生きる人の心の闇だったりで、

予算の無さが影響するのか、着眼点が陰だからか、

イタリアの街の電気のつけ方が控え目だからか、

映像の色合いは地味な感じでどちらかというと暗い印象。

問題を解決に導く案が無いから問題となっているわけで、

それで国民が悩まされているのだから、

ハッピーエンドに話を結論付けられるはずもなく、

問題山積状態で映画がプツッと終わるのも、分かる。

そう考えていったら、

「おっ、いつも観ているイタリア映画の傾向が生まれる!」と、気づいたのだ。

 

「ボンちゃん。ゴリラは物語はハッピーエンドが好き?」

 

追伸、

昨日紹介した映画『はじめての大切なもの』と、

同監督の『見わたすかぎり人生』(「イタリア映画祭2009」上映作品)は、

コメディータッチで社会問題提起し、

涙あり、感動あり、考えさせられもして、

起承転結もある数少ない方の映画だと思うヨ!

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2011.04.09

イタリア映画祭2011

女性が整形手術をする傾向があるのは、

おそらく・・・大半の男性は容姿が美しい女性を好むと思っているからだろう。

おそらく・・・見た目が美しくあれば幸せになれるはずだと思うからだろう。

と、思う。

けれどもしかしたら女性が思うほど、

男性は女性の容姿の美を重要視していないのかもしれない。

と、思ったのは去年、2010年のあるイタリア映画を観た時のことだった。

その映画とは、

『はじめての大切なもの』La Prima Cosa Bella(The First Beautiful Thing)

(2010年 監督:パオロ・ヴェルズィ Paolo Virzì)。

米アカデミー賞イタリア代表に選ばれた作品でもある。

 

それを今なぜ思い出したかというと、

2011年4月29日 - 2011年5月4日のゴールデンウィーク中に、

有楽町朝日ホールで開催される、

「イタリア映画祭2011」のラインナップにその映画があったからなのである。

日本語字幕付きで見る絶好のチャンス! 

イタリア映画祭は日本未公開の最新イタリア映画を上映する。

従って、すぐに前売りが完売するので、ご注意を。

 

イタリア映画祭2011

http://www.asahi.com/italia/2011/

 

「ボンちゃん。ゴリラも愛する者が素敵過ぎると、嫉妬心から猜疑心が芽生えて自分の感情のコントロールが難しいと感じることってある?」

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2011.04.08

“ボゴベガの祈り”

3月11日の東日本大地震以降、

心のリズムの狂いを感じている人も多いのではないだろうか?

 

そこで、平静よ戻っておいで!を祈念し、

第四弾、マイオリジナルおまじないを作った。

 

題して、“ボゴベガの祈り” ~平静よ戻っておいで!~

Bogobega1

これまでのマイオリジナルおまじないの大きさを紹介しよう。

第一弾、ネギチャンはネギ1本、

第二弾、ニリトハンは直径27.5cmほど。

第三弾、ネトニン・タマシロリの直径は111cmほど。

第四弾、ボゴベガはの直径は25cmほど。

 

“ボゴベガの祈り” ~平静よ戻っておいで!~

お口は、カ“ボ”チャ。

お眼目、イチ“ゴ”。

お顔は、キャ“ベ”ツ。

まゆげは、ショウ“ガ”。

 

ボゴベガという名前は、材料の文字を少しづつとっている。

平静よ戻っておいで!と祈り、

「ボゴベガ、平静を戻しておくれ!」

と、ボゴベガに向かって言うと、

その祈りの強さに応じて、

ボゴベガの顔に広がる模様が白く光るのである。

だからボゴベガの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

 

ボゴベガのアップ。

Bogobega2

 

「ボンちゃん。ゴリラは、どんな時に心のリズムが狂う?」

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2011.04.07

折り図で折れず

折り紙に 苦手な算数 思い出す(5・7・5調)

今日はちょっと打ちひしがれた。

私を悩ましたその原因というのは、折り紙なのである。

非常時やお花見の時なんかに、

紙コップや紙皿の代用として、

新聞や不要になったカレンダーなどを利用し、

コップを作りその上にビニール袋を被せたり、

お皿を作りその上にサランラップをかけたりしたら、

立派な食器に早代わりすると思って、

折り方を覚えておこうと折り紙の本を入手した。

それで、

折り方を示す折り図というのを見て折ってみたのだけれど、

思うは易し、行なうは難しで、

これが想像以上に難解なものと私にはなった。

 

山折り線は一点鎖線(「―・―・―・―・―」)、

谷折り線が破線(「― ― ― ― ―」)、

あちらこちらに矢印がぐるりと円を描いて、

アチラから折って開いてコチラを折って、

更に開いて裏返したら、

さっき折ったコチラ線を頂点に△の角を合わせて折って表に返す・・・etc.

例えるならば、

スゴロクの中に無数な数の標識があるようなものだろうと思う。

そのバラエティに富んだ指示の多さに私は迷子になった。

いくつかの形の箱作りに挑戦したものの、

数時間の格闘の末、

結局ひとつも折りあげることができなかったのである。

その結果、何を思いだしたかというと、

算数の時間に、

展開図から立体をイメージしたり、

立体を展開することが大の苦手で、

いや、苦手というより無知との遭遇で、

回答の不明度の深刻さに悲しくなってきた過去だった。

 

「ボンちゃん。ゴリラにも得て不得手があるの?」

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2011.04.06

『桜の記憶』

一昨年も昨年も桜の季節に、

詩を幾つかつくっていたことに気づいた。

今年も、そんな気配かな・・・。

詩をつくってみた。

 

Sakura20111

             (飛鳥山公園の桜 2011-4-6)

 

 

『桜の記憶』

 

あなたに遠ざかる 桜の記憶

朝が過ぎ去り 夜が来たなら

 

あの日の思い出 一日遠く

正しく順繰り 離れ行くわ

 

あなたは あれから どうしてるの?

桜の下で あなたと見つめた

 

夕焼け空に よく似た空を 

同じ桜と 見つめているの

 

あなたもわたしも 変わりゆくけど

きっと変わらぬ 桜の記憶

 

あなたを思い 花びら拾い

本に挟んで 思い出綴じる

 

「ボンちゃん。ゴリラは桜を見ると、心が華やぐ?」

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2011.04.05

カバ・・・睦まやか

心が惹かれる睦まじさ。

久々に上野動物園を訪れた。

Kaba1_3

西園にいるサツキ(左)とジロー(右)。

彼らは、いつ行っても、こんなふうに寄り添っている。

どうしてそんなに・・・と思うほど仲がいい。

動物園でカバがカバと出逢えるご縁の数は、

人間が人間に出逢えるご縁の数と比べたら圧倒的に少ない。

それなのにサツキとジローは相思相愛の相手に出会った。

それを奇跡と言わずに、なんというのだろう。

 

何も着飾ることもない。

寝起きの顔を隠すふうでもない。

背伸びして自分を大きく見せるふうでもない。

あんなに狭い放飼場にいても、

不満をぶつけているふうでもない。

お昼寝をするタイミングも同じらしく、

添い寝する姿はただただ幸せそうで、

心が満たされているように見える。

 

日本人が、

あんな風に生きられたら、

福島原発問題が生じることも、

放射性物質が海に流れ出して海を汚すこともなかったのだろう。

と、ふとそんなことを思ったりした。

 

「ボンちゃん。ゴリラも愛する者と寄り添って眠りたい?」

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2011.04.04

桜・・・中目黒

今日も花冷えの一日。

各地で桜祭りは中止となっており、

中目黒も同じく様々なイベントが取り止めとなっているが、

今日の町の様子は、お花見にいらした方々で活気に満ちていた。

Nakameguro1_4

中目黒川沿いの桜。(撮影日 4/4/2011)

全体としては3分咲きという感じだから日曜日にはきっと満開かな・・・。

そこでイレギュラーな企画のお知らせを。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★  

~桜満開の日に占い鑑定を!~ 

4/10(日) 14:00~19:00頃までの予定

中目黒:アートギャラリー和樂 東京都目黒区青葉台1-29-12

Tel 03-5794-5887  中目黒駅より徒歩5分 

混み合うことも予想されますので、

ご予約の上、ご来店くださいますようにお願い申しあげます。

心より、お待ちいたしております。

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★ 

 

「ボンちゃん。今年も中目黒川沿いを桜が色っぽい雰囲気にしてくれたね!」

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2011.04.03

ゴリラ・・・ケンタ君

2007年4月に撮った懐かしい写真が見つかった。

上野動物園にいた頃のゴリラのケンタ君。

ケンタ君は今、千葉市動物公園にいる。

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足の裏が見えるの、ワカルカナ?

Gorillate1 

手相が見えないのが惜しい。

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片目を開けて、やや恥ずかしげに私を意識するケンタ君なの。

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燻し銀のような魅力を放つケンタ君!ス・テ・キ!

「ボンちゃん。やっぱり日本の四季は、ゴリラは春が好きなのかな?」

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2011.04.02

花冷え

なんとなく目に留った優しさ。

よく、喫茶店の前のガードレールの近くなんかに、

「お客さま感謝デー」と書かれた宣伝用ののぼり旗があったりする。

ポリエステル製で大きさは縦が1m50cm程、横が70cm程の生地だろうか、

風でゆらゆらと揺れていたりする、あの旗。

 

私は二階にある喫茶店の窓際の席に座って考え事をしていて、

目を落とした所にその「お客さま感謝デー」があって、

見るともなくなんとなく見ていた。

次第に旗の揺れが大きくなってきたから風が強くなってきたんだな・・・、

と思っていたら男性が旗を手で押さえだしたのである。

その時、私は初めて旗の側に男女三人が立ち話をしていた事に気づいた。

男性二人はガードレールに腰掛けており、

女性は、旗の直ぐ側に座る男性の前に立っていた。

話を進めやすいので、この男性を翔太君、女性を桜子ちゃんとしておきたい。

 

桜子ちゃんは、ちょうど旗を背にして立ってた。

旗の揺れ幅が大きくなって、

桜子ちゃんに旗が覆い被さると心配としたと思われる翔太君は、

「そこに居ると旗が被さるよ」と言うこともなく、

風が吹く度に「お客さま感謝デー」を一生懸命に手で押さえていた。

なぜ、桜子ちゃんが翔太君の行為に気づかないのか?

それが何よりも謎なのだが、

もしも桜子ちゃんが気づいていたら移動するだろうと思うと、

気づいていなかったのかな?とも思う。

けれど、気づかないというものかなり不自然で、

本当に気づいていなかったら、

桜子ちゃんは翔太君に全く興味を抱いておらず、

残念ながらほとんど見てもいないということになるのだろうか・・・。

 

翔太君はナゼ、桜子ちゃんに「旗が被さるよ」と、伝えなかったのだろうか?

それはきっと、それを言ったら桜子ちゃんは太一君の方に移動するからだろう。

そうそう、太一君とは、もう一人の男性の名前にしたからね。

それを避けたいと翔太君は考えたのだろう。

桜子ちゃんの身体の向きは、翔太君の隣に座る太一君の方に向き、

太一君に向かって話をしている様子だった。

その様子を見守るように、

翔太君は旗を押さえては、頷いたり途中でちょっと言葉を挟んだりしていた。

 

懸命に旗を押さえる翔太君の姿は、

見慣れない珍しい身体の動きだったし、

見ず知らずの私が二階から気になった程だから、

目の前に立つ桜子ちゃんには何故分からないのだろうと、不思議だった。

桜子はただ単に鈍感で翔太君の心遣いに気づかなかったのだろうか?

桜子は翔太の心遣いに気づき心地良いからそのままにしていたのだろうか?

桜子の興味は太一に集中し、翔太の桜子を思う心に気づかないのだろうか?

或いは、気づいていて気づかぬ振りをしているのだろうか?

桜子は翔太の行為を太一に見せ、太一の心を刺激したかったのだろうか?

桜子は翔太のそうした優しさが逆に疎ましく、知らない振りをしたのだろうか?

 

三人には適度な距離感が感じられたから、

どちらかと桜子が既にカップルだとは思えなかった。

風の強さに準じてゆらゆら揺れる「お客さま感謝デー」の旗を見ながら、

私の勝手なる推理は進んだ。

桜子は太一が好きなのだが太一の心の内が掴めない。

太一も翔太も俗に言う草食系男子でいまひとつ煮え切らない。

中でも、より意思表示が乏しいのは太一の方。

でも、頭も良く、背も高く、顔も桜子好みのイケメンである。

就職も希望通り決まり4月から社会人としての第一歩を踏み出したばかり。

ふたりと比べたらずっと積極的な桜子は、

自分に行為を抱いているのが分かる翔太に、

「太一君と三人でお花見に行こうよ」、

と、声をかけてこの度、お花見に集まった三人・・・。

 

花冷えする中、

寒そうにしながらもなぜだかいつまでも三人は立ち話をしていた。

誰もが気遣いあっていて拉致が明かないかのように・・・。

あまりの拉致の明かなさに心が花冷えしないことを祈るばかりである。

 

「ボンちゃん。ゴリラは疎ましく思う優しさがある?」

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2011.04.01

エイプリルフールな切手

今日、生まれて初めて500円普通切手というものを見たのだが、

髪の毛らしきものが全部、

いっせいに天に出発していて、

その様は際立って異様で不思議で怪しげ。

いったいどなたさまなのだ?!と、図柄に目が釘付けになった。

もしもこの500円普通切手が封筒に貼られてあったら、

意図的に奇異さをアピールするために誰かが敢えて貼ったもので、

エイプリルフールかなんかのビックリ封書?

と、私ならマチガイナク思う。

 

そこで早速調べてみたところ、

なんだかとっても奥深い森にある、

神秘的な小道に辿りついたような気がした。

 

郵便局などで売っている普通切手は28券種だという。

図案をよく見ると、

圧倒的に多いのが空を飛ぶ生きものになっているのが興味深い。

その大半を占めているのが、鳥で、特に200円未満に多い。

次に多いのが花。

蝶とミツバチが1種類づつあって、残りの4枚が以下の通り。

1円普通切手の前島密像

200円普通切手の埴輪

300円普通切手の金剛峯寺恵喜童子像

500円普通切手の伐折羅大将

 

そう、その正体は、伐折羅大将(ばさら だいしょう)。

伐折羅大将とは、薬師十二神将(じんしょう)の一神で、

多くは剣を持ち、忿怒(ふんぬ)の姿をしているのだそうである。

エイプリルフールに何かを送る際は、

是非ともバサラ様な魅力の切手で、

心を送付してみてはいかがかしら?

 

( Д) ゚ ゚  … 泳ぐ 泳ぐ 海外まで 目が泳ぐ。

 

郵便局の普通切手一覧http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/standard/index.html

 

「ボンちゃん、ゴリラは何かの瞬間に毛が逆立ったりするの?」

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