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2011.05.18

思うように生きられず

人生初の挑戦となる、

ぬか漬け作りに挑んでいる私は、

ぬか床を混ぜ混ぜしながら、ふと、思った。

ぬか床作りというのは、

一律に誰もが、

頑張れば必ず報われる結果がもたらされるものである、と。

頑張れば頑張るほど、

言いかえれば、混ぜれば混ぜるほど、

期待通りのぬか床になって味の良いぬか漬けができる。

 

それに比べて人生というのは、

ぬか床のようには、なかなかいかないものだろう。

けれど…次のようなことも同時に思った。

 

思うように生きられず、

思わず…世の中とはなんて不公平なんだ、

なんて考えてしまうことって、

誰にでも一度くらいはあることだと思う。

 

「過去の栄光に浸る」とか「過去の栄光にすがる」、

といった表現がある。

これらは一般的に否定的な意味で使われることが多いけれど、

過去に栄光があるということは、

いつでも浸ったりすがったりできる思い出があるということだから、

辛い時に潜り込むシェルターを心に持っているようなものである。

だから、単純に考えれば、

過去によき時代がある人の方が、

より快活に“今”を過ごせるように思う。

けれど、

こうした言葉が否定的な意味で使われていることからも、

“今”が過去に比べてスイスイと事が運んでいなかったりすると、

昔は…、と、

良き思い出に心が執着しがちになるものなのかもしれない。

過去に良き時代が無い人からみれば、

なんと恵まれた人なのだろうということになるとしても…。

 

頑張っている人ほど、

報われない思いに心がやりきれなさを覚えることってある。

「こんなに頑張ってるのに、思うように生きられないし、

なかなか軌道に乗らないし、自分はなんてアンラッキーなんだ…」

と、そんな思いにかられるかもしれない。

けれど、人生を振り返り、

「これぞ過去の栄光だ!」

と言えるような思い出が無い人の方が、

俗に言う成功者(獲得した地位や名誉や財産といった気がかりなことが多くなった人々)より、

ずっと気楽に生きられるのは事実。

失うものも少なかったり無かったり、

誇りたくなる過去が無かったり、

無い無い尽くしなら、

必然的に現在か未来しか直視しようがない。

考えようによっては、

超ラッキーな人に当てはまっているように思える。

 

多くの人は、

早くに栄光を手にしたいと考える傾向があるけれど、

強い光は必然的に濃い色の影をもたらすというのが自然の摂理。

目指すものが大きい人ほど、

手にする光も、

それに比例して着いて回る影も濃くなるのだろう。

何かを目指している途中に、

なかなか思うように生きられないという思いから、

元気がなくなって、しゅんとならないで欲しいと思う。

早くに栄光を手にしない巡り合わに生きられている人の方が、

ラッキーかアンラッキーかで考えたら、

やっぱりラッキーだと私は思うの!

光は遠くで見ている方がずっと綺麗な気もするし…。

 

ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ!過去に栄光がないのって、素敵なことじゃない!

 

「ボンちゃん。ゴリラは過去の栄光に浸ったりするの?」

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