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2011.05.01

向こうを向いた心

なんとなく、

あの不可解な情熱に満ちた家族を眺めたくて、

前に一度観たイタリア映画を観た。

結婚式に、まずこの映画を新郎新婦に見せて、

「どんなに深く愛し合って結婚して子供にも恵まれても、

この映画のように悪夢な事態に陥る可能性はある。

それでもあなたは結婚しますか?」

と、もしも神父さんが新郎新婦の誓いの言葉の前に尋ねたら、

結婚を見合わせるカップルも少なくないんじゃないか・・・、

そんなことを思わずにいられない映画である。

 

『リメンバー・ミー』(伊題:Ricordati di me)

2003年/監督:ガブリエーレ・ムッチーノ

 

太ったマンマが料理を振る舞い家族団欒、

小さいながらも楽しい我が家、

ちょうど、「小さな村の物語 イタリア(BS日テレ)」の暖かい家庭が、

日本人が持つステレオタイプ化したイタリアの家庭のイメージだと思うが、

『リメンバー・ミー』からは、

それとはかなり違うリアルなイタリアの日常が伝わってくる。

 

この映画の内容、

『リメンバー・ミー』 私を覚えていて 

というよりも、『私を気にかけて』といった意味が強いと思うが、

タイトルとしては『ああ、結婚』でもいいような気がする。

それというのは、この映画を観て真っ先に思い出された映画があった。

 

『ああ結婚』(原題: Matrimonio all'italiana)

1964年/監督:ヴィットリオ・デ・シーカ

ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニによる、

愛憎地獄に降り立った男女が再び一緒に笑顔で暮らす物語である。

 

これらの物語が、

その時代のイタリアを生きた男と女の愛憎劇の象徴と考えるならば、

1964年代のイタリアの男女のあり方と、

2003年代のイタリアの男女のあり方は、

ほとんど変わっていないように思える。

 

心がどこか浮き草気質なイタリアの夫がもたらす薄情さに、

阿修羅の如くに立ち向かい薄情を捻じ伏せて情を取り返すイタリアの妻。

 

日本の女性は持ち合わせないような独特な強さを持つイタリアの女性の姿に、

対極的なイメージの女性像が描かれた歌を思い出した。

「ジェルソミーナの歩いた道」

(歌手:テレサ・テン作詞:門谷憲二 作曲:丹羽応樹)

 

私も、この歌詞に出てくる女性と同様に、

心変わりした男を腕付くでも取り返す美学は持っていない。

愛していれば愛しているほど相手の心を尊重してしまうだろうから、

向こうを向いてしまった男をこちらに向かそうとはしないだろうなあ・・・。

 

「ボンちゃん。ゴリラは向こうに向いた心を、腕付くでも取り返そうとする?」

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