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2011年6月

2011.06.30

猫の恋

人はいさ 心も知らず ふるさとは
   花ぞ昔の 香(か)ににほひける

『古今和歌集』 紀貫之(35番)春・42

意訳 

あなたは、さてどうでしょうね。他人の心は分からないものだから。

けれど、ふるさとでは、

花(梅)がかつてと同じいい香りを漂わせている。

 

この短歌は恋人を思って歌ったものではないというけれど、

知人、友人、恋人、夫、妻、子供等など誰を対象に考えても、

その対象に対して、今、自分が抱いている思いが、

未来も同じであるかどうかは分からない。

それは相手だって同じことで予期に反して変わりもする。

その点、動物は違うと言いたいところだが、

ここ最近、近所に住む猫のクロベエが急につれなくなって、

クロベエに何が起こったのかと観察していたら原因が判明した。

今、クロベエには夢中に追いかけている猫がいるのだ。

数日前のことだった。

家に帰る途中、一匹の見慣れない猫と道ですれ違った。

器量もスタイルも良く、品性を感じる猫だった。

声をかけると、すぐ側で歩を止めしゃがむ様に座った。

すると、すぐ後ろからクロベエが追いかけて来たのである。

クロベエの形相と態度が少し異様で、

その目は獲物を狙うハンターのごときの鋭さを持ち、

目の前に立っている私のことなど全く見えていないよう様子だった。

姿勢を低くし、忍び足で一歩一歩、猫に近寄ろうとするその様は、

まるでそうしていれば見つからないとでも思っているかのよう。

対象となっている猫は私とクロベエを交互に見ていたから、

その猫にも私にもクロベエの姿は丸見えだというのに、

そのことに気づいていないのはクロベエ、ただひとり(ひとねこ)。

いつもの様に「クロベエ!」と声をかけてみた。

が、全く相手にされていないことがすぐに分かった。

そればかりか、

「( #` ¬´#)この猫だけは誰にも渡さない!」、

といった気迫に気圧されてちょっと怖かったから、

ライバル視されて反撃でもされる前にと、私はそそくさと退散した。

 

こうして、クロベエが恋に落ちていることを知ったのである。

その後、何度かクロベエに会ったが、

依然、つれない。

そっけなく、足早に私の前を通り過ぎて行ってしまう。

ちなみに、クロベエは飼い猫なのだけれど、

その家で子供(人間の子)が生まれたのを理由に、

去年の秋あたりから外で飼われるようになったから、

飼い猫と野良猫のハーフ状態の猫である。

クロベエという名前に関しては、

私が勝手にそう呼んでいるだけで、

飼い主の家では…忘れたけれど、もっと女のコっぽい名だった。

ということでクロベエは雌猫。

なので、イケメンをハントしようとしている女子なのである。

女同士の友情なんて…所詮、こんなものか…と、

態度が急変したクロベエに、

なんとも心寂しい思いを抱きつつ、

紀貫之の和歌を思い出す私なのである。

 

「ボンちゃん、ゴリラの友情は永遠?」

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2011.06.29

百人一首 v.s 甘味組

再び、暑過ぎる夏がやってくる、それは避けがたい事実である。

と、今朝の太陽が私に呟いたような気がした。

それにしても、暑い。

「ただひとつの小倉アイスを欲する」

と、暑さに慣れない私の身体が、今朝呟いた気がした。

それで朝食は小倉アイスに決まったのだが、

食べながら、ふと思った。

小豆の粒あんのことを、なぜ「小倉」というのだろうか…?、と。

小倉アイス、小倉あんぱん、小倉最中、小倉羊羹など、

粒あんのものを、小倉○○と呼ぶ。

そうそう、小倉百人一首も。

甘味の小倉と百人一首の小倉、

果たして同じ小倉仲間なのかどうか調べてみた。

 

結論から言うと、その起源は同じ、京都の小倉山なのである。

アイス、あんぱん、最中、羊羹、百人一首、

小倉繋がりの彼らは言わば親戚みたいなもの。

 

名前の由来は次の通り。

百人一首…『百人一首』は藤原定家の私撰歌集である。定家が晩年を過ごした別荘があったのが京都の小倉山であったことから、地名をとって『小倉百人一首』とよばれるようになったとか。だからもしも、定家が等々力渓谷で和歌を撰んでいたら『等々力百人一首」とよばれていたのだろう…。個人的な思いとして、『小倉百人一首』と呼ぶより、『小倉山百人一首』と呼んだ方が、より響きにふくみがあって、紅葉の山の美しさとロマンティックな和歌とが重なり合う気がする。
 

小倉甘味組…小倉餡と言えば粒粒が残った餡をさす。その粒粒の様が、京都の小倉山に点在する紅葉の様に似ているからだとか。小豆の粒粒を紅葉に見立てるとは、なんと風流なのだ…そう思わずにいられない。

 

小倉山とは、京都市の北西、右京区嵯峨にある紅葉の名所。

百人一首に、嵯峨の小倉山の美しさを歌ったものがある。

小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
   今ひとたびの みゆき待たなむ

              貞信公

〈意訳〉

小倉山の紅葉よ。もし人の心が分かるなら、
 もう一度天皇がおいでになるまで、美を失わないで欲しい。

貞信公がそうであったように、

嵯峨の紅葉を誰かに見せたい、

その美を分かち合いたいと思う人は多いに違いない。

キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ ここだけの話、

「小倉」にちなんだネーミング対決の勝負の結果は、

小倉甘味組の由来の方が、

発想がひとひねりある点においてチョピッと格が上というか、

より洗練されているネーミングであるように私は思うわけで、

小豆の粒粒を嵯峨の紅葉に見立てるというその洒落加減には、

やはり高得点をつけざるを得ない。

ゴメンヨ 百人一首。

ということで、この度の、

ネーミングの由来: 小倉百人一首 v.s 小倉甘味組

この勝負、小倉甘味組の勝ちなのだ!

 

「ボンちゃん、紅葉の小倉山を歩くゴリラ…絵になるだろうね」

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2011.06.28

沈黙の音

『つみきのいえ』は、アカデミー賞をとったことで知られているが、

その当時、DVDより先に絵本が発行されていた。

読んだ人も多いと思うが私もその一人。

ヴェネツィアを思わせるような、

海に沈みゆく町に住み続ける、ひとりのおじいさんの話からは、

素朴で、どこかこじんまりとしていて、いじらしくもあり、愛らしく、

ひっそりとした世界観が伝わってきたのを覚えている。

いれ立てのコーヒーからあがる湯気が絵になるように、

記憶に立ち上る湯気をテーマにしたような世界観。

「幸せ」とは何かを考えるきっかけになる、

心温まる哲学的なストーリーである。

いつか映画を観てみようと思いそのままになっていたのだが、

この度、観てみたことで新たなる思いが加わった。

サイレント(映像と音楽のみ)バージョン、12分。

ナレーション付きバージョン、24分。

個人的な見解だが、

あの絵のタッチが伝える魅力には、

セリフが一言もない方が似合っているように思える。

言葉が無いからより想像が膨らむ。

切なくて、ほろっとさせられ、静かな幸せ感が満ちてきて、

サイレントバージョンの方が味わい深さがより伝わる気がした。

 

時に、静寂(沈黙)は音(言葉)に勝る。

時に、一瞬は永遠に等しい。

セリフの無い、たった12分の世界観がそれを伝えている。

この映画の沈黙度に似た音を探すとするなら、

静寂(沈黙)の音…、

そう、サイモン&ガーファンクルの「The Sounds Of Silence」かな…。

http://www.youtube.com/watch?v=cpOxTL1ueDM 

 

「ボンちゃん、ゴリラも沈黙の音の魅力を伝えているね』

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2011.06.27

「君が代」…賀のうた

賛否両論の国歌といえば、日本のそれもそれに漏れず、

その歌詞が国内で論議の対象となっている。

 

そこでその発祥をちょっと調べてみた。

「君が代」
作詞 不明(読人しらず)(905年古今和歌集初出)
作曲 林廣守、奥好義、(フランツ・エッケルト)
採用時期 明治維新後の明治13年1880年10月26日(非公式)
1888年(対外正式公布)
1999年8月13日(法律で正式に国歌に制定)

なんと驚くことに、その作詞は平安時代。

平安時代といえば、

794年-1185年/1192年頃?。(794年は延暦13年に当たる)

桓武天皇が平安京(京都)に都を移し、

鎌倉幕府が成立するまでの約390年間。

そんな遠い昔の歌なのである。

『古今和歌集』といえば紀貫之ぐらいしか思い浮かばないが、

「君が代」 は『古今和歌集』の「賀のうた」の中に、

題しらず、読人しらずとして収められている短歌だという。

「わが君は 千世に八千世(やちよ)に さヽ゛れ石の 巌(いはほ)となりて苔のむすまで」

色々と問題視されている「君が代」だが、

この短歌の作者は、

お祝いの歌として作詞したものだという。 

更に驚くことに明治36年(1914年)、

「世界国歌コンクール」(ドイツで開催)で一等を受賞している。

その時の講評が、

「世界でもっとも荘厳な音楽」ということだったという。

諸外国の国歌が戦いに向けた勇ましい歌詞であるのに対し、

日本の国歌は『古今和歌集』の「賀のうた」だという事実が、

その異色さが、日本らしいようで、なんだか嬉しい。

歌詞や曲調が諸外国のそれとは随分違う理由が、

これで明らかになった次第。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にはゴリラ界歌ってないの?」

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2011.06.26

マメーリの賛歌

諸外国の国歌は威勢のいい行進曲のようなものが多く、

日本の国歌「君が代」の静かな祈りのようなリズムとはだいぶ違う。

諸外国の国歌の歌詞をみると、

戦闘的な内容のものが多いことに驚くのだが、

イタリアの国歌も「祖国のために、戦え!」と過激に愛国的な歌詞。

いったい、いつ作詞されたものなのかを調べてみたら、

おとといの玉ログ『ざっくりイタリア史』で記した時代、

イタリア統一(リソルジメント)に向けて、

多くの若者が犠牲になっていた激動のさ中、

愛国心に燃える学生、ゴッフレード・マメーリ(1827-1849) という人物が、

イタリア統一運動の義勇兵として参戦した際の、

1847年9月に一晩で書き上げたといわれる愛国詩。

1946年にイタリア王政が廃止されて共和制に移行した際、

この歌詞がイタリア共和国国歌として採用されたが、

現在、国内では国歌として相応しいかどうか、賛否両論ある模様で、

現在は1番のみが公式の国歌だという。

イタリア共和国国歌…マメーリの賛歌 (Inno di Mameli)
別名 Fratelli d'Italia(イタリアの同胞もしくはイタリアの兄弟)
作詞 ゴッフレード・マメーリ(Goffredo Mameli)(1847年)
作曲 ミケーレ・ノヴァーロ (Michele Novaro) (1847年)
編曲ジュゼッペ・ヴェルディ 
採用年 1946年~現在に至る。 

「マメーリの賛歌 (Inno di Mameli)」

Fratteli d'Italia l'Italia s'e' desta,
Dell'elmo di Scipio, s'e' cinta la testa.
Dov'e la Vittoria?
Le porga la chioma
Che' schiava di Roma
Iddio la creo
Stringiamci a coorte,
Siam pronti alla morte,
Siam pronti alla morte
l'Italia chiamo Si!

〈日本語訳〉
イタリアの兄弟よ、イタリアは今目覚めた
シピオの兜(かぶと)を頭に戴き
勝利は何処にあらん
主が創りたもうたローマの僕(しもべ)
我がイタリア その美しい髪を捧げよ
さあ隊列を組め、我等は死をも恐れない
イタリアが呼んでいる、そうだ!

一般的に国歌を聞く機会といえばオリンピックの後が多い。

オリンピック憲章の根本原則、オリンピズムには次のようにある。

「よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などをもとにした生き方の創造である。
オリンピズムの目的は、人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会の確立を奨励することを視野に入れ、あらゆる場で調和のとれた人間の発達にスポーツを役立てることにある」。

オリンピックの閉会式で諸外国の国歌を聴く度に、

友好とは程遠いその歌詞がなんとなく思い出され、

オリンピズムとは…が思い出されてしまうのは私だけだろうか…。

「ボンちゃん、ゴリラは、どんなリズムに心惹かれるのかな?」

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2011.06.25

ざっくり日本史

昨日記した『ざっくりイタリア史』の年代(1830年頃~1861年頃)、

イタリアが統一に向けての激動の時を刻んでいた頃、

日本はどうだったのか、

当時の出来事と人物名から日本史をざっくりと辿ってみた。

 

年表式ざっくり日本史…当時の人々

1810年~1864年 老中首座…堀田正睦

1815年~1860年 老中首座…井伊直弼

1831年~1867年 孝明天皇 

1846年~1866年 14将軍…徳川家茂

1837年~1913年 15将軍…徳川慶喜

1825年~1883年 政治家…岩倉具視

1828年~1877年 薩摩藩士…西郷隆盛

1830年~1859年 長州藩士…吉田松陰

1830年~1878年 薩摩藩士…大久保利道

1833年~1877年 長州藩士…木戸孝允

1835年~1901年 教育家…福沢諭吉

1836年~1867年 土佐藩出身…坂本龍馬、海援隊

1837年~1919年 土佐藩士…板垣退助

1841年~1909年 政治家…伊藤博文

1852年~1912年 明治天皇

 

時代の流れ

1837年 大塩平八郎の乱

1841年 天保の改革 (政治改革を行ったのは水野忠邦)

1853年 ペリー来航

1854年 日米和親条約・日英和親条約

1855年 日露和親条約

1858年 安政の大獄

1860年 桜田門外の変

・・・3月24日、江戸城桜田門外にて、水戸藩、薩摩藩の脱藩浪士が彦根藩の行列を襲撃して井伊直弼を暗殺した事件。

1867年 大政奉還 

…江戸時代末期に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に上奏し、政権を朝廷に返した政治的事件。

 

ちなみに、江戸時代は、1603年~1867年。

江戸は長いが明治は短く、1868年~1912年。

 

「ボンちゃん。ゴリラは、この当時、アフリカにしかいなかったのかな?」

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2011.06.24

ざっくりイタリア史

マリオ・マルトーネ(Mario Martone)監督の長編映画(3時間半)、

『われわれは信じていた』“Noi Credevamo”(伊・仏) という映画は、

イタリアの歴史を知らないと全くついていかれない。

いや、インテリなイタリア人でも難解な物語だと言うほど。

この映画を観ていたら、

あまりにも話についていかれなかったので、

これを機に、ざっくりとだがイタリアの歴史を少し勉強してみた。

 

物語は、150年前のイタリア王国への統一にむけての活動。

この時代に生きた共和制主義者たちが主人公で、

イタリア統一に向けた歩みが描かれている。

今のイタリアは大勢の若者たちの犠牲の上にある。

そのことが4つのエピソードに分けられ、

その辛く悲しい歴史が描かれてある。

 

イタリアがイタリア王国として統一されたのは、

今から150年前の1861年である。

 

イタリア統一の三傑として知られる人物がいる。

妥協を許さない共和派の革命家、政治家

…ジュゼッペ・マッツィーニ(Giuseppe Mazzini 1805-1872)

 

革命家、軍事家。若年から蜂起と亡命を繰り返し、勝利と世界的な名声、イタリア中の賛美と人気を手に入れた人物

…ジュゼッペ・ガリバルディ(Giuseppe Garibaldi 1807-1882) 

 

徹底した現実主義者、革命は無秩序と反動を招くと主張した、政治家、後にサルデーニャ王国首相、及びイタリア王国初代首相となる

…カミッロ・ベンソ・コンテ・ディ・カヴール(Camillo Benso, Conte di Cavour、1810-1861) 

 

大まかなイタリアの情勢の流れ

1796年~1815年 フランスのナポレオンの干渉

1820年 ナポリ革命

1831年 青年イタリアの活動

「統一なくして、民族は存在しない」をスローガンに、

外国勢力からの解放とイタリア統一を目的として、

ジュゼッペ・マッツィーニが、組織「青年イタリア/Giovane Italia」を結成、

大勢の若者たちが、

熱い希望を胸に大きな犠牲を払っていくことになる。

 

1848年、サルデーニャ王国、オーストリアと戦う

サルデーニャ王国…サボイア家が支配した王国(1720年にイタリアに成立した王国)。トリノを事実上の首都として北イタリアのピエモンテ地方とサルデーニャ島を併せもっていた。

1849年、ヴットーリオ・エマヌエーレ2世(Vittorio Emanuele II di Savoia、1820-1878)が父王の亡命と退位により、サルデーニャ王国最後の国王(在位:1849-1861)に就き、その後、

1852年、カヴールを首相に迎えイタリア統一運動(リソルジメント)推進。

1859年、イタリア統一運動:第2次、第3次イタリア独立戦争

第二次イタリア独立戦争の際、ガリバルディはサルデーニャ軍に加わり、義勇師団を組織し、オーストリア軍に勝利。その際、オーストリアはサルデーニャにロンバルディアを明け渡す。

1860年、ガルバルディと義勇兵が千人隊を組織してシチリアの反乱を援助してシチリア王国を滅ぼし、イタリア南部を征服し、サルデーニャ王国、ヴットーリオ・エマヌエーレ2世に献上

 

1861年、イタリア王国建国:首都 トリノ

※この時、ローマとベネチアは、イタリア統一には欠く。

イタリア王国初代国王(在位:1861-1878)が、ヴットーリオ・エマヌエーレ2世。

 

結果的に、

マッツィーニの目指した共和制は夢破れたかたちとなり、

カヴールの卓越した外交によって、

サヴォイア王家の君主制に落ち着いてイタリア王国は建国された。

その後、1945年、サヴォイア王朝が廃止するまでイタリア王国は続き、

1946年に共和制に移行し、イタリア共和国となり現在に至る。

 

と、私の理解が間違ってなければ、

こんな感じがざっくりとしたこの時代の流れのようである。

日本ではなぜか、

食べて、歌って、愛して、

そんなステレオタイプ化した陽気なイメージが強いイタリアだが、

血を流した辛く暗い悲惨な歴史を持つのが、

ほんの150年ほど前のイタリアなのだ。

 

「ボンちゃん、ゴリラの歴史も、戦争の巻き添えになったりしてるから、涙なしには語れないよね…」

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2011.06.23

一番な久寿餅

江戸時代の味を守っているという「久寿餅」を見つけた。

これまで食べてきたすべての「久寿餅」は、

もしかしたら消しゴムだった!?

と、思わせてしまうほどの「久寿餅」なのである。

場所は、古典落語「王子の狐」でも知られる王子稲荷神社の近く。

 

石鍋商店 (いしなべしょうてん)

住所:東京都北区岸町1-5-10 JR王子駅から歩くこと、3分ほど。

電話番号:03-3908-3165

 

久寿餅というのは、

葛粉で作られているのかと思っていたのだが、

仕込みから販売に至るまで、

2年もの年月をかけて小麦粉を発酵させて作るという。

従って、温度や湿度の異なりで味が微妙に変化するらしいのだ。

そういえば、

これまで一度だけ、

あれ…?ちょっといつもの味と違う…と感じたことがあった。

ということで、そういう時もある。

他の商品も素晴らしく、

蒸かし立ての酒まんじゅうの、モチモチした食感も他にない美味しさ。

更に、最上級の天草を使って作られている寒天も秀逸の極み。

寒天、赤えんどう豆、黒蜜を別々に購入し、

自宅で豆寒天にして頂くのも最高。

ちなみに黒蜜には、

普通の黒蜜と久寿餅用の黒蜜の2種類あり、

久寿餅用の黒蜜は黒糖100%で作られている。

私はいつもこちらを買うのだヨ!

完売することがあるので、確実に買いたい方はご予約がおススメ。

ウォー━(゚∀゚)━オイシィノダヨ!

 

「ボンちゃん、発酵食品といえば、動物園のゴリラは、毎日ヨーグルトを食べてるんだよね、だから久寿餅も好きかな?」

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2011.06.22

一番な煎餅

鯵寿司に引き続き、今度はお勧めお煎餅の話題。

私がここ数年、一番美味しいと思っているのは、

浅香屋(アサカヤ)の「馬目焼き」という固焼き煎餅である。

お店の場所は、

足立区、西新井大師、

大師前駅出口から徒歩約2分の所にある。

店構えは昭和初期を思わせ、

中では手焼きで次々にお煎餅が焼かれていて、

これまたいい雰囲気なのである。

「馬目焼き」の価格は1枚、200円。

お煎餅が厚くて大きくて、

緻密で堅く、

お醤油とお米の味のバランスが素晴らしくて味が深い。

他にも種類はあって、

「馬目焼き」より少し小さい普通の堅焼きや、

お煎餅の生地に唐辛子が練りこまれたザラメ煎餅など色々ある。

前に、普通のザラメ煎餅だと思って間違って買ってしまい、

その辛さに驚いたことがあるのだが、

唐辛子好きにはたまらないお煎餅かもしれない。

美味しいお煎餅を追い求め、

これまでに色々なお店のお煎餅を食べてきているけれど、

今のところ、「馬目焼き」が私の中で一番な煎餅なのである。

 

「ボンちゃん。ゴリラがコタツでお煎餅食べていたら、絵になるだろうね」

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2011.06.21

一番な鯵寿司

こんなに美味しい鯵寿司を食べたことはなかった。

本当に感動した。

その商品とは、米吾 吾左衛門(こめご ござえもん)の漬け鯵。

鳥取県米子市の特産品。

関東では以下のお店で取扱いをしているようなので、

一度、是非とも味わってみていただきたい。

日本橋三越本店(本館地下1階特選弁当コーナー)
銀座三越(地下2階 弁当セレクションコーナー)
明治屋(広尾店)
ザ・ガーデン自由が丘(上野店)
ザ・ガーデン自由が丘(池袋店)
新宿駅 駅弁屋新宿店(南口)
東京駅 グランスタ 駅弁屋極(B1)
東京駅 駅弁屋旨囲門(1階中央通路) 

ちなみにネット販売をしているようなのでお取り寄せも可能。

http://www.komego.co.jp/sushi/tsuke_aji.php

「ボンちゃん。ゴリラも感動の味は忘れない?」

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2011.06.20

末っ子的思考?!

横たわる亡き骸に会うと、

目の前に、人がいるのに、いない、と思うことがある。

いるのに、いない、

それは心におさめがたい違和感で空虚を感じる瞬間でもある。

そうした思いを亡き骸の表情から感じる時、

肉体から魂が抜け出た後なのだろうか?

ふとそんなことを思うことがある。

一度見たら心に刻印されることになるその表情は、

「もう現実的には会うことができない」という事実をつきつけてくる。

この先、嫌というほど味わされる分かり切っていることを、

あらためて通告されたような思いにかられる。

その瞬間、

悲しさ切なさ辛さ虚しさ悔しさ、

そうした負の感情が一気に心に押し寄せてきて、

無情さと人の命の儚さを思い知らされる。

こうして生きていることが普通のことではなく、

ただ単にラッキーな連続に偶然居合わせているだけで、

それはもしかしたらすぐに途絶える可能性がある…、

と、そんなことを思い出したが最後、

心は重くなり恐怖心に似た感情が芽生えて倒れそうになる。

 

人によって違うのかもしれないが、

いるのに、いない、を感じた時、

私にはそうした感情が芽生える。

だから、お葬式の最後の別れの時が特に辛い。

最後に一目、顔をみたい、ずっと見つめたいと思いながらも、

足元にお花を手向け、

表情は想像するに留めるようにしてしまう。

 

だからできることなら、

亡くなって直ぐに亡き骸に会うのではなく、

・・・亡くなってからずっとずっと時が流れて、

遺された方に心の整理が少しできた頃に会えればいいのに…、

と思ったりもする。

いや、でも、永遠にその表情は知らずに、

生きている時の表情だけを心に留めておきたいという思いもある。

 

愛するならば、生きている顔、命途絶えた顔、

その全てを見守り、送り出してあげることなんじゃないかな…。

と、誰かに言われそうな気もするけれど、

いるのに、いない。という思いをすると、

耐えがたい辛さに、

心が寂寥の冬景色になってしまって、

暫く季節が移り変わらなくなってしまうのだ。

そこで私は思った。

愛する人を見守り送り出すと、その辛さを味わうことになる。

従って、

愛する人に見守られて送り出されればいいのだ。

ということは、

私の愛する人や、

これから愛することになる人は、

みーんな私より先に死んではならない事になる。

と、そんな贅沢な思いが心に満ちてしまうのは、

私が末っ子だからだろうか…。

 

「ボンちゃん、ゴリラは見送るのと見送られるの、どっちが辛い?」

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2011.06.19

頓着すること。

昨日、映画「おくりびと」を絶賛した玉ログを書いた後、

気づけば、自分に当てはめて考えていた。

何を考えてみたかというと…、

あの世に出向く際に、

納棺の儀を施して欲しいかどうかをである。

 

映画で紹介されていた納棺の儀は以下の通りだった。

まず、基本的に納棺師は見ず知らずの人である。

女性の納棺師の方もいるとは思われるが、

映画では男性の納棺師だった。

ご遺体のすぐ横に2名の男性納棺師がいる。

家族や親しかったと思われる人たちに見つめられる中、

実際には一名の納棺師が厳かに儀を進めていく。

ご遺体は、お布団の上、浴衣がタオルケットのようにかけられてある。

納棺師は、強張る手をほぐすようにマッサージを施し、

横たわる姿勢を整えていく。

と、そこまでは特に深く気にかからずに見ていた。

が、私が横たわる人の気持ちに頓着したのは次のシーンである。

納棺師が、浴衣の下に手を入れ、

手ぬぐいでご遺体を拭き出したのである。

勿論、浴衣がタオルケットのようにかけられてあるから、

身体が誰かに目視されることはない。

けれど、

浴衣の下は全裸なのだろうか…と想像をしてみたら、

自分には施してもらいたくない光景に思えた。

映画はひとつの素晴らしい芸術として観ていて良いのだが、

自分自身に当てはめてみると思いは変わるもので、

妙に現実帯びてくる。

たとえば、

私の友人男性に物凄く横着で無頓着な人がいる。

30歳を過ぎても幼稚園児のようなところがあって、

夏、汗びっしょりになってシャワーを浴びた後、

洗濯をめったにしないから綺麗な下着が無いことが多いらしく、

洗濯機に投げ込んである洗っていない下着を引っ張り出して、

綺麗そうなものを探して再び身につけるといった無頓着さ。

シャワーから出てもろくに身体も拭かずに、

夢中にコンピューター作りに没頭したりする。

秋葉原にはまめに出向き、

部品を買ってきては思考錯誤してコンピューターを組み立る。

と、そんな具合に、興味のあることだけが頓着の対象なのである。

彼のような人であるならば、

身体を誰に拭いてもらおうが気にしないだろう。

 

でも私の場合、そうはいかない。

自分が心を許した人以外に身体を拭いてもらうことは望まないから、

あの世に旅立つ姿は、

最高に美を追い求めたものにしたい気もするが、

それを叶えるために、

知らない人に全身を拭いて貰いたいかと聞かれたら、

拭いて貰いたくはない。

だから、

生き途絶えた瞬間に、自分がそれを急に望むとは思えないのだ。

 

送り出す者の思い、送り出される者の思い、

置かれた立場、性格の違い、価値観などそれぞれ違うから、

こうしたデリケートな問題は考え方に個人差がでるところだと思う。

そんなことを考えてみたら、

老いも若きも年齢に関係なく、

リビング・ウィル(Living Will)のような、

生前の意思を明確にしておくことは大切なのだと思えてきた。

頓着することは人によって違うからね。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、頓着するこは、それぞれに全然違う?」

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2011.06.18

映画 「Okuribito」

イタリアでは殆どの外国作品が吹き替えられていると聞く。

思えば…イタリア映画はよく観るが、

邦画のイタリア語版を観る機会はこれまでなかった。

そこで、

ストーリーから思っても、

最もイタリア語への吹き替えが難しそうに思える映画、

「おくりびと」を観てみることにした。

 

「おくりびと」と言えば、

アカデミー外国映画賞を受賞し、

イタリアでも話題になって評判も良かった作品である。

タイトルは、英語のタイトルと同じく、「departure」。

「departure」と聞いて、すぐに思い出すのは空港だろうか・・・。

「旅立ち」、「出発」といった意味に当たる。

日本のタイトルでは、

「おくりびと=おくるひと」に焦点を当てているが、

それにピッタリくる言葉が無いからなのか、

「逝く」ことに焦点を当てたタイトルに変わっているのが興味深い。

 

映画「おくりびと」は、

ご遺体を棺に納める仕事をする「納棺師」の話である。

「納棺師」と言えば、

私たちが門出の日に身なりを整えて出かけるように、

天国に旅立つ日に、

逝ってしまったが故に身なりを整えられなくなった人に代わって、

旅立ちの衣装を着せて棺に納める支度人のこと。

大まかな内容は、

妻を持つ、若いプロのチェロ奏者が夢破れて、

夢と現実との間で葛藤しつつ、死生観を見つめ、

一人前の納棺師になっていく過程が描かれている。

この映画で何よりも印象に残るのは、

やはり、遺体に敬意を払う手さばきの整いなのだろう。

 

「お葬式」という言葉を辞書でひいてみた。

「死者を葬る儀式」とある。

念のために「葬る」も辞書でひいてみた。

「墓所に納める」とある。

従って、「死者を墓所に納める儀式」が、お葬式である。

納棺師が行う納棺の儀式は、

「死者を墓所に納める儀式」の前に行われている儀式である。

「死」という重いテーマを、

お葬式を支える職業の納棺師という立場から描くことだって、

難しいように思えるのに、

所々にコメディタッチさを織り交ぜるという更なる難しさに挑み、

ここのところは賛否両論を呼ぶところかもしれないが、

あまり深く深くに下げ込まずに、

分かりやすくTV的にテンポよく話を進め、

観る者が強張らないように敷居を下げているような話運びに、

よくもここまで綺麗に一つの形にまとめられるものだ…と、

そのまとめ上げる力の凄さに心から私は感心した。

納棺の儀式は、

やはりそれはとてもとても日本固有なものに思えるわけで、

「死」という現象に対する日本固有の捉え方を、

世界に紹介する事にも貢献するであろう映画だとあらためて思った。

でも・・・やっぱりタイトルは「departure」ではないく、

ローマ字で「Okuribito」が適切であると思うのだ。

だって、「おくりびと」の話なのだもの。

「寿司」は「Sushi」だし「てんぷら」は「Tempura」、

「侍」だって「Samurai」と言うのだから、

「おくりびと」が「Okuribito」であっても良いと思うのである。

 

そうそう、イタリア語の吹き替えの話は、

さすがは吹き替え王国なイタリアだけあって見事にマッチしていた。

恐るべしイタリアの吹き替え力、声優陣。

若干の印象の変化を言うならば、

妻役の女性の印象が、

日本版より大人な女性の印象になったこと。

あと一点、

…畳の上で正座をして畳に額をつけるようにしてお礼を言う時、

吹き替えでは「ありがとうございます」が「Grazie.」になるのだが、

その言葉の響きと動作がミスマッチしているように思えてしまう…、

これは、ナゼナノダロウネ…。

 

「ボンちゃん。ゴリラは死の儀式する?」

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2011.06.17

“モロコの祈り”

好きな人に、「あなたが好きです」と告白するには勇気がいる。

告白したとしても、思いが通じない可能性がある。

ふたりの関係性がギクシャクしてしまう可能性もある。

ふられて悲しい思いに打ちひしがれる可能性もある。

相手から帰ってきた言葉に深く傷つく可能性だってある。

その瞬間、想像を絶する空気に包まれ動けなくなる可能性もある。

そんなことを色々と考えると、

相手のことが好きであればあるほど、告白には勇気がいる。

それでも…思いを胸にしまったまま伝えずに時を刻めば、

きっと後で後悔するような気がする。

「思いを伝えられなかった」という後悔は、

「思いを伝えた時に芽生えるかもしれない後悔」よりも、

ずっとずっと大きい…そんなふうに私は思う。

だから勇気を出して、

「あなたが好き」、と伝えられる人で在り続けたいと思うし、

また、伝えられる人を素敵な人だと思う。

そこで、告白する勇気を呼び起こし、恋のキューピットの存在を感じる、 

第15弾、マイオリジナルおまじないを作った。

 

題して、“モロコの祈り”

~モロコ、告白する勇気を授けておくれよ!~

Moroko2  

モロコという名前は、

トウモロコシからとっている。

モロコは雨の日が好きである。

なぜかというと、紫陽花に恋をしているからなのである。

従って、モロコをこの世に生み出すのは雨の日に。

忘れずにモロコに贈る紫陽花を用意すること。

次にモロコの生みだし方を説明したい。

まず、数あるトウモロコシの中からモロコを探し当てること。

スーパーや八百屋さんで、

モロコ?モロコ?と、トウモロコシに声をかけてみるのも良いが、

変な人だと思われる心配もあるので、

何本か形の良さそうなトウモロコシを買ってきて、

家で声をかけることをお勧めしたい。

そこにモロコがいれば、何かしらの反応がある。

或いは「あ、これがモロコだな・・・!」と分かるはず。

もしもモロコの原石的トウモロコシが見つからなかったら、

また別の日に試すこと。

モロコらしきトウモロコシが見つかったら、

トウモロコシの皮を何枚か剥いてカラダを整える。

Morokodo1

モロコのカラダ。

Morokoashi1

モロコのアシは2本にする。

葉っぱを使って、お顔、お目目、お口を作り、

最後に髪の毛をカット&ブローする。

Morokokao1

髪形が整った瞬間のモロコ。

モロコを窓辺に連れて行き、リラックスしてもらう。

Moroko1 

そこでモロコと色んな話をするのもいい。

この時、モロコに贈り物があるといって紫陽花を贈ろう。

Morokokokuhaku1

モロコの側に紫陽花を置くと、

モロコの恋の力が見る見るうちにパワーアップしてくる。

モロコは紫陽花に抱きつかずにはいられなくなり、

告白せずにいられなくなるのである。

Morokokokuhaku2

モロコを見つめてあなたは思うだろう…。

「モロコ、いじらしいな…」、と。

「そうだ!勇気を出して告白しよう!」という思いが満ちてくる。

その時、恋愛成就の祈りを込めて、

「モロコ、恋のキューピットになっておくれよ!」

と、モロコに向かって言うとその祈りの強さに応じて、

モロコは品のある頬笑みを浮かべてくれる。

Moroko4

それこそが、恋のキューピットになることを承諾してくれた証である。

だからモロコの祈りは利くに違いないと私は思うのだ。

モロコのアップ。

Moroko3

「ボンちゃん、ゴリラは恋をした時、人と同じように、告白するのにやっぱり勇気がいる?」

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2011.06.16

トマトスパゲッティ

以前、イタリア人の友人からトマトソースの作り方を教わり、

それ以来、

パスタやピザを作る時には必ずそのソースで作るようになった。

それが簡単でありながら、美味しいので作り方を記してみたい。

 

トマトソース

材料

トマト (大)1ケ又は(中)2ケ (皮は湯剥きしておく)

トマト缶(イタリアのトマト) 1本

エクストラバージンオリーブオイル 大さじ5位(お好みで)

ニンニク 1片程度

水 トマト缶から中身を出した後に洗うように同量

オリゴ糖(無ければ、砂糖) 少々

 

〈作り方〉

深めの鍋にオリーブオイルとすりおろしたニンニクを入れ軽く炒め、

他の材料を入れ、甘みが出る程度まで細火で煮る。

これでトマトソースは出来上がりである。

※友人曰く、日本の一般的なトマトはイタリアのトマトと違って、

青臭さが強く種が苦いことが多いから、

熟れ過ぎたような真っ赤なトマトを使うことが理想。

或いは、フルーツトマトのように甘みが強いもの。

そうでない場合は若干の糖分を足す必要あり。

 

え?トマトソースに塩分ゼロ?

と、思う人もいるかもしれない。

私は教わった時に、そう思ってビックリしたのだが、

塩はトマトソースを作る際には入れず、

パスタを茹でる際に、

少しショッパイかな…と思う程度の塩を入れたお湯でパスタを茹で、

茹であがったパスタとトマトソースを和える時に、

そのパスタ湯を足しながら塩加減を調整するのである。

 

本当にシンプルなトマトソースのパスタはこれで出来上がり。

お好みでエクストラバージンオリーブオイルや胡椒をかけたり、

好きなチーズをのせたりして、

バジルを添えれば本格イタリアン、トマトスパゲティの完成!

 

Buon apetito!!!

 

「ボンちゃん。ゴリラはトマトスパゲッティ、好きかな?」

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2011.06.15

ああ、ラッキョウ

ラッキョウはバームクーヘンに似ていると思う。

バームクーヘンはラッキョウに似ていると思う。

 

数年前から今の時期にラッキョウの甘酢漬けを作るようになった。

ラッキョウの効用は、

・疲労回復
・血液サラサラ作用
・整腸作用
・心臓強化作用

などと言われている。

ラッキョウを食べるようになってから確かに風邪をひかなくなった。

ラッキョウが嫌いでなければ、是非とも手作りをお勧めしたい。

 

マチガイナク手間ではあるが、作り方は至って簡単。

泥ラッキョウを良く洗って汚れを取り除き、甘酢に漬けるだけ。

漬けて一カ月もすれば食べられるようになる。

欲しい人にあげても喜ばれるし余っても傷まないし、

ラッキョウに健康を支えて貰っている私としては、

ついつい多めに漬けることになり、

だいたい1年間をかけて消費する計算で、

今年は3kgづつ3回に分けて9Kg漬けておいた。

 

甘酢に入れた直後のラッキョウは上の方に浮いているが、

数日すると徐々に降りてくる。

ラッキョウというのは、

バームクーヘンと一緒で、

皮を剥がし続けているとなくなってしまう。

9kgものラッキョウを何度も何度も水洗いし、

一体どこまで剥けばいいのだろう…という思いを抱きながら、

泥で汚れた所を剥く作業を繰り返していると、

洗い終わると強い達成感を覚える。

美しくなったラッキョウを瓶に入れて、

甘酢をかける頃にはラッキョウとの間に連帯感が生まれている。

Rakkyo1

立ち泳ぎのようなこの姿を見る頃には、

ラッキョウが愛しくてたまらなくなっている。

「こうなっていると安心なのよね…」と、呟きながら、

瓶を撫で撫でして、

所定のラッキョウ置き場に運び作業は終了となる。

 

私の場合、オリジナルイタリアンドレッシングに使うことがほとんど。

材料

・オリーブオイル
・ラッキョウ甘酢
・リンゴ酢
・塩
・胡椒
・オリゴ糖

分量はお好みで適当に混ぜ合わせるだけ。

サッパリとしたの味の中に深みのある、

一度食べたら忘れられない美味しいドレッシングが出来上がる。

また、漬かったラッキョウを甘酢と一緒にジューサーにかけ、

ラッキョウオロシのような状態にして、

小さな瓶に入れて冷蔵庫に入れておけば、

よりコクのあるドレッシングを作る時に便利。

オリジナルイタリアンドレッシング、お勧めダヨ!

「ボンちゃん。ゴリラはセロリが好きだから、ラッキョウの食感が好きなんじゃないかな?」

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2011.06.14

浅草…願かけ狸 2

昨日に引き続き銀の狸さまたちのご紹介。

 

大師たぬき…大師様のように、健康、不老長寿、旅の安全を招く。

Asakusatanuki9

 

開運たぬき…強運を招く。

Asakusatanuki10

 

招福たぬき…福寿の願いを招く。

Asakusatanuki6

 

不動たぬき…不動明王の力を持ち、家内安全・安心な生活を招く。

Asakusatanuki7

 

愛情たぬき…恋のキューピット。

Asakusatanuki8

 

天神たぬき…学業の向上・合格を招く。

Asakusatanuki11

 

と、全部で11種、12の狸さま。

夫婦たぬき 地蔵たぬき 小町たぬき

人情たぬき 大黒たぬき 大師たぬき

開運たぬき 招福たぬき  愛情たぬき   

不動たぬき 天神たぬき 

 

むかしは浅草の街に沢山の狸がいたという。

銀の狸さま達は、

来る日も来る日も、

浅草1丁目に位置する「たぬき通り」の道端に鎮座しておられる。

 

「ボンちゃん。ゴリラ通りも出来ればいいね!」

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2011.06.13

浅草…願かけ狸 1

浅草を散歩していたら、

気づけば「たぬき通り」という横丁を歩いていて、

銀色の狸さま、12匹に会った。

あ、“匹”という言い方を利用してはいけないような、

立派な風格のある銀の狸さま達だった。

 

狸さま曰く、

仙人修行を積んだことで、

人々の願い事を叶える力を持つようになったという。

そこで狸さまをご紹介しよう。

 

夫婦たぬき…夫婦円満・ケンカの仲直り

Asakusatanuki1

浅草一の仲の良い夫婦らしい。

 

地蔵たぬき…子宝・子育てに恵みを招く。

Asakusatanuki3

 

小町たぬき…輝く美しさを引き出す。

Asakusatanuki4

 

人情たぬき…左手で握手すると、対人関係・絆に恵みをもたらす。

Asakusatanuki5

 

大黒たぬき…仕事の成功・職人技術、技芸向上を叶える。

Asakusatanuki2

 

つづく

「ボンちゃん。ゴリラは、ご利益をもたして!なんて人に頼まれたら、極力もたらさないように努力しそうに見える。ゴリラは存在そのものが伝説というか神話というか…その存在感が既にご利益になってるか…」 

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2011.06.12

浅草…壁画

好きな人が訪れた街をひとり歩く…。

それはちょっぴりノスタルジックな旅。

 

2010年11月4日。

Claudio Baglioniは日本での初コンサートに来日し、

コンサートを終えた後に観光で浅草を訪れたという。

それを知って以来、

浅草にASAKUSAのイメージが加わり、

私にとって、浅草がこれまで以上に特別な場所になって、

なぜだか偶にふらりと訪れたくなるようになった。

そうしたら今回、新たなる発見をしたのだ。

 

銀座線、浅草駅、雷門方面への改札口に大きな壁画がある。

これまで何度も壁画の前を通っていたけれど、

てっきり油絵だと信じ込んでいた。

今回初めて近づいて見てみたら、ビックリ!

壁画は陶製で、

立体感ある絵付けが細かく施された焼きものだったのである。

次の3枚がその全体像。

陶板レリーフ 原画:吉田左源二

Asakusahekiga4

壁画に向かって左部分。

Asakusahekiga1

壁画に向かって真ん中部分。

Asakusahekiga2

壁画に向かって右部分。 右上部は隅田川花火。

これら全てが絵付けされて焼いてあるのだ。

写真では分かり辛いのだけれど、

近くで見ると、

絵付け部分が陶器特有の細かいヒビのような質感があって、

それが何とも素敵なのだ。

以下は部分的な写真。 

Asakusahekiga3

部分、その1。浅草のお祭り。

Asakusahekiga5

部分、その2。何かの儀式…?

Asakusahekiga6

部分、その3。羽子板市。

Asakusahekiga7

部分、その4。御めでたさのハーモニーかな?

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部分、その5。ほうずき市。

Asakusahekiga9

部分、その6。羽のような衣装が今にも動きそう。

Asakusahekiga10

部分、その7。三社祭。

Asakusahekiga14

部分、その8。ひな祭り・豆まき。

Asakusahekiga13

部分、その9。舞妓さんかな?

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部分、その10。お祭り。

Asakusahekiga11

部分、その11。浅草のシンボル「雷門」の大きな提灯。

 

浅草観光には外せない素晴らしい芸術だと思う。

是非、浅草を訪れた際には足を運び感動していただきたい。

 

もしも…観光に訪れたClaudioが、

偶然にこの陶板レリーフを見ていたとしたら、

…マチガイナク感動したに違いないと思うのだ。

イタリアのシンガーソングライターの心に、

ASAKUSAの風が吹きこまれたに違いないと思うのだ。

そのインスピレーションがいつか曲に表れると思うのだ。

見たかなあ、陶板レリーフ、偶然に、地下鉄に乗る時に…。

そんな思いを胸に、

私の小さなノスタルジックな旅は幕を閉じたのだった。

 

「ボンちゃん、ゴリラも見慣れた風景だと案外に細部を見ていないもの?」

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2011.06.11

紫陽花

今の季節、街を歩くとあちらこちらに紫陽花が咲いている。

紫陽花の花をよく見ると4枚の花びらからなるものが多い。

Yohira1

その姿から四片花(よひらのはな)という異名を持つそうで、

Yohira2

これも4枚だと思って見ていたら、

Yohira21

中央に小さな花が咲いていて5枚の花びらがあった。

 

Ajisai1

街で見かけた珍しい紫陽花その1。

Ajisai2

街で見かけた珍しい紫陽花その2。

Ajisai3

街で見かけた珍しい紫陽花その3。

Ajisai4

街で見かけた珍しい紫陽花その4。

Ajisai5

街で見かけた珍しい紫陽花その5。

 

年々、紫陽花の種類が増えているような気がして、

いったい何種類あるのかと思い『あじさい百科』を見てみたら、

なんと3000種類以上ある。

ちなみに紫陽花の学名は、Hydrangea ハイドランジア。

「水の器」という意味なのだという。

水の器という学名を持つだけあって紫陽花は水が大好き。

もしも部屋に飾った紫陽花が萎れてきたら、

それは間違いなく水不足。

大きな器や洗面所のシンクに水をたっぷり入れ、

水中花のように紫陽花をひたひたにして一晩つけておくと、

翌朝には大概のケースにおいて復活する。

 

私が今一番注目している紫陽花は西洋アジサイの「アナベル」。

真っすぐで比較的に細い茎に、

濃い緑色の大きな葉がついていて、

真っ白い小さい花びらが集まった直径25cm位の手まりになる。

色は、淡いグリーン、真っ白、淡いグリーンへと変化する。

Anaberu_2

街で真っ白い毬のような花を見つけたら、それは多分「アナベル」。

そう言えば、異名は他にもあって「手毬花」というらしい。

 

と、ここまで書き進めて気づいたことがある。

紫陽花の花は、

「アジサイ」と書くよりも、

「あじさい」と書くよりも、

漢字で「紫陽花」と書く方が、

あの花が放つ情緒と、

「紫陽花」の文字がもたらすイメージが似ている気がして、

好きだなあ…、って。

 

「ボンちゃん、ゴリラは水が苦手みたいだけれど、雨も嫌いかな?」

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2011.06.10

メール事件

先日、有ることが判明してメールの不確かさを実感した。

モバイルパソコンからOUTLOOKを通して送信したメールが、

送信した証を示す「送信済みアイテム」には入っているのに、

相手に届いていなかったという、ちょっとしたメール事件が起きた。

 

これまでメール送受信に問題が生じたことは無く、

予想さえしていなかったから判明するのに時間がかかってしまった。

「送信済み」であることがパソコン上では示されていても、

メールが送信されていないことがあるのだ。

重要なことは再確認が必要であると心新たにした次第である。

 

それで、なんとか解明しようと、色々とテスト送信を実践してみた。

文字だけのメール、ファイルを添付したメール、

これらをhtml形式とテキスト形式のいずれでも行ってみた、

添付ファイルや形式に関係なく、

ある時は届き、

またある時は届かないということが判明した。

届かない時の原因は、

誤って迷惑メールに自動振り分けされたわけでもなく、

送信したメールが、ただ忽然と消えてしまっているようだった。

 

幾度ものテストメールを繰り返した結果、

普通は送信したメールはプロバイダ-のWebメールに一度入るが、

なぜだか時どきWebメールに入って行かないのが見つかり、ビックリ !!

OUT LOOKが怪しい…ということが分かった。

 

それ以来、そのモバイルパソコンでのメールの送受信は、

OUT LOOKを使うのを止め、

まずは一件落着したのだが、

今回のように事が判明したから良かったものの、

悪くすれば、食い違いが生じたままだったかもしれないのだ。

機械が行っていることだから、

何らかの不具合が生じれば届かないこともある。

メールは届かないこともある。

それを念頭に、柔軟な心でメールはせねば…。

 

「ボンちゃん。ゴリラは食い違いを感じた時、相手に必ず確かめる?」

 

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2011.06.09

情熱が風と一緒に…。

誰かと接した時、

「反応のテンポ」が自分とは全く違うと感じることがある。

例えば、メールの返事が物凄く遅い人に会うと、

少なからず私はそう感じる。

そういえばこんなことがあった。

昨年だったかな?…元旦に新年の挨拶メールを知人に出したら、

一週間以上経って返事が届いて、その遅さと内容に驚いた。

「暮れに大掃除もしないでダラダラしてたら家族に怒られ、お正月は掃除でバタバタしてたから返事が遅くなった…」、と、そんな内容だったと思う。

彼女は、独身を謳歌しているような専業主婦。

おそらく、相手にしたら他愛も無いことなのだろう。

考えてみれば、

お正月だって別に普段の日の延長線上にあるだけのことだし、

人は新年を特別がってお祝いするけれど、

新しい日は毎日始まっているわけで、

それだったら「新日、おめでとう」って毎日メールするかと言えば、

まず誰もしない。

昨日が今日に変わっただけだと言われれば、それもそうなのだ。

けれど、その返事が届いたタイミングを思うと、

機を逸した、いや、“気”を逸しているように私には思えて、

売れ残ったクリスマスケーキを、

さも用意していたかのように12月27日頃に渡されたような…、

そんな寂しさを呼んだ。

それと同時に心に隙間風が吹き、

心の一部が失望に似た色に染まった気がしたのだ。

 

彼女の世界観と私の世界観は物凄く遠いところにあって、

嬉しいと感じる気持ちや、

悲しくて傷つく事柄やポイントもズレていたりもするんだろうな…。

活動のテンポ、行動のリズム、物事を決める速さ、

歩く早さや食事する早さなんかも全然違っているんだろうなあ…。

…ということは分かち合える事が無いのか…、

なあーんだ…そうだったのか…と、思った。

それが残念な寂しい思い込みだと頭では分かりながらも、

もう連絡を取るのはやめよう…、

と、そんな思いを払しょくすることはできなかった。

その後、私の心の変化など何も知らない彼女は、

これまで通りにメールをくれていたが、

私が距離を示したことで距離が距離を呼び、

今では計り知れないほど遠い距離のある間柄となったように思う。

 

メールというコミュニケーション手段は曲者だと思う。

メールを「見たのか」「いつ見たのか」、

返事が直ぐに来れば分かるが、そうでなければ永遠に分からない。

返事が「来た」「来ない」「いつ来たか」、

そうしたことも信頼関係の構築には重要だったりするが、

その辺のことは人それぞれで、感じ方が違うことだってある。

そんな宙ぶらりんな状態を下支えしている要因は、

反応のテンポ、活動のテンポ、行動のリズム、生活パターン、

文章力、表現力、理解力の差異、

相手を思いやるという想像力などなど、

そうした全てが宙ぶらりんを混ぜっ返す。

 

そんなだから誤解が失望を招き、

相手は全然気づいていないというのに、

ひとりで腹を立てていたり、

ひとりで傷ついていたりして、

万が一、誤解が解けたとしても、

埋まらない溝を見た思いは残り、

また次に揉めた時には、

o( ̄ ^  ̄ o) プィッ!ヤッパリ、もう無理っ!

と、関係性に埋めがたい亀裂が入る可能性が高いように思うのだ。 

メールは簡単に人間関係を崩壊させる。

とは感じながらも、

いつも誠心誠意を込めた文章で返事をするというのは大変。

心を込めた文書を書くには時間がかかるから、

忙しければどうしても手短な文章になる。

人は文章から心を感じるから、

単刀直入な内容のメールが届けば素っ気ない人だと思うばかりか、

時には感じが悪いと言う印象を持つだろう。

その人に文章への拘りや美学でもなければ難しい。 

 

ひとつのメールが、波紋を投じ、疎遠、絶縁へと向かうことがある。 

たとえ理屈では相手を理解できたとしても、

これまでと違って相手への情熱は、

雲を追うかのように流れて行くものだろう・・・風と一緒に。

 

このジレンマを解消するスベは未来のメール界にあるのだろうか?

 

「ボンちゃん。ゴリラは傷つきやすいから、子孫繁栄が危ぶまれているのかもね…」

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2011.06.08

サボテンは語る。

サボテンと暮らす者は知っている。

サボテンは語る。

無口に語る。

我が家の一等地にサボテンの一家がいる。

毎年、夏の夜、色っぽい芳しさを放ち、

羽のように柔かい純白の花を咲かせる。

それが今年はいつになく早く、昨夜、ひとつ開花した。

Sabo3

花が咲く前には、

写真のように、トゲの一部にグレーっぽい膨らみがあらわれる。

Sabo4

その膨らみがニョキニョキと大きくなってきて、

アスパラガスのようになってきたなあ・・・と思っていると、

夜、真っ白い花を咲かすのである。

甘くて上品な妖艶な香りを放ちながら。

Sabo1

太陽が出る頃にはしぼんでしまうから、一夜だけ咲く花。

今朝は雨のお陰で、花の美しさは保たれていたけれど、

いつも通り、朝には香りは消えてしまっていた。

Sabo2 

サボちゃん一家の写真

確か昨年の夏は一斉に50個以上の花を咲かせた。

既に沢山の蕾が膨らみだしているから、

きっと今年もサボテン大会は開催されるのだろう。

花火大会の開催を「パン!」 と音で知らせる音花火みたいに、

季節外れのサボテンの花が、

サボテン大会を告知しているように思えてならない。

 

あの妖艶な香りを伝えられないのが、無念な限りなのだ。

 

「ボンちゃん。ゴリラも語らずして語るよね?」

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2011.06.07

菖蒲まつり

生まれて初めて堀切菖蒲園を訪れた。

6/4の時点で、

200種6000株の江戸菖蒲の八割位が咲き誇っていたから、

今週が最高に見ごろかと思われる。

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5本の菖蒲、日本画のショットになりそうな一枚。

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紫系が圧倒的に多く、黄色の菖蒲は極僅か。

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菖蒲にそれぞれ名前が記されてあって、

花と名前のバランスが特に印象に残ったのは、

上記添付の白くて優雅な感じの「織姫星」と、

下記添付の「雲衣装」。

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菖蒲の花は、

桜の花が与える印象とは随分違うものだと思って見ていたら、

「織姫星」の隣りに「サクラ」と記された菖蒲があった。

まだ蕾だったから、

どんな花なのか、分からない。

サクラという名の菖蒲、気になる……。

「ボンちゃん。ゴリラは、菖蒲の園と桜道、どっちに長く佇んでいたい?」

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2011.06.06

菖蒲七福神

訪れたことのない町を歩いてみるのは、ちょっとした冒険。

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京成線-堀切菖蒲園駅から堀切菖蒲園に向かって歩く途中、

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高さ1.5mほどある七福神の石像に遭遇した。

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毘沙門天、恵比寿かな?、大黒天、

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弁財天、

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寿老人かな?、福禄寿に、布袋和尚なのかな…。

 

七福神巡りという言葉があるように、

一般的には点在していることが多いと思うのだが、

福の神の軍団に一気にお会いできる場所がこうしてある。

知る限りでは、椿山荘の庭園内の七福神。

東京赤坂豊川稲荷の七福神。

思えば…巡り歩いて一福神づつに会いたい人もいれば、

一気に七福神に会いたい人もいるのだろう。

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも神様的な存在っているのかな?」

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2011.06.05

マクロステモン星人

数年前のある日、ひょっこり我が家に現れた。

すぅっーとした細い首に不釣り合いな大きさの丸い頭をのせて、

ゆーらゆらと風に揺れながら。

それが、ノビルの印象だった。

ノビル(野蒜)とは、ユリ科ネギ属の多年草である。

5月頃、気付けば、すぅーとした姿で地上にいる。

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6月頃、紫褐色の固い小さなボール状のものを身にまとい出だす。

ポコポコと突起した小さなボールからなる球体のような頭が、

細い首にのっている姿は、心惹かれるものがある。

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その地味な在り様からは、

優美な花を凌ぐほどの強い個性を感じる。

只者ではないと私は思っている。

別の星からやってきた星人なんじゃないか…と。

学名から考えても、星人の線は濃いように思うのだ。

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Allium macrostemon アリウム・マクロステモン。

アリウム・マクロステモン星人、ピッタリくるではないか。

ふらりと寄った地球に、

居心地の良さを覚えて住みだした星人なんじゃないかなあ……。

今年数えてみたら15いたから、

確実に、少しずつ地球に子孫を増やしているのだ。

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ポコポコした球体は、

1週間位が経つと一つずつ小さな花を咲かせる。

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といっても、人間には花に見えるが、

マクロステモン星人の体の一部なのかもしれないヨ。

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色白黒髪、長身で華奢な大人びた顔立ちの美少女を連想させる。

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マクロステモン星人は、今日も美しい姿で風に揺れていた。

 

「ボンちゃん。ゴリラは地球で異星人の存在を感じる?」

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2011.06.04

輝け!みたらし団子 2

東神田の御菓子司の商品ケースに鎮座する、

みたらし団子を食べた瞬間、

Oh!━Φ(@゚□゚@)Φ━コレゾ、ミタラシダンゴ!

と、念願の、みたらし団子な経験をすることができたのである。

その愛に満ちた尊い味に感動した。

これぞ業界の花形な御味であると思った。

御菓子司 亀屋大和(カメヤヤマト) 
所在地 東京都千代田区東神田1-14-10

 

そこで気になるのが、「みたらし団子」という名前である。

「団子」、これはいいとして、

「みたらし」、この響きが気になる人も多いのではないだろうか?

私もその一人。なので、調べてみた。

 

みたらし団子の発祥の地は、

京都の森に佇む神社の社なのだ。

なんと、その神社とは、

1994年12月25日に世界文化遺産としてユネスコに登録された、

下鴨神社(正式名称:賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)である。

下鴨神社はいくつもの社からなる社殿で、

そのひとつ、御手洗社(みたらししゃ)の前の池、

「御手洗の池(みたらしのいけ)」にちなんでいる。

この池は神社の神水が湧くと言われているそうで、

池の水は、

無病息災、延命長寿に霊験あらたかであるとされ、

厄除け行事、毎年7月の土用丑の日、「御手洗祭」に、

池に足をつけようと大勢の人が訪れるという。 

人が集まるのだから、商売しようということになって、

串団子が売られるようになり、

次第に「みたらし団子」と呼ばれるようになった…。

これが「みたらし団子」という名前の由来なのである。

 

さらにロマンを感じる話がある。

「みたらし団子」の形、

串にポンポンポンと3つか4つ丸いお団子がついているあの姿は、

御手洗の池に湧く水の泡を人に見立てているというのだ。

直ぐに消えてなくなる儚い泡を、

モチモチしたお団子に置き換えるとは、

発想が粋だ!

考えてみれば…人だって月日が経てば消えてなくなる。

確かに、まさに泡と似たようなものなのだ。

ユニークだ!

哲学だ!

ロマンだ!

さすがは「みたらし団子」だ!

本来、和菓子界のサラブレットと呼ばれるに相応しい存在なのだ。

もっと多くの御菓子司に、

「みたらし団子」をみたらし団子たらしめてもらいたいと私は思う。

せめて…世界遺産という響きに即したイメージになることを願う。

いつかきっと、

みたらし団子は和菓子界の花形になる日がくる。

私はそう信じている。

輝け!みたらし団子!

おわり 

 

「ボンちゃん。ゴリラは、みたらし団子みたいに、どこかいじらしい魅力を持っている気がするけど、すでに花形だね!」

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2011.06.03

輝け!みたらし団子 1

前から「御菓子司」(おんかしつかさ)という言葉が気になっていた。

格式の高い御菓子屋さんに行くと見かける「御菓子+司」、

その言われを調べてみたところ、

「司」とは宮中に仕えるものの職位を指し、

尊い物を製造するという意味合いから、

菓子製造者を「御菓子司」と呼んだ流れからきているという。

 

なるほど…ということは、「御菓子司」と名乗る和菓子店の商品は、

尊い物を製造しているとの自負の上に、

全ての商品を製造しているということになる。

自負するからには、深い思い入れとなる愛が込められているはず。

そこで思うことがある。

東京にも御菓子司は数えきれないほど存在し、

多くの店で、みたらし団子は売られているが、

あの店のみたらし団子の味に、

感動したという経験を持つ人が世の中にどれだけいるだろうか?

Oh!━Φ(@゚□゚@)Φ━コレゾ、ミタラシダンゴ!

そんな経験をした人が大勢いるとは私には思えない。

果たして本当に、

みたらし団子も、

他の商品同様に自負の上に製造されてるのだろうか?

そう疑ってしまうほど、

みたらし団子の味には愛が感じられないように思う。

 

有名な御菓子司には、

当店は桜餅で有名…とか、羊羹が一押し、

といった一番のお勧め品がある。

実際に食してみると偶にハズはあるが、

「ああ、拘りを感じるなぁ」という味がする事が多い。

けれどネ…当店は、みたらし団子がお勧め!

という貴重な情報は世間では飛び交っていないのが実情。

お勧めが無いにしても、

世間で売られているみたらし団子の味のレベルが高いとは思えない。

 

いつかの日か…、

Oh!━Φ(@゚□゚@)Φ━コレゾ、ミタラシダンゴ!

そんな、みたらし団子な経験をする日が来ることを夢見て、

みたらし団子への思いを胸に、

商品ケースにひっそりと並ぶその姿をいつも見守っている。

ドラマにも花形の主役と脇役があるように、

やはり、みたらし団子も脇役的な役割であり、

特別なスポットライトを浴びることなく、

みたらし団子な団子人生を地味に送るべき存在なのだろうか…?

そう思った事もあったが、それにしても悲しいほどに、

世間でみかける、みたらし団子の味からは愛が感じられない。

味は、それなりか、よくてもそつが無い程度、

誰が作っても味にさほど差が生まれないとでも、

まるで思いこんでしまっているかのようで、

ひなびた味を懐かしむ人の要望を満たすためだけに、

商品ケースに並べてられてある…そんな印象を受ける。

が、果たしてそれでいいのだろうか?

私は、みたらし団子に、もっともっと可能性を感じるのだ。

お団子のモチモチ感や美妙な味のタレを追究したら、

明らかに突出した味の、

みたらし団子が誕生するに違いないと思う。

お煎餅がそうであるように、

奥義を極めるのが難しいものでもある気がする。

 

また、その名前の由来をみても、

和菓子界きってのスター的存在になる逸話も持ち合わせている。

本来ならもっと脚光を浴びるべき存在だと思う。

「輝け!みたらし団子よ!未来はきっとキミに優しいはず!」

「いつかきっと、どこかの御菓子司が、

みたらし団子の偉大なる存在感を世に知らしめてくれる日が来る!

ガンバレ!みたらし団子ー!」

と、みたらし団子が羽ばたくことをずっと願っていたのだけれど…、

ニッヒッヒ…見つけたのだヨ!輝くみたらし団子を…。

長くなるので、オッホッホ!

この続きは…『輝け!みたらし団子 2』 ネ!

つづく 

 

「ボンちゃん。ゴリラが、みたらし団子を食べていたら、絵になると思うよ」

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2011.06.02

ジャパンアニメ

ジャパンアニメはイタリアでも大人気らしく、

若い層のイタリア人と話す機会があると、

普段マンガを読まない私の方が教えて貰う事になる。

 

少女漫画で言えば、

『NANA』や『のだめカンタービレ』は、

大人も、男性も、普段あまり漫画を読まない層も、

惹きつける内容であることは聞いていたが、

読む機会もアニメを観る機会も持たないまま時は過ぎていた。

ところがつい数日前、

情報通な30代の友人(日本人男性)から、

少女漫画で面白いのがあると教えてもらった。

 

タイトルの『君に届け』というフレーズから、

いったい君に何が届けというのだ?

と、気になったし、

第2話「席替え」には涙が何度も溢れてきた…、

という彼の言葉が心に引っ掛かって、

早速観てみたら、

これが感動する素敵な世界観が繰り広げられていたのである。

最近、こんなに涙腺が緩んだストーリーは、

韓国ドラマの『華麗なる遺産』を観た時以来。

1話目から何度も涙が頬を伝った。

イタリア語の字幕付きで観てみたら、

言い回しの勉強にも役立って、これがいいのだ。

 

『君に届け』(放送 2009年10月6日-2010年3月30日 全25話)

『君に届け 2ND SEASON』(放送 2011年1月4日-3月29日 全12話)

既に6話まで観終えており、全38話を拝見しようと思っている。

 

今や日本が世界に誇るジャパンアニメ!

オホホホ!!γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞオホホホ!! 

ジャパンアニメを知らずして日本を語るなかれ!

オホホホ!!γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞオホホホ!!  

 

「ボンちゃん。ゴリラも、好きなゴリラや好きな人に会うと、やっぱり胸がドキドキする?」

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2011.06.01

Passione Eterna

雨に濡れる紫陽花という感じがする曲に、

Gipsy Kings - Inspiration 

を話題にしたばかりなのだけれど、

あるイタリア映画を観ていたら、

もしも、Gipsy KingsのInspirationに歌を入れるならば、

この人の声がピッタリだな…と思った歌声を見つけた。

 

まずそのイタリア映画とは、

『Benvenuti al Sud』 (2010,監督 Luca Miniero)

これはフランス映画 『Giù al nord』のリメイクである。

私が聞いたその曲とは、

ナポリ出身の女性歌手、

Valentina Stella の 「Passione Eterna」。

この映画の最後の方となる花火大会のシーンで聞くことができる。

ナポリ語というのか、方言そのもので歌っているから、

一瞬、イタリア語以外の言語のようにも聞こえるのだが、

演歌で言う、こぶしに切なさが溢れているようで、

情熱を、寂しくもの悲しい思いの霧で包んでいるような歌声なのだ。

 

Passione Eterna - 永遠の情熱

とは、こうした哀愁なのかも…と思わせる凄さがある。

それがどこかGipsy KingsのInspirationとリンクしている気がするのだ。

 

Passione Eterna - Valentina Stella (『Benvenuti al Sud』より) 

http://www.youtube.com/watch?v=s55RijwV8LM&feature=related

 

「ボンちゃん。ゴリラは哀愁王だから、その気配にどこか永遠の情熱を感じてしまうのかな…?」 

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