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2011.07.06

あれからどうしてた?1

だいぶ年月が経ってから、

告白した人と告白された人と話す機会が生まれ、

「あれからどうしてた?」といった流れの会話が起きたりする。

よくある話ではあるが、

振られた方が自分を振った人に聞くのは自然のような気がするが、

振った方が聞くというのは、

真の思いやりに欠けた行為なのではないか・・・と、

七夕の前夜の夜空を見ながらふと思ったりするのだ。

 

理由は以下の通り。

たとえどんな事情があるにせよ、

愛する人に「振られた」という事実は、

振られた人の心に消えない跡が残るもの。

その悲しくも寂しい衝撃によってできた傷の大きさ深さは、

振った人には到底想像ができないほどのものだと思う。

時の流れに従い涙は消えても、

その記憶はやはり残るものだろう。

 

「あれからどうしてた?」

と、自分を振った人に聞かれた時、

聞かれた側の性格にもよるが、

複雑な思いがする人もいるように思うのである。

まあ、いつもの如くに考えの積み木積みをする私だけが、

そんなことを思うのかもしれないが、

たとえばのこと、

もしも、私が私を振った男性からそう聞かれたら、

私は言うだろう。

「興味本位で聞かないでよ」、と。

もしも相手が「興味本位なんかじゃないよ」と言ったとしたら、

私は言うだろう。

「今さら聞ける立場じゃないけれど、あれからどうしているのか、ずっと気になっていたんだ。もしも聞くことが許されるならば、どこでどんなふうに暮らしていたのか、知りたい。教えて欲しいんだけれど、ダメかな、と、そう聞くのが筋ってもんじゃないの?」、と。

 

「ボンちゃん。ゴリラは振られた時、何を思う?」

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