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2011.07.22

記憶 page1

Claudio Baglioniが、

最近のインタビューで、

「時間から取り戻したいものは何か?」と聞かれ、

「記憶」と答えていた。

「人の名前とか、日付とか、幼き頃の事とか…」、と。

 

クラウディオ・バリオーニは、

イタリアで「神の如きクラウディオ」と呼ばれるメガスターである。

神の如きと言われるからには、

一般人には無いと思われる“特別な何か”を放っており、

多くの人がその“特別な何か”を感じるからこそ、

惹かれ、

神の如きと言われるに至っているのだろう。

実際、私も初めて彼の音楽と歌声を聴いた瞬間、

“特別な何か”を感じた。

“特別な何か”を他の言葉にするならば、

…ノスタルジックな情熱、だろうか。

クラウディオ・バリオーニは、

ヴェネツィアに浮かぶ一層のゴンドラ。

歌が音楽が存在感が、

強烈にノスタルジックとロマンティックを伝えてくるのである。

 

クラウディオのように富と名声を手にした人が、

「時間から取り戻したいものは何か?」と聞かれたら、

小麦色に焼けた肌から白い歯を覗かせて、

「若さかな…」なんて言うような気がしないでもないが、

やはり“特別な何か”を感じさせる人の答えは、

“特別な何か”を感じさせてくれるものなのである。

 

自然の摂理から考えても、

光が強ければ必然的に影は濃くなる。

クラウディオにとっての影が何かは想像がつかないが、

今回の答えの奥にあるものは、私にも想像がついた。

と言っても推測の域だが、

強い光、イタリアのメガスター「クラウディオ・バリオーニ」という光、

その光を支えてきた多くの人達がいて、

共に情熱をぶつけ合った特別なたくさんの日がある。

その光を一緒になって強めた、コンサートに訪れたファンがいる。

歌詞、音楽の原点となっていると思われる幼いころの記憶、

そうした光の記憶を詳細に留めて置きたい。

そんなふうに思ってのことなのではないか…と、思ったのだ。

 

つづく。

 

「ボンちゃん。ゴリラは記憶力が物凄くいいんだよね」

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