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2011.07.23

記憶 page2

(つづき)

確かに、言われてみればそうなのかもしれない。

幸せを感じた瞬間のことを克明に覚えていれば、

人生って味わい深くていいものだな…と強い実感が残り、

その後、たとえどんな困難が起きようとも、

それらに立ち向かう原動力となり、

目の前の辛さなんて物ともせず、

命を立つなんていう選択肢は決して生じず、

ただひたすら必死に生きていこうとするものかもしれない…と。

でも、どうだろう。

Claudio Baglioniはメガスター。

たとえば私のような、

目下のところメガスターとは程遠い位置で生きている者とは、

経験の質が全く違うから記憶の質もかなり違う。

クラウディオの記憶にあるものは、

自分が創造した歌と音楽のために、

何万人ものファンが殺到し、

広い会場で共に歌い、

感動を共有するという珍事な軌跡の連続である。

彼が自分で行動して、

その軌跡的な瞬間を次々と生み出しているわけなのだが、

それが日常茶飯事的に起きている人生自体、

珍事な軌跡であり軌跡の人だと思うのである。

そんなふうに、

常識で考えては起こりえない、不思議な現象のような、

その珍事な奇跡の繰り返しの人生の記憶。

音楽家にとって、

ファンと一体となって歌う喜びがもたらす感動、達成感、

それを超える輝きが果たして他に存在するだろうか。

どう考えても、

忘れてしまいたい記憶よりも、

忘れたくない記憶の方が多いに違いない…と、

おおよそな推察がつく。

 

勿論、クラウディオにだって、

一般人のように忘れたい記憶はあるだろう、たぶん。

いや、無いかもしれないが…、でも、もしもあったとしても、

忘れたくない感動の記憶が次々と上書きされていくわけだから、

忘れたい記憶はどんどん薄れていくのではないか…と思える。

 

一方、一般人は、どうだろう。

個人差はあれど、

目下のところメガスターとは程遠い位置で生きている私には。

忘れたくない記憶よりも、

忘れてしまいたい記憶の方が多いのが日常のような気がする。

更に、人というのは、

辛い思いや悔しい思いをした時のことの方が、

思いのほか、

嬉しかったことよりも数多く覚えているような気もする。

 

そうかと言って、

泣くほど大変な衝撃的な出来事の全てを覚えているかというと、

そうでもないとも思うのだ。

つづく。

 

「ボンちゃん。ゴリラは忘れなたくない記憶、忘れたい記憶、どっちの方が強く覚えている?」

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