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2011.07.24

記憶 page3

(つづき)

例えば、

ヒトは産まれてすぐに泣く。

嬉しければケラケラと笑って産まれてくるだろうことを思うと、

生まれる体験というのは、余程、過酷なものに違いない。

しかし、

自らを振り返ってみても、

生まれる産道の途中で味わった苦痛は全く覚えていない。

お産の時間は14時間とか、

長い人なら30時間はかかるというから、

注射のような一瞬の苦しみではない。

狭い産道を無理無理通るという過酷な体験は、

想像を絶するほどのもので、

それはそれは長い時間に感じられたはずで、

その時の記憶は強く刻まれていてもおかしくないように思う。

 

人には防衛本能があって、

たとえば、受け入れ不能な辛い記憶を消す作用が起きたりする。

もしかしたら赤ちゃんは、

産道の記憶を消しているのではないだろうか? 

産道を通った時に、

そのあまりの辛さに赤ちゃんは思いこむのかもしれない。

辛い、辛すぎる。

助けて欲しいと訴えているのに誰も助けてくれない。

なんて無慈悲なのだ。

酷過ぎる。

この極めてむごい扱い。

もう…絶望だ。

一瞬にして、

さあ、これから頑張って生きていこうと思った勇気が萎えてしまい、

そうした抱えきれない思いに対し、

自己防衛本能が働き、

その記憶を綺麗さっぱり抹消してしまっていたりして…。

記憶の消去により、

今日を生きる勇気、明日をも生きる勇気を取り戻していたりして…。

 

年月が経てば、

少しずつ色んなことを忘れていく。

忘れたくない記憶も忘れたい記憶も。

一秒ずつ年老いていく宿命を背負うものにとって、

記憶が薄れていくことは、

老いの実感を減らす最良の自己防衛でもあるように思うのだ。 

 

つづく。

「ボンちゃん。ゴリラは老いを実感して悩む?」

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