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2011年9月

2011.09.30

土浦の雲

Kumo1

やはり雲というのは、

ふたつと同じ形のものは生まれないものだろうか…、

と、土浦の空を見上げて思った。

Kumo2


或いは、

何年に一度、いや、何百年に一度ぐらいは、

まったく同じ形の雲が浮いたりするものだろうか…。

Kumo3

人間よりもずっと長生きをして、

人間よりもずっと空を見上げているであろう草木に聞いてみれば、

もしかしたらわかるのかもしれないなどと思ったりする。

けれど、

草木と細かい話をするのは難しいから、

やっぱり空を見上げて思いを膨らませるしかないのだろう。

Kumo4

「ボンちゃん。ゴリラは空を見上げて何を思うのかな?」

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2011.09.29

壱師の花

「道の辺(へ)の  壱師(いちし)の花の      

いちしろく  人皆知りぬ  わが恋ふる妻」  万葉集  柿本人麿

Higanbana1

壱師の花とは、彼岸花をさしていると言われているらしい。

彼岸花と言えば、別名「曼珠沙華」(まんじゅしゃげ)。

Higanbana3

アゲハ蝶が夢中で蜜を吸っていた。

曼珠沙華には葉っぱが一枚もなく、

緑の茎から灼熱した炎が怪しく燃えているように、

赤々とした花が咲いている。

Higanbana5

畦道に咲いていたりすると、

妖艶な頬笑みを浮かべてしなやかな指をこまねいているようで、

どうしたって著しく目立っている。

柿本人麿の妻は際立って美しかったのだろう。

目立ってみんなに知られてしまった…という和歌を読んだほどなのだから。

Higanbana2

アゲハ蝶までもが、

曼珠沙華の色に溺れているように見える。

「ボンちゃん。ゴリラは曼珠沙華に何を感じる?」

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2011.09.28

作り方…栗きんとん

栗の季節となった。

早速に買ってみたら、

見かけはコロッとしていて美味しそうだったのに、

甘さが足りずイマイチ。

そこで和菓子を作ることにした。   
 


〈材料〉
 
生くり お好みの分量

三温糖(砂糖)お好みの分量

オリゴ糖 少量

塩少々

 

〈作り方〉

①栗を中火で40分程度茹でて皮をむいてボールに入れる。

Kuri1

②すり棒で栗をつぶす。

Kuri2


③三温糖、オリゴ糖、塩少々を加えて練るようにしてよく混ぜる。

④ラップに大さじ2程度、練られた栗をのせて包み込むようにして茶巾に絞る。

Kuri4

⑤あとはラップをはずしてお皿に盛るだけ。

Kuri5

⑥できあがり。

Kuri6

卵、乳製品、着色料、防腐剤など一切加えず、

銘菓の栗きんに負けない味が作れるのだ。

ひとつずつ和紙に包んでプレゼントしたら、

忘れられない人になることマチガイナシ!

Buon apetito!

「ボンちゃん、ゴリラは生栗をボリボリ食べるのかな?」

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2011.09.27

変心で変身

人は誰しも、

多かれ少なかれ個人差はあるにせよ、

目指す自分像というものが心のどこかにあって、

それに近づく自分になりたいと願い、

自分を変えたいと思っているものではないだろうか。

日本の臨床心理学の第一人者である、

故、河合隼雄氏の『こころの処方箋』(新潮社)のP.64に、

「一番生じやすいのは180度の変化である」という内容のものがある。

どのページも「フム、フム、なるほど!」と、

深い納得が得られることばかりなので一読をおススメしたい。

 

人間の変化を援助する心理療法家であった河合氏が、

アルコール依存症の人、

ノイローゼの人、

非行の少年少女といった患者さん達の変化を見る内に、

「一番生じやすいのは180度の変化である」と気付いたという。

それを読んだら、

時に私に起きる180度の変化的行動に合点がいった。

例えば、夜型人間で朝寝坊型の私が毎朝5時に起きだしてみたり、

10年以上運動という運動をしていない私がDVDを見ながら家で毎日ダンスをしてみたり、

なにかがきっかけになってふと思い立ち、

ある日を境にピッタリと何かを止めたり始めたりすることが生じることがある。

ゼロか100かといった極端な心の変化が急に起きて、

それに伴い行動がそれまでのものとは180度変わるのだ。

その時の自分の変わりようは目を見張るものがあって、

自分の意思の弱さにウンザリした自分の意思の強さが、

瞬間的に露出して勝ったような不思議な現象だと常々思っていた。

けれど、河合氏によれば、

それこそが一番生じやすい変化のようである。

悪くすれば、超優等生が超劣等生になる可能性を示唆しているとも言えるが、

良くすれば、どっぷりと自分の人生を悲観視していた人に、

何かの方向付けがきっかけとなって、

ピョイッと心の風向きが変わり、

180度の変化が生じる可能性があるとも言えるのだ。

 

山手線が3分おきに来るような、

しょっちゅう起きる現象とは思えないが、

直したい欠点が直せない自分に心底から腹が立つ境地に至ることができれば、

建設的な180度の変化が自然と起きて、

継続的に心の在りようが変わっていき、

新たなる境地に至れる可能性は高いようである。

従って、

意外に思えるが、

人は絶対的な変化によって案外容易に変われる生きものなのかもしれない。

自分が自分を諦めなければ。

 

「ボンちゃん。ゴリラは自分自身が自分の心を諦めたりする?」

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2011.09.26

作り方…五平餅

おはぎを作って余った、半つき状態のもち米、

いったい何に使えるものだろうか…と思った瞬間、

五平餅なるものを思い出した。

 

五平餅と言えば、

お餅を団子にして串にさし、

焼いて味噌や醤油などの特製ダレをつけるのか、

味噌や醤油などの特製ダレをつけて焼くのかよくわからないが、

確か、長野県南部の郷土料理である。

そこで、夏バテ防止用に作っておいた特製ニンニク味噌をつけて焼くことにした。

お好みの特製ダレさえあれば、あとは簡単。

半つき状態のもち米を一口サイズに丸めて特製味噌をつけて、

トースターで焼くのみ。

Goheimochi1


串に刺してみたら、

ワァッ!━(゚∀゚)━! 五平餅がそこに!

Goheimochi2

Buon apetito!

 

「ボンちゃん、ゴリラがコタツに入って五平餅食べていたら、絵になるような気がするよ」

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2011.09.25

作り方・・・・おはぎ

その昔、

お彼岸の季節になると、

祖母は決まって「おはぎ」を作って重箱にいれて持ってきてくれていた。

和菓子やさんで売られているような上品で都会的なイメージのものとは違う、

どっしりとした温もりがイッパイ詰まっているようなものだった。

祖母や母からは秋のお彼岸に作る方を萩にちなみ「おはぎ」と呼び、

春のお彼岸に作る方を牡丹の花にちなみ「おはぎ」と呼ぶと聞いたが、

祖母の作るものは、ぼたっとしていたから、

その見た目からは秋であっても「ぼたもち」と呼ぶに相応しいような気がしていた。

そこで「ぼたもち」と呼ぶに相応しい「おはぎ」を作ることにした。

「おはぎ」の作り方

小豆あんの材料

あずき 2500g

砂糖(三温糖) 200~300g (お好みの甘さ)

水6カップ(1200cc)

塩 少々

1.小豆を洗って圧力鍋に入れ、中火で加圧、弱火にして8分加圧し、火を止める。

※アクが気になる場合は、

小豆を5分茹で、茹で汁を捨て、圧力鍋に小豆を戻し、水6カップを入れて6分加圧。

Ohagi2

2.煮えた小豆に三温糖と塩を加え弱火で10分~15分程度、煮る。

Ohagi3

この際、焦げないように木べらで混ぜながら水気をとばして餡の硬さを整える。

もち米3カップを圧力釜で炊く。

1.もち米3カップをとぎ同量の水を加え吸水させるために40分程度放置する。

Ohagi1

2.中火で加圧したら弱火にして4分加圧し火を止め10分蒸らす。

Ohagi4_3

3.こんなに短時間で炊けるものだろうか…と思いながら恐る恐る蓋をあけると…、

なんと見事に炊けていた。

見た目は普通のご飯と同じだなあ…などと当たり前のことを思って感心しながら、

昨日炊いたご飯の残り(一合程度)を電子レンジでチンし、

炊けたもち米に加え、

2~3分程度、すりこぎ棒で半つき状態にする。

Ohagi5

(※もち米とうるち米を一緒に炊くのが一般的だが、後から足しても問題はなかった)

4.手を水でぬらし、60gぐらいに丸め、まわりに餡をつけてにぎる。

Ohagi6


5.中に餡をいれて胡麻(胡麻+三温糖)ゴマをまぶしたもの。

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Buon apetito!

「ボンちゃん、ゴリラはおはぎ好きかな?」

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2011.09.24

Let's dance!

最近は肉体美ブームなのか、

TVでは呼吸法やダンスによって、

美しい体形を実現するといった番組が目につくような気がする。

いや、もしかしたら自分が本格的に、

体形を意識しだしたからなのかもしれない。

 

我が家にもEASY BLADEという平たい棒のような運動器具、

ボール運動用のボツボツがついたボール、

太いゴム製の縄飛びのようなエクササイズ用のローブ等、

運動不足解消、且つ、身体を引き締めるグッズがいくつもあるが、

やっても3日坊主で真剣に活用したことはなかった。

と言っても、これらのグッズは自分で買ったものではなく、

買ったけど使わないという友人から、

やるならあげるよ、と言われて頂戴したもの。

それがまずかったのだろうか。

結局は友人同様に箪笥の肥やし状態になってしまった。

やはり自らで購入した方が、真剣度が増すものかもしれない。

この度、ニッヒッヒ!私はスリムなボディを目指すDVDを購入したのである。

世界のトップレベルのダンサーが、

くびれづくりやカロリー燃焼に効果のある動きだけを、

ベリーダンスやラテンダンスなどの中から選びだし、

凝縮して組み合わせたというダンスエクササイズのDVDなのだ。

初めの頃は、

運動不足の私はまったくリズムについていくことができなかった。

10分踊るだけで息切れして足がふらつき、汗でびっしょり。

( ´艸`)プププ

ダンスをマスターするまでにはかなりの年月を要すると思われるが、

ここ一週間ぐらい前からは、

狼が暴れているようだけれど30分は踊れるようになった。

身体の引き締まり感も若干ではあるが成果を感じている。

初めたのは9/6だから、

昨日までで18日間の継続を果たした。

ニッヒ!三日坊主症候群は克服したのだヨ!

 

一度決めたことは貫きたいものである。

自分の意志の強さが確かめられる、いいチャンスである気もする。

Let's dance!

 

「ボンちゃん、ゴリラはダンスしないの?」

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2011.09.23

映画『イタリア的恋愛マニュアル3』

イタリア的、恋愛マニュアルシリーズは、

1作目、2作目ともにツタヤにも置かれてあるので、

是非とも観賞をおススメしたいイタリア映画なのだが、

この度、2月にイタリアで封切となった『イタリア的、恋愛マニュアル3』をDVD観賞した。

 

世代ごとの恋愛ががコメディタッチに描かれた1作目は、

数え切れないほど観ている私としては、

やはり3作目が気になっていた。

イタリアの宝石と称されるグラマラスなモニカ・ベルッチが出演は2作目からで、

そのためかイタリアでは1作目を越える大ヒットだったらしい。

それに起因してか2作目のタイトル(日本版DVD邦題)は、

「モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル」となっている。

(※1作目、2作目ともにツタヤにもある)

更なるヒットを飛ばすであろう3作目には、

世代の異なる3つのエピソードがあり、

その3つ目には熟年のラブストーリーを描いた、

ロバート・デ・ニーロ(68)演じる、

ローマ在住のアメリカ人美術史教授と、

彼よりだいぶ若い女性、モニカ・ベルッチ(46)との恋物語がある。

 

2月に行われたイタリアのサンレモ音楽祭には、

「イタリア的、恋愛マニュアル3」を宣伝のために、

ロバート・デ・ニーロとモニカ・ベルッチがゲスト出演しており、

二人が打ち解けている様子が窺える。

その模様はコチラ↓。

http://www.youtube.com/watch?v=DLQMTsMlY60&feature=related

 

きっと3作目は日本の映画館で上映されるに違いない。

シンプルでロマンチック、

素敵なファンタジーのようなロマンスグレーな恋物語に、

そうそう、あの大人気映画、『プリティーウーマン』をちょっぴり思い起こした次第。

 

「ボンちゃん。ゴリラもいい恋愛によって人生観が変わるの?」

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2011.09.22

作り方…ワンタン風スープ

この夏、いつだったか餃子の皮の作り方を記したのだが、

それ以来、

しょっちゅう餃子を皮から作るようになり、

私の中で餃子ブームが到来した。

デパ地下の餃子屋さんの前を通ったりすると、

秘かに心の中で焼きあがりの美しさを競っている。

余った皮でワンタン風スープを作ってみたら美味しかったので、

是非ともおススメしたい。

作り方は至って簡単。

餃子の皮を4つ切りにして、

お好みのスープを作り、皮を入れて煮るだけ。

 

〈ワンタン風スープの作り方〉

鍋に水を入れて沸騰させている間に、

しめじ、シイタケ、ニラ、ネギ、ニンジン等のお好みの野菜を小さめに切り、

鍋に入れ、すりおろしショウガを加え、

酒、そばつゆ、塩、コショウ、醤油等で味を整え、

最後に4つ切りにした餃子の皮を入れて煮る。

缶詰めのホタテを入れるとより美味しくなるのだヨ!

Wantan1

ショウガは身体を温めてくれるので、

これからの季節におススメ!

Wantan2


Buon apetito!

 

「ボンちゃん。ゴリラは人間みたいに温かいものを食べなくても、温まることができるんだから、凄いね!」

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2011.09.21

物思いにふける秋

今年も萩が咲いてくれた。

祖母が好きだったせいか、

萩が咲く季節になると、

祖母の永遠の不在を改めて実感する。

Hagi1

万葉集の和歌には萩、

百人一首には桜ともみじがとても多く出てくるという。

植物の名前の羅列だな…と思いながらも、

秋の和歌として、

誰もが一度は聞いたことがある有名なものと言えば、やはりこれだろうか。

「萩の花尾花(をばな)葛花(くずはな)なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花」

               山上憶良(やまのうえのおくら)

 

物思う秋だからか、

萩の花言葉は、「思案」「思い」「柔軟な精神」だという。

 

歌というのはそのまんまを読むほうが心に届くものなのだろうか…。

そういえば、チューリップの歌も、

見た光景がそのまんまの歌詞である。

「咲いた 咲いた チューリップの花が 並んだ 並んだ 赤白黄色…」

普通の会話がそのまんまのようだけれど、

或いは、普通の会話がそのまんまだからか、

誰もが空覚えしているほど、物凄く有名な歌である。

ちなみにチューリップの花言葉は、

「博愛、真摯な愛、愛の告白、不滅の愛」だという。

愛の色も赤白黄色と様々なのかもしれないと思うと、

哲学的な歌にも思えてきた。

 

「ボンちゃん、アフリカにいるゴリラと日本にいるゴリラを比べたら、日本の四季が心に影響して、物思いにふけることがより多くなるのかな?」

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2011.09.20

ツクツクボーーーシ

数日前まで、

ツクツクボーーーシ

ツクツクボーーーシ

ツクツクボーーーシ 

ツクツクボーーーシ

ツクツクボーーーシ 

ツクツクボーーーシ 

ツクツクウィーーーヨ

という鳴き声が響き渡っていたというのに、

気付けば鳴き声た消えた。

そして、コスモスが秋風に揺れている。

Cosmos2

ツクツクボウシはこの世を去る前に、

コスモスの花を見たのだろうか。

Cosmos1


「ボンちゃん。ゴリラはツクツクボウシの声に秋を感じる?」

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2011.09.19

カマキリ

夏の日差しから守ってくれたゴーヤの緑のカーテンも、

遂には萎れ出したので後始末をしていたら、

目の前に突然にカマキリが現れた。

Kamakiri1

それはそれはビックリしたのだが、

慌ててデジカメを撮りに戻ったらまだ同じところにいた。

Kamakiri2

すぐさま、私の視線を振り払うかのようにジャーンプ!

どこに行ったと思いきや、

つい先日、私が貼り替えたばかりのブラック色の網戸に止まった。

Kamakiri3

ゆっくりと歩を進めていたのだが、

再びの私の視線に制止し、

首をキキキキといった感じで私の方に向けた。

目の位置が明確に分からないからなのか、

黄緑色をした顔の逆三角形が見慣れないからなのか、

カラダの大きさのわりに手足が極細だからなのか、

なぜかロボットを想起した。

首が私の方に向いていることから判断し、

明らかに私を凝視していた。

これ以上近寄ったら、威嚇するぞ!

という警告を受けている気がしたからちょっと怖くなり、

素直に退散。

Kamakiri4


でも最後に、カマキリの後ろ姿を撮ったのだヨ!

 

「ボンちゃん。ゴリラもカマキリに威嚇されたりする?」

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2011.09.18

ラベリング

小さなことが綺麗に整っていると、

気分がいいものである。

そこで、パソコンでラベル作りをしてみた。

Rabel1

エクセルで名前を書いて、

用紙はシールタイプのものを利用し、

カッターで切って貼れば出来上がり。

Rabel2

出来上がってみると妙なる達成感が生まれ、

ありとあらゆるものにラベルを貼りたくなる。

Rabel3

そして、こんなふうに、片栗粉、薄力粉、塩、砂糖、と作って貼りつけるに至り、

気づけば、DVD、ライト、TVといった全てのリモコンにも貼りつけていた。

終わって作業を振り返ると、

ラベリングしていた時にはラベリングだけに集中していたことに気づき、

自然と、心も整理されたような気がしたから不思議。

 

「ボンちゃん。ゴリラは何をしていると心が整理されていく?」

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2011.09.17

カツラ

最先端のカツラをまじまじと見る機会に恵まれた。

よくCMで見かける、パーツタイプの女性用のカツラである。

ちょうど手のひらにのるほどの大きさで、

頭頂部にのせてブラシで髪をとかせば、

風が吹いても、帽子を脱いでも、

なんの問題が無いというもの。

その作りがどういうものなのか前々から少し気になっていたので、

カツラの試し装着をしてみたいという知人の話を聞き、

付添いとして同行して来たのである。

 

お店に入ると係の人がやって来て、

髪の色をチェックし、幾つか候補のカツラを運んできてくれた。

持ってみると軽い。

髪質は、形が崩れないことを意識しているからなのか、想像以上に硬かった。

そのカツラを頭頂部にのせ、地毛に、付属の金具でパチンと留め、髪をとかせば、完了。

ボリュームが生まれるから装着しないのと装着したのとではだいぶ印象が変わる。

 

材質を聞いたところ、

人毛と人工毛の半々を使っているとのことで、

頭皮に見える、肌色の特殊な布(メッシュタイプ)に、

人毛と人工毛を交互に一本一本手で結びつけてあるという。

よくよく見てみると、

小さなかた結び目がメッシュにびっしりとあって、

毛がしっかりと結びつけられてあった。

毛を一本一本布に結びつけるとは、

あっぱれな根気が下支えしたお見事な仕事だ!と、感動した次第である。

 

友人曰く、欲しいけれど、あまりにも高価で…とのことだった。

今回試したのは確か、60万円ぐらいのもの。

少し検討するということでその場を後にしたのだが、

帰り道に、友人が真顔で私に言った。

「手先が器用なんだから、時間かかってもいいから、ああいうカツラ作れないの?」、と。

あれほどの根気が私にあるだろうか…と、

気づけば真剣に思いを馳せている自分がいたのだが、

あの品質でもう少し価格設定が低ければ、

多くの人が髪の悩みから解放されるだろう。

心も晴れ、外出も増え、おしゃれするのが楽しくなって、

購買意欲がうまれて経済効果にも少なからず影響があるだろう…と、思うのである。

 

「ボンちゃん、ゴリラも加齢により体毛が薄くなったりすると、やっぱり気になる?」

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2011.09.16

花房出雲

夜、見通しの悪い小道で、

出会い頭に小柄な猫とぶつかりそうになった。

私はビックリしたのだが、

猫は驚いた様子もなく、

一瞬、私を見上げたが、

悠然たる態度で私の左側を通り過ぎていった。

面識のある猫であることに気づいたのだが、

以前は直ぐに隠れてしまうような猫だったからアレ?と思った。

 

猫から見れば、私はかなり巨大な生きものである。

体重だって10倍以上あるだろうし、

身長だって、立って計ったとして5倍はあるだろう。

そんな巨大な生きものが突然、眼前に立ちはだかったというのに、

驚きもせずに泰然自若としていて警戒心はゼロ。

まるで自分よりずっとずっと小さい生きものでも見るかのようだった。

その堂々たる姿に花房出雲(はなぶさいずも)を思い出したほどである。

 

花房出雲とは、

中村吉右衛門演じる、時代劇『斬り捨て御免!』の主人公。

腕が立って兎に角物凄く強くて、力まずにさらりと悪を成敗する人物である。

最近知った時代劇なのだが、

美しい人が花房出雲に艶やかにせまるシーンが艶っぽくて、

長門勇のひょうひょうたる雰囲気にも惹かれ、

『鬼平犯科帳』とはまた一味違う魅力があって面白いのである。

 

ということで、その猫は花房と命名したのだヨ!

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも滅法強かった伝説のゴリラっているんでしょ?」 

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2011.09.15

アメンボ

池を見ていたら、

水面を器用に蹴ってスイスイと進む、

アメンボがいた。

あの手足はいったいどうなっているのか、

気になるところである。

それに「アメンボ」という名前だが、

雨んぼ? 或いは、飴んぼ?

どう書くのかさえ知らなかったので調べてみた。

 

なんと驚いたことに、

外見は科によって異なるが、

基本的な体の構造はカメムシ類と同じで、

アメンボ…カメムシ目(半翅目)・カメムシ亜目あめんぼ科

カメムシ…カメムシ目カメムシ亜目カメムシ科

更に驚いたことは、

アメンボと呼ばれる所以が、

カメムシが臭いを放つように、

アメンボもまた、

捕まえると飴のような臭気を放つことからきているというのだ。

漢字は、「水黽」「水馬」とか「飴坊」と書いたりもするらしい。

イタリア語で何というのかも調べてみたら、

ragno d'acqua  水蜘蛛

なるほど、言われてみれば、水に浮かぶ蜘蛛に見える。

 

「ボンちゃん、ゴリラも、水の上でスケートしてるようなアメンボの動きに見惚れたりする?」

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2011.09.14

Non ti Muovere

昨日の話の続き。

マルガレート・マッツァンティーニの小説「 Non ti Muovere (動かないで)」は、

ヨーロッパでベストセラーになり、

2002年にイタリア文学界最高の賞、ストレーガ賞を受賞している。

ただのエゴイスティックな男の物語にも見えるが、

なんだかそれだけではないような気がしていたので改めて考えてみた。

同じくイタリア人の夫、セルジオ・カステリットにより映画化が実現。

原題:<NON TI MUOVERE>(動かないで) 
邦題 : 赤いアモーレ  
監督 : セルジオ・カステリット
出演 : セルジオ・カステリット, ペネロペ・クルス

ペネロペ・クルスが出ていることもあってか日本語版も出ている。

作家が何をテーマに掲げてこの小説を書いたのか、

なぜイタリアで文学界最高の賞を受賞したのか、

なぜこの小説がヨーロッパでベストセラーになったのか、

推察の域ではあるが探ってみたいので、

あれこれ考えたことを私見を交えて記してみようと思う。

 

〈あらすじ〉

外科医ティモーテオ( セルジオ・カステリット)には、

ジャーナリストとして活躍する独立心旺盛の美しい妻がいる。

静々とした深い絆を感じる夫婦ではないが、

それなりに仕事も私生活も順調で傍から見れば満ち足りた生活。

だが、何か満たされない思いをティモーテオは抱えて孤独だった。

ある夏の暑い日、

どう見ても幸の薄そうなイタリア(ペネロペ・クルス)を発作的にレイプしてしまう。

イタリアは娼婦ではないのだが、

ティモーテオは彼女の自宅を訪れ続け、帰りがけに現金を置いて帰る。

イタリアはなぜかティモーテオを全面的に受け入れ次第に愛するようになる。

ティモーテオもまた、

イタリアに対して他の誰にも感じたことの無い愛を感じ出す。

イタリアが妊娠したのを機に離婚を決意するティモーテオだったが、

時、同じくして妻が妊娠したことを知り、イタリアとの連絡を暫く絶つ。

イタリアは、失意の念に駆られ、自宅にて自ら堕胎を決行する。

娘の誕生後も、ティモーテオはイタリアが忘れられず、再会し、その事実を知る。

程無くして、無暗な堕胎が原因でイタリアは他界する。

といった感じなのだが、

イタリアにとっての唯一の救いは、

ティモーテオの愛を感じながら彼に最後を看取られたことだろうか…。

 

ティモーテオがなぜこの過去を思い出したかと言うと、

一人娘が交通事故にあって瀕死の状態に陥ったからなのである。

懺悔の文化がそうさせるのか、

このウルトラスーパーエゴイスティックなティモーテオという男は、

妻や娘の気持ちなど全く憂慮する様子もないままに、

イタリアとの彼曰く真実の愛を思い起こす。

そして、

イタリアへの愛こそが愛というものだと気づいた…、

といった主旨のことを意識不明の娘に語る。

更に、イタリアの幻影に向かって一人娘を守ってくれるように懇願するに至る。

実際、それは聞き遂げられ、

一人娘は一命を取り留め、イタリアの幻影が消えて物語は終わる。

 

ここまでくると、

絵に描かれて額縁に入れられたエゴイスティックな男を観賞している気にもなる。

もしも自分がティモーテオの一人娘であったら…、

もしも自分がティモーテオの妻であったら…、

何を思い何を感じるだろうかと考えてみた。

自分が死の淵でさ迷っている時に、

夫或いは父親が亡き愛人を思い出している事実に茫然とするだろう。

「亡き愛人への愛こそが愛というものだ…」と、ベッドの上で聞かされた瞬間、驚愕する。

更に、無償の愛を自分に捧げてくれたイタリアなら思いを叶えてくれると信じて疑わず、

家族の命を救って欲しいと亡き愛人に頼むという有り様に…、

そんな男を夫として選んでしまっていたなんて…、

そんな男が父親だなんて…、

と、自分が嘆かわしく思えてきて寂しさ死にするような気がする。

というのが、私の最の感想なのだが、

この物語を書いた作家が男性ではなく女性であることを思うと、

エゴイスティックな男の理想の女性像を描いたものではないような気がする。

愛とは何かが分からずに生きていたティモーテオが、

道徳的な善悪の区別を厳格につけずに、

エゴイスティックな最低、最悪のエゴの牙を向けたイタリアから、

母性愛のような献身愛のような無償の愛を受け、

ティモーテオは愛とは何かを知って、

イタリアの亡き後もその愛は存在し奇跡を生じさせるに至る…。

なるほど、やはり、メッセージ性は、

エゴイズムに警笛を鳴らしているのだろうか。

地位、財力、名誉、美貌なんてものはお飾りに過ぎず、

誰よりも深く愛され、記憶に生き続ける人は無償の愛を抱いた人である。

無償の愛に勝るものは何も無い。

無償の愛こそ、最も、美しく、尊い究極の愛である。

それがこの小説のテーマなのかな…という思いに至った次第なのだよ!

 

「ボンちゃん、ゴリラ界にはエゴイスティックなゴリラがイッパイいる?」

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2011.09.13

愛の尺度は腕枕!?

男性の愛の尺度は、

誰かを腕枕した時の印象なのだろうか…、

ふと、そんなことを思った。

 

「 愛(うつく)しき

 人のまきてし

 敷栲(しきたへ)の

 我が手枕(たまくら)を

 まく人あらめや

          四三八 大伴旅人(おおとものたびと)」

〈意味〉

愛しき妻が枕にした私の手枕(てまくら)を、枕にする人が他にあろうか、ありはしない。

(万葉集 角川ソフィア文庫より)

愛する妻が初夏に病死し、

四十九日をすませた頃に大伴旅人が詠んだ歌だという。

 

この歌を読んだら、

心で消化できずにいる、ある小説の言葉が思い出された。

以前にも玉ログ記事、『愛するとは?』でも取りあげたイタリア映画のあるセリフである。

物語は、

あるエリートの中年男がウォッカか何かを飲んで衝動が抑えられなくなり、

通りすがりの粗野な感じがする汗まみれの女に対して力づくで肉体関係を強制する。

女の名前はイタリアという。

それがきっかけで二人の関係が始まり、

次第に男は、愛するといことは何かを彼女を通して気づくに至る。

その思いを語ったのが、気になっている次のセリフなのである。

 

「愛するということは、

イタリア(亡き愛人の名前)の息を私の腕(カイナ)に受けとめながら、

ほかの音がすべて消えていることに気づくことだったのだ。

(マルガレート・マッツァンティーニの小説、「Non ti muovere」=「動かないで」より)」

 

人それぞれ、腕にかかる好ましい頭の重さというものがあって、

その人物の人間性や容姿などもさることながら、

頭の重量もまた、愛が芽生える上で重要な要素だったりして…、

などと考えて出してしまうのは私だけだろうか…?

玉ログ記事『Non ti muovere』 へ続く

 

「ボンちゃん。ゴリラは、愛するゴリラに腕枕して一緒に眠る?」

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2011.09.12

『静かな月』

今夜は中秋の名月

満月でもある。

一年の内で最も月が美しく見える日だという。

詩をつくってみた。

 

 

『静かな月』

 

今夜は中秋の名月

夜空を見上げて思う

祖母もどこかであの満月を見ているのだろうか…

祖母が空の国へ旅立ってから10年が経った

祖母は本当に消えてしまったのだと改めて思う

いつかまた再会できる日が来るのだろうか…

この広い空のどこに祖母はいるのだろうか…

私が祖母に会いたくてしょうがないように

祖母も私に会いたくてしょうがないのだろうか…

そんなことを思いながら月を見上げていたら

ひんやりとした風が鼻の先と頬を撫でていった

心地良さを覚えたと同時に

それまでとは違う極めて冷たい風だと思った

どこから来た風なのだろう

どこをどう通って

そんなに冷えたのだろう

なぜここを通るに至ったのだろう

なにも分からない風だけれど

遠い空から運ばれてきたのだろうから

きっと祖母の居所を知っているに違いない

呼び止めて聞こうとした時には風は止んでいた

風は行ってしまったのだろうか…

風はまだ側にいたのだろうか…

もしかしたら

頬を冷やしたあの風こそが祖母なのだろうか…

おばあちゃん おばあちゃんに会いたい 

そう呟いたら 

祖母の居所を感じとったような気がした

静かな月 

静かな月に祖母は居るらしい

 

「ボンちゃん、ゴリラは中秋の名月を見て、なにを思う?」

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2011.09.11

弁の空白的現象

あの時、もう少し何か言えていたならば…こんなに後悔しなかっただろうに…でも…あの時は本当に言葉が出てこなかったし、何よりも言葉が思いつかなかったのだ…だからどうしょうもなかったのだよね…それでも…もうちょっと何か言えていたならなあ…。

 

と、そんな思いが降り注いでくるかのように、

思いが残って思い切れないことがあったりする。

思いは尽きないが、

次に挙げる言葉を目にしたら、

降り注ぐ思いが途切れ出して、

次第に青空が心に広がり出した。

 

 

「雄弁が役に立たないときにも、

  純な、

  無邪気な沈黙が、

  かえって相手を説得することがある。

  『冬の夜ばなし』 シェークスピア」

 

文豪の言葉というのは妙なる説得力がある。

「無邪気な沈黙」か…、

なるほどそう言われてみると、

いつわりや作為なくして語らない、

或いは、

語りたいのに胸がいっぱいで語れない、

そんな時は、

言語野に一時的なエアポケットが生じたような瞬間で、

滅多に起きない弁の空白的現象。

それはきっと、

「雄弁が役に立たないとき」に、

最も心情を伝えられる在り方でもあるのだろう。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラは無邪気な沈黙王だね」

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2011.09.10

作り方…おからコロッケ

卵、乳製品、肉無し、おからのヘルシーコロッケを作ってみた。

 

〈材料〉

おから 250g

(野菜はお好み)今回は、ニンジン1/3、カボチャ50gぐらい、玉ねぎ1/2

シーチキン缶 2缶

パン粉(フランスパン・カンパーニュなどの小麦粉だけのパンを使用)

小麦粉 適量

エクストラバージンオリーブオイル

塩・コショウ

ソース

 

作り方

 

①おからをボールにいれる。

②すべての野菜をミキサーに入れピューレにする。

③①に②とシーチキンを入れて塩、コショウをして混ぜ合わせる。

Okarakorokke1

④③をコロッケの形に成形する。

Okarakorokke2

※だいたい90gぐらいが普通のコロッケの大きさかな…、と。

Okarakorokke3

⑤パンをミキサーに入れパン粉を作る。

Okarakorokke4

⑥小麦粉に少量の水を加え④を一つずつ潜らせパン粉をつける。

⑦厚手の鍋にエクストラバージンオリーブオイルを入れて熱し、コロッケを揚げる。

Okarakorokke5

※よりヘルシーに作りたい場合は、少量の油で焼き揚げるようにする。

※但し、あまり油が少ないと表面がカリッと揚がらないので要注意。

できあがり。

Okarakorokke6

Buon apetito!

 

「ボンちゃん、そういえば、ゴリラは揚げものを食べたりしないのに、なにで油分を補ってるのかな?」 

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2011.09.09

ちょん髷のコ

Trenokorsuke1

小田急線のF-trainにいた、このコ、

そう、このちょん髷のコの目覚まし時計を持っていた話を前日にしたのだが、

いったいこのコは誰なのかと思って、

藤子・F・不二雄キャラを手掛かりに今更ながらに調べてみた。

 

『キテレツ大百科』に登場する「コロ助」という名であることが分かった。

主人公の木手英一という人物が、

先祖のキテレツ斎が遺した奇天烈大百科を見て作った処女作がコロ助だという。

へー、私は、コロ助に毎朝起こしてもらっていたのか…、

と、思った瞬間に、

当時の、既にセピア色に染まった記憶に色が戻ってきたから不思議である。

コロ助が私の手元から消えて十年が経つ。

どうして消えたかというと、

コロ助を見てとても気に入った友人がいて、

友人というか心友だろうか、

たぶんずっと縁が切れることのない人だろうと思ってコロ助をあげたからなのだ。

暫くして、予期に反して縁が切れていってしまった。

だから…今、コロ助がどこにいるのかはわからない。

まあ、その人物の携帯に連絡をすれば恐らく分かることだが、

10年ぶりに突然電話をして、

「小田急F-trainにコロ助がいて、それで懐かしくて…」と言うのもなんだし…。

 

記憶が色を取り戻したら、

コロ助目覚ましの全容が思い出されてきた。

せっかくだから彼の魅力を記してみたい。

 

まず、タイマーのセットからはじめたい。

ちょんまげを押す。

すると、コロ助の目が睡眠状態に変わる。

セットした時間がくる。

ジジジジ・・・、ベルが鳴ってコロ助が起こしてくれる。

 

 「おはよう!  (とても優しい口調) 

  朝ナリよ。  

  まだ眠いナリか?  

  困ったナリ…  

  遅刻するナリッ! (かなり怒った口調)」

 

観念して起きることにして、ちょんまげをポン!と押す。

すると、コロ助の目が覚醒状態になる。

一般的な目覚ましはここで終わると思うのだが、コロ助は違うのだ。

必ず忘れずに優しい一言をくれるのである。

 

 「今日もがんばるナリっ!」

 

この言葉にどれほど勇気づけられたことか…。


コロ助目覚まし…やっぱり買おうかな…と思って調べてみたら、

普通にはもう売っていないらしく、

ネットオークションで中古が11,000円、プレミア付きになっていた。

今となっては、もう聞くことができないコロ助の声が、やけに思い出される。

 

「ボンちゃん、ゴリラも誰かに起こして貰った時に、今日もがんばるナリっ!て言われたら嬉しい?」

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2011.09.08

バケラッタな電車

小田原駅でロマンスカーから降りたら、

向かい側の電車にドラえもんがいてビックリした。

Treno1

「小田急 F-Train(エフ トレイン)」というそうで、

「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」のオープン(2011年09月03日)に合わせた、

3000形電車(10両編成)の特別仕様車だという。

Treno6

限定運行:1日4~5往復、2011年08月03日から1年間。

Treno4

「ドラえもん」や「パーマン」等などの 藤子・F・不二雄キャラクターが、

異なるデザインで外装されているという。

Treno2

ちなみに、この電は小田原発、急行、新宿行きだった。

乗車していないから車内は見ていないのだが、

内部も凝っているらしい。

Treno5

私としては、どこかにいたであろう、

オバケのQ太郎とO太郎に会えなかったのが心残りなのである。

Treno3

そう言えば、思い出したことがある。

10年ぐらい前まで、

写真の真ん中にいる、このちょん髷のコの立体的な目覚ましを使っていた。

子供っぽいのに少しシャガレタような声で、

「朝なりよー!起きるなりー!」と言われ、

起きないでいると、

「寝坊するなりー!」と叱られたような記憶がある。

そんなだから、毎朝、思わず笑って起きていた。

たしか…ちょん髷のあたりをポン!と押すと、喋りが止まったような…。

誰なのかもよく知らず、

ちょん髷に惹かれて買ったのだが、

今思えば、一番気に入っていた目覚ましだった。

「ボンちゃん、ゴリラも、どこでもドアがあったらいいなあ…なんて思うことある?」

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2011.09.07

秋くれば…花山天皇

秋くれば虫もや物を思ふらむ

  こえも惜まず鳴きあかすかな

       花山天皇(かざんてんのう)   

 

この巨大な台風を境に2011年の夏は終わった。

昨夜の帰り道に、秋の虫がそう呟いたような気がした。 

 

花山天皇(968-1008)とは、

平安時代中期、第65代天皇。

在位、984-986。

和歌に優れた平安の好色一代男と言われているそうで、

数多くの女性と浮名を流し、

傍若無人に振る舞い、

栄光と挫折の狭間で揺れて出家。

摩訶不思議な人間力をもった人物として知られているという。

 

自分の心に真っ正直に生きる人は少ないように思う。

そう生きられる人は、

誰もが花山天皇のように生きるに至り、

和歌に優れるものなのかな…と、

秋色に染まりつつある青空を見上げて思うのだった。

 

秋くれば 花山天皇 思い出す?

 

「ボンちゃん、ゴリラは自分の心に正直そうだから、人間には、傍若無人(傍若無ゴリラ)に見えるかもね?」

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2011.09.06

(@Д@;“ゲンモンバシ”

御徒町の話を書いていたら、あることを思い出した。

中学生の頃、

言問橋(ことといばし)のことを、

“げんもんばし”と読んで笑われたことがある。

言問橋とは隅田川にかかる橋のひとつ。

橋の名前の由来を知っていれば、

“げんもんばし”と読むことは無かったに違いない。

そこで今改めて橋の名前の由来を調べてみた。

言問(こととい)橋、と言うぐらいだから、

誰かが誰かに物を尋ねかけたのだろうか…。

 

名にしおばいざ言問はむ都鳥

(なにしおば  いざこととわん みやこどり)

わが思ふ人はありやなしやと

(わがおもうひとは  ありやなしやと)

          在原業平 伊勢物語より

 

美男で多彩な恋愛遍歴の持主、在原業平(825~880)が、

隅田川の渡し船で岸に来た時、

鳥の名を船頭に尋たところ、

「都鳥」という名であることを知る。

「都鳥か…都鳥と呼ばれているのなら京都のことは知っているね、

教えておくれ、京都にいる私の恋人は今も元気かどうか。」

と、いったような歌。

その歌が、言問橋の名前の由来のひとつにある。

 

ゲンモンバシ ψ(`∇´)ψ ニッヒッヒ!

 

「ボンちゃん、ゴリラも鳥に物を尋ねたりする?」

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2011.09.05

w(゚o゚)w “オトマチ”

山手線に乗っていたら、

“オトマチ 着く!”という声が耳に入ってきた。

見れば、外国人と思われし女性が携帯電話で話をしていた。

相手が何度も聞き直すらしく、

“オトマチ!ワカラナイ? オトマチ”

“オトマチッ!”

と、だんだんと声が大きくなってきた。

知らない人とはいえ、

私もそこに居合わせていたものだから、

「え? w(゚o゚)w 次、オトマチ?!」

と、瞬間的に思った。

「でも…山手線にオトマチなんていう駅名は無いし…、

新しい駅?!でも…そんなニュース聞いてないし…、

w(゚o゚)w もしかして田町?!」

数秒間に色んなことを考えてしまった。

田町なら間違って逆方向の電車に乗っていることになる。

車内は混雑しており液晶ディスプレイが見られなかった。

慌ててプラットフォームの駅名を探すと、

「御徒町」と書いてあったのである。

なるほど、“オトマチ”と読めるではないか。

読み方を知らなければ、

どう頑張っても「オカチマチ」とは読めないことに気づいた。

地名とは難しいものである。

結局、その女性は、

埒が明かない様子のまま、

“オトマチ 来て!”と言いながら降りていった。

その背中を見つめながら思った。

“オトチョウ”とも“オントチョウ”とも“オントマチ”とも読めるのに、

御(オ)徒(ト)町(マチ)と読んでいる。

1ッ箇所、徒(カチ)だけの違い、

漢字を読むセンスのある人だな・・・、と。

そして、「御徒町」という名の由来が気になってきた。

「徒」とは、

徒歩からもわかるように乗り物を使わないで歩くことである。

歩く町?

確かに…あの辺りに行く機会があると、よく歩くことが多い。

 

早速、調べてみた。 

「徒組(かちぐみ)」「徒侍(かちざむらい)」「御徒(おかち)」に同じ、

江戸幕府の職名で、

将軍が外出の時に、

徒歩で先駆をつとめ沿道の警備などに当たった、

武士の身分のひとつで、

騎乗を許されない下級の武士のこと。

御徒が住む町ということで、

「御徒町」となったらしい。

 

「ボンちゃん、ゴリラは一度通った道を覚えているものなのかな?」

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2011.09.04

天国の小川英様

前日に、鬼平犯科帳 第1シリーズ 5話 『血闘(けっとう)』について、

熱く語ったのだが、

それにしてもこのセリフ、

「貴様ら外道の刀であの女の色が斬れるか」、

この凄いセリフまわし、

いったい誰が考えたものなのだろう…と物凄く気になってきた。

 

テレビ時代劇、『鬼平犯科帳』は、

池波正太郎の同名時代小説が原作である。

あのセリフも池波正太郎の言葉なのかと思って調べてみたら、

原作の『血闘』はテレビ時代劇とは若干ストーリーが異なっていた。

そして、私が熱く語っていたシーンも無い。

となると、脚本家が生み出したセリフなのだろう、

と思って脚本家名を見てみたら、

小川英という人物の名が記されてあった。

早速、調べてみた。

小川英(1930-1994)、脚本家。

1960年代、日活アクション映画の黄金期を支えた一人。

1970年頃、主軸をTVドラマに移し、

時代劇、サスペンス、アクションなど幅広いジャンルの脚本を執筆。

執筆した脚本の作品名を見ていく内に目が点になってしまった。

なぜかと言うと、

子供時代に宿題をしながらいつも観ていた、

『遠山の金さん』と『銭形平次』があったからなのである。

金さんや銭形の親分にある共通点は、

男気、人情、正義漢。

今思えば、

当時の私の心の拠り所は、

それらのドラマの世界観、

主人公たちが言い放つ情を感じるセリフだったように思う。

彼らの温かい言葉が子供心にも沁みたのを覚えている。

現代ドラマの作品名の中には『太陽にほえろ』もあった。

気づかぬまま、何も知らずにこれまで過ごしていたが、

小川英さんの生んだセリフに心救ってもらっていたのだ。

時に人は、

ひとりで生きているような錯覚に陥ることもあるが、

こうして誰かに助けて貰っているものなのだろう。

小川英さんが考えたセリフに私の心が救われていたように・・・。

 

今ごろは天国で脚本を執筆なさっていると思われる小川英様

私は小川様が創造したセリフに、いつも心救われておりました。

そのことに、たった今、気づきました。

遅ればせながら、心より感謝と御礼を申し上げます。

 

「ボンちゃん、ゴリラは、天国にいると思われる誰かに向って、思いを伝えたりする?」

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2011.09.03

あの女の色が斬れるか

録画しておいた鬼平犯科帳 第1シリーズ 5話 『血闘(けっとう)』を観て以来、あるセリフが頭から離れない。

おまさ(梶芽衣子)が長谷川平蔵(中村吉右衛門)の密偵になった経緯を知らなかった私は、前々からその経緯を知りたいと思っていた。

『血闘』が正にそれと知りワクワクしながら観ていたら、涙なしには観られない、心揺さぶられずにはいられない物語だった。

平蔵とおまさだけが知る真実を知ることができた喜びさえ感じている。

 

『血闘』、その物語とは…。

おまさは訳あって、こそ泥の引き込みをしていた。

ある日のこと、茶屋で甘酒を飲んでいる平蔵を見かける。

ふたりは目が合う。

おまさには直ぐに平蔵だと分かった。

が、気づかぬふりをして気づかれぬように通り過ぎていく。

一方、平蔵は、その女に見覚えはあるのだが直ぐには誰だか分からなかった。

家に帰り、着物の綻びを縫う手伝いの者の姿を見た時、

さっき見たその女が、

昔、そうして自分の着物を縫ってくれていた、おまさだと思い出す。

 

今回の盗みが至極残忍な犯行になることを知ったおまさは、

平蔵を訪れ、

腕のたつ浪人十人を雇い、皆殺しまで企んでいる旨を話す。

 

平蔵とおまさは、確か…二十数年ぶりの再会。

当時、平蔵の行きつけだった飲み屋の娘(十歳)がおまさだった。

平蔵が家に寄りつかずに放蕩していた時代のことである。

家に自分の居場所を見つけられなかった平蔵は、

顔に喧嘩の傷をつくり、

ゴロツキをやっつけて来たと言っては破れた着物のまま、

酔い潰れそうになった状態でその飲み屋を訪れていた。

平蔵にとってそこは我が家のような所だった。

そんな平蔵を叱るのがおまさだったのである。

おまさは、店の二階で二日酔いで寝ている平蔵の横で、

平蔵の着物の綻びを縫ってあげ、

はいだ布団をかけ直してあげ、

平蔵の望み通りの卵酒を作ったりして手厚く介抱していた。

平蔵曰く、

当時のおまさは最も頭の上がらない母親のような存在だった。

おまさにとって平蔵は、

初恋の人といった感じの間柄である。

 

久々の再会を機に、

おまさは平蔵の密偵となって動き出す。

そして間もなく仲間の盗賊がおまさを怪しみ、

密偵であることがばれてしまう。

おまさの危機を感じた平蔵は、

おまさが残した目印をたよりに盗賊の隠れ家を突き止め、

同心達の到着を待つのだが、

一刻(いっとき)半経っても現れず辺りは暗くなってきていた。

おまさの命を心配した平蔵は、

「もう待てぬ」と、遂には一人で乗り込む。

盗賊たちの話を庭で聞いた平蔵は、

たった今おまさが盗賊の頭に乱暴されたことを知る。

平蔵は、まず一人を庭におびき寄せ短刀で刺殺し、

おまさが居ると思われる部屋の、障子に空いた穴から中の様子を窺う。

すると、おまさは腕をロープで縛られて布団にうつ伏せになっていた。

側にはゴロツキがひとり。

おまさの痛ましい姿に心を傷める平蔵のアップが映る。

「次は俺が相手だ」と言ってゴロツキがおまさを抱こうとした時、

おまさは盗賊の腕に噛みついて抵抗する。

そんなおまさを盗賊は平手打ちした。

その瞬間、平蔵が部屋に入り、盗賊を斬る。

何か言おうとするおまさに向かって平蔵は言った。

「何も言うな」、と。

おまさのロープを刀で切り、背中を撫でる平蔵。

まだ何も気づいていない様子の盗賊の一人が障子を開ける。

平蔵はおまさのいる部屋の襖をすぐさま閉め盗賊を制止し、斬った。

 

腕の立つ浪人が集まるアジトに一人で乗り込み、

これから命をかけて戦おうとしている時に、

おまさの心を気遣い、

背中を撫で、襖を閉める、その心遣いから、

平蔵のおまさへの深い愛を感じずにはいられない。

平蔵は怒り狂ったかのように、

次々と襲ってくる盗賊たちを斬り続ける。

 

十二人を斬った後、

盗賊の頭と手下三人が残り、

平蔵は盗賊の頭と一騎討ちの途中で右腕を若干斬られ流血する。

その時の会話が私の心に焼き付いている。

場所は、アジトの庭である。

*******************

盗人頭:「おい、この辺で名ぐれぇ 名乗んな!」

平 蔵:「貴様らを斬るのに 名などいらん」

盗賊2:「こいつ あの女の色じゃねぇのか?」

盗賊頭:「そうか それで頭に血がのぼったか…」

平 蔵:「だったらどうする 貴様ら外道の刀であの女の色が斬れるか」

一部始終を襖の向こうで聞いているおまさが涙を浮かべて呟く。

おまさ:「長谷川様……」

盗賊頭:「黙れぇ!」

*******************

 

貴様ら外道の刀であの女の色が斬れるか

普通だったら、

貴様ら外道に盗賊改め鬼の平蔵が斬れるか?

と言いそうなところを、

貴様ら 外道の刀で あの女の色が 斬れるか

と言った。

命をかけておまさを救おうとしているその時に言った言葉である。

言ってみれば、おまさはついさっきまで盗賊の一味だった女。

不運な境遇により時に人は自らを貶めるようなことをすることがある。

けれど心を改めた時から人は変われると信じる平蔵。

気高い心を持つおまさの魅力を誰よりも知る平蔵の、

心からの言葉だということが伝わってくる。

「きさまら げどうのかたなで あのおんなのいろが きれるか」

このたった25文字。

その言葉によって、

地に落ちていたおまさの心が天に昇った。

「長谷川様……」と、呟いた時のおまさの色っぽさときたら、凄い!

「貴様ら 外道の刀で あの女の色が 斬れるか」と、言い放った平蔵のカッコよさときたら、それに値する形容詞が見つからないほど!

 

そこで鬼平犯科帳ファンに朗報!

フジテレビ 2011年9月30日(金) 21時~

『鬼平犯科帳 スペシャル』が放送されるという。

『水戸黄門』が長い歴史に幕を下ろしたことだし、

『鬼平犯科帳』の続編が放送されることを祈ってやまない。

 

 

「ボンちゃん。ゴリラ界にも、飛びぬけて人情(ゴリラ情)に厚いゴリラっている?」

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2011.09.02

メタボスキャン

いくつであっても、

いくつになっても、

引き締まった体形を維持したいと考えるならば、

やはり多少なりとも努力が必要となる。

年齢に比例するかのように、

弛みゆくウエストを大目に見ていると、

Tシャツにパンツスタイルといった、

シンプルなスタイルが似合う人でいられなくなる可能性は高く、

気づけば、メタボちゃんに・・・なんてこともあり得る。

何事も思い立ったが吉日である。

吉日を機に意識的に健康管理をしようと、

体重・体脂肪率・内臓脂肪レベルが乗るだけでわかる、

内臓脂肪チェック付体脂肪計を購入した。

 

ちなみに体脂肪とは体内に蓄積された脂分のことである。

体脂肪率とは体重に占める体脂肪の割合。

簡単に言えば、

体内にぎとぎとした脂がイッパイ蓄積された状態が、肥満。

体脂肪率の計算方法は、

体脂肪量(kg)÷体重(kg)×100=体脂肪率(%)

年齢にもよるが、

成人男性なら25%、成人女性なら30%を超えた場合、

体脂肪を減らす必要があるという。

 

万が一、体脂肪率(%)が高い場合は減らす努力が必要となる。

が、体脂肪率(%)と聞いてもピンとこないもの。

そこで、

想像力を喚起するよう、

体脂肪率から脂分の量を知る計算方法を調べてみた。

 

〈例〉 体重60kg 体脂肪率27%

60kg×27%×0.9=14.58kg

※ 0.9は脂肪の比重

60kgの人の体内に約15kgの脂分があるということ。

 

ぎとぎと脂の重さを具体的に知れば、

イメージがふくらみ、

体脂肪率を下げる努力も容易になるに違いない。

更に、自分以外の人に内臓脂肪レベルなんかを告げるというのも、

緊張感があってメタボ予防になるように思う。

今のところ、私は標準(-)だったのだよ。

 

「ボンちゃん。ゴリラも、年齢とともに体脂肪率が上がる傾向があるのかな?」

 

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2011.09.01

手作り歪み矯正枕

以前、どうしようもなく肩と首の調子が悪かった時があった。

パソコン作業がその原因なのだが、

肩が凝るのを通り越して下を向くのも辛いほどで、

マッサージ、カイロプラティック、鍼など試し、

整骨院や整形外科に通ったりもしたが、一向に症状が良くならず、

ある時、整形外科の先生に、

背骨というのは背骨がゆるやかなS字状であるべきなのに、

ゆるやかな逆S字状のようになりつつあり、

ストレートネックよりもさらに酷い状態だから、

徐々に矯正するしかないと言われた。

 

座り方の姿勢の善し悪しもあるが、

パソコンの作業時間があまりにも長いと、

重い頭を支えきれずに逆S字状なる人がいるという。

そこで、ふと思った。

一日の約1/3の時間、

眠っている間に首の歪みを矯正するすべはないものだろうか、と。

色々と調べていく内に、

半円形型の硬い枕が首の矯正に良さそうであることが分かってきた。

そこで試しに作ってみたのである。

材質は、カッティングボード。

なぜカッティングボードかというと、

たまたま家に何枚かあったからなのだが、

硬さもちょうど良く、

ちょっと力を要するがなんとか曲げることができて、

半円形を作った際に強度があるし、

これぞ、ベストな枕ができる!と思ったからなのである。

絵を描いてみた。

こんな感じ↓。

Makura1

高さは首の長さによって個人差があると思われ、

仮止めするようにガムテープで何箇所か留め、

横になり首の後ろにあてがってみて、

心地よいと感じる丁度よい高さを見つける必要がある。

高さが見つかったら、

透明のガムテープでグルグル巻きにして半円状を維持する。

出来上がったものにタオルを巻き枕カバーに入れ、

出来上がり。

 

もう何年も使用しているが、

明らかに首と肩の調子が良くなって違和感が消えた。

ちなみに敷布団は、

羽毛のようなふかふか布団ではなく、

薄いキルティングマット一枚のような硬いものである必要がある。

この手作り歪み矯正枕を使用し始めた頃は、

朝起きると首がカチカチに固まっていた。

が、一週間、二週間と、日にちが経つ内に、

首、肩の不快感が和らいでいることに気づいたのだった。

 

肩と首の不調は腰痛を呼ぶし、想像を絶するほど辛いものである。

私の経験が、

逆S字やストレートネックに苦しむ人に少しでも役立つことを祈り、

歪み矯正方法のひとつの案をお伝えした次第である。

ご参考までに。

 

「ボンちゃん ゴリラは肩が凝らないって聞いたのだけれど、本当?」

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