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2011.09.13

愛の尺度は腕枕!?

男性の愛の尺度は、

誰かを腕枕した時の印象なのだろうか…、

ふと、そんなことを思った。

 

「 愛(うつく)しき

 人のまきてし

 敷栲(しきたへ)の

 我が手枕(たまくら)を

 まく人あらめや

          四三八 大伴旅人(おおとものたびと)」

〈意味〉

愛しき妻が枕にした私の手枕(てまくら)を、枕にする人が他にあろうか、ありはしない。

(万葉集 角川ソフィア文庫より)

愛する妻が初夏に病死し、

四十九日をすませた頃に大伴旅人が詠んだ歌だという。

 

この歌を読んだら、

心で消化できずにいる、ある小説の言葉が思い出された。

以前にも玉ログ記事、『愛するとは?』でも取りあげたイタリア映画のあるセリフである。

物語は、

あるエリートの中年男がウォッカか何かを飲んで衝動が抑えられなくなり、

通りすがりの粗野な感じがする汗まみれの女に対して力づくで肉体関係を強制する。

女の名前はイタリアという。

それがきっかけで二人の関係が始まり、

次第に男は、愛するといことは何かを彼女を通して気づくに至る。

その思いを語ったのが、気になっている次のセリフなのである。

 

「愛するということは、

イタリア(亡き愛人の名前)の息を私の腕(カイナ)に受けとめながら、

ほかの音がすべて消えていることに気づくことだったのだ。

(マルガレート・マッツァンティーニの小説、「Non ti muovere」=「動かないで」より)」

 

人それぞれ、腕にかかる好ましい頭の重さというものがあって、

その人物の人間性や容姿などもさることながら、

頭の重量もまた、愛が芽生える上で重要な要素だったりして…、

などと考えて出してしまうのは私だけだろうか…?

玉ログ記事『Non ti muovere』 へ続く

 

「ボンちゃん。ゴリラは、愛するゴリラに腕枕して一緒に眠る?」

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